「いるんでしょッ!」
ピンポン、ピンポン、ピンポーン。
あなたの抜け殻の処分について、しばし頭を悩めていると、たて続けにドアフォンが鳴る。
ふいの訪問者は、あなたの部屋のドアをしつこく叩いている。
魚眼レンズを覗くと、そこにはあなたのかつての彼女。
・・・・・・どうして今頃?
「電気ついてるの見えてるンだからね。居留守なんて使わないでよッ!」
彼女はやけに興奮気味。
通路の薄明かりの下に立つ彼女の頬がほんのり桜色に染まってる。
少し・・・いや、だいぶ酔ってるみたい。
いずれにしても、これ以上騒がれては堪らない。
なんとか追い払えないものかなあ・・・
落ち着け、アタシ。落ち着け、アタシ。
2回繰り返し唱えて、深く息を吸い込むと少しだけ冷静な自分を取り戻せた。
大丈夫、うまくやれる。
アタシはあなたの顔についた血を拭い、チェーンをそのままにドアを細めに開ける。
あなたの重い身体をドアに寄り掛からせ、その隙間から首だけを覗かせる。
「やっぱりいたじゃないよ」
彼女はだんだんろれつが回らなくなる。
だいぶ・・・いや、かなり酔ってるみたい。
アタシは二人羽織の要領であなたの手を取り、シッシッと追い払う仕草を見せて、すぐにドアを閉める。
だけど、彼女は食い下がる。
「な、なによお、その態度!」
困った。
長居されては厄介なことになる。
お願いだから、早く帰ってちょうだい。
でないと、あなたの人生、今日でオシマイになっちゃうわよ。
「ねえ、誰よォ?」
アタシは思い切って口を出す。
とびきり甘ったるく、とびっきり気だるそうに、とびっきり知能の低そうな声で・・・
アタシが新しい彼女よ、どこの誰かは知らないけど、邪魔しないで欲しいわ。
「ふうん、そうゆうことね」
ドアの向こうでひとり納得している彼女はとても不機嫌そう。
「いいわよ、別に。あたし、バッグ置き忘れたの取りに来ただけなんだから。用が済んだらすぐに消えてあげる」
嫌がらせのつもりか、ことさら大きな声で言ってくる。
本当にイヤな女。
本当にミニクイ女。
ねえ、あなた。
こんな女、別れて正解よ。
彼女のバッグはすぐに見つかった。
PRADAのトート、うん万円もする代物。
元々あなたが買ってあげたものなのに、返してくれなんてずうずうしい。
アタシは再び注意深くドアを細めに開けて、バッグを放り出してやる。
早く、帰れ、頼むから!
ドン!
なんて乱暴な女。
ドアを蹴とばすなんて。
物に当たるなんてサイテーね。
チャリン・・・
新聞受けから何かが放り込まれる。
遠ざかる足音を確かめて、それを拾い上げるアタシ。
鍵だ。
どうやらこの部屋の合鍵みたい。
そっか、これでホントにお別れなのね。
これでもう、あの女はここへは来ない。
良かったね、あなた。
良かった良かった、本当に良かった。
あれ?
アタシなんで泣いてンだろう・・・・・・
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