九条警部補の苦情(解答篇)

九条警部補の苦情(解答篇)


「ええと、つまりどういうことなんだい?」
 まったく話しについていけてない岬刑事がいつものように冴子に尋ねる。
「わたしがまずおかしいと思ったのは、警部補の言う昨夜の出来事です。警部補は外にいる娘さんの話し声を聞いたけれども、相手の声は聞こえなかったと言いました。相手の声だけ聞こえない。果たしてそんなことがあるのでしょうか」
「待ってくれ、円谷君。私は嘘など言ってないぞ。娘はたしかに誰かと会話していた」
 慌てて弁明する九条を岬が白い目でみる。
「もしかして、リノちゃんの独り言だったんじゃないスかあ」
「いえ、おそらく彼女は誰かと話していたのでしょう。ただ、相手はひとことも口をきいていなかっただけで」
「じゃあその相手は単に無口なヤツだったってのかい」
「それとも猿ぐつわでも咬ませられてたのかな」
 と、九条、岬がともにトンチンカンな推測を並べている。
「あの、そうではなくてですね、相手はそもそも話すことができない存在だったと考えるのが妥当ではないでしょうか。たとえば動物であるとか……」
「えっ、すると昨日の夜、娘が話していた相手というのは猫だったとでも!」
 ようやく真相らしきものが見えてきた九条が奇声をあげる。先刻、何か苦手なものはないかと冴子に尋ねられ、ビンゴだったのはまさにそれ、猫だったのだ。九条夫人は近くに猫が寄るだけでクシャミがとまらなくなるほどのひどい猫アレルギーだった。
「彼女は捨て猫を拾ってきた。しかし、母親がアレルギーだから飼うことはできない。だから、家の近くのどこかでこっそり世話をしていたんじゃないでしょうか」
「惜しかったなあ。アパートとかなら元々無理だけど、持ち家なら猫を飼うことだってできたのにねえ。まあ、お母さんが猫アレルギーじゃあしょうがないか」
 と、岬がリノちゃんに同情しながら言葉を継ぐ。
「猫を拾ってきたもののアレルギー体質の母がいるから飼うことはできない。さりとて見捨てるには忍びない。優しい娘さんがしそうなことじゃないですか」
 さらに冴子の推理は続く。
「夕食を残しても部屋に持っていってあげると食べていたというのは、自分の食事を猫に与えていたのではないかと考えられますし、楽しみにしていた温泉旅行も泊りがけとなれば、その間、餌を与えることができないので心配でしょう。昨夜、外に出ていったのも急に雪が降ってきたので気になって猫の様子を見に行ったものと思われますし、親しげに話していたのも相手が猫では、娘さんの声しか聞こえないのも道理です。それでも鳴き声のひとつでも聞こえればすぐに誤解は解けたのでしょうが、たぶんあまり鳴かない猫だったんでしょうね」
「なるほど、いつもながらカンペキだね、冴子ちゃん」
「あの、もちろん、これらは全てわたしの推測に過ぎません。ですが、娘さんの非行よりは遥かに納得がいくものではないかとわたしは思っています」
「うんうん、うんうん」
 取り越し苦労とわかりホッとした九条がコクコクと首を上下させ同意を示す。
「それにしても、いかな冴子ちゃんとはいえ、これだけの少ない情報からよくぞ猫まで辿りつけたもんだなあ」
と、素直に感心している岬に冴子が説明する。
「以前に一度娘さんと話したことがありまして……」
「ああ、デパートでバッタリ会ったときか。その節は子守りまで頼んでしまってすまなかったね」
「いえ、それより警部補。あの日、デパートでリノちゃんに何を買ってあげたか覚えていますか」
「いや、何か買ってあげたかな?」
「猫の写真集なんです。あのとき嬉しそうに開いて見ていた彼女が特に印象に残っていたもので、もしかしたら猫を拾ってきた、ということもありえるのかなと」
「うーん、そんなことあったかなあ……」
 当のお父上はまったく記憶にないようだ。男親など所詮そんなモンである。
「しかし、だとしたらどうしたものかなあ。うちでは猫は飼えないし」
 そんな苦情を漏らす九条に、手を差し伸べたのは岬だった。
「そういうことでしたら僕の叔父さんが引き取ってくれますよ。叔父さんは大の猫好きで、家で十匹以上の猫を飼っているくらいですから」
「おおっ、それはいい。岬君、頼めるかい?」
「ええ、もうゼンゼン構いませんよ」
 自分のことでもないのにビッと胸をたたいて請け負う岬。
「一匹や二匹増えたってどうってこたあないです。ここはこの男岬にドドーンとおまかせあれッ!」
「いやあ、本当に助かるよ。やはり持つべきものは頼れる部下だな」
「なんのなんの、そのかわり警部補。なにかウマイもんでも奢ってくださいね。なっ、冴子ちゃん」
「いえ、わたしは別に……」
「なんだよなんだよ、慎み深いなあ、冴子ちゃんは。ここはドドーンと男九条におませあれッ、ですよね?」
 現金な岬に白ける九条は、あまり乗り気じゃないふうに耳をほじりながらおざなりに応える。
「ああ、わかったわかった。じゃあ思いきってとびきりウマイもんをご馳走するよ」
「さすが、そうこなくっちゃ!で、ステーキですか?寿司ですか?」
 すると九条、待ってましたとばかりに身を乗りだして言ってやった。
「なにを言っている。ウマイものといえば最高級キャットフード、だろ?」
「うへえ」
 これは一本とられたとばかりに目がバッテンになる岬。
 冴子はその傍らで微笑を浮かべながら言う。
「やっぱり持つべきものは気前のいい上司……ですよね、岬さん?」


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