体育の授業が始まる前の休み時間。
ひとりでフリースローにトライしていると、クラスメイトの清水がバスケットボールをつきながらやってきた。
ドム!ドム!ドム!──シュパッ!
華麗なフォームから繰り出されるボールが見事一発でリングを射抜く。
「よお」
「──清水!」
そして気まずい沈黙。
僕も負けじとシュートを連発するが、全く入りやしない。
二人きりの体育館はシンと静まり返り、やけにだだっ広く感じられた。
再び清水が僕のすぐ隣りからいとも簡単にシュートを決めてみせる。
転々ところがりながら戻ってくるボールを拾う清水が、長い前髪をかきあげてポツリと呟いた。
「ミノルが死んだってさ」
あまりに普通の調子で言うもんだから、僕は一瞬耳を疑ってしまった。
まさか、こいつ──
清水が今度はしっかりと僕のほうを向いて念を押した。
「嘘じゃないぜ」
だって、おまえ──いや、第一、ミノルは──
僕は急速に渇いていく喉にツバを送りこみ、やっとの思いで口を開いた。
「清水、おまえ、ナニ言ってんの」
うろたえる僕を尻目にそれでも淡々と事実を告げる清水。
「今朝一番で登校してきた三上が見つけたんだってさ。ミノル、首吊ってたらしいぜ」
「なんだよ、ソレ。自殺かよ?」
そんな埒もないことを口にすると、清水はボールを床に叩きつけ声を荒げた。
「バカか、おまえ!ンなわけねえだろ」
そうだとも。そんなわけないことくらい僕だって重々承知している。
なにしろ、ミノルは人間じゃないのだから──
清水の言っているミノルというのは学校で飼っているチンパンジーの名前だ。
そして、第一発見者の三上は、今日がたまたま飼育当番かなにかだったということなのだろう。
そう、人間以外の動物が自殺なんかするわけがない!
百歩譲って、もし仮にチンパンジーにも自殺という概念があったとして、それでもミノルには自殺する動機が見当たらない。
ミノルは学校の人気者だったし、餌も十二分に与えられていた。
校舎裏に作られた鉄柵の檻もかなり広いし、檻の中には様々な樹木が生い茂り、遊び場にも事欠かない。
ところで、ミノルのことを初めて知った人の中には、なぜチンパンジーにミノルなどという名前が付けられているのかと不思議に思う人もごく稀にいるようだ。
だけど、ネーミングの由来なんてものは実のところは単純で、ミノルもその例に漏れない。
2年前のこと、交通事故で亡くなった菅谷稔という少年が飼っていたチンパンジーが後にこの学校に寄贈され、元の飼い主の名前を記念にそのまま名づけたという、まあ簡単に言えばそんなところだ。
とはいえ、清水は別として、ほとんどの生徒はあのチンパンジーのことをミノルとは呼んでいないようだ。
チンパンジーに対してミノルなどと人間くさい、しかも死んだ人間の名で呼ぶのに抵抗を感じるのは、極めてまっとうな感覚であると僕も思う。
当然の結路として、いつしかミノルという名はほとんど誰の口からも聞かれないようになっていった。
代わりにそのチンパンジーは、今やパーマンという愛称でみんなから親しまれている。
このあだ名の由来もまた極めて単純明快だ。
藤子不二雄のコミック「パーマン」に登場するチンパンジーのパーマン2号がそれである。
むろん僕もパーマンというあだ名自体に異存はないが(ミノルよりよっぽどマシだ!)、それにしてもやはりアレはやりすぎだと切に思っていた。
少なくともみんなは動物の愛し方を間違っている。
ペットを可愛がるということは、決して自己満足ではないのだ。
そしてフト、よく街で見かける光景が思い浮かぶ。
犬に服を着せて散歩させているオバサンたち。
ああいうのを見るともう遣る瀬ない気分になる。
僕は声を大にして言いたい。
ペットはオモチャじゃないんだ!と──
「それにしても、どうして首吊りなんて」
正直どういう状況だったのかまったく想像がつかなかった。
自殺じゃないとなると事故なのか。
だけど、どうすればそんな事故がおきるのだろう。
まさか、誰かに殺された?
そんな──なんであいつが殺されなければならないというのだ?
「おまえなあ──」
清水は呆れたように肩をすくめると、リングに向かってドリブルを始めた。
ドム!ドム!ドム!
体育館の床を激しくバウンドするボールの音。
天井に向かって伸びる清水の手からボールが離れる。
次の瞬間、ボールは美しい放物線を描き、リングの網をくぐりぬけた。
3連続得点だ。
「俺も直接現場を見たわけじゃないけどさ、どうしてミノルが死んだのかくらいは想像できるよ。っていうか俺にはコレしか考えられないと思う」
「だったら納得のいく説明をしてくれよ」
感情に任せ、胸倉を掴まんばかりに詰め寄る僕。
一方の清水はひどく悲しげな色をその眼に宿していた。
「別に構わないけどさ。ただし、誰も恨まないって約束してくれよ。ミノルのことを誰よりも可愛がってたおまえだからこそ話すんだからな」
「──ああ、わかったよ」
あまりに真剣な表情の清水に僕は頷かざろうえなかった。
それにしても、清水はどうして──?
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