自転車にノッて

自転車にノッて


登場人物

 ヘンジ(20)
 繭(16)
 自転車屋のおやじ(45)
 ヒョウイ(20)
 ウマオ(20)
 健也(24) 



○ 図書館
  学校帰りの繭がひとり静かに勉強中。
  知性と品性を感じさせる真剣な横顔。
  さらさらとノートにペンを走らせている。

○ 自転車屋
  店頭に変速ギアつきの自転車が置いてある。
  値札、50000円。
  ヘンジが値札をじっと睨んでいる。
ヘンジ「(自転車を指して)おじさん、これちょうだい」
  おやじ、背を向けたままパンクの修理をしている。
おやじ「あいよ、5万円」
ヘンジ「や、まけてよ」
おやじ「じゃあ消費税はサービスな」
ヘンジ「(ボソッと)ンなもんハナから納める気ねえくせに」
  おやじ、スパナを握る手に力をこめて振りかえり、凄みをきかせてみせる。
おやじ「ボウズ、大人を詐欺呼ばわりするんじゃ――――」
  しかし振り向いたすぐ目の前にヘンジの拳が迫っていた。

○ 自転車屋(時間経過)
  呆然と立ち尽くすおやじの左目には痛々しい痣。
  その上、さっきの自転車がなくなっている。
  おやじの手には500円玉一枚。
  ちぎれた値札から「00円」の部分がとれて、「500」とだけ書かれている。

○ 河川敷
  ゴキゲンで自転車のペダルを踏むヘンジが行く。
  草野球をしているヒョウイが目ざとく見つけて、バット片手に土手を駆けあがってくる。
ヒョウイ「おいおいおい待てよ、ヘンジ!」
  ヒョウイ、自転車の荷台をガシッと掴んで放さない。
ヒョウイ「(バットを突きだし)代打でてくれよ?ちょっと負けててさあ」
  ヘンジ、めんどくさそうにスコアボードを見る。
  5回終わって、19対2
ヘンジ「ちょっとじゃねえじゃん」
ヒョウイ「んだからさ、代打の後はそのまま投げてくんね?」
ヘンジ「敗戦処理かよ」
ヒョウイ「ちげえよ、勝つよ。勝つ気マンマンよ、俺ら」
ヘンジ「で、いくらくれんの?」
ヒョウイ「へっ・・・」
ヘンジ「(親指と人差し指でワッカをつくって)カ〜ネ〜」
ヒョウイ「たしかおまえに貸した3万、まだ返してもらってなかったよなあ」
  ヘンジの眉毛がぴくっと痙攣する。

○ 河川敷(時間経過)
  ヒョウイが道端でノビている。
  その傍に転がっているバット。
  「おーい、ヒョウイ。早く守備につけよ!」と、土手の下から野球仲間が呼ぶ声も空しく響き・・・

○ 坂道
  ヘンジが自転車から降りずに上り坂に挑んでいる。
  かなり急な坂道のため、立ち漕ぎしながらゼイゼイあえいでいる。
  ギアを変えてみるも、ヘンジ、あれれといった表情。
  なぜか全くラクになる気配なし。
  どうやらこのギア壊れているらしい。
ヘンジ「チキショー!」
  さらに悪いことにぽつぽつと雨が降ってくる。
  やがてバケツをひっくり返したような通り雨。
ヘンジ「ざけんなー!」

○ 図書館の外 〜 大通り
  繭が図書館の軒下で雨があがるのを待っている。
  やがて雨あがり、歩きだす繭。
  唇を真一文字に結び、背筋をぴんと伸ばしてしゃきしゃき歩く姿は、凛々しくもあり可愛くもあり・・・

○ 商店街
  雨あがり。
  びしょ濡れのヘンジが自転車を漕いでいる。
  カドを折れようとしたところでオタクっぽいメガネくん(ウマオ)が飛び出してきて正面衝突。
ヘンジ「(起き上がって)ウマオ、てめ!」
ウマオ「へ、ヘンジくん」
  へしゃげたメガネをかけなおし、愛想笑いを浮かべるウマオ。
  メガネは壊れたものの、ウマオが持っていたケンタッキーの箱は無事だった。
  はぐきをむき出しにして、嬉しそうに箱を拾うウマオ。
  一方のヘンジ、自転車のスタンドを立てて点検するそぶり。
ヘンジ「あー、やっぱ壊れちまったよ。どうしてくれんだよ、ウマオ」
ウマオ「うそだよ。だってそんな・・・どこも壊れてなんかないじゃない・・・」
  逃げ腰ながらも一応反論を試みるウマオ。
ヘンジ「まあみろって。ほらな、ここ、ギアがバカになっちまってるだろ。これだと坂のぼるのとかキツイんだよなあ」
ウマオ「え・・・でもさ、それって今壊れたとは限らな・・・」
  ふいにヘンジ、派手なくしゃみをする。雨に濡れたせいだろう。
ヘンジ「ほらみろ、おまえのせいで風邪ひいちまったじゃねえか」
ウマオ「いや、それは絶対関係ない。関係ないよ、うん」
  じりじりと後ずさるウマオ。
  にやあっと笑うヘンジ。
  ケンタッキーの箱を後ろに隠すウマオがぶるぶる首を振る。

○ 商店街(時間経過)
  ぼんやりと立ち尽くすウマオ。
  顔には痣ができている。
  ケンタッキーの箱も消えている。

○ 大通り
  自転車の荷台にケンタッキーの箱が入っている。
  フライドチキンに齧りつきながらなおも疾走するヘンジ。
  やがて、歩いている繭の背中をヘンジの自転車が追い越した。
  気づいたヘンジがブレーキをかけ、繭のところへUターン。
  ヘンジ、自転車に跨ったまま声をかける。
ヘンジ「(動揺しながら)繭さん」
「(全く動じず)はい?」
ヘンジ「ボ、ボクと、ド、ドライブしませんか」
「ドライブ?」
ヘンジ「オウ。繭さん、車持ってる男が好きだって聞いたから、これ」
  と、鼻息も荒く、「どーですかぁ!」とばかりにマイ自転車を見せつけるヘンジ。
  思わずクスリと笑みをこぼす繭。笑い方まで品が良い。
「じゃあ、ウチまで乗せてってもらえます?」
ヘンジ「(大喜びで)オウ!」
  とそこへ、ふたりの傍に高そうな外車が横づけに停まる。
  パワーウインドウがおりて、浅黒の二枚目が首をだす。その男は健也。
  繭、今までの大人びた雰囲気から一転し、ミーハーな女の子に早変わり。
「あ、健也クン!」
健也「(クールに)繭、今帰りか」
「ん、そだよ」
健也「じゃあ、乗れよ。送ってってやるから」
  健也の白い歯がキラリンと光る。
  繭、健也とヘンジそして外車と自転車を交互に見比べる。
  緊張するヘンジ。
「ヘンジくん」
ヘンジ「オウ!」
「また今度ね♪」
  そう言い残し、なんの躊躇いもなく外車の助手席に乗り込む繭。
  車の中、無関心にそっぽを向いている繭に手を振るヘンジ。
ヘンジ「あ、じゃあ、また今度・・・」
  なにやら楽しげに話をしている繭と健也。ヘンジは完全に蚊帳の外だ。
  ほどなく走り出す外車。見送るしかないヘンジ。切ない。
  そのまま見ていると、外車が急に左折しラブホテルの暖簾をぎゅぎゅっとくぐりぬける。
ヘンジ「だあっ!やっぱり〜〜っ!」
  ヘンジ、頭を抱えてしゃがみこむ。

○ 山道
  夜。
  ヤケクソになってペダルを漕ぎまくるヘンジ。
  自転車のライトの軌跡が右に左に揺れまくる。
  常軌を逸脱したスピードで次々と自動車を追い抜いていくヘンジ。実に信じられない光景。
ヘンジ「だああああっしゃあああああ!!」
  ヘンジ、急カーブのガードレールを飛び越えて、そのまま崖に向かってダイビング。
  満月を背景に宙に浮かぶ自転車のシルエット。
  映画「E.T.」のワンシーンを髣髴させる美しい映像である。

○ 崖の下
  月明かりの下、ばらばらに壊れた自転車。

○ 病院(時間経過)
  病院の外観。のどかな昼下がり。

○ 病室
  ミイラのように全身包帯巻きのヘンジがベッドに横たわっている。
  ヘンジ、いたって元気な様子で横を向いてふてくされている。
ヘンジ「ふんっ!」
  ヘンジの足に嵌められたギブスは落書きだらけ。
  その落書きのうちのひとつにクローズアップ。
  そこには殴り書きでこう記されている。
  『自転車にノッて  オワリ』


 ――――――― 了


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