なんとなく

なんとなく


現在、俺は崖っぷちに立っている。と、言っても今にも足場が崩れそうな標高うん千メートルの山の崖っぷちに立っているというわけではない。立場がそうだという意味だ。
 じゃあ、どういう立場なのかというと、学生にとってかなり危険な立場。ずばり、進級問題!何を隠そうこの俺は大馬鹿者なので、今日の定期テストで赤点を取ると進級が危ぶまれるのだ。いわゆるひとつの留年ってやつだ。
 う、これはみっともねえぞ。というわけで、ねじりハチマキの三日三晩、夜も寝ず、昼間寝て、今日のテストに臨んだってわけだ。こんなとき、ふと、「背水の陣」などという言葉が浮かぶ。そして思う。俺ってもしかして天才?
 静寂の中、用紙が配られる。パッと問題に目を通す。むむ、分かる!分かるぞ!!俺の鉛筆が真っ白い紙の上をみるみる文字で埋め尽くしていった。

「それでは皆さん、前回のテストの答案を返します」
 うちの担任山口ゆり子は、点数の悪い順に答案用紙を返すという誠に悪趣味な嗜好をもつお方である。お陰で俺は、いつもトップに返される。嫌な奴だ。独身主義を気取っているつもりらしいが、いまだにハイミスなのはもっと別のところに理由があると俺は睨んでいる。
 ま、それはともかく今日はちと様子が違う。トップに返されることは今日に限ってはまずないだろう。後で教科書で確認したら結構いい線だったのだ。満点だってありえるぞ。俺は頬杖をついて余裕のポーズをとった。
 ガクッ。山口ゆり子36歳独身の第一声を聞いて、頬杖が外れ、机にしたたか顎をぶつけた
「大沢君、何してるの。早く取りにきなさい」
 事もあろう、俺はトップに呼ばれてしまったのだ。
「うそ?平均90点くらいだったの」
「寝ぼけたこと言わないの。ほら君はいつも通り0点。ホント進歩のない子ね、君は」
 し、信じられん。何かの間違いだ。そうか、採点ミスだ。そうに決まっている。
「はい、松岡君、100点。相変わらずね。その調子で頑張りなさい」
 俺は最後に名前を呼ばれた優等生の松岡から答案をひったくり、答えを見て、点目、顎だらりになった。なんと奴の答案用紙は隅から隅まで「なんとなく」で埋め尽くされていた。松岡を見ると表情が「えっへん、すごいだろ」と語っている。俺は思わず叫んじまった。
「な、何じゃこりゃああぁ」
「こら、静かになさいっ。それではこれから、答え合わせをします」

 
俺の答え
正   解
問 1
なんとなく
問 2
なんとなく
問 3
茂吉を悲しませたく
ないと思ったから
なんとなく


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ちゃんとここにこう載ってるんだぜ・・・」
 俺は教科書片手に解説中の山口ゆり子彼氏いない歴36年に抗議した。いくら俺が馬鹿だからって、ここまで鞭(無知?)打つのか!あんまりだ。おーぼーだ。
 ところがどっこい、周りの反応は意外だった。先生はおろかクラスの連中まで一人残らず、冷たあい目で俺を見ているではないか。ゆり子先生は冷ややかな口調で俺に言った。
「大沢君、放課後、進路指導室に来なさい」

 そして、放課後。
「君、留年決定ね。残念だけど」
「先生、何で俺をからかうんだよ。クラスの連中まで巻き込んでよ」
 ゆり子先生は、困った生徒だとでも言いたげに頭をぽりぽりかいて言った。
なんとなく
「また、それだ。それなんかの流行り言葉か?とにかく採点しなおしてくれよ」
「それは出来ないわよ」
「何でだよ!」
 聞くまでもない、愚問というものです。ゆり子先生はご丁寧にそう前置きして言いやがった。
なんとなく

 俺は下校する松岡を捕まえた。先生はもうあてにならん!
「松岡ぁ、今日のテスト、ありゃ一体何だ??」
「何って、お前、いつもと同じくらいの難易度だったじゃないか。そしてお前の0点も当然の理って奴だな」
「そうでなくてよお、どおゆうわけで答えが全部なんとなくになっちまうのかって聞いてるんだよっ!」
 松岡は大きくため息をひとつ吐き出して、軽くこめかみを揉みながら、
「あのな、大沢。あまりおふざけが過ぎると、ひんしゅくかうぞ」
「ふざけてんのはそっちだろうが。どーゆーことなんだよ。教えろよ」
なんとなくに決まってんだろ!」
 滅多に怒らない松岡が、そう怒鳴って去っていった。

そして、夜・・・
「なあ、親父、お袋、聞いてくれよ。変なんだ。どいつもこいつも、なんとなく、なんとなくだ。一体どうしちまったんだ」
 一瞬、親父の新聞めくる手とお袋の包丁を持つ手がピタリと止まった。二人が俺に視線を向け、やがて困惑した表情で顔を見合わせる。
なんとなくって、そりゃあ、なんとなくだよな」
「・・・え、ええ。そうですよね。なんとなく
 ほほーお。俺の方が変だというのかい。そうかよ、分かったよ。憤懣やるかたなしで居間を出て行く俺の背中に、親父たちの声が聞こえてきた。
「突然どうしたんだ、あいつ。明日にでも病院に連れて行くか」
なんとなくそうした方がいいわね」
「うむ、なんとなくそうしよう」

 国会中継。総理大臣が答弁席に立って一言。
なんとなく
 最高裁。弁護団が被告人の無罪を主張したのち一言。
なんとなく
 裁判長も
なんとなく・・・死刑」
 記者会見。某有名俳優が麻薬疑惑について記者たちの質問攻めにあって一言。
なんとなく
 ・・・納得?

 俺はついに頭がおかしくなり、自殺した。

 葬式の日。
 大沢、どうして死んじまったんだよぉと泣き崩れる連中に、俺は否応のない憤りを覚えた。お前らみんなどうかしてるぜ、そんなことも分からねえのか。たまらず棺おけを蹴破った俺は連中に向かって一言。
「なんとなく」


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