エゴイズム

エゴイズム


「空を見ろ!」
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「うんにゃ、ありゃあ、人間だべさ」
 村の若い衆がうろたえる中、老婦はキセルをプカプカやりながら、のんびりと言ったもんだ。
 確かに老婦の言うように『彼』は人間に相違なかった。どっからどう見ても人間だった。いや、もう、人間以外の何物でもなかった。しかし・・・。
 『彼』はあまりにもデカすぎた。身長およそ170メートル。東京タワーの約半分といえば、そのデカさは脅威と言って差し支えなかろう。加えて、体重は約6トン、足のサイズは、27メートル、スリーサイズは、上から93、76、95(単位はやっぱりメートル!)そして、重ね重ね老婦の言うように、見た目は、小憎らしいばかりに人間そのものなのだ。もお、アンタってばホント憎ったらしいんだらッ、と、脇腹のひとつもつねってやりたいくらいの憎たらしさである。肌の色や手の長さ、目玉の位置、どれをとってもすべて人間をそのまんま百倍に拡大しただけの存在なのだ。しかも『彼』は服だってちゃんと着けている。怪獣映画の撮影の合間に、ゴジラとかの着ぐるみを着ている役者さんが、破壊された街のセットの中で、それを脱いでいる図を想像していただきたい。ま、そんな感じである。
 『彼』は人々から『巨人』と呼ばれていた。まったくもって、何の捻りもないネーミングである。見たまんまやんけ!と、ここはひとつ突っ込んでおこう。
 さて、『巨人』は何も『彼』一人だけではなかった。女の子もいれば、老人だっている。しかも『巨人』は世界中でその存在を確認されていた。ちなみに日本国内では、100万人強の『巨人』がいるらしい。勘の鋭い貴方ならこの数字にピンときたのではなかろうか。そう、身体が人間の百倍である『巨人』たちの人口は、人間のそれの百分の一なのだ。
 突然降って沸いたように現れた『巨人』たちに世界は緊張し、困惑した。だが、『巨人』たちは決して人間に危害を加えるようなことはしなかった。しかも彼らの主な生活圏は、森や砂漠や海岸といった比較的、人気の少ないところである。これらの事実を踏まえた上で、世界中のお偉方が出した結論はこうだ。
 ほっとこう。
 触らぬ巨人に祟りなし。
 すばらしきかな、ジャパニーズスピリッツ!てなもんである。
 ところが、やがてひとつの問題が発生する。食糧危機だ。『巨人』たちは、領海、領空お構いなしに、魚を鳥を動物たちを手当たり次第捕食する。田んぼも畑も根こそぎ食らう。ダムの貯水も両手で掬ってガバガバ飲む。
 どうやら、食べ物の嗜好も人間と酷似しているようだ。『巨人』たちの傍若無人っぷりに人間たちは唖然。再び各国のお偉方が額を寄せ集めることと相成った。
「さて、困りましたね」
「このままでは、お宅へ輸出する穀物は少なく見積もっても70%はカットせねばなりませんなあ」
「そんな殺生な。我が国民を飢え死にさせるお積もりですか」
「こりゃあ、兵を派遣するしかありますまい」
「む、何ですかな、その刺さるような視線は?また我々が尻拭いですか。あんたら、戦車一台出すのにいくらかかると思っているんだ!」
「そんなこと言ったってねえ、あーた。うちは遣兵したくてもできんのですよ、法律で決まっとりますからな」
「ずるいなあ、いっつも、ふたこと目には戦争放棄とか言って逃げるんだもんなあ。じゃあ、うちはさしずめトラブルを一掃する戦争箒ってとこですかぁ」
「おほっ、うまいこと言いますなあ」
「しかし、あの『巨人』どもに我々の戦力が、どの程度の効力を発揮するか未知数ですからなあ。ちょっと慎重に事に当たった方がいいんじゃありませんこと?」
「その点については、既にわが国が巨人対策研究所なる機関を設置し、データを解析しているところですので、いましばらくお待ちください」
「で、その結果が出るまで、どのくらいかかるんだね」
「そうですな、およそ30年といったところでしょうか」
「・・・ダメじゃん」
 そんなこんなで、とりあえず研究データの収集という名目で、某国の一小隊が派遣されることとなった。
 当然、お偉方はモニター越しに高みの見物と洒落こんでいる。さて『巨人』はどうでるか?
「撃てえ!」
 密林を進軍する戦車が『巨人』の足に砲撃を放った。ーーーーーー爆音。
「やったか!」
 『巨人』は、大砲を食らった向こう脛を抱えてのた打ち回っている。しかし、ほどなく『巨人』は回復し、戦車をぎろりと睨みつけた。
 ぐしゃっ!
 憐れ戦車隊、彼らは『巨人』の靴底でぺしゃんこになり果てた。合掌( ̄‖ ̄)
「やはり、勝てんのか?」
「いや、そんなことよりも、これで彼らを本格的に怒らせてしまったかもしれんぞ」
「こちらが宣戦布告したことで、一気に反撃に出るってか」
「あー、もうお終いだァ」
 ところが、当の『巨人』ときたら、首脳陣の懸念などお構いなしにまるで何事もなかったかのように、ごろりと横になると、尻をばりばり掻きながら大きな欠伸をしてたりする。誠にもって呑気なものである・・・。


「だいたい騒ぎすぎだべさ。ああいう手合いは、そっとしとくのが一番だぁ。『巨人』にだって人権っちゅうもんがあるべよ」
 老婦はキセルを逆さまにし、ポンっと灰を火鉢に捨てる。
 新たに煙草を詰めていると、一匹の蚊がどこからともなく飛来し、やがて老婦の腕にとまった。
 チュー、ズルズルズル。老婦の血をたらふく飲んだ蚊の腹がパンパンに膨れあがる。
 ぺしっ!
 老婦は、己の手のひらで潰れた蚊を見て一言。
「あんれまあ、こりゃぁまた、でっけえ蚊だべさ」
 その蚊の体長、約15ミリ。老婦の身長の百分の一である。老婦は何事もなかったかのようにキセルに火を点し、そして美味そうに煙を吸いこんだ・・・。


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