壱万円也

壱万円也


 ある日突然、空から壱万円札が降ってきた。
 紙幣は日本国内全土に気前よくばら撒かれ、最近的中率が高い天気予報も、こればっかりは予想だにできなかった。
 これは宇宙人の陰謀か、はたまた神の悪ふざけか?
 尤も、そんな呑気なことを考えている国民はひとりとてなく、ただただひっきりなしに降り注ぐ紙幣の雨を一心不乱に掻き集めていた。
「そそ総理、どーしましょう。日本中は大パニック。そりゃあもう上へ下への大騒ぎです」
「う、うむ、この件に関しては大蔵大臣である君に一任しよう。原因の究明、事態の収拾に全力を尽くしてくれたまえ」
「承知いたしました。早期解決に向けて善処します」
 とかなんとか言いつつも、紙幣を収拾する手はとめない二人であった。


 やがて賢い国民は、これだけいっぺんに紙幣が増えたのでは価値がなくなるのではないかと懸念し始めた模様。そして当然の結路と言うべきか本当にそうなった。売り手も金は腐るほど持っているワケだから、金より物資を大切にするのはあったりまえである。
 物価膨張やインフレどころの騒ぎではなく、今や、なおも降り続ける壱万円札をはじめ、日本国通貨の全てが紙切れ若しくは石ころ同然と化していた。紙幣は以後一週間にわたり降り続け、さながら競馬場のハズレ馬券の如く道を埋め尽くしていった。


 政府はこの緊急事態を重く見て、異例ともいえる策に出た。
 広く国民から意見を求めたのだ。しかも懸賞金付きでだ。こりゃあ、バカ丸出しである。いや、実に情けない・・・。
 それでも、国の行く末を憂慮する(ただの目立ちたがり屋?)は結構いるものである。応募総数12万とんで184通(うち8万通強が冷やかし)。厳正な選考にナント4週間もかけた末、岩手県滝沢村在住、佐竹翔くん(8歳)の案が採用された。
 空から降ってきた紙幣は、特殊な機械でしか判別できないほどよくできた偽札であった。そこで、『聖徳太子の壱万円札』を復活させることを提案したのだ。(新しい図柄を考案するとなると、かるく半年はかかってしまいそうなので・・・)そして、そちらのみに日本銀行券として効力をもたせ、各金融機関を通じて『本物の福沢諭吉』と『聖徳太子の新紙幣』を交換することとしたのだ。
 あっぱれ、佐竹少年、である。
 どーして8歳の少年が、旧壱万円札を知ってるのかなどと、突っ込まないでいただきたい。
 兎に角(兎にツノはないのだけれど)、こうして、この不可解極まりない事件は一応の解決をみた。街は何事もなかったかのように動き出していた。ただ唯一変わったのは、それぞれの財布の中の壱万円札の図柄だけだった。
 なにゆえ、このような非現実的がことが起こったのかなどと考える者はほとんどいない。いや、本当は誰もが心の奥底で首を捻っているに違いない。しかし、日本人の悪い癖で、常軌を逸脱した到底理解の及ばない事柄には一切触れようとしない。
 終わり良ければすべて良し。触らぬ神にたたりなし、なのである。


 さて、その神の住む天界では、福沢諭吉が沈痛な面持ちでうなだれていた。(注:ここからがオチです)
「あなた方には、ずいぶん迷惑をかけてしまったが、私の気持ちも分かってほしい。こうするしか他になかったのだ。天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずなどと豪語しちゃった私がよりによって壱万円札の肖像に使われたのではどうにもこうにも体裁が悪いのだ」
 そう誰にともなく呟くと、福沢諭吉は満足げに伸びをした。
「いやー、これでやっと、新渡戸や夏目に顔向けできるってもんだ」


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