クラスメイトのカトウが死んだ。
カトウとは特別親しいわけではなかったけど、教室で担任から訃報を聞かされたときは涙が出た。
女子の大半がぼろぼろ涙を流していたけど、正直まさか自分までもが泣くとは思わなかった。
もらい泣きというヤツだろうか。
――――俺ってけっこういいヤツじゃないか。
と、そんな自分に少し胸をなでおろしてみたりする。
ずいぶん冷たいことを言う。そう思うかもしれない。
だけど、実際改めて思いかえすと、同級生とはいえあいつとちゃんと話したのはたった一度だけだったのだから無理もないのだ。
放課後。
夕日が差し込む朱色の美術室。
俺はひとりで油絵の仕上げをしていた。
そこへカトウが風のようにふらりと現れる。
そしてとりとめのない会話の中でカトウがふと漏らした言葉。
「俺さ、写真とかって嫌いなんだ」
「カトウ、まさか魂吸い取られるなんて信じてたりしないよな」
「いつの時代の人間だよ、俺は。あ、セガワ、コーラ飲む?」
「おう、サンキュ」
飲みかけのコーラ瓶を受け取ると、カトウが神妙な調子でいった。
「なあ、セガワ。おまえ、こんなふうに思わね?もしも自分が死んだあともさ、写真とか残ってたらなんか厭だなって」
「いや、ふつう逆でしょ」
「そうかな。俺は、自分が死んだらさ、みんなからはきれいさっぱり忘れてほしいんだよね。最初からそんなヤツいなかったよってくらいに完膚なきまでに忘れてほしいんだ。で、あとかたもなく俺の存在が消えちまうの、シャボン玉みたいにパーンてさ」
パーンのところで手を叩くカトウ。朱色の横顔に呆れる俺。
「カトウさ、それってさびしくない?俺がこうして絵を描いたりするのだって、やっぱりそのときそのとき感じた何かを記録しておきたいっていう願望みたいなもんもあるからだと思うんだよね。それってすごく自然なことじゃないのかな」
「ふーん」
カトウはつまらなそうに鼻を鳴らして立ちあがった。
「ま、人それぞれってことだな」
そしてあいつは寂しげに、とても寂しげに笑ったんだ――――
カトウの死因は不明だった。
正確にいえば不明なんじゃなくて、俺たち生徒には教えてもらえなかっただけだ。
あのときの夕日に照射されたカトウの寂しげな横顔が脳裏に蘇る。
ああ、あいつ自殺したんだな。カトウは自分から命を絶ったんだな。
なぜかそう確信している自分に少し驚いた。
カトウはもともとあまり喋らないタイプで、だからといって根暗ってわけでもなくて、そこそこ勉強もできたし、クラスの和を乱すようなこともしなかったし、ズル休みをしたりもしないヤツだった。
とにかく普通だった。「空気のような存在」ってきっとああいうタイプをいうのだろう。だから、カトウがいなくなった今、あいつはなぜ死を選んだのかということよりも、生前カトウは何を考え何を見て生きてきたのか、そっちのほうが無性に気になった。それは「空気ってなにいろ?」と尋ねるくらい不毛なことのような気もしたけれど。
もしかしたらあいつはわざと空気のような存在を演じていたんじゃないか?そんなふうに考えたりもした。
そうすることで自分がいなくなった後、すぐに自分の痕跡を消せるんじゃないか。そう思ってたんじゃないのかと・・・・・・
カトウの死後まもなくちょっとしたトラブルがあった。
遺影がない。つまり葬儀のとき祭壇に飾る写真が一枚も見当たらないというのだ。
そんなバカなとは思ったけれど、家族総出で探しても本当に見つからなかったらしい。
傑作だ。あいつ、なんて几帳面なヤツだろう。
カトウはきっちり自分自身を切り捨てていったんだ。
午後の木漏れ日の美術室。
俺はカトウのことを思い出しながらあいつの顔を描いている。
こんなことしてあいつは怒るだろうか?余計なことするな、俺の生きてた証を残さないでくれと。
でも文句は言わせない。
それじゃあまりにも寂しすぎるじゃないか。
おまえはそれでもいいかもしれないけれど。
残された人たちは寂しいと思うんだ。だから・・・・・・
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