タクシー

タクシー


「お客さん、どちらまで?」
 運転手はアクセルを踏み出すと、後頭部に固いものを感じた。拳銃だった。バックミラーに目をやると、ボストンバッグを抱えたサングラスの男が、引きつった笑みを浮かべている。
「高速に出ろ、急げ!俺はたった今、銀行を襲ってきたばかりだ。三人殺している。分かるだろ?俺は人殺しをなんとも思っちゃいねえ。急ぐんだ!検問にでも引っかかってみろ、真っ先にお前を殺してやる」
 運転手は仕事に厳しい男だった。できることなら交通違反はしたくなかった。だが、わが身の安全の方がまずは優先。よしんば、スピード違反なりで捕まったとしても、脅かされていたと言えば警察も咎めまい。それに自分のタクシーに乗っている以上、犯 罪者とはいえ大事なお客様だ。運転手はそう考えた。
「無線を切っとけ!妙な真似しやがったら、ただじゃおかねえぞ」
 男は神経質にどやしつけ、ラジオのニュースに耳を傾けた。

 タクシーは埠頭で停まった。夕闇が迫っていた。船の汽笛が聞こえてきた。東南アジアへ向かう最終便が今まさに出航しようとしていた。
「ごくろうだったな」
 男は拳銃の銃把で、運転手の頚部に一撃を与えた。運転手はあっけなく昏倒し、男はタクシーを降りて駆け出した。
 すべてうまくいった!あの船に乗ってしまえばもう安全圏だ。
 刹那・・・
 二つのヘッドライトが男に襲いかかった。次の瞬間、男は宙を舞っていた。無残に地面に叩きつけられた男を見下ろしていたのは、あの運転手だった。運転手は血まみれの男からバッグを剥ぎ取った。
「てめえ・・・俺の金・・・」
 運転手は無表情にバッグのチャックを開け、中から万札を二枚ばかり抜き取ると、残りを男の目の前にそっと置いた。
「おつりです」
 運転手は何事もなかったかのように車に戻り、夜の街へと引き返した。
 運転手は仕事に厳しい男だった。


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