虹館の殺 人(解答編)

虹館の殺 人(解答篇・後)


「そろそろ来る頃じゃないかと思ってました」
 菊池燐太郎はひどく落ち着き払って訪問者を迎え入れた。
「あなたが萩原さんを殺したんですね。そして今度は私を……そうでしょう?片桐雄良さん……いや、塩内雄良さんとお呼びしたほうがいいですか」
 <緑の間>への突然の訪問者、片桐雄良が包丁の照準を菊池の心臓に定めてにじり寄る。
「知ってたのか?一体、いつから……」
 しかし菊池は一片の恐怖ものぞかせず世間話でもするかのように平坦な口調で答えた。
「つい先ほどです。うかつにもそれまで私は気づこうともしませんでした。私を犯人だと告発したときのあなたの真剣な表情には、塩内さんの面影がありましたよ」
「くそっ、バレてたのか!とにかくあんたにはここで死んでもらう。それで僕の復讐は終わるんだ」
 更に距離を詰める雄良に菊池は大きく手を広げてみせた。
「私は逃げも隠れもしません。さあ、どうぞ。あなたの気の済むようにしてください」
 そんな菊池に一瞬の躊躇いをみせる雄良。
「なぜだ?そこまでわかっていて、なぜあんたは否定しなかった?萩原を殺したのは自分じゃない、ここにいる塩内雄良だとなぜ皆の前で言わなかった!」
「これは天罰なのだと思ったんですよ。私にはあなたの意思を甘受する義務がある。いや、要するには、ささやかな贖罪ですね。そして私自身も救われる。この苦しみからようやく解放されるのだから……あなたとここで出会ったのも、たとえそこにあなたの思惑が働いていたのだとしても、私にとっては、やはり、そう、運命だったんです。逃れることのできない運命。因果応報ということですね」
「いいだろう。覚悟はできてるってワケだな」
 そして、雄良が微動だにしない菊池に凶器を振りかざしたその時!
「やめてください!雄良さん」
 開いたドアから現れたふたつの人影。
「秋絵さん、どうしてあなたが?それに工藤さんまで……」
 菊池がふたりに向かって意外そうに問い掛ける。
 そんな彼の問いにうろたえつつも工藤が応じる。
「お、おらは秋絵さんに力を貸してほしいって言われで、ついできただけだ。なんも詳しいごと聞かされねえでよ、ただボディガード代わりに頼むってさぁ。おらあ、てっきり菊池さんと何か込み入った話しでもすんべとしてんのがと思ってよ。いや、おらもやんだがったけんど、か弱い女の子ひとり人殺しのいるどこさ行がせるわげにはいかねえべしゃ。そしたら、雄良君、あんだがそっただ物騒なもん振り回してっがら、こっちゃあ、たまげたじゃ」
「待ってくれませんか、雄良さん」
 秋絵が再び雄良に申し出る。絡み合うふたりの視線。
「秋絵さん、あなたも僕が萩原を殺したって知ってたの?」
「はい」
 秋絵が小さく頷いた。
「どうして……どうして僕が犯人だって分かったんだ?」
「アリバイです」
「アリバイ?」
「そうです。犯行時刻、わたしたち全員にアリバイがありました。でも、そのアリバイ証明のほとんどに雄良さんの発言が絡んでいる。松本さん、工藤さん、そして、わたしも。その上、ご丁寧にあなたは遺体を発見する直前に麻耶さんに電話をしていますね。もし麻耶さんが菊池さんと電話中でなければ、あなたが麻耶さんのアリバイをも証明することもできた。雄良さん自身を含めた5人はあなたの手でアリバイが証明されたわけです。にも拘わらず菊池さんだけがほったらかし。これは偶然にしては出来すぎです。もしもこれが全てあなたの目論見だったとしたら菊池さんにだけアリバイが成立しなかったことになります。あの時、雄良さんは他の全員の所在を確認できた立場にあったわけですからね。この仮説を押し進めていった結果あなたの目的は明確になります。片桐雄良さん、あなたは萩原さん殺しの犯人が菊池さんであるかのように誘導しようとしたんです
「それはおかしいだろ、秋絵さん」
 と、反論してきたのはいつの間にかやってきていた松本侑である。
「松本さん!あんだまで、なしてここに?」と、振り返った工藤が松本に訊く。
「いや、どうしても菊池が人殺しをできるような男だとは思えなかったんでね。菊池とは長い付き合いだ。何か隠してるふうでもあったし、本人に直接会って確かめようと思って来てみたら、皆が集まってたってわけだよ」
「そうか、あんだもなかなかのお人好しだな」
 工藤が肩をすくめて呆れたようにそう言った。
「秋絵さん、話はだいたい聞かせてもらったよ。しかし、萩原が殺されたとき、雄良君は確かに私と一緒にいたんだ。これは動かしがたい事実だ。雄良君には萩原を殺す時間がなかった。それはこの私が神に誓って証明する。それとも私まで共犯者だとでも言いたいのかね?」
「そうではありません」
 そう否定して、秋絵が驚愕の事実を松本の前に突きつける。
「松本さんが雄良さんと一緒に<黄の間>の窓から外を見たときには既に萩原さんは殺されていたのですから」
「いや、しかし、あの時点では<青の間>の明かりは点いていた。それでもなお、雄良君が殺したというのなら別の誰かが<青の間>の明かりを消したということになるが、これをどう説明するんだね?」
「それがそもそもの錯覚だったんです。〈青の間〉の照明はその時点で既に消えていたんです」
「まさか!いや、錯覚って……」
 動揺する松本に噛んで含めるように秋絵が解説する。
「つまりはこういうことです。〈黄の間〉の窓から見て垂直の位置にある東棟は位置関係がつかみにくく、ひどく遠近感を狂わせるものです。あのとき雄良さんは、風呂に入ったついでに紫色の濡れタオルを突っ張り棒を使って窓にかけ、風呂の明かりをつけっぱなしにしておいた。ちょうど外から見てカーテンに見えるようにです。そのため、〈藍の間〉のカーテンが青色に、〈紫の間〉のカーテンが藍色に、男子風呂の窓にかけた濡らして色の濃くなった紫のタオルが紫色に見えたんです。〈青の間〉は明かりが消え、3つのカーテンだけが見える。遠近感による錯誤、雨の夜という視界の不安定な条件、3つの窓明かり、これらすべての要素が重なり松本さんの目に錯覚を生じさせたのです



「そんなバカな……」
 唖然とする松本だったが、それでもなんとかそのときの様子を必死に思い出そうとする。確かに彼は窓に近寄って見たわけではない。雄良の肩越しに一瞥したにすぎない。もしかすると雄良の体が死角となって〈青の間〉の窓が見えなかったのだろうか……?
 思いを巡らせる松本を前に、秋絵が続ける。
「もちろんこれは全て憶測でしかありません。そもそもがあまりにも確実性を伴わない危険な賭けでした。風呂に行った雄良さんが窓に紫のタオルを掛け、その足で厨房に向かい凶器を調達、そのまま〈青の間〉に押し入って萩原さんを殺 害。しかるのちに何食わぬ顔をして松本さんとともに〈黄の間〉に行き、部屋の窓から3つの窓明かりを目撃。そして時間をおかずにやはり松本さんとともに〈青の間〉の死体を発見。仕上げとして、東棟の人たちを呼びに行きながら風呂場に掛けていおいた紫のタオルを回収し、男子浴場の照明を消す。犯行にあたり雄良さんのとった行動はまあこんなところでしょう。なんの証拠能力もありませんが、男性浴場には使用済みの紫のタオルが3枚ほど洗濯機に放り込んであったのをさっき見つけてきました」
「いや、確かに筋は通っているが、しかし私が窓を見誤らなかったらどうする?」
「そういう可能性もゼロとは言えないでしょう。ですが、やはりその可能性は極めて低かったはずです。有名なマジックにブックテストというのがあります。数冊の本を取り出して、好きなものを選ばせ、ランダムに開いたページに書かれている内容を当てるというものです。表紙が違うという外見だけの情報で全部内容が違うと勝手に認識してしまう思い込み。これもその『思い込み』を利用した心理的トリックといえるでしょう。窓が3つで全て違う色。青、藍、紫と容易に誤認させる条件は揃っていました。更には、レインボウゲートの色が変わるたび、その明かりに反射したカーテンの色も微妙に変わっていくので、多少の色の違いはなにげなく受け入れてしまうという状況。加えて雄良さんの言葉巧みな誘導があれば、松本さんが見誤るのもいたしかたのないことだったんです
「んだば、雄良君ははじめがら萩原先生殺しの罪を菊池さんにきせるためだけにそんな手の込んだことをしたってのが?」
 口をぽかんと開け呆気にとられて聞いていた工藤が、ようやく口にした言葉がそれだ。
「そうです。犯人と目された菊池さんには誰も近づこうとしない。雄良さんはそこを狙い今度は自殺に見せかけて菊池さんを殺そうとした。さきほどの雄良さんと菊池さんの会話から察するに、この事件の背景というか動機には怨恨が絡んでいます。だとすると雄良さんは萩原さんだけではなく菊池さんをも恨んでいたということになる。恨みがあるからこそ菊池さんを犯人に仕立て上げようとした。しかもその上で殺 害しようと企てていた。そんな筋書きをわたしは予想しました。いずれにせよ物的証拠がない以上、次の犯行現場を押さえるしかない。これはわたしの賭けでもあったんです」
 片桐雄良が犯人。それは一切否定しようとしない本人のリアクションを見れば火を見るより明らかだ。しかし、疑問はまだ残っている。
 そして、その疑問を提示してきたのは松本侑だった。
「じゃあ、あの『青』という血文字はどうなる?あれさえも雄良君の自作自演だったというのか」
 それならそれで一応納得できそうな解釈ではあるが、しかし秋絵は別の答えを用意していた。
「そうではないでしょう。アリバイを確保した雄良さんにそこまでする必要性は全くありませんから」
「だったらどうしてあの暗号めいた血文字の意味が菊池になるんだ?萩原が勝手に犯人が菊池だと誤認したとでもいうのか」
 と、食ってかかる松本に対し、秋絵はあくまで涼しげに首を振る。
「いいえ、あの血文字は確かに雄良さんを示していました」
「なんだって!」
 突拍子もない展開に勢い熱くなる松本。そんな彼から視線を外した秋絵は、ずっと押し黙っている雄良の方を向き、軽く微笑んでみせた。
「雄良さん、即興で考えたにしては、うまくこじつけましたね。でもあれはそういう意味ではありません。『青』という単語を伝えたいのならもっと他に簡単な方法があったはずです。部屋の中は青いものだらけですし、自分の名前にだって青という文字が使われている。わざわざ書く必要なんてないんです。焦るあまりにあなたはそこまで思い至らなかったようですが……」
「んだば、あれはそもそも『青』じゃながったってことか?」
「ええ、あれは『青』と読むのではありません。犯人によって照明が落とされたあとにでも書かれたのでしょう。だからたまたま『青』と読めてしまった……」
「秋絵さん、はっきり言ってくれよ。おらにはもう何がなんだかさっぱりだ」
 懇談する工藤に秋絵がきっぱりと解答を提示してみせた。
あれは『十二月』と読むんです
「十二月ぅ……?」
「ええ。『十二月』と書いたつもりが薄れる意識の中で少しズレてしまい十と二が重なり、はからずも『青』と読めてしまった。しかも手探りで書いた文字ですから、あんな福笑いのようにいびつな形になってしまったわけです」
 松本が自分の手のひらに『十二月』と書きながら頷いた。
「なるほど、十二月……そう言われればそうも見えなくもないが……」
「花札の絵柄とわたしたちの名前の共通点。雄良さんの推理は期せずしてそこまでは当たっていたんです。でも肝心のキーワードは青タンではなかった」
「そうか、月か!」
 松本が得心したように膝をうった。そんな松本をちらりと見やり、秋絵が推理を継続する。
「花札に描かれた植物は全部で12種類あります。それらはそれぞれ何月かを表しています。松本の松は一月、梅垣の梅は二月、工藤の藤は四月、萩原の萩は七月、菊池の菊は九月、高柳の柳は十一月、そして……」
 松本侑、工藤箔嬰、菊池燐太郎、3人の男たちが秋絵に注視する中、雄良だけは肩を微かに震わせ俯いている。そして秋絵は言い放った。
片桐の桐は十二月を示します
 先刻雄良がやってみせたのと同じように一枚の花札をテーブルの上に置いてみせる秋絵。
 桐に鳳凰、十二月の札である。

   (花札一覧)

「更に付け加えるならば、雄良さんの発言にはひとつおかしな点がありました。さきほど〈青の間〉で工藤さんが共犯説の可能性を持ちかけたとき、雄良さんが言った言葉です」
 しかし、誰もそのときの彼の発言を明確に思い出すことが出来なかった。雄良本人さえもだ。
「あのとき、雄良さんはこんなふうに言っていました」
 と、秋絵がほぼ完璧にそのときの雄良の発言を諳んじてみせた。
 雄良は、こう言っていたのだ。
『工藤さん、いくらなんでも共犯説はないですよ。だって、もしも僕たちが共犯だって言うのならこんなに早い時間に死体を発見してみせたりしないですからね。現に皆さんのアリバイが成立してしまって、一旦容疑から外れた僕らも何らかのトリックを使ったんじゃないかって思われてるんでしょうし……』
何らかのトリック……雄良さんは確かにそう言いました。仮に松本さんと雄良さんが共犯だったとしたら、口裏を合わせて相互にアリバイを証明するだけで済む話です。たったそれだけのことを指してトリックだなんて、ミステリマニアの雄良さんとは思えない発言です。これはおそらく、自分が松本さんに仕掛けた心理トリックが脳裏にあるゆえに、つい漏らしてしまった失言だったに違いありません」
「なるほどなあ」
 次から次へと推理を披露する秋絵に、工藤などはもう感服の至りであった。
「しかしなぜだ、雄良君?君は菊池たちとは初対面のはずだろう?なぜふたりを殺そうとしたんだ」
 混乱気味の松本が雄良に問いかけるも、当の本人はやはり黙したままだ。そこへ工藤が更なる追いうちをかける。
「しかも、なにもこんなどごで殺すごどねがったべよ。確実に殺したがったら、町の雑踏でぐさりとやった方がうまくいくような気がするけんどなあ。どうせ、あんだは菊池さんと萩原先生のふたりとは表向きはなんの繋がりもねえんだべ」
 なおも黙りつづける雄良。そんな彼の意を汲んで秋絵が代弁する。
「リスクをおかしてまで、わざわざここで犯行に及んだ理由はおそらくふたつあるのだと思います。ひとつは、萩原さん殺しの罪を菊池さんにきせるため。動機は怨恨によるものでしょうから、ただ殺すだけではなく菊池さんに殺 人者としての汚名を残せば、その不名誉は家族にまで及ぶ。雄良さんはそこまで狙っていたのでしょう。そしてもうひとつ、この虹館で殺すことにこそ重大な意義があったのではないでしょうか」
「なんだって?」
「わたしには一連の事件の背景には、この虹館そのものが根深く関係していると思えてならないんです」
 秋絵の言葉はとても慎重で憶測めいた語り口だったが、その一方でなにか確信のようなものが見え隠れしていた。
「畜生!」
 ふいに雄良が叫び声を上げ、菊池燐太郎におどりかかる。
 その時、果敢に動いたのは秋絵と工藤。
 しかし、雄良のほうが素早かった。
 菊池の背後に回りこみ、包丁の刃先をその喉笛に突きつける雄良。
 菊池を盾にとられた秋絵たちはたちどころに身動きがとれなくなる。
「それ以上近づくな!一歩でも近づいたらこいつの命はないぞ!」
 錯乱状態の雄良はもう破れかぶれだった。
 今にも本当にその喉を掻き切らんばかりだ。
 菊池の喉に刃先が触れ、一本の血筋が首筋を伝う。
「ひっ……」
 そんな情けない悲鳴をあげたのは工藤だった。一方、当の菊池はまるで観念したかのように平静を装っている。
 秋絵が落ち着いた口調を心がけ説得を試みる。
「やめてください、雄良さん。それ以上罪を重ねても仕方ないでしょう」
「う、うるさい!あんたに……あんたなんかに何がわかるってんだ!」
 そんな抜き差しならぬ緊迫した状況下、最後に現れた高柳麻耶が出し抜けに叫ぶ。
「やめて!やめてちょうだい。菊池さんは悪い人じゃないわ!」
「麻耶さん……」
 菊池がこの場にきて初めて動揺をみせた。
「いけない、麻耶さん、こっちに来るんじゃない。これは私と雄良さんの問題です」
「どうしてよ……」
 しかし、麻耶は菊池の言葉もきかず、雄良に歩み寄る。
 その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「どうして、あなたが……どうしてあなたが菊池さんを殺そうとするの?」
「僕の父は、くだらない欲望のために殺されたんだ。この菊池と萩原の手によってね」
 雄良はじっと麻耶を見つめると、手を緩めることなく告白をはじめた。そしてその口調はいくぶん落ち着きを取り戻しているかに思えた。
「僕の父は塩内行斗(しおうちゆきと)という男だ。父は売れない建築家だった。でも父の設計する建物には夢があった。そして住む人のことを一番に考えた妥協のない職人気質の人でもあったんだ。だからどうしてもいつも予算との折り合いがつかず、会社と揉めてばかりいた。やがて父は利潤を第一に追求する会社に嫌気がさし、会社を辞めて独立することを決心した。そんな矢先のこと、父は几帳面な人でお蔵入りになった設計書をすべてパソコンに保存していたんだけど、それを目にしたのが、父の勤めていた会社の重役であったこの菊池と、フリーの建築家萩原青司だった。萩原は父と違い、機能性よりも芸術性を重視する建築家で、方向性こそ違え売れない建築家という点では父と共通していた。そしてこともあろうかあの萩原は、父の設計を勝手にいじって発表しようとした。機能性なんか全く無視したただの芸術作品として!しかもそれにはこの菊池も一枚噛んでいたらしい。もう5年も前のこと、僕が高校2年の時だ。それを知った父は、設計を盗まれ、あまつさえ不本意な形で歪められたことを怒り、ふたりに抗議しに行った。しかしその晩、父は帰ってこなかった。その次の日も、そのまた次の日もね。父の遺体が東京湾から浮かんできたのは、忘れもしないそれから4日後のことだった。事故なんかじゃない。父はあのふたりに殺されたんだ、そう思ったよ。それからというもの母は人が変わったように荒れて酒浸りの生活。で、一年としないうちにあっさり逝ってしまった。そして独りぼっちになった僕は、母方の実家に養子として引き取られ片桐の姓になったってわけさ。そのとき僕は心に誓ったんだ。いつかきっと父を殺した奴らをこの手で葬ってやると!」
 再び熱を帯びはじめた雄良に松本が呼びかける。
「だが少なくとも菊池はそんな卑劣なことをするような男じゃない。雄良君、それは何かの間違いじゃないのか?」
「違う。僕はこの耳で聞いたんだ。復讐するにしても確信がなければ決心が鈍る。そう思って一度、萩原の設計事務所に行ったことがあった。ヤツはすぐ傍の応接室で当の息子が待っているとも知らずに軽々しくも吹聴していたよ。『塩内は死んで正解だ。あの設計書、この俺が使ってやったから陽の目を見ることが出来たんだぜ。ありがたく思えってえの……ああ、そうだよ、俺と菊池で塩内のヤツを殺したのさ』ってね。もちろんその話を聞かされていた事務所の人たちは端から信じてないようだったけどね。だけどそれは事実なんだ。しかもヤツは一片の後悔もしていない!僕は猛る気持ちを何とか静めて萩原と会わずに事務所をあとにした。復讐の機会をうかがうためにも面識がないほうがいいだろうと思ったからさ。やがて、松本先生が円塔館のオーナーであることを知った僕はいつか萩原たちとコンタクトがとれるであろうことを期待しつつ松本先生に近づいた。そして待望の今日のこの日が訪れたってわけさ。秋絵さん、あんた賢いよ。そうさ、この歪んだ虹館こそやつらの死に場所には相応しい。きっと父も応援してくれる。今、ここに復讐の墓標を立ててやる!」
「やめてぇぇ!!」 
 片桐雄良---塩内雄良が包丁を振り上げる。
 高柳麻耶の悲鳴が飛ぶ。
 そして……
 ざっくりと肉に刃が刺し込まれる手応え。
 ツーッと一筋の血が流れる……
 しかし、その血は菊池燐太郎のものではなかった。
「あ、秋絵さん」
 血塗られた出刃包丁を手に何が起こったのかと呆然自失の雄良。
 そして同じくその凶器を手にしていたのは秋絵だった。
 秋絵はその身をていして菊池を突き飛ばし、包丁の刀身を素手で握り締めていたのだ。
 その手から滴りつづける血の雫。
 苦痛に顔を歪める秋絵。
 思わず雄良は凶器を手放した。
「秋絵さん!なんで邪魔するんだよ。どうしてそこまでしてこんな男を庇うんだ?」
 包丁の刀身を握り締めたままの秋絵が無理に微笑む。
「後悔したくなかったから……それに、菊池さんは麻耶さんの言うように悪い人じゃありません……きっとこの虹館もすぐに取り壊してしまうつもりだったはずです」
「なぜそう自信をもって言えるんだ?人はみな善人とは限らないだろう」
「それは……そのとおりだと思います。でも菊池さんは違う……菊池さんはこの虹館にあなたのお父さんの署名を残しているんです」
「なっ、まさか」
「本当です。ここに着いたばかりのとき……わたし、見たんです。あのレインボウゲートに刻まれた文字を……『設計者:塩内行斗』の名を……」
「もうわかったから。もう喋らないで、秋絵さん」
 麻耶が秋絵のもとに駆け寄ってその手にハンカチを巻いた。
 工藤が得物を手放した雄良の体を拘束し、松本が倒れた菊池を抱き起こす。
「すいません、麻耶さん……でも大丈夫。このくらいたいした傷じゃありません」
 菊池が自力で起き上がり、雄良に歩み寄った。
「雄良さん」
「な、なんだよ、僕を笑いにきたのか?殴りにきたのか?」
 工藤に押さえ込まれ身動きが取れない雄良が菊池に対して唾を吐く。
 そんな雄良に菊池は哀しげに目を伏せ、訥々と苦しげに語りはじめた。
「雄良さん、あなたの父親には確かな才能がありました。しかしあなたの言うところの職人気質が仇となって仕事がうまくいかなかった。会社の人間としてではなく菊池燐太郎個人として私なりに塩内さんのことは心配していたんです。彼が萩原さんのところに抗議に来たとき、確かに私も同席していました。塩内さんと萩原さん、平行線の口論が発展し、やがてふたりはもみ合いになり、そして塩内さんが足を滑らせて転んだ。打ち所が悪かったのか、彼はそのまま息を引き取ったんです」
「ふん、あくまで事故だったって言いたいわけだ。だったら、なぜすぐに自首しなかったンだよ!」
「そのときの私は私個人としてではなく、数千人の社員を抱える建設会社の役員としての判断を優先したんです。景気底冷えの昨今、建設業界はもろに煽りを受けていますからね。こんな醜聞は絶対に揉み消さねばならない、と、そう思ったんです。だから警察には報せず萩原さんとともに海に死体を捨てた……」
 菊池がやりきれないようにゆるゆると首を振り、そしてまた続ける。
「この虹館を建てたのも、せめてもの罪滅ぼしのつもりだったんです。塩内さんの設計した円塔館は住む人間が長く愛せるよう居住性を一番に考えたものだった。なのに出来上がったものは単なる見世物小屋。オーナーである松本さんの立腹も頷けます。だからせめて塩内さんが遺していったもうひとつの作品である虹館だけはきちんと彼の思惑通りのものに仕立てたかった。しかし私が目を離した隙に萩原さんに横槍を入れられてしまい、こんな不本意なものが建ってしまいました。そもそも本来の虹館は、建物の形が少し虹の形に似てるからということで付けられただけの名前であり、ここまで虹というモチーフに拘ったものではなかったんです。たとえば、あの風呂だって、もっと広く設計されていたのに、虹の形に拘る萩原さんがあんなふうに変えてしまった。私は今日のこの場を借りて本来の設計者の名を公表しようと考えていたのですが、こんな駄作ではとても塩内さんの名は出せない。せっかくの虹館が歪んだ欲望の象徴になってしまった。私は円塔館の二の舞を踏んでしまったのです。しかも塩内行斗の名に更なる泥を塗ってしまった。私は……私は取り返しのとかないことをしでかしてしまいました。私は生きる価値のない人間です」
 誰もが菊池の懺悔に耳を傾けていた。誰も口を挟もうとはしない。
「雄良さんのことは、ついさっき気づきました。私が犯人だというあなたの真剣な表情は塩内さんによく似ていた。だからこそ、私があなたの罪をかぶるのも悪くないと、そう思ったんです。場合によってはあなたに殺されるのも止むを得ないとさえね……この虹館が完成したときには驚きました。仕事にかまけて進行管理を怠った私にも責任がある。塩内さんの設計を忠実に再現することが私の贖罪だったのにこんな形になってしまって……だから一度ここに泊まったらすぐに取り壊すつもりでした。雄良さん、本当です。これだけは信じて欲しい」
「それで雄良さんにあなたが犯人だと指摘されても反論しなかったんですね」
 秋絵が確認するように尋ねると、菊池は無念そうに頷いた。
 松本は「憐れな話だな」と漏らし、やるせない表情を浮かべている。
「雄良君がその塩内って人の息子だと知ったお前は自ら罪をかぶることを決意した……菊池、お前らしい選択だな」
「雄良さん、あなた、私と同じだったのね」
 雄良同様、萩原青司に人生を狂わされた高柳麻耶がポツリと呟く。
 己の父親を殺された雄良。
 己の父親を殺そうとした麻耶。
 雄良と麻耶、同じ境遇を抱えた彼らの意識の中にあったものはただひとつ------復讐だった……


 こうして事件は幕を下ろした。
 「少し時間を欲しい。雄良君とふたりきりにしてくれ」と申し出た松本を〈緑の間〉に残し、秋絵、麻耶、工藤、菊池の4人が食堂に移動する。
「あのふたり、何を話してんだべな?」
「松本さんは、雄良さんに目をかけていましたからね。励ましの言葉でも掛けたかったのでしょう」
 工藤の何気ない疑問に菊池がそう答え、そして己を嘲笑った。
「まあ、他人のことばかりも言えません。私にも死体遺棄という罪がある。私ももうじき彼と同じ塀の中の住人になるわけですからね。これで地位も名誉もすべて失った。家族の者にはどう償ってよいものか見当もつきませんが、なぜだか今は憑きものが落ちたような気がします」
 そんな菊池を麻耶が澄んだ目で見つめる。
「待ってるから」
「え……?」
「私、菊池さんのこと、本当の父のように思っていたから……だから私、あなたが帰ってくるのを待ってます」
「……ありがとう、麻耶さん」
 涙ぐむ菊池を見て見ぬふりの工藤が、沈みがちな空気を振り払うかように明るい調子で秋絵に言った。
「しがし、秋絵さんの推理、見事なもんだったなぁ。いや、それにしても、あんだ、雄良君が菊池さんを襲いにこねがったらどうするつもりだったんだ?」
「一応、犯 罪心理学も勉強していますので、十中八九来るのではないかと睨んでいました。いえ、むしろそういう考えに至ったのは、机上の学問より現場の経験のほうが大きいですね」
「現場って……栄養士のあんだが、なしてそっただごど……秋絵さん、あんだ、一体何者なんだい?」
 すると秋絵は無傷の右手を服の内ポケットに差し入れ黒い手帳を出してみせた。
「ええっ!こ、こ、こ、これって警察手帳じゃねえが!」
 手帳を開くとそこには確かに秋絵の顔写真が貼ってある。だがしかし名前が違う!
「わたしの本当の名前は円谷冴子といいます。神奈川県警刑事部捜査一課の刑事をしています」
「なぬぅ!!じゃあ、秋絵さんは?梅垣靜さんの姪御さんっつうのは?」
「騙していてすいませんでした。わたしは梅垣靜さんの依頼で姪御さんの名を騙ってここに来たんです。あ、でもあくまでこれは仕事としてではなく、個人的な活動としてですが……」
 そのやり取りを聞いていた菊池と麻耶も驚愕の事実に言葉を失っている。
「そもそものきっかけは梅垣靜さんが菊池さんと麻耶さん、おふたりの身を案じてのことだったんです」
 時刻は午前6時ちょうど。
 紫色に輝くレインボウゲートが光を失う。
 人口の光が消え、山あいから朝日が顔を覗かせ長い夜が明ける。
 そして、あんなに激しく降り続いてた雨は、いつの間にかウソのようにやんでいたのだった……




「それでは下河原さん、もう一度岬さんに言われたのと同じとおり、わたしに見えないようにその雑誌を捲ってみてください」
 円谷冴子が雑誌を取り上げて、下河原刑事に言った。
「お、おう」
 冴子がお手本となるよう下河原に見えないよう手にした別の雑誌をぱらぱらと捲ってみせる。片やそれに素直に従う下河原。
 九条警部補は下河原の背後から、岬刑事は冴子の背後から、それぞれ成り行きを見守っている。
「では、適当なところでとめてもらえますか」
「ほいっと、とめたぜ」
「それは何ページ目ですか?」
「203ページだよ」
 少し遅れてページを繰る手を止めた冴子が更に指示を出す。
「では、そのページをじっと見つめていてください。じっとですよ」
 冴子が真面目くさって自分の手の雑誌を凝視する。このくらい真剣に見よ、と言わんばかりにである。
 この時点で、冴子は下河原の見ているページの内容を把握していた。なぜなら、岬の用意した3冊の雑誌は表紙こそ別物だが、その中身はすべて同じ物だったからである。相手と同じ雑誌の同じページを見ているわけだから文字通りお見通しなわけだ。それにつけても、同じ雑誌を3冊も購入してタネを仕込んだ岬もなかなかの暇人である。
 やがて冴子は手にした雑誌を机に置き、ゆっくりと目を閉じた。そして棒読み口調で読み上げる。
「【地獄の窓牛】はこの中にいる。ばっちゃんの名にかけて。犯人はお前だ……あの、まだ読みますか?」
「す、すげえ!」
「これはまた奇天烈な」
 下河原と九条がまたまた感嘆の声を上げる。いやはや、これでは岬の面目丸つぶれ。トホホである。
「そんなすごいことじゃありません。わたし、この手品、以前から知っていたので」
「へえ、やっぱり手品だったのか」と、しみじみと言う九条。
 んなもん当たり前である。手品でなければ何だと思っていたのだろう?そっちの方がよっぽど謎だ。
「いやあ、さすが博識な冴子ちゃんだ。で、これ、どういう仕掛けだったんだい?」
 下河原の質問に口を開きかける冴子。それを慌てて岬が制する。
「うわっ、ま、待ってよ、冴子ちゃん。それは言わないでおいてよ。これ、忘年会の出し物に使うんだからさ」
「岬、ケチケチすんなって。いいから教えてくれよ。このまま放置プレイじゃ気になって眠れねえだろ」
 岬と下河原、両刑事の板ばさみに困ったように眉根を寄せる冴子。
 そこへ岬がビシッと言い放つ。
「トリックは手品の命!言わぬが花ってもんでしょ。なっ、冴子ちゃん」
 冴子はふっと息を吐くと、「確かに岬さんの言うとおりかもしれませんね」と呟いた。
「なにい!冴子ちゃんまで岬のケチケチ菌が伝染ったんじゃねえのか?だいたい岬、お前が教えてくんねえのが悪いんだぞ」
「もお、しつこいなァ、下河原さんは。教えないったら、教えないんです!」
 きゃいのきゃいのと醜い闘争を勃発させる岬と下河原。
 そんなふたりを尻目に、帰り支度でコート姿のままの九条が冴子を部屋の隅に連れて行く。
「円谷君、だいたいのことは岩手県警から聞いたよ。まったく、とんだ有給休暇になってしまったね」
「いえ、わたしは何もできませんでしたから……」
 と、冴子が包帯の巻かれた己の手を哀しげな目で見つめる。
 事の起こりは一週間前、捜査一課への一本の電話から始まった。電話をしてきたのは梅垣靜という女性で料亭の女将をしているとのこと。彼女の話によると、店の常連客である菊池燐太郎という男が、酔った勢いで口を滑らせたのか『人殺し』などという物騒なことを口走っていた。穏やかじゃないなと思い詳しく話を聞いてみると、高柳麻耶という知り合いの女性が殺 人を犯すかもしれず、なんとか思いとどまらせようと説得を試みたが全く耳を貸してくれない。本人は、その萩原という男と話し合いをするだけだと言っていたが、彼女は虹館でそいつを殺すかもしれない。自分は無力だ。なんの力にもなってやれない。そうこぼしていたという。事件が起きてもいないのに警察が動いてくれるとも思えないが、だからといって放ってもおけず藁をも縋る思いで電話した。と、まあそんな内容のものであった。
 冴子は早速、彼女の職場である料亭〈しづか〉に出向き、ならば非公式で自分が、その女性が犯 罪を犯さぬようそれとなく監視しようと申し出たという次第である。梅垣靜の知り合いの刑事として行くのもいいが、内々のパーティーで場の雰囲気を壊しても申し訳ないと話したところ、だったら冴子と年齢の近い姪の秋絵の名前を使うといいということで話の折り合いがついた。あとは梅垣靜が菊池に連絡を入れ、自分も虹館に招待して欲しい旨を話し、その代理として冴子が現地に赴くという段取りになっていたのだ。
 ところが、いざ行ってみると、一日早く到着していた萩原と麻耶は険悪な空気。どうやら事態は最悪の方向に向かっているらしい。菊池にだけは自分の正体を明かそうかとも考えた冴子だったが、菊池が電話で麻耶を説得しているのを聞き、もう少し様子を見ることにした。そんなわけで、麻耶ばかりをマークしていた冴子は、自分のすぐ傍で起こった殺 人を未然に防ぐことができなかったのである。
 この経緯を知っているのはこの部屋では冴子と九条だけ。何も知らぬ岬たちは未だ呑気に不毛な口論を続けている。
「警部補、わたし、あんなに近くにいながら何もできませんでした……」
 冴子は酷く自責の念にかられていた。そんな彼女を九条が優しく慰める。
「円谷君、あまり自分を責めないことだ。少なくともあの場に君がいたお陰で第二の犯行は防げたのだし、犯人も逮捕することができた。君は良くやったよ。それで充分じゃないか」
「でも……」
「円谷君、これだけは忘れないでおいてくれ。警察官は万能じゃないんだ。そして君もまた同じだ」
 九条の重い言葉に心打たれる冴子。
「警部補、すいませんでした……わたし……」
 ぺこりと頭を下げる冴子に、九条が照れ笑いを浮かべる。
「それにしても親の仇討ちか。いまどき珍しい浪花節だね」
 そんな九条の感想に冴子が迷いながら言う。
「ですが犯人の気持ち……雄良さんの気持ちも分からないでもないんです。わたしは……わたしがもし雄良さんの立場だったらきっと同じことを……」
「円谷君……」
 冴子は、自分に対して「あんたなんかに何がわかる!」と怒鳴った雄良の言葉を思い起こしていた。
(わかります、雄良さん。わたしも……わたしだってあなたや麻耶さんと同じように……)
 落ち込む冴子に九条はかける言葉も見つからず、ただただ見守るばかりだった。
 しかし、ふいに冴子がパッと破顔し白い歯を覗かせる。いつまでも落ち込んでいては周囲に気を遣わせてしまう。それに事件は待っていてはくれない。そんな気持ちが彼女を奮いたたせたのだ。
 そして、冴子は満面の笑顔を浮かべながら、教えろ、教えないなどと言い争いを繰り広げている岬たちのもとに寄っていく。
「おい、冴子ちゃん。岬の味方なんかしなくていいから、さっきの手品の仕掛け教えてくれよ」
 と、懇願する下河原。岬はいつの間にかちゃっかりとタネとなる3冊の雑誌を引き出しの中に仕舞っていた。
「とりあえず、こうしませんか?」
 ふたりに向かって冴子が人差し指を立ててみせる。
「今度はわたしが超能力をお見せします」
 これには下河原、大ブーイングである。
「冴子ちゃん、なんか問題をすりかえようとしてないか?」
「まあ、いいじゃないですか、ちょっと見せてもらいましょうよ」と、乗り気の岬。
「では、早速」
「お、いきなりかい」
 下河原は今度は騙されないぞとばかりに気合充分に身構えた。
「岬さん、下河原さん、おふたりとも目をつぶってください。そして頭の中に1から4までの数字を思い浮かべてください」
「うん、浮かべたよ」
「で、次はどうするんだ」
「おふたりとも準備はいいようですね。では、今度はその1から4までの数字のうちひとつだけを頭に残して、わたしに念を送ってください」
「お、結構雰囲気でてるじゃねえの」
「ようし、送るよぉ」
「はい、目を開いてください。確かにおふたりの念はわたしに届きました。念のため、今、頭に浮かべた数字を紙に書いてここに伏せてください」
 岬たちは言われるままに彼女の指示に従う。もちろん冴子にはどの数字が書かれているか分からないよう細心の注意を払っている。
「気をつけろよ、岬。俺が思うに、この書かせるってところに何か仕掛けがあるんだろうからな」
「ガッテン承知のすけですよ」
 ふたりはそれぞれの数字を書き終え机の上に伏せた。その紙は断じて透けて見えることはない。
 次に冴子はゆっくりとふたりに背中を向けて、「それでは、その紙を捲ってお互いの書いた数字を確認してください」と言う。
 岬たちは、部屋のどこかに鏡でもあるのではなかろうかとあたりを見回し、ないことを確認してもなお心配なのか、自分たちにだけ見えるようほんの少しだけ捲って互いの数字を確かめあった。
「確認したぞ」
 下河原の声に冴子が向き直って続ける。
「あの、実はちょっと送られた念がはっきりしなかったので、ひとつだけヒントをいただきます。おふたりの書いた数字、同じだったか違っていたか、それだけで結構ですので教えてください」
 岬たちは訝しげに互いの顔を見合わせ頷きあうと、岬が代表して答えた。
「同じだったよ」
「そうですか。これでわかりました。岬さんと下河原さんの念じた数字はともに同じ。それは3ですね」
 冴子はそう宣言して、机の上の紙を表に返す。
 紙に書かれた数字はどちらも3。
 お見事!
「まあ、岬さんほどすごい超能力ではないですけど」
 冴子があんぐりと大口を開けっぴろげている先輩刑事たちにそんな謙虚なことを言う。
「あのさ、冴子ちゃん」
 岬が気色悪い猫なで声で冴子に摺り寄る。
「今のどうやったの?僕にだけこっそり教えてよ。頼むからさあ」
 なりふりかまわず合掌して願い出る岬。
 そんな彼に対し、冴子が残念そうに首を振りながら言った台詞がこれである。
「それは教えられません。だってトリックは手品の命。言わぬが花、ですからね」



蛇   足

 『梅垣秋絵=円谷冴子』の伏線は、『一人称が〈わたし〉になっていること(刑事円谷冴子の全ての登場人物の中で、この一人称を用いているのは冴子ただひとりです)』と『お酒が飲めないこと(第3話参照)』となっております。




  ・・・ 特別出演  ゆうすけ様 ・・・


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