トランプ殺 人事件

トランプ殺 人事件


 お昼どきの捜査一課は、ほとんどの者が食事に出ていて閑散としていた。
「あっ、円谷君、ちょ、ちょっと待ってくれないかな」
「でも、もう随分待ちましたよ」
「そこをなんとかならんかね」
 九条啓介51歳。いい年をして娘ほど年の離れた女性刑事に頭を下げている姿はあまり見られたものではなかった。
 そこへ口元を歪めてやってきたのは下河原刑事だ。
「往生際が悪いですね。金の切れ目は縁の切れ目ですよ、九条さん」
「いや、しかしなあ……」 
「さあさあ、人間諦めが肝心ですって」
 と、下河原が金(かね)ならぬ金(きん)を九条の手からヒョイと取り上げる。
「そぉら、これで王手だ」
 なんのことはない。九条と冴子は昼休みを利用して将棋を指していたのである。
 盤上は圧倒的に九条の劣勢だった。
 さらに虎の子の金将を取られ王将はもはや丸裸に近い存在。
「あと三手で詰みですね」
 天使の笑顔で冷たい言葉を吐く彼女に、ついに観念して持ち駒を盤上に放る九条。
「わかったわかった。それにしても強いな、君は。若いのに相当修行を積んでるね」
「いえ、まだ始めて1年くらいなんですけど……」
 しれっとして言う冴子に九条は大いにヘコんでしまった。
(私なんて言っちゃあなんだが30年以上やってるんだぞ)
 がっくし肩を落とす九条を下河原が快活に笑い飛ばす。
「しょうがないですよ、九条さん。なにしろここにおわす冴子ちゃんは捜査一課の無敵棋士なんですから。どうしても彼女に勝ちたかったら、頭を使わない運だけが頼りのゲームにでもしないとねえ」
「はは……だったら、ババヌキなら勝てるかもしれないな……いや、だが円谷君なら相手の顔色を読む才にも長けていそうだしなあ。やはり旗色が悪いか」
 などと、九条が自虐プレイに走り出すと、急に下河原が素っ頓狂な声を上げた。
「そうだ!トランプだよ」
 と、下河原がとっ散らかった自分の机の引出しを引っ掻きはじめる。
「あったあった。これだよ、これ。なあ、冴子ちゃん、ちょっと見てくれよ」
 下河原が差し出した一枚のファックス用紙を受け取る冴子が、一行目に書かれたセンテンスを声に出して読む。
「トランプ殺 人事件……」
「ああ、榛菜の仕業だよ。先週こんなファックスを送りつけてきやがったんだ」
 榛菜とは、下河原刑事が少年課在籍時に世話をした金持ちのお嬢さん、伊藤榛菜のことである。過去に彼女が関係したある事件に関わったことがあり冴子にも面識があった。(FILE7 死者からの贈り物参照)
「暗号マニアのおじいさんがいたとかいう女の子だな」
 直接の面識はないがその事件の内容を聞いていた九条が思い出して言う。
 その紙には簡潔な文章が書いてあった。どうやら推理クイズらしい。祖父譲りの暗号マニアからの挑戦状である。
 冴子はざっと問題文を読んだ後、下河原に尋ねた。
「もう彼女には答えてあげたんですか?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、早速電話してあげたらどうですか。彼女、首を長くして待ってますよ、きっと」

トランプ殺 人事件

 殺 害現場にトランプのカードが残されるという連続殺 人事件が勃発した。
 第1の被害者は刺殺、カードはスペードのキング
 第2の被害者は撲殺、カードはクラブのジャック
 第3の被害者は毒殺、カードはハートのクイーン
 なぜ、犯人がトランプのカードを現場に残したのか?それは犯人のアピールに他ならない。
 しかし、冷静になった犯人はひどく後悔し、警察に対し自分が犯人であることの証明として次のような封書を宛ててきた。

「私はもう殺 人はしない。しかし自首する勇気もない。私はひどく後悔している。どうして3人もの命を軽々しくも奪ってしまったのか。ただ目立ちたかっただけなのかもしれない。でも本当はそうじゃない。今にして思えば実につまらない殺 害動機だ。こんなつまらないことで人を殺めてしまったなんて!」

 封書には便箋とともに一枚のトランプが同封されていた。ダイヤのエースである。


 さて、ここで問題。犯人の言う『つまらない動機』とは一体何か。それを答えてくれたまえ。

 To 下河原のおじさま♪
             From 榛菜 



「あれえ、おじさま、意外と早かったねえ。もう解けたの?」
 受話器の向こう、伊藤榛菜が不敵に笑っている。
「あたりまえだ。お前の頭で考えた問題なんてお茶の子さいさいよ。だいたいお前は大人を……いや、警察をバカにしすぎだ」
 下河原が憤慨して刀を返す。
「ふーん、言ってくれるじゃない。じゃあ早速、答えを教えてちょうだいよ」
「ああ、いいとも。答えはカネだろ。犯人のいう『つまらない動機』とは、カネ目当ての犯 罪ってことよ」
 下河原の答えに榛菜が一瞬沈黙した。どうやら正解のようである。
「ちゃんと根拠を説明してよ。どうせいつものあてずっぽうでしょ」
「失敬なことを言うな。俺を誰だと思ってんだ。神奈川県警の頭脳とまで呼ばれた男だぞ」
「まっ、頭は固そうだけどね」
 正解を答えたにもかかわらず、榛菜の口ぶりはいよいよもって挑戦的だ。
 下河原は乾いた唇を軽く嘗めて説明をはじめた。
「まず俺は、暗号マニアのお前のことだから、その答えもまた暗号によって導かれるものであろう推測した。そう考えると、鍵となる言葉は限られてくる。殺 害方法、トランプのマーク、トランプの数字、この3つだ。しかし実際に謎を解くうえで必要なものは殺 害方法とマーク、このふたつだけ。トランプの数字はどうでもいい、ようするにブラフだな。いずれにせよ、犯人は一連の事件が全て自分の手によるものであることを誇示するために現場にわざわざカードを残した。ってことは、殺 害方法とカードになんらかのつながりがあるってことだ。ただランダムにカードを置くだけなら模倣される怖れもあるしな」
「へえ、すごいきちんとした推理だね。まるでいつものおじさまじゃないみたい」
 榛菜の揶揄に下河原は内心冷や汗をかいていた。だが、これでも刑事の端くれ、こんなガキんちょにコケにされて堪るかとばかりに冷静さを装って先を続ける。
「それでは肝心のカードと殺 害方法の関係はどこにあるのか?これは実に単純明快、トランプのマークの意味だったんだ。スペードは剣を、クラブは棍棒を、ハートは聖杯をそれぞれ意味する……ここまで言えばもう充分だろ。スペードの剣で刺殺、クラブの棍棒で撲殺、ハートの聖杯で毒殺。そしてダイヤは貨幣を意味する。だから、動機はカネということになる。しかもエースという最も小さい数字を使っていることから、『僅かな金』を得るために殺したとも読み取ることもできる。以上、これが模範解答だ」
 くーっ、気持ちいい!!
 下河原は歯を剥きだしてガッツポーズを取った。
「どうした、榛菜?なんとか言ったらどうだ。なあ、これでよくわかっただろ。この俺に挑戦するなんざ百万年早い。子どもは子どもらしくガッコでお勉強でもしてろ」
「おじさま……ちょっと悔しいけど正解だよ」
「当然だ」
 してやったり、である。
 ところが、馬並に鼻息を荒くする下河原に対し、榛菜が思わぬことを口走った。
「じゃあ、もうひとつ問題」
「な……ぬ……」
「いい?さっきの問題の続きだよ。第一の被害者が王様で、第二の被害者が農夫だったとしたら、第三の被害者、つまり毒殺されたこの人の職業はな〜んだ?」
「はっ……」
 たら〜り、たら〜り。
 下河原のひたいから滝のごとき汗が流れ出る。
「な、なに言ってんだ、お前わッ!そんなのわかりっこねえだろ。だ、だいたい、王様ってなんだよ。そんなヤツがこの日本にいるかよ。ていうか王様って職業か?」
 動揺指数120%、フルバーニング下河原。これはもう完全に形勢逆転である。
「おかしいなァ、この問題に答えられたんだから、当然こっちもわかるハズなんだけどなあ」
「おおおおかしいのは、おおおお前のほうだろ!」
 榛菜がわざとらしく大きくため息をつくのが聞こえる。
「ったく。ホント、アドリブきかないんだから、おじさまは」
「なにを言ってるのやら……俺は別に誰の知恵も借りちゃいねえぞ。こんな問題くらい俺でも簡単に解けるっつーの!」
「冴子さん、そこにいるんでしょ?おじさまと電話かわってくれる」
 全部お見通しであった。
 男下河原、もはや弁明の余地は微塵もなし。
 真っ白に燃え尽き、口からエクトプラズムを発している彼が隣りで聞いていた冴子と電話をかわる。
「お久しぶりですね、榛菜さん」
「えへへ、やっと黒幕を引きずりだしたよ。さあ、警察の威信にかけて答えて!」
 すると、慌てず騒がず冴子は答えた。
「カードのマークが意味するもうひとつのもの、それが職種です。スペードは王侯、クラブが農業、そして問題のハートが示す職種は聖職者。ですから、この場合の正解は牧師などになります」
「ちぇっ、やっぱりかあ。でも次は負けないからねっ」
「いつでもどうぞ」
「うん、じゃあまたね、冴子さん」
 通話を終えて受話器を置いた冴子に九条が声をかける。
「やっぱりバレてたみたいだね。まあ、下河原君にあの手の問題が解けたというのからしてムリがあったんだよ」
 下河原は壁に向かってぶつぶつ文句を言っている。あれで意外と繊細なところもあるのだ。
「それにしても作り話とはいえ、子どもがあんなものを書いてくるとはゾッとしないねえ」
「人を殺す話をですか。でもこれはストーリーというほどのものではありませんし、それに彼女にとってはゲームのような感覚なのでしょう。人を傷つけることが悪いことだってことは充分に承知しているんです。ごく稀にその超えてはならないラインを踏み出してしまう少年たちもいますが……」
「とはいえ、金目当ての安易な殺 人が日常にあふれているのもまた事実だ。悲しい現実だよ」
 九条は金将を取り上げ将棋盤中央にパチンと打ちつけた。
「世の中はすべからくも金、金、金か。人間の底知れぬ悪意を当然のように受け入れている自分がときどき怖くなるよ」
 すると冴子は九条の打った金将を裏返した。
 金将の裏には何も書かれていない。
 それを見つめて冴子が呟いた。
「世の人が皆、裏のない心であるように……そう願いたいですね」


  ・・・ 特別出演  はるる様 ・・・


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