穏やかな日々

穏やかな日々【前編】


登 場 人 物

  加藤 靖之(17)
  岡部 麗美(17)
  岡部 龍砂(43)
  佐伯 俊一(45)
  佐倉 翠子(17)
  鎌田 勇治(17)
  加藤 悟朗(24)
  平井 武(44)
  滑川 信也(39)
  吉村 美奈(17)
  杉本 千鶴子(17)  
  高橋 ユリ(17)
  木島 惣一(40)
  木島 雅子(35)
  男子生徒A
  医師


○ ××県の或る高校(2ーC教室)
  昼休み時間。生徒たちが騒ぐ中、窓の外の曇り空をぼんやり眺めている加藤靖之(17)
勇治の声「靖、靖・・・靖!(背後から肩を叩く)」
靖之「うん?(振り向く)」
  鎌田勇治(17)が後ろで構えていた指が、靖之の頬にささる。
勇治「まぬけ」
靖之「ガキ!(ムッとして)何だよ?」
勇治「(パンをパクつきながら)宿題見してくれ。滑川の時限、おれ当たるんだよ」
靖之「勇治、お前、またかよ(ノートを出す)」
勇治「(ノートと引き替えに五百円硬貨を渡しつつ)いつもすまねえな」
靖之「いいけど、間に合うのか?あと五分だぜ」
勇治「楽勝楽勝(と言いつつも懸命に書き取っている)・・・靖、期末の勉強やってる?」
靖之「まあ、ぼちぼちな」
勇治「(書き取りの手を休めずに)ぼちぼちね。やっぱ、できる奴ぁ言うことが違うわ。余裕だもん」
靖之「(からかう口調で)と、言ってる間にも時間は刻一刻と過ぎていく」
麗美の声「靖之くん」
  見ると、目の前に岡部麗美(17)が立っている。
麗美「宿題貸して」
靖之「あ・・・(背後の勇治をちらっと見て)今、貸してるとこ」
麗美「・・・じゃあ、いい(去ろうとする)」
靖之「あ、待てよ(一瞬考えて、勇治のノートを引ったくる)ほら」
麗美「(戸惑いつつ)それじゃ、遠慮なく」
靖之「岡部!」
  席に戻ろうとする麗美を呼び止め、手を差し出す靖之。
靖之「前金払い。五百円」
  麗美、戻ってきて靖之に千円札を渡す。
靖之「釣りなんかねえぞ」
  靖之、ぼやきつつ、勇治からの五百円に気付き、それを渡す。
勇治「(麗美の背中を見送りながら)てめ、靖。おれたちの友情はそんなに脆いんか?」
  靖之、貰ったばかりの千円を勇治にやる。
勇治「お前な、そういう問題じゃ・・・(言い掛けて止める。ちゃっかり千円を着服して)いや、しかしあいつムカつくな、岡部麗美。やっぱ、親が親だからな」
靖之「親って・・・別に悪いことしてるわけじゃないだろ」
勇治「甘いな。あれはもう犯 罪だぜ。うちの親も言ってたもん」
靖之「人の噂を真に受けるのもどうかなあ」
勇治「おお、おお。やけに庇うじゃねえの。もしかして、おまえん家、岡部の系統?」
靖之「よせよ、おれん家は関係ねえよ。普通だよ、普通。(疑わしげな勇治を見て)いや、本当だって!」

○ タイトル(平穏な日々〜The quiet days〜)
  授業開始のチャイムが鳴り響く中、校舎全景。慌ただしく席に着く生徒たち。教室、廊下等のスナップ。

○ 同・学校(教室・午後の授業)
  勇治、滑川先生(39)に指されて、しどろもどろ。勇治の恨みがましい視線が、窓際の席の靖之に向かうと靖之、机につっ伏して居眠り。
滑川「(教科書の角で勇治の頭を小突き)ここ、試験に出るぞお」
  滑川、言い掛けて、靖之に気付く。皮肉っぽく笑い、靖之の側へ行き、耳元で手拍子。
靖之「うわっ!(驚いて目覚める)」
滑川「(皮肉たっぷりに)ま、確かに、僕の授業はつまらんよ。それはよく分かってる。秀才君としては、レベルが低すぎて(歌うように)あ〜あ、やってらんないよって感じなんでしょうな。申し訳ないねえ、ほら、君以外、皆バカばっかりだから」
靖之「・・・(所在なげに)」
滑川「(満面に笑みをたたえて)さ、軽ゥく運動してみようか?」

○ 校庭(トラック)
  一人、もくもくと走る靖之。
  それを教室の窓から、滑川と生徒たちが見て笑っている。
靖之「うるせえ!(やけっぱちの大声)」
滑川「おやおや、まだまだ元気だなあ」
  一同大爆笑。しかし、麗美だけ冷ややかなまなざし。
  それに気付く靖之。
  見返す麗美。

○ 同・校庭(30分後)
  授業終了のチャイムが鳴り響く中、大の字に寝転がって、喘いでいる靖之。

○ 体育館への渡り廊下(休み時間)
  体育の授業に備え、ジャージ姿の靖之が制服のままの麗美と立ち話。廊下を生徒たちが行き交う。
靖之「岡部が宿題忘れるなんて珍しいな」
麗美「どうでもいいけど、二つ間違ってたよ」
靖之「わざとだよ。少しくらいハズしとかないと、写させたことバレちまうだろ」
麗美「バレれば、内申書に響く・・・か」
靖之「まあな」
麗美「さっきの授業で、充分響いたと思うけど・・・」
男子生徒A「(冷やかすように)よっ、秀才。さっきカッコ良かったぞ」
靖之「うるせえ!(と、殴る振り)」
靖之「(制服姿の麗美を見て)何?今日、体育見学?」
麗美「聞くかな?普通」
靖之「あ・・・悪い(うろたえて)」
麗美「あのさ」
靖之「ん?」
麗美「今夜ね、友達のお通夜なの。付き合ってくれる?」
靖之「はあ?」
  返事も待たずに、さっさと行ってしまう麗美。
  訝しげな表情の靖之。

○ 体育館
  女子の体育、バレーボール。
  麗美、そっと脚に手をやり、苦痛に顔を歪める。

○ 麗美の回想(路地裏)
  佐倉翠子(17)とその取り巻き三名(美奈、千鶴子、ユリ)に囲まれ、かつあげされている麗美。
  麗美、翠子だけを睨んでいる。
美奈「金、出せよ、持ってんだろ。悪どい商売でたんまり稼いでんだろうが!」
  美奈、麗美の鞄をひったくりその中身を水溜まりにぶちまける。
麗美「・・・!(美奈を睨む)」
美奈「(一瞬、怯むが)何だよ!その目は」
  翠子、少し離れたところで静観。
千鶴子「願かければ、天罰でもくだると思ってんじゃないの」
ユリ「ああ、怖い怖い(嘲笑)」
  美奈、水溜まりの中に、一枚の古ぼけた写真を見つける。
  写真、赤ん坊を抱いた二十歳くらいの女性(髪形などは違うが麗美に瓜二つ)。
麗美「あ・・・(美奈から写真を取り戻そうとする)」
美奈「はっ、何だ、こりゃ(と、くしゃくしゃに丸めて水溜まりに捨てる)」
  泥だらけになりながらも写真を拾い上げ、必死に皺を伸ばす麗美。
千鶴子「汚ねえな。あっち行けよ(麗美を蹴飛ばす)」
美奈「こっち来んなよ!(財布の金を抜き取りながら、麗美を突き飛ばす)」
  翠子の足元によろめく麗美。
翠子「ふん」
  口元に残酷な笑みを浮かべて見下ろす翠子。
  見上げた麗美が翠子の靴に唾を吐く。
  翠子、突然怒りをあらわにして
  (次のシーンの冒頭で)翠子が麗美の脚を踏みつける鈍い音。

○ 歩道(夕方)
  学校帰り、雨が降りだしている。
  麗美は傘をさしているが、靖之は濡れるに任せている。
麗美「(自分の傘を示して)入らないの?風邪引くよ」
靖之「いいよ。このくらい」
麗美「・・・」
靖之「・・・」
麗美「哲平はね・・・あ、死んだ友達のことだけど。ヤンチャでさ、悪戯っこで、いつも大人たちの手を焼かせて・・・変わった子でね、タコ焼きが好物で、御飯のおかずにもタコ焼き食べてた。(悲しみを堪えつつ)まだ10歳だよ。それが、交通事故だって・・・」
靖之「・・・」
麗美「・・・」
靖之「(意識して明るい声で)おれ、こんな格好で行っていいのかな?着替えてくりゃ良かったよ」
  靖之は学生服(夏服)で、しかもびしょ濡れ。麗美は喪服姿。その様子に色っぽさを感じて思わず生唾を飲む靖之。
麗美「構わないわよ、別に・・・それにたぶん、喪服なんか着てく人、あまりいないと思うから・・・」
靖之「それ、どういうこと?」
麗美「私の父親、知ってるでしょ?有名人だものね」
靖之「・・・」
麗美「岡部龍砂。宗教団体『至福の新世界・オアシス』の主宰。平たく言えば教祖様ね。あの人の教えは、死は決して悲しむべきものではないっていうことなの。人は罪を作らずに生きてはいけない。例えば、生きるためには食べなきゃならないでしょ。食べるためには命を奪わなければならない。だから、生きてる以上誰もが罪人なの」
靖之「それって弱肉強食とか食物連鎖とかってことだろ。それが罪だっつったら、身も蓋もないんじゃねえの」
麗美「人間以外の動物はいいわよ。食べるかわりに食べられもする、ギブアンドテイクだからね。けど人間は違うのよ。天の創ったシステムを根底から覆してる」
靖之「・・・」
麗美「『死』はね、それらの罪を清算する行為なの。この世での罪、すべてをチャラにして、しかも、もう罪のない世界に行けるってわけ。そこには一切の欲望が存在しないの。時間の概念もなくて、何もかもが永遠なの」
靖之「つまり、信じる奴だけが、その何とかって世界に行けるわけだ。くだんねえ、やっぱり岡部も(信じてるんだろう)?」
麗美「やめてよ、ばかばかしい ただね、そういうのにすがって心の安らぎを得たいと願う人がいることは確かね。少なくとも父はそう。お布施集めてお金儲けしようだなんて、これっぽっちも考えてない。本当に信じてるのよ、オアシスの神を。たまたまカリスマ性が強かったから、教祖様に奉り上げられただけ・・・」
靖之「そっか・・・でも周りはそうは思ってないみたいだけどな」
麗美「関係ないじゃない、そんなこと・・・でも、死ぬのが悲しいことじゃないってのは当たってるような気がする・・・」

○ 麗美の回想
  (麗美の視点で)翠子たちに囲まれて、口々に罵声を浴びせ掛けられている。
  「生意気なんだよ!」「気取ってんじゃねえよ!」等・・・。

○ 歩道
麗美「死ぬのって、それほど悪いものじゃないかもしれない・・・」
靖之「(驚いて)何、言ってんだよ」
麗美「あ、この家よ」
  靖之、通り過ぎて立ち止まる。
  表札『木島惣一 雅子 哲平』
  白黒の幕もなければ、花輪もない。いたって日常的な外観の一戸建て。
靖之「ホントにここ?」
麗美「そうだよ、行こ」
  二人、門から入る。

○ 木島家(広間)
  二十人ほどの人が集い、黒魔術の儀式かと見紛うような祭壇と棺おけを前に、酒を酌み交わしている。泣くでも笑うでもなく、ただただ静寂・・・。
  祭壇の手前に岡部龍砂(43)。法衣のようなものを身にまとい、顔の半分は髭で覆われている。
  龍砂、麗美に目で頷き、靖之に軽く会釈。
  会釈を返す靖之。
  麗美、祭壇の前で黙祷。
麗美「あの子、本当に?(死んじゃったの)」
龍砂「(頷いて)麗美、今は彼のために祈って上げなさい」
麗美「…(目を閉じて)」
龍砂「さ、あなたも一緒に祈ってやって下さい・・・ええと」
靖之「加藤です。加藤靖之」
  躊躇する靖之。
龍砂「さ、どうしました?靖之さん。何をためらっているのです?祈りは必ず通じます。どうぞ、さあ(促す)」
靖之「え、あ・・・はい(渋々祈るふり)」
  近付いて、棺おけの蓋に手を掛ける麗美。
雅子「見ないで!」
  鞭打たれたように手を止める麗美。
惣一「申し訳ない。とても見れるような状態では・・・(やり切れない)」
麗美「(俯いて)嘘でしょ」
靖之「・・・」
龍砂「・・・」
麗美「(取り乱して)哲平が死んだなんて嘘に決まってる!この中だって、どうせ空っぽなんでしょ、茶番よ!こんなの」
龍砂「麗美!」
  一同、硬直して麗美を見る。
麗美「(溜め息)そんな訳・・・ないよね、やっぱり」
龍砂「(優しく)麗美、この別れは出会いの始まりでもあるのだ。あの世界に行けば、彼とまた会える。そして二度と別れの時は来ない」
麗美「・・・」
龍砂「靖之さん、済まないが、この子を家まで送ってもらえないだろうか」
靖之「あ・・・はい」
惣一「(ひとり呟くように)こんな筈じゃ・・・こんな筈じゃなかった・・・」
龍砂「・・・」
麗美「・・・」

○ 靖之の家(外観全景・夜)
  二階建ての家に明かりが灯っている。

○ 同・靖之の家(二階のベランダ)
  手摺にもたれている靖之。兄の悟朗(24)がサッシ戸を開けてベランダに出てくる。
悟朗「雨、晴れたみてえだな」
靖之「(隣りに来た悟朗に気付き)あれ、兄貴、帰ってたの?」
悟朗「帰って来ちゃ悪いか?(憮然として煙草に火をつける)」
靖之「いや、別にそういう訳じゃ・・・」
悟朗「けっ」
靖之「兄貴さあ、『至福の新世界』って知ってる?」
悟朗「おお。知ってるよ、そのくらい。最近テレビでも見るしな。岡部龍砂だろ?見るからに怪しいもんな、あいつ。ヤクでもやってんじゃねえの。何かさ、信者の中によく自殺者が出るって話だぜ。死ぬと楽園に行けるとか何とか。そんでもって、本人にはちゃっかり生命保険が掛かってたりするのな。ま、これもテレビの受け売りだけどよォ」

○ 靖之の回想(白黒映像)
  哲平の棺おけを前に取り乱す麗美。
惣一「こんな筈じゃ・・・こんな筈じゃなかった・・・」

○ 靖之の家
悟朗「どうしたよ?深刻な顔して」
靖之「いや、何でもない」
悟朗「やるか?(煙草を差し出す)」
靖之「いい、要らない」
悟朗「(大袈裟に)おお、真面目真面目」
靖之「・・・(思案げに)」
悟朗「(ぽつりと呟くように)居辛くなっちまったなあ、この家も・・・」
靖之「・・・(悟朗を見る)」
悟朗「おれ、もう二十四だぜ。未だに定職につかねえで、親にも無視されてよ」
靖之「兄貴・・・」
悟朗「なまじっか、お前の出来がいいから、おれの悪さが目立ってしょうがねえや」
靖之「おれはそんな・・・」
悟朗「いいって。別にお前に恨みごと言うつもりはねえんだ。よくやってると思うよ、実際」
靖之「どうしたんだよ、急に・・・」
悟朗「ブラザーコンプレックスっていうの?あれだよ、あれ。ったくよ、情けねえよなあ」
  夜空に向かい、煙を吐く悟朗。
  夜空―――暗転。

○ 学校(廊下)
  麗美が歩いていると、反対側から翠子たちがやってくる。麗美が右に避けると、翠子たちも右に。左に避けると翠子たち、左に・・・。強引に通ろうとした麗美、美奈に足を掛けられ、転倒。
ユリ「そんなとこに寝てんじゃねえよ!」
靖之の声「岡部麗美が翠子たちに苛められていることは、誰もが知っていた」

○ 同・学校(女子トイレ)
  麗美、トイレの個室から出ようとするがドアが開かない。
  頭上から紙切れが降ってくる。
  紙に書かれた文字『人殺しの子供』『悪魔の娘』等。
靖之の声「けれど岡部は負けなかった。登校拒否するでもなく、誰かに助けを求めるでもなく・・・。翠子たちはしつこく麗美にからんだ」

○ 同・学校(2ーC教室)
  滑川の授業。靖之、振り返ると、ぽつんと空いた麗美の席。

○ 同・学校(女子トイレ)
  閉じ込められたままの麗美が、懸命にドアを叩いている。

○ 同・学校(2ーC教室)
  皆、授業に集中している。
  靖之、眉間に皺を寄せ・・・。
靖之の声「岡部はいつも独りだった・・・」
  靖之、握っている鉛筆に力が入り過ぎ、それを折ってしまう。

○ ゲームセンター(外)
  下校途中の麗美がUFOキャッチャーをしている。背中に『死ね』の貼り紙。それを横目に笑いながら行く通行人。近くで五歳くらいの男の子が麗美を見ている。
  麗美、獲得した人形をその子供にあげる。
  子供、嬉しくてにっこり笑う。
  母親らしき女が現れ、麗美をうさん臭そうに見つつ、子供の手を引っ張る。母親、子供から人形を奪い取り、ごみ箱に捨てる。
  子供、母親に引かれながら麗美を見る。
  見返す麗美(少し寂しそうに)。
  ごみ箱の人形も寂しげに・・・。

○ 大通り(人が多い)
  麗美、腰の曲がった老婆と一緒に横断歩道を渡ってやり、ばか丁寧にお礼を言われ恐縮する。お礼に、とナシを一個貰う。

○ 公園
  ナシを食べながら歩く麗美。
  ベンチでいちゃつくカップルに、食べおえたナシの芯を投げつける。
  男の後頭部に見事命中。
  誰だ!と後ろを振り返る男。
  一目散に逃げる麗美。

○ 龍砂の住居兼オアシス本部
  四階建てのビルの入口に『至福の新世界・オアシス本部』の看板。
  麗美、入って行く。

○ 同内・エレベーター
  麗美、空のエレベーターに乗り込み、4階のボタンを押す。

○ 龍砂の部屋(主宰室)
  机に向かい、何かを書いている龍砂。(仕事中)
  麗美、入室する。
龍砂「(顔を上げて)お帰り、麗美」
麗美「ただいま」
  麗美、ソファーに座る。
龍砂「(眼鏡を外して)食事は済んだか?」
麗美「食べてきた・・・あ、何か作る?」
龍砂「いや、私はいいんだ」
麗美「(鞄から出した雑誌をぱらぱら捲りながら)今夜、何かあるの?」
龍砂「ああ、8時から集会だ」
麗美「そう・・・」
龍砂「一緒に来るか?」
麗美「いい。関心ないから・・・」
  沈黙。
  龍砂、じっと麗美を見る。
龍砂「(眩しそうに)お前は日増しに母親に似ていく」
麗美「・・・(雑誌を見てる)」
龍砂「おいで(手招き)」
  麗美、無表情に立っていって、龍砂の膝の上に座る。
  龍砂、愛しげに麗美の頭を撫でる。
龍砂「(遠い目をして)あの頃は信じることも祈ることもできなかった。だが今は違う。オアシスの神が我を救いたもうた・・・ああ、麗美(ほおずりをしながら)お前だけは失いたくない」
  麗美、龍砂からパッと離れて
麗美「こんなこと、いつまで続けるつもり!」
龍砂「・・・(驚いて)」
麗美「間違ってるよ」
龍砂「麗美、お前一体・・・」
麗美「やめてよ!教祖様なんて!」
龍砂「信じている人がいるんだ。それで多くの人々が救われる。私と同じようにな」
麗美「はっ、神様にでもなったつもり?単純ね。でもパパは信じてても、他の人は・・・」
龍砂「佐伯のことか?私はあれを信じている。決してよこしまな・・・」
麗美「(目に涙を溜めて)パパは莫迦よ!」
  ノックの音。
龍砂「誰だ?」
佐伯の声「佐伯です」
龍砂「ああ、入ってくれ」
  佐伯俊一(45)入室する。ずるがしこく、油断のならない目をした男。
  急いで涙を拭う麗美。
佐伯「そろそろお時間ですので・・・」
龍砂「ああ、分かっている」
佐伯「では・・・(一礼)」
  龍砂、一瞬不安げな視線を麗美に送り、退室する。
  佐伯と麗美が後に残る。
佐伯「(耳元で囁くように)大人のすることに、あまり口を出すものではありませんよ、お嬢様」
  麗美、キッと佐伯を睨む。
  佐伯、涼しい顔で・・・。
佐伯「失礼いたします(恭しく一礼)」
  佐伯、退室する。
  麗美、悔しそうに下唇を噛む。

○ 学校(廊下・放課後)
  鞄を提げている生徒や部活のユニフォーム姿の生徒たちが行き交う。

○ 同・学校(教室)
  鞄に教科書等をしまい、帰り仕度の靖之。
  サッカー部のユニフォーム姿の勇治。
勇治「靖、これから塾か?」
靖之「いや、今日はないけど」
勇治「どっちみち、まっすぐ帰ってお勉強だろ。ご苦労なこった」
靖之「(うるさそうに)勇治、お前、もうちったあ小さい声で喋れねえのか?」
勇治「(大声で)分っかりました!」
靖之「(耳をふさぎ)やめろ、やめろ!バカが伝染る」
勇治「靖よお、そんな勉強ばっかしてどうすンの。君には若者らしい夢ってものはないのかい?」
靖之「そういう勇治にはあるのかよ?」
勇治「たりめえよ。おれはプロサッカー選手になるぜ。未来のペレ、ジーコさ」
靖之「(しらけて)そうか、お前、外人になるのか」
  靖之、帰ろうとして廊下に出る。
勇治「おい、待てよ(後を追う)」

○ 同・学校(廊下)
  並んで歩く靖之と勇治。
勇治「お前さ・・・」
靖之「何だよ?」
勇治「いや、つまりその、聞いた話しだけどよ(思い切って)お前、岡部とつきあってるんだって?」
靖之「はあ?・・・何だよ、それ?」
勇治「(うろたえて)ち、違うよな、やっぱ。おかしいとは思ったんだよ、うん」
靖之「誰が言ったんだ?迷惑だな」
勇治「だよな!だよな!うん、ならいいんだ、うん(何度も頷き納得する)」
  勇治、立ち止まるが、靖之、どんどん歩いていく。その背中に呼び掛ける勇治。
勇治「よくねえぞ、靖。関わりになんなよ。平穏無事な学校生活送りたいだろ!」
  靖之、複雑な表情で・・・。

○ 同・学校(生徒用玄関)
  玄関を出る靖之、何げなしに上を見ると、屋上に数名の人影。そのうちの一人が下を見ている。
  翠子では?と首を傾げる靖之。
  玄関に視線を落とすと、麗美が靴を履き、玄関を出ようとしている。
  靖之、嫌な予感がして、再び屋上を見上げる。
  今まさに、美奈(翠子の仲間)が植木鉢を振り上げている。
靖之「うわ・・・!」
  靖之、反射的に駆け出し、麗美を突き飛ばす。次の瞬間、コンクリートの地面に植木鉢の破片が散乱する。
  伏せたまま、悪夢のように植木鉢の残骸を見つめる靖之、麗美。
靖之「(見上げて)あいつら!」
  屋上の人影、消えている。
  起き上がった靖之、屋上を目指して走る。
  茫然自失の麗美。群がる生徒たち。何だ、どうした?とやってくる教師。

○ 同・学校(階段)
  息を切らせながら、駆け上がる靖之。

○ 同・学校(屋上)
  靖之、鉄扉を開けると、翠子とその取り巻きがいる。
靖之「(荒い息をつきながら)危ねえじゃねえか!」
美奈「(平然と)何のことだよ?」
靖之「わざと落としたろ、植木鉢。岡部を狙ってた。おれは見たんだ。学校に報告するからな。お前ら、みんな退学だ!」
千鶴子「知らねえって言ってンだろ」
美奈「邪魔なんだよ。秀才は、帰ってお勉強でもしてな」
  美奈、靖之の胸を突き飛ばす。
翠子「靖之、あんた今、自分が何やってるか分かってんの?」
靖之「もし当たってたら、どうすんだよ!」
ユリ「当たりっこねえよ。そんなもん」
靖之「ばかやろ、下手すりゃ死んでたぞ」
美奈「へっ、死ぬもんか」
翠子「死んだっていいさ。麗美は死ぬのなんて何とも思っちゃいないよ。死ねばもっとイイとこに行けるんだからさ。あんたこそナイトを気取ってると痛い目見るよ」
  一同、嘲笑う。
靖之「何でだ?何であいつを・・・?」
翠子「気に入らないんだよ。一人だけ不幸しょってるようなツラしてさ。そのくせ、どっかであたしたちを見下してるんだ。クズを見るような目で見やがる」
靖之「と、とにかく、立派な犯 罪だぜ、こりゃ」
  麗美、現れる。
翠子「はん!犯 罪だって?誰が被害者だよ、え?麗美」
麗美「・・・」
靖之「(黙っている麗美にしびれを切らして)おれだ!おれが被害者だ。文句あっか!」
千鶴子「何、こいつ。頭おかしいんじゃねえの?」
麗美「(たまりかねて)やめてよ!」
靖之「・・・(麗美を見る)」
麗美「もういいから・・・。余計なことしないで!」
靖之「余計なことって・・・(勢いをそがれて)」

○ 歩道橋
  麗美、ひとり歩きながら呟く。
麗美「ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・」


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