最も簡単な密室殺 人(解答編)

最も簡単な密室殺 人(解答篇)


 冴子が下河原の問いに答える。
「密室殺 人のパターンとしては、犯人が鍵を外から入れる、中にまだ犯人がいる、秘密の抜け穴が存在する、被害者自身が内側から鍵をかける、そもそも犯人が存在しないと、だいだいこの5つに分類できるのでないかと思います。ですから今回も、当然この中のどれかに該当するということです」
「ふーん、じゃあ今回の件はどれに当てはまるんだろうな。ま、なんにせよまだ情報が少なすぎるか」
 煙草の封を切りながらしょっぱい顔で天を仰ぐ下河原。
「いえ、でもそれ以前に既に犯人が捕まっているわけですから、密室の謎なんて解くほどのものでもないんです」
「ああ、なるほどなるほど。犯人が捕まってんなら密室もへったくれもないわな……って、ええッ〜!は、犯人が捕まっただって?そんなこと九条さんひとことも言ってなかったぜ」
 と、すっかり落ち着きを失っている下河原に冴子はあくまでサイボーグのように淡々と応じてみせる。
「ですが、ここまでの情報を総合すると犯人の身元は割れていると思いますよ。少なくとも名前くらいは判明しているはずですが」
「ちょ、ちょい待ち!その犯人の名前って、冴子ちゃんもとっくに知ってるってこと?」
 そんな下河原の問いにも、こともなげに頷く冴子。
「はい、知ってますよ。犯人の名前は机星二(つくえせいじ)というみたいですね」
「つ、つくえ……?」

 
 九条警部補 殿

                             捜査一課 岬

 電話で報告した部屋の見取り図です。
 へたくそな図ですいません。


       窓               窓
 
     ベッド
   テレビ

                 テーブル 
箪笥               クッション
          鈴木×
ドア←バス・トイ?BR>
本棚
                  雑誌       本棚
キッチン
                          ゴミ箱
 
   ドア





「これをみてください。岬さんの書いた現場の見取り図ですけど、ここに書いてある机という言葉は、デスクのことをさすのではなくて犯人の名前をさしているんです。というのも、これ、大雑把に書かれた見取り図ですが、それでもクッションとかゴミ箱とか床に落ちてる雑誌まで詳細に書き込まれていますよね。それなのに机に付随するであろう椅子が書き洩れてます。まずそこが不自然な一点目です」
「言われてみれば確かにそうだな。岬のヤツ、ああ見えて仕事に関しては几帳面なところあるからなあ、そういうの書き洩らすっていうのも不自然っていやあ不自然だわな」
「次に部屋のレイアウトを考える場合ですが、たいてい机というものは壁に面した位置、つまり部屋の隅などに配置されるものです。特殊な事情でもない限り、机が部屋の真ん中に陣取るなどというのは考えにくいことなんです。ですから、この机というのは人の名前、もっと言えば犯人そのものを指しているのではないかと考えたんです。これが二点目です。そして星二という名前ですが、電話で警部補が話していた2番目のホシがそれを示しています。電話での会話の流れからしてもそれに間違いないと思います」
「うーむ、なるほどねぇ」
 後輩刑事の明晰な推理に下河原もまた頷く以外にすべはなかった。下河原が煙草に火をつけると、冴子が灰皿を差しだしながら説明を続ける。
「たとえば状況はこのような感じではなかったのでしょうか。まず、被害者の鈴木利子さんと顔見知りだった犯人が彼女のマンションを訪れて殺 害。しかし、そこへ訪問者がやってきて、犯人は出るに出れない状況に陥ります。現場は6階ですから窓からも逃げられない状況だったのでしょう。犯人はやむなく殺 害現場に閉じ込もります。あるいは訪問者が留守だと思って帰ってくれるのを期待していたのかもしれません。しかし、訪問者は今日会う約束か何かをしていたか、もしくは被害者が常々身の危険を感じていてそのことを訪問者にそれとなく話していたか、とにかくそういった事情で鈴木さんは不在のはずがないと不審に思った訪問者が、管理人に連絡してマスターキーでドアをあけてもらい、ほとぼりがさめたところで現場から立ち去ろうとしていた犯人と対面した……」
 そこまでレクチャーを受けたところで下河原は先ほどから違和感を覚えていた原因に思いいたった。
「そうか、そういうことだったのか!さっき冴子ちゃんが九条さんにした質問。あれってなあんか妙だなあって思ってたんだよな。ほら、普通なら『死因はなにか?』って聞くべきところを『凶器はなにか?』って訊いてたろ。普通の殺 人事件なら凶器は持ち去られているのが常だからさ、普通は凶器じゃなく死因を尋ねるのが先なんだ。つまり冴子ちゃんは岬の書いた見取り図を見る前から、そこに凶器があると知っていたってわけだ。もっといえば、既に犯人も捕まっていて事件が解決しているってこともな。なるほど、仕事大好き冴子ちゃんが興味を示さなかった理由もこれではっきりしたよ」
 満足げに紫煙を吐き出す下河原だったが、数秒後、おやっとばかりにすっかり失念していた根本的な疑問を持ちだしてきた。
「あれっ、けどさ冴子ちゃん、なんで君、はじめからそこまで知ってたんだ?」
 すると、冴子は『えっ、そんなこともわからないの?』とばかりに目をぱちくりさせた。
「いえ、いくら著名人が関与した事件とはいえ、警部補が現場に行かなくてもいいという指示をだすということは、当然事件は既に解決しているということでしょう。警部補が慌てていたのは、犯人探しや密室の問題ではなくて、マスコミへの対応についてだったわけですから」
「ぐ、言われてみれば……。あの、なあ冴子ちゃん、俺ってさ、もしかして相当マヌケか?」
 さすがの冴子もこの質問には薄く笑うだけで明言を避けたものだが、のちの九条警部補の経過報告で、今の彼女の推理がぴったしカンカンだったことが裏づけられたことは言うまでもない。


TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送