九条警部補の苦情(問題篇)

九条警部補の苦情(問題篇)


 「まあ、これ見てよ冴子ちゃん。ホント厭な事件が続くよなあ」
 毎度おなじみ神奈川県警捜査一課。出前の昼食を食べ終え、新聞を広げていた岬刑事が隣席の新人刑事に声を掛けた。
 捜査一課の花、童顔の才女円谷冴子がパック牛乳のストローを口から離して示された記事に目を通す。
「十三歳の少年、実母を包丁で刺す。意識不明の重態だってよ。十三歳だよ、十三歳。まったく嘆かわしいですなあ。というか他県の事件でなによりだったよ」
 最後にさらっと警察官にあるまじき不謹慎な冗談を吐く岬だったが、冴子も岬の笑えないジョークをさらっと流して小さく頷いた。
「十三歳といえば中学生ですよね。窃盗に恐喝、傷害……最近は特に多いですね。犯 罪の低年齢化に歯止めをかける方法はないものなんでしょうか」
「まったくだよな。近頃のガキんちょはナニ考えてんだかわからないよ」
 そう言う岬だって二十代の若者であるハズなのだが、やたらとおじさんくさい発言をする。
「はああああ」
 ふいに上席のほうから大きなため息が聞こえてきた。
 ため息の主は、藤竜也にちょびっと似ていると評判のダンディな上司、九条啓介警部補であった。冴子は再びため息をつく九条の元に行って尋ねた。
「警部補、なにか事件ですか?」
 声を掛けられ、やっと冴子の存在に気づいた九条は、ゆるゆるとおもてをあげて冴子を見た。眉は八の字に曲がり、顎には梅干をつくり、その唇はふるふる震えている。簡単に言っちゃうと『今にも泣き出しそうな顔』をしていたのである。そんな九条がヤケクソぎみに答える。
「ああ、事件だよ。大事件だとも」
「コロシですか?それとも強盗?」
 仕事好きの冴子の目にちらっと光が宿った。ちょっとこちらも不謹慎といっちゃあ不謹慎なわけなのだが……
「あ、いやいや、そうじゃない。仕事じゃないんだよ」
「え、でも今、事件って……」
 すると九条は言いにくそうに頭を掻いた。
「まあ、事件は事件でも全く個人的な事件でね。つまりそのぉ、家庭の問題なんだ」
「なんですか警部補、家庭の問題って」
 岬刑事が興味津々の様子で芸能レポーターよろしく九条のデスクの前に飛んでくる。ひっこみのつかなくなった九条は恥ずかしい話なんだが、と前置きして告白する。
「実は、最近娘の様子がおかしいんだ」
「娘さん、リノちゃんっていいましたよね。たしか小学五年生の」
冴子は九条の家族と面識があった。休日に買い物に行ったとき、偶然九条親子と鉢合わせたのだ。デパートで九条夫妻が買い物している二十分くらいの間、冴子はリノちゃんとふたりで最上階のレストランに行ってパフェを食べながらいろんな話しをしたのを思い出した。冴子はリノちゃんをとても礼儀正しく明るくて、父親に似て優しい子だという好印象を持っていた。そのリノちゃんがおかしいとは……?
「まず家族と食事を摂るのを嫌がるんだ。私も今までなるべく早く帰るようにして家族と夕食を摂るように心がけてきたつもりだったんだ。とにかく娘にさびしい思いをさせたくなかったからね。なのにどうして……」
「まったく、どうして急にそんなことになったんでしょうね。なにかきっかけとかあったんじゃないスか。たとえば、お父さんにこっぴどく叱られたとか」
 と、岬刑事が腕組みをして推察するが「いや、思い当たるふしはないんだがなあ」と九条は力なく首を振る。
「拒食症とかは考えられませんか?」と冴子が訊くと、「たしかに本人は食欲がないといって、食事には大して手もつけずに、すぐ自分の部屋に引っこんでしまうんだ。だがね、妻が部屋まで食事を届けてやるとどうにか食べてくれるんだよ」
「体の具合でも悪いのかもしれませんね。医者には診せたんですか?」
「いや、本人が寝ればすぐ治るからといって固辞するものだから」
「心配ですね」
「うん、しかも来週家族で温泉旅行に行くことにしてたんだが、娘のヤツ突然、私は行かないと言いだしたんだ。やっぱり反抗期なんだろうか……」
「それでしたら学校で何かあったとは考えられませんか。彼女、学校にはちゃんと行ってるんですか」
「それはまあ、大丈夫なようだ」
「いつからですか、リノちゃんの様子がおかしくなったのは?」
「ここ二週間くらいのことかなあ。いや、はっきりとはしないけど」
「そうですか、困りましたね」
「しかも夜遊びまで覚えたらしくてね」
「なっ、なんですと!小学生の女の子が夜遊びですか。マセてるなあ。いえね、さっきも冴子ちゃんと話してたんですよ。犯 罪の低年齢化。こりゃあ早くなにか手を打っておかないとタイヘンなことになりますよ。近頃の小学生は侮れないですから」
「ううっ、やっぱりそうか……」
「岬さん!」
 冴子に窘められて口を押さえる岬が小声で「失礼しました」と呟く。九条啓介、もはや風前の灯、ノックアウト寸前で、べっこべこにヘコんでいた。冴子がとりなすように優しく声をかける。
「リノちゃんに限ってそんなことはありませんよ。なにかの間違いじゃないんですか?」
「私だって信じられんよ。しかし実際、夜中に外から帰ってくるところを私はこの目で見ているんだ」
 昨夜、夜中にトイレに起きたとき、外の鉄門が動く音がしたので、玄関のドアを薄めに開けると娘の姿が見えた。九条は思わず動転してしまい反射的に隠れてしまったと、ふたりに話してきかせた。
「えっ、食事も摂れないくらい具合が悪いのに外へ遊びに行ったんですか。これは臭いますねえ」
「おかしいだろ。おかしいよな。たぶん食欲がないというのも嘘なんだ」
「外に遊びに行って食べてくるから家では食事をしないってことか」
 と、岬がしたり顔でうなずく。
「しかも、娘は悪い仲間と付き合っているんだ。娘が玄関のあたりで誰かと話していたのを私はたしかに聞いたんだ」
「誰かって、直接見たんですか?」
「いや、ドア越しに会話を聞いただけだ。何を話しているのかまでは聞き取れなかったがヤケに楽しそうだった」
「相手は男性ですか、女性ですか」
「相手の声までは聞こえなかったが、娘の口ぶりからしてかなり親しい間柄に違いない」
「結局、相手の姿は見てないんですか」
「それがまったく……」
 岬が呆れたように腰に手を当ててぴしゃりと言う。
「そこまで聞いていたんなら出て行くなり、しっかり聞くなりすればよかったんですよ。これだからもう男親は」
「面目ない」
 部下に叱られしゅんとなる九条を冴子は明るい口調で慰める。
「警部補、もっとリノちゃんを信じてあげてください。たぶん、全部誤解なんです」
「誤解ってなあ、円谷君。じゃあ、この娘の奇行をどう説明するんだね」
「そうですね……ところで、警部補のお宅って持ち家ですか、アパートですか?」
 なんで今そんなことを聞くのかと文句を言いかけたが、どうやら彼女はなにかに気づいたらしい。そう見てとった九条は素直に質問に答える。
「持ち家だよ。ローンはあと十年ほど残ってるがね」
 冴子の質問はさらに続く。
「その家は警部補と奥さんと娘さんの三人暮らしでしたよね」
「いかにも」
「温泉旅行は日帰りの予定だったんですか?」
「いや、せっかくの三連休だから二泊してこようと思っていたんだが」
「そういえば、昨夜は少し雪が降ったようですね」
「ああ、昨日の夜の冷え込みは格別だった。だからトイレに起きてしまったのかもしれないが……それと娘と何か関係があるのかい?」
 しかし九条の疑問はスルーされ、冴子が最後の質問をする。
「警部補か奥さんには何か苦手なものとかありますか?」
「苦手なもの?」
「えーと、たとえばですね」
 そこで冴子がある言葉を口にすると、ずばりビンゴだったらしい。
「おお、それなら妻が苦手でね。嫌いというわけじゃないらしいが、こればっかりは体質だからどうしようもないと言ってたよ」
「なるほど。これでひとつの仮説が成立しました。リノちゃんの不可解な行動の一切を説明するための……」
「円谷君、それは本当かい」
「はい。少なくとも、反抗期や犯 罪絡みの話しよりははるかに信憑性が高いものだと思います」



 
では、ここで問題です。
この事件の真相はいかに?
それでは、引き続き解答篇をご覧ください。



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