それはそれは素晴らしい作品だった。
壮大なスケールで展開されるストーリー。
オリジナリティー溢れる世界観。
魅力的なキャラクター。
画期的なシステム。
どれをとっても文句なしの一級品だった。
そう、僕は今、ロールプレイングゲームの真っ只中にいる。
ゲームの中での僕は英雄だった。
知恵と武力と勇気と優しさを兼ね備えたそれはもう完璧な戦士だった。
ガランデット王国シーアル王妃の親衛隊長である僕は、魔王の手に奪われた姫を取り戻すべく仲間を集めて旅をし、そして幾多の困難を乗り越えていく、そんな内容だ。
そして、特筆すべきは過去に例を見ないほどの感情移入度の高さである。
「死ねッ!死ねッ!」
3Dゴーグルごしに次々と目の前まで魔物が襲いかかってくるリアルさったらない。
コントローラーのボタンを押す手にも思わず力がこもる。
緊張のあまり指先が汗ばんでくる。
落ちつけ、落ちつくんだ。
そう己に言い聞かせる。
こめかみにつけた電極が、僕の脈拍の動きをつぶさに管理し、それを興奮度としてバトルに反映させている。
脈拍数が上がるとそのぶん命中率が下がってしまうのだから要注意ってわけだ。
「いいかげんにしてよ!」
ぶちっ。
むっ、不覚。思いも寄らぬところから不意打ちを食らってしまった。
真っ暗になったテレビ画面から視線を外すと、そこには悪の手先ヨメサンダーが睨みをきかせていた。きゃつはあろうことかゲーム機のリセットボタンを押しやがったのだ。まだセーブしてないのに、ここまでの5時間ぶんがパアだ。いや、それだけじゃあない。むしろ問題はこっちのほうだ。このゲームは必ず手順を踏んで終了するべしと注意書きに書いてある。強制終了などもってのほかなのだ。なのにヨメサンダーときたら、毎日毎日僕に断りもなしにリセットなんぞしやがって!おかげでさっぱり前に進まないぢゃないかッ!
ああ、姫。美しい姫よ。面目次第もありませぬ。またしてもこやつに邪魔されてしまいました。この醜悪な嫁、いやさ、ヨメサンダーに!!
「四十男が子どものゲームばっかりやってんじゃないわよ」
ふふふ、この魔物め、なにをそんなにカリカリしている。そんなことでは興奮度が上がって命中率が下がってしまうぞ。
「もう、ホンット、あんたって見ててムカつくわ。早くそのメガネと電極取りなさいよ。取って早く寝る!明日こそは絶対会社に行ってもらうからねッ。ったく、ゲームなんかのために会社休むなんてバカなんだから!このダメ男」
何をほざいている、ヨメサンダー!英雄に向かってダメ男とはなんだ、ダメ男とは!とにかく僕は一刻も早くシーアル姫を救出せねばならんのだ。その崇高な使命より先にやらねばならぬことなどないというのに。だが、わかるはずもないのだ。鳩の糞ほどの脳みそしか持たぬお前にはな!
なのにこの女・・・いや、この魔物ときたら連日にわたる強制終了で僕の旅をことごとく邪魔してくれる。
そうだよ、当面の僕の敵はこいつなんだよ!
こいつを倒さないことには姫を救うことなどできないぞ。
姫を助けるんだ。姫を助けるんだ。親衛隊長の名にかけて!ガランデット王国の名のもとに!
やれるさ、だって僕は英雄なんだから。こんな三下悪魔、クリティカルヒット一発で粉砕さ。
今までだってそうしてきたじゃないか。何百何千という魔物を倒してきたこの僕にはわけないことさ。
ヨメサンダーは目を三角にしてぶちぶち何ごとか言っていたが、僕は構わず台所へ行き勇者のナイフを手にいれた。
それから先のことはよく覚えていない。
ただひとつ言えることは、悪の手先ヨメサンダーはもう僕の障害にはならないということ。
しかし安心はできない。旅の道のりは長く険しい。だけど僕は負けない。どんな困難にも立ち向かっていくさ。
我が行く手を阻むものはなんぴとたりとも容赦はしない。
なぜなら僕は英雄なのだから。
だれがなんと言おうと英雄なのだから。
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