占いなんて信じない(解答編)

占いなんて信じない(解答篇)


「ええ、間違いありません。今の岬さんの報告を聞いて確信しました。犯人はこの人です!」
 円谷冴子は、そう宣言して一枚の写真を取り上げた。
 その写真に映っている男は、赤口明(セキグチ アキラ)だった。
「冴子ちゃん、どうして、彼が犯人だと分かるんだ?」
 岬刑事は腑に落ちない様子で首を傾げてみせた。
「あの現場に残されたメッセージなんですけど、私、ずっと気になってたんです。どこかで見たことあるなって」
「ああ、これか……」
 岬はくだんのメッセージを接写した写真を内ポケットから取り出した。
     
「セキグチと音で聞いたときは門がまえのセキグチ(関口)だと思ってしまったので、すぐにはピンと来なかったんですけど、セキグチの字を見て、はっきり思い出したんです」
 冴子は喉のつかえが取れたようにすっきりとした表情で宣言した。
「これはシャッコウです?」
「シャッコウ?何だい、そりゃ」
 おうむ返しに尋ねる岬刑事。彼にはまだ皆目見当もつかないようだ。
「赤い口と書いてシャッコウと読むんです。岬さん、見てください、これ」
 冴子が示した辞典には、六曜表なるものが記されていた。
「赤口(シャッコウ)は六曜星のひとつなんですよ」
「ああ、大安、仏滅とかっていうアレか」
「そうです。昔は暦の吉凶判断に使われていたものなんですが、今では結婚式は大安にしようとか、葬式は友引を避けようとか、そんなふうにしか使われていません。でも、この六曜星はもともとは占いの一種だったんです。そして見て分かるようにそれぞれが記号化されています。大安は白マル(○)、仏滅は黒マル(●)といった具合にです」
「で、この被害者が書き残した黒マルに白い縦線が入った記号ってのが赤口というわけだな」
「ご推察のとおりです、警部補」
(それにしても、彼女は妙なことばかりやけに詳しいな。まさか、昔、占い師を目指してました、なんて言いだすんじゃないだろうな……あ、いや、そもそも彼女は占い否定派だったな……)
「先勝、友引、先負、仏滅、大安、そして赤口か……いや、確かにこの言葉自体は知ってたけど、記号化されていたのまでは知らなかったなあ」
 岬刑事は後輩の見事な推理に惜しみない賛辞の言葉を送った。
「すごいな、冴子ちゃん、お手柄じゃないか。俺なんて今の今まで、シャッコウのことアカグチって読んでたよ」
(実は私もだ……)
 九条警部補は、心の中で密かに岬刑事に同意した。
「それと、もうひとつの疑問も併せて氷解しました」
「もうひとつ?ダイイングメッセージのほかに何かあったか?」
 昨日の捜査会議では、ダイイングメッセージの謎が話題の中心だったため、他に取りたてて会議のまな板にあげられた事柄はなかった。もっとも捜査会議の間中ずっと、冴子は眉間にしわを寄せ、ひとり考えをめぐらせていたので、実質、会議には参加していないも同然だったのだが……。
「あれ?警部補は、おかしいとは思わなかったんですか?犯人の残していったものの不自然さに」
「ン?あの靴がどうかしたのかね」
「ははあ、分かったぞ。犯人は玄関に靴を置いたまま裏口から逃げていった。靴を取りに戻ったりしたら、招かざる客である山元氏に鉢合わせしてしまうからね。犯人はやむなく裏口にあった被害者の靴を履いて逃走した。だから、犯人は被害者の靴をどこかに隠し持ってるんだ。被害者はケチ……いや、几帳面な性格だった。ってことは、靴の中敷きあたりに重森氏の名前が書いてあるはずだ。こいつは動かぬ証拠になる。そうだろ?冴子ちゃん」
「いいえ、違います」
 冴子は岬の推理をばっさりと切り捨てた。
「さすがに、その靴はとっくに処分されていると思います。もう丸一日経ってますし……そうじゃなくて私が言いたいのは、あってしかるべきものがなかったということなんです
 そう言って冴子は悔しそうに下唇を噛んだ。
「言われてみれば簡単なことだったんですね、どうしてすぐに気付かなかったんだろう……」
(だとしたら、いまだに気付いていない私の立場って……)
 皮肉のつもりで言っているのではないことは重々承知していながらも、九条は己の推理力のなさを痛感しつつ自己嫌悪モードに突入していた。
「もおっ!焦らすなよ、冴子ちゃん。で、何なんだい?その、あるべきものってのは」
 岬は張り込みや聞き込み、取り調べといった地道な捜査には定評があり、若くして『スッポンのミサキくん』の異名を取っている刑事である。しかしながら、頭を使った推理というものはあまり得意ジャンルではなかった。ちなみに彼のあだ名の由来だが、忘年会で酔っぱらって裸踊りをやったことがあり、その時ついたあだ名が『スッポンポンのミサキくん』。それが時間とともに『スッポン』に変化しただけのことなのだが、まあ、これはまったくの余談である。
「分かりませんか?雨具ですよ
「雨具?」
「そう、犯人の雨具が残ってなかったんです。犯人が玄関から靴を脱いで上がったのなら、当然そこで傘を置くなり、レインコートを畳むなりしますよね。よその家を訪問するとき、雨のしずくが滴る雨具を持ったまま中に上がる人なんてまずいないでしょう?最初私は、犯人は何らかの方法で玄関に戻り、雨具を回収したのだという線で考えを進めていたんです。だってほら、雨具には犯人の指紋が残っているわけでしょう?だけど、それは深読みだったようですね。答えを聞けば単純明快なことだったんです。つまり、犯人は始めから雨具を持っていなかった。2軒隣りの赤口ならそもそも雨具なんて必要なかったんです。だってそうでしょう?普通、1分とかからないところまで移動するのにわざわざ傘をさしたり閉じたりなんて面倒なことはしないですよ。雷雨とかならともかく昨日は終日霧雨でしたからね。走っていけばほとんど濡れることもなかったはずです」
「なるほど……そうか……うむむ……確かに……」
 岬刑事は相槌を打つだけで、ただただ感心するばかりだった。
 玄関の傘立てには被害者の傘が何本か立っていた。それらにはもちろんすべてに「重森」のサインが施されていた。なにもかもに被害者のサインが入っていたからこそ、犯人の残したものが靴だけだったと判明したのだ。それがそもそも不自然だったとは……。期せずして被害者は、こういう形でもメッセージを残していたわけだ。
「この点からも、他の二人の容疑者は状況的に嫌疑の外に置かれます。久留米氏は営業の仕事で外を歩き回っていた。雨具なしで動き回っていたら、ずぶぬれの身体でお得意先と会わなければならなくなる。黄川田氏も同様に工事現場で停止棒を振っていたわけですから、おそらくレインコートなりを着ていたはずです。昨日は朝から雨が降り続いていました。雨具を忘れて家を出たということはまず考えられない」
 冴子は六曜星のページに付箋を貼って辞典を閉じた。
 以上、証明おわりである。
「おおォー」
 捜査一課の猛者たちの間から、口々に感嘆の声があがる。
 誰ひとり彼女の推理に異議を唱える者はいなかった。
「よし、赤口を引っ張ってみるか」
 九条警部補は全員に向かってそう言った。


 2日後……。
「赤口が自供したよ」
「おおっ!やりましたね、警部補」
「いやあ、意外にあっさりとオチましたなあ」
 事件解決の報せを受けた捜査一課の面々は、「さあ、打ち上げだ」とばかりに酒やつまみの準備にとりかかった。
 その中にあって当の功労者、円谷冴子だけが黙して何も語らなかった。
 九条は打ち上げの準備に忙しい部下たちをかきわけて、末席のデスクで呆けたように壁の一点を見つめている冴子に声を掛けた。
「どうした、円谷君?浮かない顔だな」
 冴子はまるで夢から覚めたばかりの如くハッと我にかえると、ゆっくりと九条に視線を移した。
「警部補、今回の事件はつくづく皮肉な結果になってしまいましたね」
「どういうこったい、冴子ちゃん?」
 冴子の意味深な台詞に岬刑事が真っ先に食いついてくる。
 彼女は再び、壁の一点に目を戻して言った。
「さっき、カレンダーを見ていて気付いたんですけど、事件のあった6月15日って赤口(シャッコウ)だったんですよね」
 九条たちが冴子の視線を追ってそのカレンダーに目を向けると、確かにその日は赤口となっていた。
「六曜占いでは赤口は『何事をするにも忌むべき日。大凶の日』とされているんです」
 更に先を続けようと口を開きかけた冴子に、岬刑事が素早く横槍を入れた。
「そういうことか!まあ、確かに大凶だったよな。被害者は殺されるし、犯人は犯 罪者になるし……なっ、冴子ちゃん。やっぱり占いっていうのも馬鹿にしたもんじゃないだろ?」
「ああ、君はそれが言いたかったのか」
(占いを否定していた彼女が、占いどおりの運命を辿ることとなった事件を解決するとは……確かにこんな皮肉なことはないな)
「いえ、そうじゃないんです」
 冴子は小さくかぶりをふると、またしても岬の弁をあっさり却下した。
「赤口は大凶の日で間違いないんですが、ただし、いっときだけ吉に転じる時間があるんです。ちょうど雨雲の隙間から太陽が覗くように……忌みしき黒マルの中に好機の白線が入るように……」
「……おい、それって」
「そうなんです。赤口は正午だけは吉なんです
「ふええ、オーマイガーだな」
 岬はアメリカ人みたく大仰な仕草で肩をすくめてみせた。
(その僅かな好機とされる正午きっかりに被害者は殺されたわけか……それもまた皮肉といえば皮肉な話だ。やはり、運勢というものはそう簡単に推し量れるものではないのかもしれないな)
 そこまで考えた九条は冴子に向かって結論づけるようにこう言った。
「やっぱり占いなんて信じられないな」と……。 


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