探し物はなんですか?

探し物はなんですか?


 1月某日。午後9時。
 神奈川県警捜査一課の新年会という名目の単なる飲み会が終了し、円谷冴子が料亭を出てくると、店の前でロングコートの男ふたりが何事か話している。
「おかしいなあ」
「どうしたんだ、岬ちゃん」
 そのふたりとは、冴子の同僚である岬刑事と永田貴裕警部補である。
 永田警部補は冴子同様捜査一課の名物刑事である。ただし、彼女と違いあまり名誉な意味での名物ではない。
 というのも、彼の風貌を見てもらえば話は早い。髪は金色、ノーネクタイに麻のジャケットにジーンズという一風……いや、相当な変わりようである。これなら、神奈川県警より石原プロダクションに就職した方がまだ自然ともいえる恰好だ。
 しかも変わっているのは、外見ばかりではない。永田は地道な捜査が大嫌いで、昨年など有給休暇を三ヶ月で使い果たしてしまった実績の持ち主でもある。その上、些か子供じみた面もあり、タチの悪いイタズラ小僧としても悪名が高い。そんなアウトローを地でいく彼は、なぜか冴子同様、高学歴のキャリア組であり、年齢こそ岬とさほど変わらないが職務上は上司ということになっている。とはいえ、全くタイプの異なる岬と永田だが、なぜだか不思議とウマが合うらしく、よく行動を共にしている。冴子がそんな永田たちのもとに歩み寄って訊いた。
「岬さん、なにか探し物ですか?」
「いや、ないんだよ、確かにズボンのポケットにいれてたんだけどなあ」
 岬刑事はこの寒空のもと、コートの前をはだけて、ズボンのポケットの中を必死に探っている。
 その青い顔は、どうやら寒さのせいばかりではなさそうだ。
 冴子は岬の状況を瞬時に察して、あたかも自分のことのように困惑の表情をつくった。
「部屋の鍵、どこかに落としたんですね」
 これには永田、おどけるように肩をすくめてみせる。
「おいおい、冴子ちゃん。どうして部屋の鍵だってわかるんだ?って、どうなんだ、岬ちゃん、お宅、マジで鍵失くしちまったのかい?」
「はあ、どうもそうみたいで……参ったな、部屋の鍵がないとなると今夜どうしたら……」
「げ、本当に当たってるよ!や、すごいな。冴子ちゃんてば、もしかして超能力者?」
 などと、おばかなことをのたまう永田に、岬の冷たい視線が突き刺さる。
「ったく、ひとが困ってるってのに、なんでそんな楽しそうに言うかなあ、永田さんは」
「人の不幸は蜜の味ってね。ところで冴子ちゃん、なんで、岬の部屋の鍵が失くなったってわかったんだい?」
 もちろん、彼女は超能力者でもなんでもない。状況を客観的に分析し、論理だてて考慮した末の結論にすぎないのだ。
 尤も、そこまで要する時間がわずか数秒である事実は、ある意味人智を超えていると言えなくもないのだが……。
 そんな冴子が小さく頷いて答える。
「男の人がズボンのポケットにしまうものといえば、ハンカチ、鍵、お金といったところです。でも、今日の支払いのとき、岬さんは内ポケットから財布を出して支払ってましたから、お金ということはなさそうです。特に小銭をポケットに入れて歩くとチャリンチャリンと金属音がするものですが、岬さんからはそういう音は聞こえません。そうなると、探し物は、鍵かハンカチとなります。ですが、酔いが醒めるほどの慌てぶりから見てハンカチとは考えにくい。すると残るは鍵です。では、それがなぜ部屋のものと言えるかですが、通常、ポケットに入れて持ち歩く鍵といえば、部屋のキーか、あるいは車のキーです。ですが、警察には公用車があるので私用車を使うことはまずありません。特にも今夜は予め決まっていた新年会の日です。お酒を呑むのに、車のキーを持ち歩くことはないでしょう。すると、消去法でその鍵は部屋の鍵ということになります」
「でもさあ、落としたとは限らないだろ。どこかに置き忘れたかもしれないじゃないか」
 と、酔い覚ましの煙草に火をつける永田がご尤もな質問をする。
「いえ、やはり置き忘れはないと思いますが」
 またしてもきっぱりと断言してみせる冴子。
 彼女はアルコールを受けつけない体質なので、飲み会の後とはいえ、しゃんとしたものだ。というか、彼女がしゃんとしてないところを見た者はいないのだが……。
「永田警部補、見てください。さっきから岬さんはズボンのポケットしか探していないじゃないですか。いろんなところにしまっている人なら、無意識にポケットの全部を探ってみるものです。なのに岬さんはないとわかっていながらも、ズボンのポケットにばかり執着している。つまり、鍵はいつもズボンのポケットにしまう習慣があって、そこ以外に移動することはまずないということです。部屋の鍵は一日に二回しか使わないわけですから、部屋を出るときに鍵をかけて、ポケットにしまってから以降、触れていないということは置き忘れも考えられない。また、失くなったものが財布の類いではないので盗られると考えるのもあまり現実的ではありません」
「ま、確かにキーケースなんて盗む奇特な奴ぁ、まずいないわな。第一、刑事がスリにあってたんじゃシャレにならないしねえ」
 と、ホントにもう他人事とばかりに無遠慮かつ豪快に笑いとばす永田。
 一方の岬は完全にアルコールが抜けて素に戻っていた。
 冴子が気遣うように岬を覗き込む。
「あの、念のため近くの交番に届けておきますか?」
 しかし、岬は冴子の申し出に首を横に振る。
「いや、敢えて届けるまでもないよ。こんなこともあろうかと、カードに名前や電話番号とか書いて入れてあるから」
「だったら拾った人がおまわりさんに届けてさえくれればオッケーじゃないか。まあ今日のところは、仕方ないからウチにとめてやるよ、ただし一泊一万円な」
「げげ……」
「わはは、冗談だって。そんかわり今夜はとことん付き合ってもらうよお」
 永田警部補が同世代の気楽さでヘコみまくる岬の肩を容赦なしにバシバシ叩いている。
「ところで岬さん、さっき名前とか電話番号とかって言ってましたけど、ほかにも何か書いてたんですか」
「うん、住所、氏名、アパートの電話番号に携帯の電話番号、あとメールアドレスに血液型も書いたかな。こげ茶色のGUCCIのキーケースでね。まあ、ついてる鍵は部屋の鍵ひとつだけなんだけど」
「へえ、なまいきだねえ。一応ブランドものなんだ」と、口笛を吹く永田。
「いや、そんな高いものじゃないですけどね」
「でも、それはかえって危険ですね」と、ことさらに深刻な口調を強める冴子が眉間を寄せる。
「え、なんで?だって、ホントに盗られるほど高価なものじゃないんだよ」
「そういう意味ではなくて……もしも拾った人が心ない人だったなら空き巣に入られるおそれがあるという意味です」
「ま、まさか……脅かさないでくれよ、冴子ちゃん」
「おいおい、そいつは穏やかじゃないねえ。刑事が空き巣に入られたんじゃ、もっとシャレになんねえぞ」
「いえ、でも大いにありえるんです。もしわたしが空き巣なら、まず住所の示す場所へ足を運び、近くの公衆電話からアパートに電話をかけます。ここで応答がなければ不在ということになりますから、家人を装い鍵を使って中に侵入することが容易にできるわけです。ですから、もしもキーケースなどに個人情報を書き込んでおくのなら、電話番号、それも携帯電話の方、それと氏名は苗字かあるいは下の名前だけ。この程度にとどめておくのが賢明です。というのも、自宅の電話番号やフルネームを明かしてしまうと電話帳から住所を探り当てられる危険性が出てきますので。それと岬さんの場合、職業を書き添えておくのも効果的ですね。誰も好きこのんで警察官の家に泥棒に入ろうとは思いませんから」
「そう脅かすなよ、冴子ちゃん。見なよ、岬ちゃんすっかりしょげちゃってるじゃないか」
「や、別に僕は……」
「まあ、気にするなって。お宅の鍵なら、今頃、署の廊下にでも転がってるよ。だってほら、俺たち今日はほとんど外に出てなかっただろ。今日落としたとしたなら確率的にはだんぜん署内ってことになるよ」と、慰める永田。だがその言い草はどこか軽薄だ。
「そうかなあ、僕もどこで落としたかは心当たりないんだけど」
 そこへ思案げの岬に絶妙のタイミングで助け舟を出す冴子。
「あの、落とした場所なら、わたし、だいたい想像がつきますけど」
「え、そうなの?」
「岬さん、今は少し酔ってるようですから、きっと思考が回らないんですよ。だって冷静に考えれば、こんなわかりきったことないんですから」
 ぐさッ。
 言葉のナイフが岬の胸を容赦なく貫いた。
 もちろん冴子としてはフォーローのつもりなのだが……。
 1ミリだって悪気はないのだが……。
「もう、とっくに酔いなんて醒めてるよ」
 岬が消え入る声で呟いたものの冴子の耳には届かない。
 そんな岬のデリケートなハートにお構いなしに冴子は話を進める。
「ところで岬さん、ズボンのポケットにはキーケース以外、何を入れてますか?」
「えっと、そうだな、これくらいのものかな」
 と、ヨレヨレのハンカチを引っ張り出してみせる。
「お宅、いつから洗ってないんだよ」
 人のことが言えなさそうな永田が渋面をつくって鼻をつまむ。
 一方の冴子は、これでもかってくらいのとびきりの笑顔で尋ねる。
「ね、これでだいたいわかったんじゃないですか?」
「いやあ……まだ酔ってるのかな、僕……ははは」
 岬の乾いた笑いが夜空に虚しく響く。
「さっきも言ったとおり鍵を使わない以上、ポケットに穴でもあいていない限り落とすことはないわけです」と、冴子。
「そうだな、それと、逆立ちしたり、ズボンを脱いで逆さにふったりしない限りはな」と、これは永田警部補。
「するわけないじゃないですか、そんなこと!」
 永田の笑えないジョークに再び泣きそうになる岬。
 未練がましくポケットをまさぐるも、やはりキーケースはない。
「では、本来なら落とすはずがないものがなぜポケットからすべり落ちたのか。さて、ここでひとつ質問です。岬さんは今日、鍵自体は使わなくても鍵の入ってるポケットには何度か手をかけていたはずです。それはどんなときでしたか」
 遅まきながら岬刑事、ここでようやく閃いた。
「そうか、ハンカチを使うときだ!」
「そうです。ハンカチを取り出すとき、その拍子にキーケースを落としたのではないでしょうか。つまり落とした場所は……」
「ハンカチを使う場所……トイレだね!」
「お見込みのとおりです。しかも、大切なキーケースを落としても気づかないほど注意力が低下していた場所となれば……」
 そこで、三人が一斉に背後を振り返る。先ほどまでいた料亭の暖簾。
この店のトイレかあ」
 酒が進めば当然注意力は散漫になる。納得である。
 ようやく安堵の表情を浮かべる岬刑事。
「さすがは冴子ちゃん。文句なしの名推理だねえ」
 煙草を携帯吸殻入れに押しつけ、ペタペタと拍手を送る永田警部補だったが、その実、心の内では舌を出していた。
(ただし、本当にそこにあったらの話だけどね。)
 早速、店へ戻ろうとする岬を冴子が「ちょっと待ってください」と制止した。
「たぶん無駄です」
「へ?」
「もうあそこにはないと思います」
「え……ないって、じゃあ誰かに持ち去られたってこと?ああ、畜生!こんなことなら住所なんて書いとくんじゃなかったよ」
 と、早合点して頭をかきむしる岬刑事。
「いえ、そうじゃなくて、わたし、鍵はきっとあの店じゃなくて、ここにあると思うんです」
 そう言う冴子の指先が店の暖簾からすーっと移動して、永田警部補の前でピタリととまる。
「今、岬さんの部屋の鍵を持ってるのは、永田警部補ですよね」
「え、俺?」
 自分の鼻先を指差し信じられぬといった面持ちの永田だったが、やがて、涼しげな視線を逸らそうとしない冴子に観念し、諸手をあげて降伏した。その手には、しっかりGUCCIのキーケースが握られている。
「ちぇ、バレちゃあしょうがないな。確かにこれは俺が拾ったもんだ。冴子ちゃんご推察のとおりあの店のトイレでね。でも勘違いしないでくれよ。別に盗んだわけじゃない。一時的に預かってただけだ」
「だったらどうしてすぐに返してくれなかったんですか!」
 ホント焦りましたよ、と当然の如く岬が口を尖らせて抗議する。
「そりゃあ、まあ、なんだ、あれだ……あっ、でも、冴子ちゃん、なんで俺が持ってるってわかったんだい?後学のために教えてくれないかな」
 岬に詰め寄られた永田が、何気に話題をかえて冴子の方を向く。
「わたし、最初から不思議に思ってたんです。なぜ、岬さんは今、鍵が失くなったことに気づいたのかと。ふつう紛失物に気がつくのは、大抵それを保管している場所を見たり、あるいは取ろうとしたりしたときです。ですが、この場面では鍵を取り出す必然性がない。一緒にポケットに入っていたハンカチも同様です。では、なぜ岬さんはズボンのポケットに手を入れたのか。寒いならコートのポケットに手を入れるのが自然です。それをあえてコートをはだけてまで……」
 ここまで言われて岬はハッとした。思い当たるふしがある!
 そこで岬が引き取って答える。
「さっき僕が店を出てきたら、永田さんが次の店に行きたそうにして待ってたんだ。僕は疲れてたし、早く帰りたかったんで誘われる前に断ろうと思って『それじゃ、おやすみなさい』って言ったんだよ。そしたら永田さん、やっぱりいつもの調子でもう一軒付き合えって呼びとめてきてね。ほら、永田さんって課内一の酒豪だろ。だから、この人の言うもう一軒ほど当てにならないものはないんだよ。だからここは是が非でも退散しようと思ってね。そしたら永田さんが自分のハンカチを差し出してこう言ったんだ。これ、お宅のハンカチじゃないのか、ってね。くやしいったらないよ。今にして思えばアレが永田さんの作戦だったんだ」
 地団駄踏む岬刑事に永田警部補はふふふんと自慢げに鼻をならしてみせる。イタズラ小僧の面目躍如である。
「そう、我ながらうまい誘導だっただろ。実は俺もさ、冴子ちゃんと全く同じように考えたんだよね。トイレで落としたってことは、ハンカチとかを出したときに落ちたのかなってさ。だから、これはお宅のハンカチじゃないか、って訊けば、いや、自分のはここにあるよ、とポケットに手を突っ込むだろう。そしてめでたく鍵がなくなってることに気がつくって寸法さ」
「えばって言わないでくださいよ。要するに帰りたいって言ってる僕を引き止めたかったんでしょ。部屋の鍵を人質にしてね」
「ええ、どうやらそれが動機のようですね」
「動機って……ちょっとおおげさじゃないかい、冴子ちゃん。ま、しかしお宅もその程度の根拠でよくもまあ、そこまで推理できたもんだな」
「いえ、根拠はそれだけじゃないんです。永田警部補はなぜか岬さんの所有する鍵の形状を予め知っていましたよね。わたしも岬さんも『部屋の鍵』としか言っていないのに、警部補ははっきりとキーケースと言ったんです。鍵は必ずキーケースについてるとは限りません。キーホルダーについてる場合もあるし、何にも付いていないときだってあります。にもかかわらず、警部補はキーケースと明言したんです。部屋の鍵なんてそうそう職場の同僚に見せたりするものではありません。仮にたまたま目にしていたとしても、それが記憶にとどめられるほどの近日中であった可能性は極めて低いんです。だから、今その鍵を握っているのは、ほかならぬ永田警部補ではないのかなと、そう考えたんです」
「なんだ、結局、言葉の揚げ足とりか。そんなものね、たまたま口をついて出たんだって言ってしまえばそれまでじゃないか」
「ええ、確かに。ですが、警部補。つい口をついて出る言葉にだってそれなりの必然性はあります。たとえば、部屋の鍵という単語から実物を連想したとき、ほとんどの人は自分のそれを思い浮かべるものです。つまり、わたしの場合ならこれを連想するわけです」
 と、冴子がマンションの鍵をハンドバッグから取り出してみせる。青い鈴のついたキーホルダーだ。
「差し支えなければ警部補の鍵も見せていただけますか」
 しぶしぶ取り出した永田の鍵は、小さなこけしのついたキーホルダーだ。はっきり言ってすこぶるダサい。
 冴子がコクリと頷いた。
「ご覧のとおりです。警部補があの場面で『キーホルダー』ではなく『キーケース』と言ってしまったことこそが、そのまま岬さんの部屋の鍵の形状を知っているという証拠になるんです」
「こいつは参りましたな」
 今度は心から拍手を送る永田だったが、次の瞬間、軽い違和感を覚え、訝しげに片眉を吊り上げる。
「いや、待てよ。俺が部屋の鍵をキーケースに入れていないってことをなんで冴子ちゃんが知ってるんだ?」
 しかし、そんな小さな疑問にも冴子はさらりと答えてみせる。
「いえ、もちろん知りませんでした」
「だったら、どうしてだよ。もし俺がキーケースを持ってたとしたら、今の推理は成り立たないだろう」
「まあ、そうですね」
「そうですねって、お宅ねえ……」
「白状すると、今のはもしかしたらそうなのかなって程度に考えていただけだったので、ちょっと警部補にカマをかけてみたんです。何より警部補が岬さんの鍵を持ってたという本当の意味での動かぬ証拠はここにあるんですから」
 と、冴子はニッコリ微笑んで永田の顔をまっすぐ見つめる。
「え、俺の顔になんかついてる?」
「同僚が困ってるのをまるで他人事のようにニヤニヤ笑って見ていられるのは、安心して見ていられるということ。つまりは鍵のありかを知ってるってことなんじゃないですか、警部補」
 これには思わずアングリと口を開けっぴろげてしまう永田警部補。そして岬もご同様だ。
「では、わたし、もうすぐ最終バスが来る時間なので、ここで失礼します」
「ああ、気をつけて……」
 残った男ふたり、呆然と機械的に手をふりながら、冴子の背中を見送る。
 毒気を抜かれた岬などはすっかり怒るのも忘れていた。
 かたや、永田貴裕警部補は煙草に火をつけて、ひとこと。
「寒いな」
「それにしても冴子ちゃん、よく最後までつきあいますよね。ずっとオレンジジュースで」
「俺も酒やめたら、あのくらい賢くなれるかなあ」
「ムリでしょうね」
「う〜ん、今のは効いたぞ、岬ちゃん」
「あの、永田さん」
「なんだい?」
「永田さんもいい年なんだから、いい加減その恰好やめたらどうですか?もう係長なんだし、チャラチャラしてばかりいると部下がついてきませんよ」
 岬の苦言に永田は特段怒るふうでもなく、夜空にぷはああっと紫煙を吹き上げた。
「岬ちゃんの忠告と掛けまして、今年の冬の寒さと説きます」
「そのココロは?」
「どちらも厳しきものでしょう」
 ひゅるるるる……
 寒風が吹きぬけ、たまらずコートの襟を立てるふたり。
「寒いすね」
「じゃあ、鍵も見つかったことだし、もう一軒いこうか」
 これには岬、焦った焦った。
「冗談じゃない!僕はもう帰りますよ」
 すると永田、手の中の岬の鍵をひらひらさせながら言ったものである。
「だったら、こいつは返せないなあ」
 イタズラ小僧め!
 岬は胸の内で毒ついた。永田とはもう長い付き合いである。このとき既に彼は半ば観念していたのだ。
「は〜、どっちみち、こういう運命をたどるわけですね、僕は」
「そうそう、人間諦めが肝心よ。や、それにしても、お宅の係の彼女、かあいい顔して、なかなか食えない子だねえ」
「そんなに気に入ったんなら、僕じゃなくて冴子ちゃんを誘ったら良かったじゃないですか」
 すると、永田警部補、ちっちっちと人差し指でメトロノームを模しながら、きっぱりと言った。
「そいつはだめだね。酒の味を知らない奴と呑んだって面白くもなんともないもん」


  ・・・ 特別出演  chara様 ・・・


TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送