「マントだよ」
清水が顔中にしわを寄せて苦渋の表情を浮かべている。
「マント？」
「そう、パーマンのマントさ。おまえも知ってるだろ、ミノルがみんなからパーマンって呼ばれていたのを」
「ああ、知ってるよ。だから、パーマンの真似をしようとして生徒の誰かがミノルにマントを着けさせたんだろ」
「みんな面白がってたっけな。かわいいかわいいとかバカみたいにはしゃいでよ」
僕は黙って頷いた。
今まさに清水と全く同じことを考えていたところだった。
「あだ名が先か、マントが先かはよく覚えてないけど、ミノルがマントをしてからもうだいぶ経つよな。あれって最初の頃はよだれ掛け程度の小さいものだったんだぜ。だけど、そのうちエスカレートしてきて地面に引きずるくらいの大きなマントを着けさせられるようになったんだ。そうこうしてるうちにテレビで紹介されたりして一躍人気者。リポーターにマイク向けられた校長なんて『パーマンも新しいマントに大喜びです』なんてホクホク顔でぬかしてる始末だ。もう手におえないよ。あんな窮屈なもん着せられて喜ぶわけがないってのにな」
ああ、清水、おまえは──
やっぱりおまえだけは僕の友達だ。
ともに同じ価値観を共有できる無二の親友だ。
みんながミノルを可愛がりたい気持ちを否定するつもりは毛頭ないけれど、僕もそのやり方がひどく腹立たしかったのだ。
それこそ犬に洋服を着せて散歩する見栄っぱりな連中と一緒じゃないか。
──あっ！
ここへきて、遅まきながらようやく僕にも状況が見えてきた。
そうだったのか！つまりミノルは──
清水がバスケットボールを２ついっぺんにシュートした。
２つのボールがほぼ同時にリングをくぐり、引っかかってとまる。
網に引っかかり落ちてこないボールを顎で示した清水が言う。
「要するに、ああいう状態になっちまったんだろうな、ミノルは」
ゴールネットに引っかかっているボール２つ。
２つのボールはミノルとマント。
リングの網が檻の中の木の枝というわけだ。
木から木へ飛び移っているうちにマントが枝に引っかかり、首の結び目を支点としてちょうど首吊り状態に陥ってしまった憐れなミノルの姿が脳裏に浮かぶ。
なんてことだ。
皮肉にも、いたずらにマントを大きくしたことで更にミノルの自由を拘束してしまった結果となったのだ。
つまりは事故。
その死因は飼い主同様、不慮の事故以外の何者でもない。
子供達の自己満足の果てにある悲しい事故。
だけど──
だけど、見方を変えればミノルは殺されたとも言えるのだ。
面白半分でマントを着せた連中に──
「約束は守ってくれよ」
僕の心を見透かしたように清水が釘をさす。
「仕方なかったとは言いたくはないが、少なくともみんなに悪気はなかった。それはおまえだってわかるだろう」
そう言って、リングに引っかかった２個のボールをジャンプして落とす清水。
「ミノルのマントが、パーマンのマントみたいに空を飛べたらよかったのにな」
そこまで言ってハッと我に返る。
ったく、我ながらタチの悪い冗談だ。
「とにかく絶対に誰も恨むなよな」
しつこく念を押してくる清水。
──確かに清水の言うとおり、誰かを恨んでもしょうがないか。
僕は清水の熱意に負けて両手を上げてみせた。
「わかったわかった、約束は守るよ。でも清水さ、どうしておまえ・・・」
──キンコーン カンコーン
始業のベルが鳴り響き、ぞろぞろと生徒たちが集まってくる。
体育教師がピピーッとホイッスルを鳴らし、「はい、３年Ｃ組集合！」と、気合をかけている。
だるそうに集合する生徒たち。
だけど僕だけは従わなかった。
当然だ。
清水がなにか言いたげに僕のほうを振り返る。
思い起こせば、清水と僕は中学１年のとき、同じクラスの隣りの席に座ったのが付き合いの始まりだった。
そして、彼に誘われるままにバスケ部に入部した。
僕は清水と違って運動音痴だったから、それはもう必死になって練習したっけ。
だけど、結局最後までフリースローは決められずじまいだった。
そう、僕は志半ばにしてバスケをやめてしまったのだ。
あの夏、中１の夏、そこで僕の時間はとまってしまったのだから──
清水が奇跡的に僕の姿を認められたのは友情のなせるわざと信じたい。
清水に見守られ、祈りを込めて最後の一球を投じる。
──シュパッ
や、やったッ！
初めて決まったフリースロー。
清水が目を細めて僕の快挙を祝福してくれた。
清水の唇が微かに動く。
胸が一杯になった僕は、ゆっくりと溶けていく。
これで心置きなく逝ける。
あっちの世界への道中も寂しくはない。
なにしろチンパンジーのお供つきだから。
それに清水がくれた僕への手向けの言葉に元気を貰ったし──
清水は最後にこう言ったんだ。
「やったな、ミノル」と──
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