虹館の殺 人(問題編)

虹館の殺 人(問題篇・後)


 〈青の間〉
 冷たい肉の塊と成り果てた萩原青司を取り囲む松本侑、片桐雄良、工藤箔嬰、梅垣秋絵、高柳麻耶、菊池燐太郎。
 6人の中で一番最初に行動をおこしたのは工藤だった。工藤は恐る恐る萩原の遺体に手を掛け抱え上げようとしている。
「何をするんですか、工藤さん!」
 そんな彼にぴしゃりと言い放ったのは雄良だ。工藤が文句あるのかとばかりに振り返る。
「何って……このままじゃかわいそうだべ。せめてベッドに寝かせてやろうと思っただげだ」
「気持ちはわかります。でも今は動かさないほうがいい」
 菊池が雄良の意を汲んで言葉を継ぐ。
「そうですね。この状況、どう見ても事故や、ましてや自殺などではありません。萩原さんは残念なことに何者かによって殺 害されたんです。そうである以上、ここは警察が来るまで手を掛けないほうが無難でしょう」
「しかし、電話が使えないこの場所から警察を呼ぶことはできないぞ」と、松本が問題提起すると、雄良がそれに応えた。
「車を使ったらどうですか?誰かが麓まで行って警察を呼んでくるんです」
「それはやめだほうがいいだ」
 工藤が力なく首を振る。
「なにしろ、この雨だべ。車で山道下りでぐどなるど、どこでぬかるみに足を取られるかわがったもんじゃねえがらな」
 工藤の言葉に一同からため息が漏れる。
「わたしも工藤さんの意見に賛成です」
 そう言ったのは、健気にも萩原の遺体に毛布を被せてやっていた秋絵である。
「その車を運転して行く人物こそが萩原さんを殺した犯人だったとしたらどうします?犯人は警察などに駆け込むことなく、悠々と逃亡してしまうことでしょう」
 秋絵の発言は、明らかにこの中に犯人がいることを前提にしたものに聞こえた。
 この中に犯人がいる!
 それは誰もがうすうす考えていたことではあるが、それを口に出すのは恐ろしかった。そして信じたくもなかった。
 一同、押し黙る中、最初に反論を試みたのは年の功である菊池燐太郎だ。
「秋絵さん、今の発言は些か乱暴すぎではありませんか。まるでこの中に彼を殺した人間がいるみたいな口ぶり……しかし、絶対にこの中に犯人がいるとは限らないでしょう?ここはこういう立地条件もあって、厳重な戸締りなどしていない。確かにここは山奥のへき地ではあるが、外部からの侵入者がなかったとは言い切れないはずですよ」
「いえ、それが言い切れるんです」と、秋絵の擁護に回ったのは雄良だった。
「さっき皆さんがここに集まる前、秋絵さんと一緒に確かめてきたんですよ」
「確かめるって何を?」
 工藤が大きな身を乗り出して尋ねる。一見する限り眠気などすっかり吹き飛んでしまったかのようだ。
「出入口ですよ。この館には玄関と裏口、ふたつの出入口がありますよね。そのどちらも鍵が掛かっていませんでしたが、また一方であるべきものもなかった」
「雄良君、あるべきものって、つまりそれは……」
「足跡ですよ。雨で土がびしょびしょになっている外に足跡らしきものはまったくなかった。誰も外に出た形跡がないんです。そして、この館の中には隠れる場所なんてどこにもない。風呂も物置もトイレも秋絵さんとふたりで手分けして誰もいないことを確認してきましたから間違いないと思います」
「窓も開けて確認しました。レインボウゲートのある南側の庭にも足跡なんてひとつもありませんでした」と、秋絵が言い添える。
「んだば、やっぱりこの中に犯人が?」
 恐々と問い掛ける工藤に対して、雄良がきっぱりと肯定した。
「と、いうことになりますね」
「誰だ!誰がこんなひでえことしたんだよ」
 工藤が唾を飛ばして激昂する。
「落ち着いてください、工藤さん。あなたが喚いたところで犯人が名乗りをあげるとも思えません」
 雄良が宥めるのを横目で見ながら、松本が腕組みして唸る。
「しかし、どうしたものだろう。雨がやむまで殺 人者と一緒にここで過ごさなければならないと思うとちょっと気が滅入るな。いったい誰が何の目的で……?」
「でしたら、わたしたちの力で犯人を突きとめませんか」
 そう提案したのは秋絵だった。
「この萩原さんが自らの血で書き遺した文字は犯人を示唆する暗号なのかもしれません。その意味さえわかれば何か犯人の正体を突き止める糸口になると思うんです」
 陸の孤島ともいうべき虹館。
 警察の介入できない状況下でお互いを疑いあう。
 こんなミステリじみたシュチエーションに自分たちが置かれることになろうとは……
 しかし、現実を直視しなければ前へは進めない。
 死体に掛けられた毛布からはみだした血文字を見て、工藤が言う。
「だども、これ、【青】ってしか読めねえぞ。この部屋の色を指してるのかな?」
「〈青の間〉の宿泊客は萩原さん本人……これでは意味が通じないですね」と、菊池が言う。
 

(萩原青司が書き遺したもの)

 
「んだば、自分が殺されたのはレインボウゲートが青色のときだったと伝えたかったのかも……」
「それは違います。だってカーテンが閉まってるじゃないですか」
 執拗に食い下がる工藤の説を今度は秋絵が否定する。
「犯人がやってきた時間を報せたいなら、もっと別の方法があると思います。いわゆるダイイングメッセージというものは直感的に分かるものではなくて、むしろ少し暗号めいたものなのではないでしょうか」
「しかし現実はそうとも限らねえべ」
 と言いつつも、それ以上反論する要素もなく、工藤は自分の意見をしぶしぶ引っ込める。
 すると今度は松本が、降参とばかりにもろ手を上げてみせた。
「いや、私にはさっぱり分からんね。そんなことより、どうしても犯人を特定するっていうのなら、全員のアリバイを確認したほうが手っ取り早いんじゃないか」
「アリバイですか?」
 鸚鵡返しに尋ねる菊池に松本が大きく頷く。
「そうだよ。犯行時刻はかなり特定されているんだ。その時間帯にアリバイがある者をまず除外してみようじゃないか」
「僕も松本先生の意見に同感です」
 雄良が賛同の意を表明し、口火を切る。
「犯行時刻を特定するポイントはこの部屋の明かりです。あれは、レインボウゲートが藍色に変わって間もなくのことですから、時刻は午前2時数分後、僕と松本先生は、〈黄の間〉で、〈青の間〉に明かりがついていることを確認しています。そして間もなく、僕たちは〈黄の間〉を出て、〈青の間〉の明かりが消えていることを発見しました。何気なしにふたりで〈青の間〉を覗いてみたところ、このような姿で萩原先生は殺されていた。つまり僕らが〈黄の間〉を出て、〈青の間〉の前を通るまでの1、2分の間に犯行があった公算が高いというわけです。たとえそれ以前に殺されていたとしても明かりが消されたのは事実なわけで、これが何者かの手によって行われたものだとしたら、それは犯人によるものだと考えて構わないでしょう」
「雄良さん、なぜ明かりを消したのが犯人だと断言できるんですか?」
 そんな菊池の問いかけに雄良はすぐさま回答を示す。
「電気を消しておけば、誰も萩原先生の部屋を訪れる心配がないからですよ。朝まで死体が放置されていればアリバイなんて誰にもなくなってしまうでしょうからね。しかしそこで、犯人にとって予期せぬ出来事が起こった。それが僕たちの行動です。僕と松本先生が西棟から東棟のほうへやってきたのを察知した犯人は電気を消しただけで、ドアもろくに閉めることもできずに逃げ出した。つまりこの限られた時間の中で〈青の間〉に入った人物こそが犯人なんですよ」
「私と雄良君は、ずっと行動をともにしていたから相互にアリバイは証明できるな」
 と、松本がいち早く己のアリバイを主張する。
 そして雄良が更に続ける。
「死体を発見した僕たちはすぐに皆さんの部屋を回り、このことを報せていきました。僕ははじめに隣りの〈藍の間〉をノックした。でも返事がない。そしてドアには鍵が掛かっていた。次に〈紫の間〉、こちらは反応がありました。すぐに麻耶さんが出てきましたよね」
 ずっと、だんまりを決め込んでいた高柳麻耶が小さく応える。
「私、まだ起きてたから……でも部屋からは一歩も出てないわ」
「まあ、その辺のことは後で聞くことにします。次に僕は風呂へ行きました。〈藍の間〉に秋絵さんがいなかったし、僕と同じ時間に風呂に入った彼女がまだいるのだろうと思ったからです。僕は不本意ながらも女風呂の脱衣所まで入っていって、すりガラス越しに風呂場の秋絵さんに声を掛けた」
「ええ、確かに。わたし、雄良さんから萩原先生が殺されているって聞かされて驚いて……」と、秋絵。
「秋絵さんが服を着替えて出てくるまでの間、僕は風呂の入口で待っていました。その間、時間にして数分。それから、僕らは秋絵さんの提案で、犯人は外部の人間かもしれないから念のため戸締りをしておこうということになって裏口と玄関を回った後、更に各部屋を点検し、ふたりでここへやってきたというわけです」
「秋絵さん、随分冷静じゃねえが。普通、人が殺されてるって聞いたらたまげてうろたえるもんだべ」と、疑わしげに秋絵を見やる工藤。
「仮に秋絵さんが犯人だとしたら、私たちの廊下の話し声を聞いて風呂に逃げ込んだということもありえるよな」と、これは松本。
「でも、秋絵さんのアリバイは成立してますよ」
 雄良がそう断言した。
「ほう、それはまたどうしてだね?雄良君」
「だって、逃げるんだったら、自分の部屋のほうが近いじゃないですか。それをあえて遠い風呂まで逃げるっていうのはちょっと不自然でしょ?それにちゃんと見たわけじゃないけど脱衣籠には秋絵さんのものと思われる服もありました。そしてなにより彼女が風呂から出てきたとき、僕、手を見せてもらったんです」
「手?」
「そう、手です。秋絵さんの手の指先の腹はしわしわにふやけていました。そして温かかった。彼女が長く風呂に浸かっていたという何よりの証拠です」
「まあ、犯人にとっちゃ私たちがやってきたのは予想外の事態だったろうからね。そこまで準備しておくことはできなかっただろうしな。じゃあ、秋絵さんのアリバイは良しとするか。しかしさすが雄良君だ。細かいところまで良く見ているな」
 と、雄良びいきの松本が彼を誉めたたえる。
「じゃあ、秋絵さんのアリバイは成立ってことでいいですね」
 これにはだれも異論を唱えない。
 これで、6人中3人のアリバイが成立した。
「私にもアリバイはありますよ」
 菊池燐太郎が落ち着いた調子で言った。
「でも、菊池さんは晩メシからは見かけでねえだよ。誰があんだのアリバイを証明してくれるんだ?」
 自分のアリバイが未だ証明されていない工藤は、自分が犯人にされるのではあるまいかと、焦ってるかのような口ぶりだ。
 菊池はふと麻耶に視線を向けた。麻耶は険しい表情で菊池を見返し、やがてコクリと頷いた。
「9時過ぎに秋絵さんが私の部屋にやってきて、1時間くらいして出てったの。それからすぐに電話が掛かってきて……」
「まさかそれから2時過ぎまでずっと菊池さんと電話をしていたと?」と、雄良が訊く。
「ええ、そうよ」
「その間、一度も電話を切ってないんですか?」と、秋絵がしごく尤もな質問をする。
「悪い?とにかく私じゃないわよ!」
「彼女の言うとおりです、間違いありません!彼女は断じて犯人ではない!もちろん私も違います」
 穏やかな気性の菊池が珍しく強い口調で断言する。状況が状況である、彼が激昂するのも無理もない。
「わかりました。そう興奮なさらずに」
 またしても宥め役に回る雄良。
「すると、残るは工藤君だけだな」
 松本の一言に全員の視線が工藤に集まる。
「おどげでねえじゃ。なしておらがそっただごどしねばなんねえんだ」
 うろたえる工藤が、難解な方言を爆発させてジタバタと両手をばたつかせる。
「いや、工藤さんにも犯行は難しいと思うな」
 と、そこへ雄良が顎を擦りながら一同に対して一石を投じる。
「だって、工藤さんには逃げ場がないですからね」
「逃げ場だって?」と、松本が問う。
「僕たちが死体を発見する直前に、工藤さんが萩原先生を殺 害、あるいは〈青の間〉の照明をオフにしていたとすると、自分の部屋なり食堂なりに一旦身を隠そうとしたら、どうしても僕たちと鉢合わせになる。つまり逃げるとしたら東棟のどこかしかないですよね。〈緑の間〉には菊池さんがいた。〈藍の間〉には鍵が掛かっていた。〈紫の間〉には麻耶さんがいた。女風呂には秋絵さんがいた。それに〈青の間〉にだって人ひとり隠れることのできる場所はない。残るは男風呂ですが、仮にそこに工藤さんが身を潜めていたとしたら、僕たちが死体発見している隙をついて、東端の男風呂から西端の〈赤の間〉まで戻ったということになる」
 雄良の説明に松本が頷く。
「そう言われてみれば、工藤君の犯行というのは、ちょっと無理があるかもな。たしかマスターキーは菊池が持っているんだったし、鍵の複製してる暇なんてなかっただろうし、そもそも私と雄良君がこの〈青の間〉で死体を発見したとき、このドアは開けっ放しだったから、ふたりの目を盗んで〈赤の間〉に戻るという神業をこのいやがうえにも目立ってしまう大男である工藤君にできたかどうか怪しいものだ……ん、待てよ。そうなると全員に一応のアリバイが成立してしまうな」
「んだごど言ったって、松本さんと雄良君、菊池さんと麻耶さんはお互い親しい間柄だべ。どっちかのふたりがグルでっつうこともありえるんじゃねえのが?」
 と、どうにか自分のアリバイも得られた工藤がすぐさま反撃に転じるが、しかし、それは雄良によってばっさり切り捨てられた。
「工藤さん、いくらなんでも共犯説はないですよ。だって、もしも僕たちが共犯だって言うのならこんなに早い時間に死体を発見してみせたりしないですからね。現に皆さんのアリバイが成立してしまって、一旦容疑から外れた僕らも何らかのトリックを使ったんじゃないかって思われてるんでしょうし……」
「それに菊池たちの電話だって示し合わせたものじゃないと思うぞ」
 今度は松本が、菊池、麻耶組をフォローする。
「私たちが死体を発見する直前、雄良君が麻耶さんの部屋に電話をかけているんだ。そしてその時〈紫の間〉は通話中だった。雄良君の電話を見越して、菊池と麻耶さんが共謀し、故意に電話を通話状態にして部屋を出ていったというのもない目じゃないが、それだって雄良がいつ電話をするか知っているわけではなかっただろうし、その機を狙って犯行に及ぶというのはどう考えてもナンセンスだろ」
「うっ……わ、わがっただよ……と、とにがぐおらは関係ねえがらな。松本さんが起ごしに来るまでずっど寝でだんだからよお」
「全員にアリバイがある……じゃあ、いったい誰が?」
 松本が一同を見回すと、他の面々もあからさまにではないが完全には隠しきれない猜疑心を懐に抱きつつ、互いの顔色を窺いはじめる。
 そんな中、重く澱んだ空気を振り払うかのように菊池が青色のカーテンを開け放った。
 レインボウゲートはまだ藍色のままだ。
「皆さん、これはもう素人にどうこうできる問題ではありません。ここはおとなしく警察の到着を待ちましょう」
 知人たちもいる中で、もう疑い合うのはいやだ。そう思い始めていた矢先の菊池の申し出になんとなくホッとした様子の面々。
 そこへ、雄良が突拍子もないことを言い出す。
「いや、待ってくださいよ。こうなると自ずと容疑者はひとりに絞られたんじゃないですか」
「なっ、何ですって!」
「あんだ、頭でもおがしくなっただか」
「雄良君、誰なんだ、それは?」
 雄良の爆弾発言に男たちが矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
 しかし当の雄良は、すぐにその問いには応えず更にじっくりと考えこむ。
 次の自分の言葉がとても重大な意味を持つことを熟知してか、言葉を選びながらゆっくりと口を開く雄良。
「それにあのダイイングメッセージ……夕食のとき、萩原先生が言ってましたよね。僕たち7人には面白い共通点があるって。あれは、もしかしたら……」





 さて、犯人はお分かりになりましたでしょうか?
 今回の出題は、『犯人は誰か?(下のリストから1名を選択)』と『その人物が犯人である根拠(2つ以上)』です。
 
容疑者リスト

 工藤箔嬰  片桐雄良  松本侑  菊池燐太郎 

 萩原青司  梅垣秋絵  梅垣靜  高柳麻耶



 それでは、引き続き解答篇をご覧ください。 



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