詐欺入門

詐欺入門


 悪かったな。どうせ俺は浪人生さ。しかも偏差値55もあれば、ゆうに受かるような三流大学に二浪もしている。
 親からも完全に見離されているから、仕送りもあてにできない。当面は受験勉強より生活費だ。というわけでアルバイト情報誌を立ち読みすべく本屋に行った。
 目的の雑誌に手を伸ばすと、隣りにあった全面ピンクの雑誌が目にとまった。出版社はなかなか賢い。表紙を目立つ色にすることで、嫌がうえにも目にとまらせようという狙いなのだろう。だがその雑誌はうずたかく積み上げられ、ほとんど売れていないことを雄弁に物語っていた。
 俺はその雑誌を手にとって、ぱらぱらとめくってみた。実につまらない内容だ。要するにどこの雑誌でも取り上げている情報を他社よりワンテンポ遅れて掲載しているだけだ。これなら売れなくて当然だろう。
 ところが最終ページを見て、俺の目は隅に小さく載っている広告に釘付けになった。
 

 通信教育講座  詐欺入門
 才覚開発センター TEL ○□ー○△××

 
 通信教育が流行しているとはいえ、いくらなんでもこんな馬鹿なことがあるものか、どうせ、くだらない冗談に決まっている。しかし、話の種ぐらいにはなるだろう。そう考えた俺はその雑誌をレジへ持っていった。

 アパートの四畳半に寝転がり、じっくりと例の広告に目を通す。詐欺にあわないようにするための講座かと思いきや、全くその逆で極めてまじめに詐欺の手ほどきをしようということらしい。
 
・・・・・・人は誰しも、多かれ少なかれ「欲」を持っています。あなたは、その「他人の欲」を利用することによって「自分の欲」を満たしましょう。
 私どもはそんなあなたのお手伝いをいたします。
 まずは6ヶ月間の無料サービスをお試しください。


 文面は丁寧だが内容はかなり過激だ。だが6ヶ月間無料だというのなら、その期間だけでも受講してみるのもいいかもしれない。俺は早速、切手不用の添付ハガキをポストに投函した。

 一週間後、資料が届いた。このあたりまでくると、どうも冗談とは思えなくなってくる。
  偽の名詞
  偽の契約書
  変装小道具一式
  詐欺の手引書(基本編・実践編)
  添削式問題集
 と、まあ、結構本格的なものだ。俺はちょっとした悪戯心から、手引書に倣って手始めに一人暮しの老人を狙った。そして、年金を一年間預けるだけで、相当の倍率で手元に戻ってくるという触れ込みで百万円を騙し取った。
 初めは、ばれはしまいかと、びくついていたが、成功を重ねるうちに味をしめ、詐欺こそ俺の天職ではあるまいかと思ったくらいだった。また、一ヶ月ごとに送られてくる資料も大いに参考になり役にたった。
 やがて、俺は罪の意識すら感じなくなり、あっという間の6ヶ月が過ぎた。その間に俺は、延べ十人から総額約千五百万円を手に入れていた。そして手引書にある通り騙し取った金は一切使わないでおいた。というのも突然金回りがよくなると、怪しまれる恐れがあるからだ。このことを子細漏らさず報告すると、「優秀、将来有望」と通知が来た。俺はますます天狗になった。

 ある日、一通の封書が届いた。才覚開発センターからだ。封を切ると思いもかけない手紙が入っていた。

 警 告

 あなたの犯した罪は、すべて私どもの知るところであります。
 ついては、警察等に密告されて困ると判断される場合は、現在までに入手した現金2200万円を1週間以内に、次の口座に振り込むことをお勧めします。
 なお、これはあくまで任意であり、決して義務的なものではないことを申し添えます。


 俺は事の成り行きに驚いて、才覚開発センターに電話をかけた。しかし「おかけになった電話番号は現在使われておりません」と、女の声が返ってくるばかり。住所も私書箱止めだから、この線からあちらの所在を掴むことはまず望めない。誰かに助けを求めるにしても、そのためにはこれまで犯してきた罪をすべて暴露しなければならない。これはあまりにも危険だ。
 そこまで考えて、俺はふと、一番は最初に読んだ受講案内の文面を思い出した。

・・・・・・人は誰しも、多かれ少なかれ「欲」を持っています。
 あなたは、その「他人の欲」を利用することによって「自分の欲」を満たしましょう・・・・・・


 俺は狐につままれた思いで、ぼんやりと天井を眺めながら呟いた。
「なるほど、詐欺ね」


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