3つ叶える

3つ叶える


 そいつは突然現れた。
 何もないはずの空間が一瞬歪んだかと思うと、文字どおり突然に現れたのである。
「やあ、こんにちは〜。魔人だよ〜」
 魔人と名乗るそいつはそう言って、女の鼻先に名刺を差し出したが、彼女はろくに見もしないでため息とともに大仰に肩をすくめた。
「ついにあたしのところにも現れたか」
 緑の風船を連想させる風貌をもつ魔人が、怪訝そうにきっちり45°首を傾げてみせる。
「おや〜?嬉しくないのかい〜。僕、幸せを運ぶ魔人だよ〜。はは〜ん、もしかして僕のことよく知らないのかな〜」
 ゲヘヘ、と笑う魔人を前に、女はあくまで動ずることなくまっすぐ魔人を見上げて答えた。
「知ってるわよ。なんの前触れもなく現れて3つの願いを叶えていく。しかも見返りは一切望まないってヤツでしょ」
「わかってるなら、もう少し喜んでくれてもいいんじゃないのかな〜」
「ふん、あんたにしたら、なんの見返りも望まず施しをするのは、ただカワイイからって理由だけでペットを飼っているような人間たちと同じ発想でしょ。なんかそういうのって見下されてるみたいでヤなのよね」
「そんな事情は君にとっちゃどうでもいいことなんじゃない〜?それに昔から言うじゃない。かわいい子には施しをせよって」
「言わないわよっ!」
「ゲヘヘ、そういうハネっかえりなところもまたカワイイね〜、僕が会った中じゃ一番だよ〜。こりゃあ、俄然やる気出てきたな〜。さあ、願いごとは3つ。なんでも叶えてあげるよ〜」
 女は、露骨にウザったそうに顔をしかめ、髪をバリバリ掻いた。
「何も願いはありません、って言ったらどうする?」
 これには魔人、大いにウケた。
「そんな人間いないいない〜。例外なくみ〜んな欲望の塊。人間ってやつは品のない下等な動物なのさ。それでいて、自分らはこのちっぽけな星で一番高等な種族だって思ってるんだからお笑いだけどね〜。でも、またそこがカワイイところなんだけどさ〜」
「やっぱり見下してるんじゃない。ったく、ヘドがでるわ」
「気を悪くしたら謝るよ〜。でも、君だって何か欲望があるはずだよ〜。おおっと、隠そうったってダメだよ〜」
「へえ、じゃあ、あたしが今何を望んでいるか当ててみてよ」
 そんな女の問いかけに魔人は素直に白旗を上げる。
「まいったな〜。そこまではさしもの僕にもわからないよ。わからないからこそ、こうして訊いてるんじゃないか〜」
 と、グイと女に詰め寄り、眉を八の字に曲げて説く魔人。
「わかった、わかった。何か考えるから・・・30秒だけ時間を頂戴」
「いいよいいよ〜。じっくり考えてね〜」
 と、魔人は満足げに頷いたのだった・・・。
 そして30秒後。
「どうかな〜。3つの願いは決まったかな〜」
 魔人が女にせっついた。
 すると、女は惚けて言ったもんだ。
「何言ってンの。1つ目はもう叶えてもらったじゃない」
「はん?」
 頭上に疑問符が浮かびまくる魔人に、女は一語一語噛みしめるように言ってやった。
「1つ目の願いは『30秒、待ってもらうこと』。あたしの願い、確かに叶えてもらったわよ」
 魔人は、空中でとんぼ返りを披露し、その驚きぶりを体全体で表現した。
「なんとまあ!ホントに欲のない人だね〜。僕に出会いたいって人間がゴマンといるのに君は実に勿体ないことをする。金、地位、名誉、永遠の美、永遠の若さ、なんでも望めば手に入るというのに〜」
「でも、まじめな話、何も望むものはないのよ、あたしには」
「ますます気に入った!だけど3つの願いを叶えるまで僕はずっ〜と背後霊のように君について回ることになるよ。それでも構わないのかな〜」
「げ、それは勘弁してよ。あんたみたいなヤツに四六時中つきまとわれたんじゃ鬱陶しくて堪らないわ」
「だろう?じゃあ何か言ってよ〜」
「困ったわね・・・」
「あのさ、後学のために教えてくれないかな〜、どうして君はそこまで頑なに僕の申し出を断るんだい?」
「じゃあ、その答え考えるから、1分頂戴」
 女は両手を合わせて魔人を拝んだが、魔人はチッチッと人差し指を振り子のようにふって、
「おっと、その手は食わないよ〜。同じ手は通用しないからね。念のため言っておくけど、3つの願いはすべて叶えるとは限らない。僕には君の願いをなんでも叶えられる力はあるけれど、僕が納得して叶えたものじゃないとダメなんだ。さっきはだまし討ちを食らったけれど、次からは僕的に不本意な願いは受け付けないからね〜」
「注文の多い魔人だこと」
 そこで女は熟考した。
 やがてポンと手を打つ彼女。
「じゃあ、こんなのはどう?確かにあたしには欲がある。お金だって欲しいし、それなりに上昇志向は持っている。だけど、あたしこう思うの。なにごとも自分の力で手に入れなければ意味がない、ってね」
「ふむふむ」
 魔人はゴムのような体を揺すって頷いた。
「あたし、一度でいいから拳銃ってヤツを撃ってみたかったのよ。しかも警察官しか持てないニューナンブとかってヤツ。これで銀行強盗でもやらかしてさ、一攫千金を得るなんてどう?一応これなら施しを受けたことにはならないし、それにやっぱりスリルのない人生なんてつまらないからね」
「うわ〜、こりゃまた過激だね〜。でもまあ、それで君が満足するなら良しとしましょうかね〜」
 と、魔人がエイッと手を振りかざすと、女の右手に拳銃が出現した。しかも、服装まで一転して婦人警官のそれに変わる。
「ねえ、あたしこんな服まで頼んでないんだけど・・・」
「な〜に、これは心ばかりのサービスだよ〜」
「それはどうも・・・」
 と、女が銃を構えると、その銃口を魔人に定めた。
「こっちもお返しをしなくちゃね」
 あがる撃鉄。
 飛び出す弾丸。
 しかし、それは魔人の身体をすり抜けて、遥か上空へ消えていった。
 女はひるまず第2弾、第3弾を放ったが結果は同じだった。
「畜生ッ!」
 ガチッ、ガチッ・・・
 銃を撃ちまくり、すべての弾を使い果たした女はそれでもトリガーを絞り続ける。
 焦る女とは対照的に魔人はきょとんとした顔で彼女を見つめている。
「もしかして、今の願いって僕を殺すために?一体どうしてそこまで・・・」
 魔人の中に怒りの感情はなかった。あるのはただ「WHY?」のみ。
 女が自棄気味に銃を投げつけて叫んだ。
「あんたみたいなヤツがいるとね、人間は堕落してしまうのよ。この害虫!」
「ふ〜ん、そういうことか〜。だけど残念。核ミサイルでだって僕を倒すことはできないよ。だってほら、害虫は生命力が強いからね。ゲヘヘヘヘ」
 下衆な笑みを浮かべる魔人が言葉を継ぐ。
「それにしてもま〜た一杯食わされちゃったね〜。調子狂うな〜。さあ、どうする〜。もっと自分の欲望に素直になりなよ〜。最後の願いはな〜に〜か〜な〜」
 ねちっこい魔人に対し、迷うことなく女が応じた。
「じゃあ、お望みどおり3つめの願いよ」
「ほい、きた」
 彼女は魔人を指差して冷たく言い放つ。
「死ねよ、お前」
「ほえ?」
 今度は魔人が自分の鼻先を指差した。
「僕?」
「わからないの?あんた、目障りなのよ。あんたが消えること。それこそがあたしが今一番求めていることなの!」
 魔人は、ずるいな〜、と小声で呟き、そして彼女の願いをきっぱりと却下した。
「だめだめ〜。さすがに死ぬのはちょっとな〜。それにさっき言ったでしょ。願いごとを叶えるか否かは僕が判断して決めるんだからさ〜」
「ちぇっ、やっぱりダメか・・・」
「もっとちゃんとしたの頼むよ〜。願いごとを言ってくれないといつまでもどこまでもつきまとうからね〜」
「そこをなんとか諦めてくれない?」
 女の心底困った様子に魔人は嬉々として手をひらひらさせた。
「そうはいかないンだな〜。君たちの世界にもあるだろ、本能ってヤツ。僕らの種族にもそういうのがあって、3つの願いを叶えると言った以上、それを叶えるまでずっとついて回らなければならない。ぶっちゃけた話、こればっかりは僕の意思じゃどうにもできないことなんだよ」
「へえ、そうなんだ。魔人も結構大変なんだ」
「まあ、そういうことさ〜。だから僕の気が変わるのを待とうったってそうはいかないよ〜。さあ、お互いのためにも最後の願いを!」
「そういう事情なら話は別ね」
「ほお、やっとその気になってくれたみたいだね〜」
「なにトチ狂ってンのよ。あたしはもう絶対に言わないわよ、3つめの願い」
「・・・なんだって?」
「あんたがあたしの願いを叶えてしまったら、あんたはまた別の誰かを堕落させる。そうならないためにも、あたしは死ぬまで願いごとを言わない」
「ば、ばかな・・・」
 完全に余裕を失った魔人に女は不敵に微笑みかけた。そして、魔人の口調を真似て言った。
「あんたには墓場までつきあってもらうわよ〜。これからず〜っと、あたしが死んだ後も、永遠にね〜」
 そして、それこそがまさに彼女の3つめの願いとなったのである。


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