穏やかな日々

穏やかな日々【後編】


○ 靖之の家(ベランダ・夜)
悟朗「いやあ、またバイトくびになっちまった。おれマジで不安になってきたよ。30なっても40なっても、こんな生活してんのかね。考えたくもねえけどよ。(しみじみと)おれは駄目だな」
靖之「兄貴、そんなことないって」
悟朗「弟に励まされてるようじゃ世話ねえよ(自嘲気味に笑う)」
靖之「おれ、兄貴には感謝してんだよ。いつだったか喧嘩に負けて帰ったときさ、兄貴、根性が足りねえって特訓してくれたよな」
悟朗「ああ、あったあった」
靖之「結局、また負けちゃったけどさ(笑)」
悟朗「だってお前、素質ないもん。やるか?(ガムを差し出す)」
  靖之、頷いて、貰って食べる。
悟朗「靖之、せいぜい学問に励んどけ。おれみたくなるなよな」

○ 龍砂の部屋(食堂)
  麗美と龍砂、食事をしている。
  麗美、時々パンを千切る手が止まる。
龍砂「食欲ないのか?」
麗美「(ハッと我に返り)・・・え?ううん、そんなことない(再び食べはじめる)」
龍砂「そうか・・・」
  龍砂、スープを啜りつつ、麗美の様子を窺う。
龍砂「何か悩みごとでも?」
麗美「(首を振り)ないよ、何にも」
龍砂「(追及しようとするが、止めて)もし何かに迷っているのなら、オアシスの神に祈りなさい。心配はいらない。すべてうまくいく」
麗美「・・・パパ」
龍砂「何だね?」
麗美「この前はごめんなさい。私、生意気なこと言って・・・だから・・・私を嫌いにならないでね(哀願するように)」
龍砂「(麗美の手を取って)当たり前じゃないか、麗美」
麗美「パパ、私怖いの、自分を開放してしまいそうで・・・もう、自分を自分の中につなぎ止めておくのは・・・」
龍砂「・・・?(不審げに)」

○ 歩道
  靖之、学校帰り、歩いている。
  後ろから黒塗りの高級車が、ゆっくりと近付いて来る。車、靖之の隣りで停車。
  後部座席のパワーウインドウが下りて、中から龍砂が現れる。
龍砂「加藤靖之さん・・・でしたね」
靖之「あ・・・(驚いて)どうも」
龍砂「少し時間をいただけませんか?」
靖之「(考えて)すいません、これから塾なもんで・・・」
龍砂「では、そこまで送りましょう」
  応えを待たずにドアが開く。
靖之「・・・(困惑)」

○ 車道
  龍砂の車、走っている。

○ 車内
  後部座席に靖之と龍砂、助手席には佐伯が乗っている。
龍砂「靖之さん、あなたには娘と親しくしていただいているようですが・・・」
靖之「・・・いえ、別に・・・あ、この前は(木島家では)たまたまですから」
龍砂「あの子は不憫な子です。片親で育ち、しかも父親は些か常人とは違った存在だ。外ではうまくやっているのでしょうか?」
靖之「彼女、学校でのことは話さないんですか?」
龍砂「ええ・・・何か?」
靖之「あ、いえ・・・」
龍砂「私はかつて、会社勤めのサラリーマンでした。ある時、病気で妻を亡くしまして・・・まだ24の若さです。あの子は3つになったばかり。私は途方に暮れました」
靖之「・・・」
龍砂「神も仏もないのか、そう思いましてね。そんな時(佐伯を見て)彼が良くしてくれた」
佐伯「・・・」
龍砂「彼は私に言いました。それなら自分が神になればいい。そうすれば運命を呪うこともない、とね」
靖之「・・・」
龍砂「いや、つまらない話をしてしまって・・・。しかし私も人の親です。あの子のことが気に掛かる。命を捧げてでも守りたいと思うほどにね」
 流れる沈黙。
靖之「ひとつ、いいですか?」
龍砂「何でしょう?」
靖之「『オアシス』の信者がよく死ぬという話を聞いたんですが」
龍砂「(ため息)確かにそういった事実はあります。まったく悲しいことです。しかし子の死を悲しまない親がいないように、死を奨励する神などありません。ただ誰にも死は平等に訪れる。これは避けようもなく・・・要はそれをどう受け止めるかということではないでしょうか?」
靖之「よく分かりませんが・・・」
  幾分悲しげに微笑む龍砂。
靖之「ここでいいです。降ろして下さい」

○ 歩道
  車が停まり、靖之、降りる。
  突然、一人の男が飛び出して来て、車に駆け寄る。男の名は平井武(44)。ノーネクタイによれよれのジャケット。不精髭で血走った目をしている。
平井「(車にしがみつき、龍砂に向かって)女房を返せ!娘を返せ!人殺しめ、何が神だ、何か教祖様だ!」
  佐伯、車から降りてきて、平井の顔を殴り飛ばす。呆気なく倒れる平井。
  その横腹を蹴り続ける佐伯。
龍砂「止めないか!佐伯」
佐伯「しかし・・・」
龍砂「・・・(怖い形相で)」
佐伯「・・・(渋々攻撃を止める)」
  平井、起き上がれず、ゲホゲホとむせている。
  青い顔で見守るしかない靖之。
  佐伯、龍砂に見えないところで、靖之に金の入った封筒を渡す。
靖之「(驚いて)何ですか、これは・・・?」
佐伯「これ以上付きまとわないで戴きたい。主宰にもお嬢様にも・・・。すべてあなたのためです、これ以上深入りしてはいけない」
靖之「おれは別に・・・」
佐伯「(秘密めいた口調で)いいから取っておきなさい。いくら神を信じてたって、いかんせん、こいつがなくては、生きてはいけない。そうでしょ?」
  走り去る車。
  見送る靖之。
  まだ起き上がれない平井、悔しそうに・・・。
靖之の声「同じことの繰り返し。そう思った。岡部龍砂もこの男を見て、きっと14年前の悪夢を思い起こしたに違いない」
  畜生、畜生と泣きながら、地面を叩いている平井。
靖之の声「最悪だ・・・最低だ・・・」

○ 龍砂の部屋
  龍砂をモデルに油絵を描く麗美。
龍砂「血は争えないものだな」
  麗美、淡々と描き続ける。
龍砂「お前の母親も好んでよく絵を描いていた。汚れるのも構わず・・・」
  麗美、一瞬動きが止まるが、再び描き始める。
龍砂「ただひたむきに・・・(懐かしそうに)」

○ 学校(教室・昼休み)
  賑やかな教室に、パンと牛乳を持って入ってくる麗美。
  目敏く見つけた美奈が、麗美からそれらを取り上げる。
美奈「いつも悪いな、麗美」
麗美「返してよ。あんたの使い走りなんてした覚えないわ」
美奈「何?今なんて言った。よく聞こえなかったなあ」
麗美「返してって言ってるでしょ!」
美奈「(奪い返そうとする麗美を突き飛ばして)いっぱしに逆らうんじゃねえよ!」
  美奈、パンと牛乳を翠子の席に持って行く。
  翠子、悠然とそれを食べようとする。
  麗美、密かにニヤリと笑い、退室する。
  パンを手に入室する靖之と勇治。
  擦れ違う麗美の表情(薄笑い)に、首を傾げる靖之。
  翠子、半分ほど牛乳を飲む。
  その口もと。
翠子「・・・?(舌に異物感)」
  突然の悲鳴とガラスの割れる音に、弾かれたように振り返る靖之。
  床に散らばる牛乳とその瓶の破片。
  震える翠子。そして
  こぼれた牛乳の中で蠢く巨大な蜘蛛!
  翠子、吐き気を催して退室。
  翠子の取り巻き、後を追う。
勇治「岡部だよ!あいつやりやがった。やべえぞ、おい。こりゃあ、ただじゃ済まねえぞ」
靖之「・・・」

○ 靖之の回想(白黒映像)
  屋上から降ってくる植木鉢。
  地面の上に散らばる植木鉢の破片。

○ 同・学校(教室)
  目の前の牛乳瓶の破片とイメージがダブって・・・。
  牛乳にまみれて蠢く蜘蛛・・・。

○ 同・学校(女子トイレ)
  手洗い場で口をゆすいでいる翠子。
  ハンカチを渡したりと、介抱する取り巻きたち。
  顔を上げた翠子の顔が鏡にうつる。
翠子「・・・麗美!(怒り心頭)」

○ 同・学校(生徒用玄関・放課後)
  下駄箱から靴を出す麗美。
靖之「岡部」
麗美「(振り返り)・・・靖之くん」
靖之「(金の入った封筒を出して)これ、佐伯って人に返しといてくれねえか」
麗美「何よ?これ」
靖之「知らねえよ。とにかく訳の分かんねえ金は受け取れない、そう言っといてくれ」
麗美「くれるって言うなら貰っとけばいいじゃない。人間、お金がなくちゃ生きていけないもの。あるに越したことないでしょ」
靖之「佐伯って人も似たようなこと言ってたな。でも困るんだよ、こういうの」
麗美「だったら、自分で返せば?私には関係ないもの」
  美奈、やってきて
美奈「麗美、ちょっといいか?」
麗美「・・・(緊張)」

○ 同・学校(体育用具庫)
  暗く狭い室内に、麗美、翠子とその取り巻きたち。
翠子「あんたがゲテモノ趣味とは思わなかったよ」
  翠子、手に持った空き瓶の蓋を開ける。
  中にはミミズがうじゃうじゃひしめいている。
麗美「・・・!」
翠子「これはあたしからのささやかなプレゼントさ」
  美奈とユリ、両脇から麗美を押さえつける。
  翠子、ゴム手袋をはめて、片手でミミズを掴み取る。余った手で麗美の口をこじあけようとする。強く拒む麗美。
翠子「ほおら、遠慮はいらないよ」
  麗美、急に翠子の手に噛みつく。
  あまりの痛みに声もでない翠子。
  麗美、すきをついて腕を振りほどき、手近の金属バットを掴み、美奈に振りかぶる。
  しかし、狙い外れて壁に穴が開く。
  顔面蒼白の美奈。
  麗美、バットを翠子の喉元に突きつけつつ、取り巻きに向かって叫ぶ。
麗美「出てけ!出てきなさいよ!」
  美奈、千鶴子、ユリ、一様に気圧されて後ずさる。
翠子「(助けを求めて)千鶴子、ユリ・・・美奈!」
美奈「(怯えつつ)ヤバいよ、翠子。こいつ、マジだよ」
翠子「こんな奴一人に何おたおたしてんだよ」
美奈「(急に逆ギレして)だったら一人でやりゃいいだろ!何だよ、威張りやがって。もうあんたの言いなりはごめんだ!」
  美奈、出ていく。千鶴子、ユリも後に続く。
  ふたりきりになった麗美と翠子。
翠子「(開き直って)どんな気分?」
麗美「・・・」
翠子「似てるのよ、あんた、あたしに。自分を見てるみたいで厭だった」
麗美「一緒にしないでよ。私はあなたみたいに群れをなしたりしない。それに弱いものイジメも趣味じゃないしね。(袖をまくり、青痣を見せ)これも(スカートをたくしあげ)これも(うなじを見せて)これも!全部、あんたの仕業。スゴク痛かったんだから」
翠子「(精一杯強がって)だから、何だってのよ!」
麗美「(無表情に)死んじゃいなさいよ」
  麗美、手のバットをスーッと持ち上げる。
  目は狂気を帯びて・・・。
  固まる翠子。
  靖之、戸口に現れて、叫ぶ。
靖之の声「岡部、止めろ!」
麗美「(一瞬躊躇するが)ほっといてよ!」
靖之「よく見ろよ。翠子をよく見てみろよ。そいつはお前ほど強くないぞ」
  翠子、怯え切っている。
麗美「・・・(動けない)」
  翠子を促して、外に逃がしてやる靖之。
  翠子が消えた途端、ぺたりとその場に座り込む麗美。
麗美「・・・翠子が本当に憎かった。あのままだったら、きっと、私、殺してた」
靖之「岡部・・・」
麗美「(泣きながら)あれ?おかしいな、今頃震えてる、私・・・」
  靖之、不器用に麗美の肩を抱き寄せて・・・
麗美「ありがとう、とめてくれて。また助けられたね」
靖之「また?」
麗美「ほら、玄関のところで・・・」
靖之「ああ、あのときは夢中だった。けど、おれの運動神経も満更捨てたもんじゃねえだろ」
麗美「(泣き笑い)ありがとう」
靖之「・・・(微笑)」
麗美「・・・(微笑)」
靖之「岡部・・・これからどうする?」
麗美「うん、一緒に行ってくれる?」
靖之「(頷いて)ああ」

○ バスの車内(乗客、4・5人程度)
  靖之と麗美、並んで座っている。
靖之「どこ、行くんだ?」
麗美「父のところ」
  例の皺くちゃの写真を出して見せる麗美。
靖之「これって、岡部か?」
麗美「母よ。よく似てるでしょ。父は、いつも私に母の面影を重ねて見てた・・・」
  語り始める麗美。映像上は無声になり、代わって靖之のナレーションが忍び込む。
靖之の声「父親の深い愛情を受けて育った岡部は、いつの日か母親自身になっていた。けれど反面、そんな母を憎み、母と娘、自分の中のふたつの気持ちに挟まれて苦しんだ 翠子たちに辛く当たられるのはそんな自分への罰だと思っていた 岡部はまるで他人ごとのように、そう言った」
麗美「(靖之に頭を下げて)ホントにありがとう」
靖之「(苦笑)おれは何もしてないよ」
麗美「ううん、そんなことない。皆、私を憎むか崇めるか・・・今まで純粋に優しくしてくれたのはパパだけだった。だから私、パパに嫌われるのが何より怖かった」
靖之「・・・」
麗美「でも今は違う。もう母を憎んだりしない。これでやっと私、父の本当の娘になれたような気がする・・・」
  窓外の夕暮れの町並みを眺める麗美。麗美の横顔を見る靖之。
靖之の声「岡部ははじめから母親を憎んでなんかいなかった。おれにはそう思えてならない・・・」
  麗美の手元、母親の写真を大事そうに持っている。

○ 屋外の広場(オアシスの集会)
  視界一面に信者たちがひしめいている。
  集会を終えた龍砂と佐伯が歩いて来る。
  出口に立つ麗美たちの前を通り過ぎていく龍砂。
  微笑んで小さく手を振る麗美。
  目を細めて頷く龍砂。
  靖之に険悪な一瞥を投げる佐伯。
  見返す靖之。
  警備員、龍砂に近付こうとする信者たちを必至に押しとどめている。
  刹那!
  猛スピードで突進してくる車。ヘッドライト眩しく・・・。
  龍砂と佐伯、麗美たちの眼前で、その車に撥ね飛ばされる。
  急停車する車。運転しているのは平井武。
平井「ハハハ、やったやった!ざま見ろ、ざま見ろ、ざま見ろ!」
  汗だくの平井、狂ったようにクラクションを鳴らす。
  信者たちのどよめき。
  頭から血を流し、カッと目を見開いたまま、息絶える佐伯。
  龍砂も同様に血だらけで横たわっている。

  (一瞬、時間が止まり 静寂)

麗美「いやあああああ!!(絶叫)」
  龍砂に駆け寄る麗美、靖之。
  麗美、龍砂を抱き起こす。
麗美「イヤだ!そんなのヤだよォ!」
  やがて、龍砂の指がピクリと動く。
麗美「(ハッとして)パパ?!」
靖之「バカ!岡部、動かすな!誰か!誰か救急車を!」
  救急車のサイレンが聞こえてきて・・・。

○ 病院(夜)
  『手術中』の赤ランプが点灯している。
  靖之と麗美、ソファーに座って待つ。
  手術室内では数名の医師が、口に管を当てられたりしている龍砂を囲み、執刀中。
  波打つ心電図。

○ 同・病院(深夜)
  落ち着きなく廊下を歩き回る靖之。
麗美「家、帰らなくていいの?」
靖之「あ、さっき電話したから」
麗美「でも・・・」
靖之「乗り掛かった舟だしな。ま、こっちは大丈夫、兄貴がうまく言っといてくれるから・・・」
  『手術中』の赤ランプを見上げる麗美。

○ 同・病院(さらに時間が経過)
靖之「・・・(ため息)」
  『手術中』のランプが消える。
  立ち上がる二人。
  手術室から出てくる医師、微妙な表情で・・・。
医師「凄まじい生命力の持ち主です。安心して下さい。もう峠は越えました」
  安堵のため息を漏らす麗美。
医師「(言い淀んで)ですが・・・」
靖之「・・・」
麗美「・・・(不安な瞳)」

○ 同・病院(廊下・数日後の昼)
  龍砂の乗る車椅子を押している麗美。
  肩を落として生気のない虚ろな目の龍砂。
  龍砂、ゆるゆると窓の外に目を向ける。
  車椅子を止める麗美。
  窓の外、病院を囲むように、人・人・人・・・。ひたすらに祈る者、罵声を飛ばす者、石を投げつける者、マスコミ、報道陣、野次馬等・・・。
龍砂「(怯えつつ)あの人たちは一体・・・?」
麗美「・・・さあ、何だろう?どのみちパパには関係のないことよ」
龍砂「(驚愕)パパ?君は私の・・・娘なのか?」
  泣きそうな顔で、再び車椅子を押す麗美。
龍砂「君の・・・君の名前を教えてくれないかな?」
麗美「岡部麗美。パパのつけてくれた名前よ」
  龍砂、記憶を手繰ろうとするが思い出せない。
  ―――暗転

○ 地方の或る町の車道(テロップ『1年後』)
  悟朗の車が走っている。

○ 車内
  悟朗の運転する車の助手席に靖之が座っている。心なしか、1年前に比べて逞しくなったように見える靖之。
靖之「悪いな、兄貴」
悟朗「気にすんなって、あてのない気ままなひとり旅だ。ついでだよ、ついで。それよか親の心配もちったあ考えろよ。今年受験だろ、お前」
靖之「おれだってね、たまの日曜くらい羽根をのばしたいの。気分転換ってやつね」
悟朗「それにしたって、何もこんな田舎町に・・・。名所もなけりゃ、遊び場もないぜ」
靖之「でも空気がうまいじゃないの」
悟朗「変なヤツ」

○ 山道
  悟朗の車が走る。
悟朗「そう言えば、去年の今頃だったな」
靖之「何が?」
悟朗「覚えてないか?岡部龍砂の事件。死んだ家族の保険金をお布施と称して騙しとられた元信者に、車で撥ねられたっていう。その後、担ぎ込まれた病院から忽然と消えただろ。死亡説も出てるらしいけど、おれは突然復活してくると睨んでるんだな。ま、一種のパフォーマンスってやつよ」
靖之「いやあ、それはないな」
悟朗「お、やけに自信たっぷりだね。何なら賭けるか?」
靖之「(笑って)いいよォ」
悟朗「・・・」
靖之「・・・」
悟朗「(急に真顔になって)靖之、今度戻ってきたら、おれ、人間変わってるぜ」
靖之「どういうこと?」
悟朗「そりゃお前、浮き草暮らしにケジメつけてよ・・・」
靖之「ふーん。兄貴も結構頑張ってんだな」
悟朗「(靖之をこずいて)おい、生意気だぞ、弟」

○ 山奥の小さな村
  緑豊かなのどかな風景。
  車から降りた靖之が、走り去る兄の車を見送る。

○ 庭つきの家
  ごく平均的な一戸建て。門の外から中を覗いている靖之。ドアが開いて、麗美が出てくる。
  靖之に気付いた麗美、驚いて目を見張る。
靖之「(不意を突かれ、うろたえつつ)・・・よお」
麗美「(冗談ぽく真似て)よお」

○ 田舎道
  肩を並べて歩く靖之と麗美。麗美はカンバスと画材を抱えている。
麗美「驚いた。突然来るから・・・」
靖之「元気だったか?」
麗美「お陰様でね。そっちは?」
靖之「おれは相変わらずだよ。岡部、こっちの学校に通ってんの?」
麗美「うん」
靖之「うまくやってる?」
麗美「それは、もう(笑)」
靖之「そうか・・・(カンバスを見て)あれ、絵なんか描くの?」
麗美「(照れ臭そうに)うん、前から描いてたんだけど、ちょっと本格的にやってみようかなあなんてね」
靖之「へえ」
麗美「・・・」
靖之「・・・」
麗美「この頃思うの。私が一番望んでいたのは、これなのかもしれないって。平穏な暮らし、穏やかな日々・・・」
靖之「今までのこと、親には話したのか?」
麗美「ううん、何も。人間、知らないほうがいいことってあるでしょ。それにもし神様が本当にいるなら、これってたぶん父に与えられた最初で最後のチャンスなんじゃないのかなってね」
靖之「でも、それでよかったのかな・・・」
麗美「だってしょうがないじゃない。父には過去は重すぎるもの」
  道の反対側から龍砂が歩いてくる。髭を落とし、がらりと雰囲気が変わっている。
  ラフな出で立ちで、散歩の帰りといった風情。
龍砂「(麗美に気付いて)ただいま」
麗美「(微笑んで)お帰り」
龍砂「(靖之を見て)お友達かい?」
麗美「うん。パパ、紹介するね。彼・・・」
  音楽(エンディングテーマ)入る。
  のどかな3人の笑顔の会話の中、ロールテロップ、キャスト、スタッフ。
  やがて、音楽終わる。
  カメラが引いていくと、木の影から龍砂たちを見つめている男の後ろ姿。その汗ばんだ手に握られた鈍色に光るナイフ。
  男の顔、平井武!
靖之の声「穏やかな日々。それは幻想なのかも知れない・・・」

――――――― 了


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