ゆるしてください

ゆるしてください【前編】


登 場 人 物

  リョウ(26)
  ユナ(24)
  南条 真哉(26)
  稲田 昭義(29)
  戸ノ川 一敏(70)
  宮坂 蛍子(27)
  宮坂 創一郎(55)
  森永 綾乃(10)
  ハンバーガーショップ店長  
  八百屋
  カラオケボックス店員
  看護婦


○ マンション・全景

○ リョウのマンション・リビング
  光りの差し込む窓べで惚けているリョウ(26)。
リョウ「人間なんてただ生きて死ぬだけじゃないか。そんな人生なら要らない。疲れて眠るだけの人生なら僕は要らない。(ため息)どうしたらもっと優しくなれるのだろう。どうしたらもっと分かりあえるのだろう。痛みを知らない安らかな時間はどこにあるのか。僕らはどこまで流されて行くのか・・・」
  リョウ、俄かに女性的な仕種でくすくす笑い出す。

○ 同・寝室
  パジャマ姿のユナ(24)が、姿見の前で、笑顔の練習をしている。
ユナ「いらっしゃいませぇ・・・いらっしゃいませぇ・・・」
  どうしてもぎこちない笑顔のため、頬をつねったりして、自然な笑顔を作ろうと、滑稽なまでに懸命になっている。
  不意に、ユナの背後に現れるリョウ。
ユナ「(鏡の中のリョウに)いらっしゃいませぇ」
  やっぱりぎこちない・・・。

○ ハンバーガーショップ
ユナ「いらっしゃいませぇ」
  店の制服を着て働くユナ、あくまでぎこちない笑顔。


  閉店後、一人まじめに床のモップがけをしているユナ。
  その肩を叩く店長。
店長「君さ、仕事変えた方がいいんじゃない?」
  悲しそうなユナの表情。
ユナの声「だからユナは思うわけよ!(次のシーンにかぶせる)」

○ リョウのマンション・リビング
ユナ「子供の頃からあんまり笑ったことないんだもの。笑うのってすごい苦手。顔の筋肉がさ、こう、何て言うの、むず痒くなるわけなのよ」
  熱弁を振るうユナとは対照的に、雑誌を捲りながら適当にうなずいているリョウ。
ユナ「リョウ!」
  リョウ、面倒臭そうにユナに目をやる。
ユナ「(情けない声で)お腹すいたよぉ」

○ 同・ダイニングキッチン
  リョウ、慣れた手つきでチャーハンなどを作っている。
  ユナは全く手伝う気もなく、スプーンで皿をちゃんちゃか叩いている。
ユナ「(歌うように)腹減った、腹減った」

○ リョウの夢の中
  暗い闇の中に浮かび上がる宮坂蛍子(27)が、赤子をあやしている。
  しかし赤子は本物ではなく、キューピー人形。
  蛍子、手に持ったマヨネーズを哺乳びんがわりに人形に飲ませようとする。
  人形の顔や自分の手がマヨネーズまみれになるが、まるで平気な蛍子(狂気を帯びて・・・)。
蛍子「ねえ、見てよ、リョウ。目元なんてあなたにそっくり。可愛いわねえ」
リョウの声「姉さん・・・」
蛍子「さあ、リョウ。この子を抱いてあげて」
リョウの声「(泣きそうに)頼むよ、姉さん、頼むから・・・」
  一瞬、蛍子の表情が曇る。
蛍子「リョウ、どうして?あなたの子なのよ」
  差し出されるキューピー人形。
リョウの声「やめてくれ姉さん、やめてくれよお!」

○ リョウのマンション・寝室
  ガバッとベッドから跳ね起きるリョウ。
  顔中汗びっしょりで荒い息をつく。
  隣りでユナが寝返りをうつ。
ユナ「(リョウの口振りに似て)やめてくれよお!」
リョウ「・・・(寝言?)」

○ △△商店街
  全体的に閑散としている。

○ 戸ノ川骨董店・外観

○ 同・店内
  古い作りの小さな店で、客は一人もいない。
  奥の方でぼんやりと座っている戸ノ川一敏(70)。
  リョウ、商品にハタキをかけている。大きな音がしてそちらを見ると、向かいの店が派手に解体されている。
  そこへ、近所の八百屋がやってくる。
八百屋「おお、ついに始まったね、じっちゃんも早いとこ、売っぱらっちまった方がいいよ。気持ちは分かるけどさ、時代の波ってやつにゃ逆らえねえもんな」
  無反応の戸ノ川老人。
八百屋「(リョウに)駄目だこりゃ。このじっちゃん、完全に、いっちゃってるよ」
  曖昧に笑うリョウ。
八百屋「リョウ君っていったっけ?ちゃんとバイト料貰ってる?悪いこと言わないからさ、とっとと辞めちゃった方がいいよ」
  と、言いながら出て行く八百屋。
  リョウ、解体作業を見ている。
  チーンと鼻をかむ戸ノ川老人。

○ 公園(夕方)
  人気のない公園を横切るリョウ。紐で縛ったヤカンや鍋をガラガラいわせながら歩いている。
リョウ「痛みを知らない君が羨ましい。痛みを分かる僕が恨めしい。醜い僕は君を傷つける、不完全な僕は君を追い詰める」
  足元にビールの空き缶。
リョウ「残酷に(缶を蹴る)残酷に(追い掛けて蹴る)冷酷に(さらに蹴る)冷酷に(強く蹴る)」
  宙に浮かぶ空き缶。

○ カラオケボックス・客室
  ドアを開けて入ろうとするユナに、ビールの空き缶が飛んで来る。
  ユナの額に缶が命中。
ユナ「いったァ・・・」
  客は若い男女4・5人。皆、酔っ払って騒いでいる。
ユナ「あのう、お客様、もうお時間なんですけど・・・」
  馬鹿騒ぎの客たちにユナの声は届かない。
ユナ「(大声で)あのう、お時間なんですけど!」

○ 同・受付
  カウンターの中に座っている男の店員ふたり。うちの一人は南条真哉(26)。
真哉「何やってんだ、あいつ」
店員「そういや、ユナちゃん遅いな」
真哉「もう30分は経つぜ」
店員「何かトラブったかな?」
  真哉、客室に電話を掛けるが誰もでない。
真哉「俺、ちょっと見てくる」

○ 同・客室
ユナ「恋をしィたァ、そして泣きましィたァァ〜」
  客に交じって、ノリノリで熱唱しているユナ。客からの声援が送られて、ひどくゴキゲン。
ユナ「えー、続きましてはユナの十八番・・・」
  ドアの窓から、真哉が呆れ顔で見ている。

○ 同・廊下
  自販機の前に座っているユナと真哉。真哉、そこで買ったコーヒーをユナに渡す。
真哉「リョウの紹介だから、俺の口聞きで雇ってもらってんだぞ。フリーター天国の時代はとっくの昔に終わってんだ。あんまり大人気ないことするなよ」
  しおらしく俯いているユナ。
真哉「まあ、俺は別にいいけどよ、リョウの顔つぶすような真似しちゃヤバイだろ」
  顔を上げたユナ、例のぎこちない笑顔を作ってみせる。
真哉「何だよ、気味悪ィな」
ユナ「(真顔に戻って)うん、やっぱりユナは笑うと変だよね」
真哉「・・・リョウがそう言ったのか?」
ユナ「リョウは言わないよ。でもみんなが言うんだ。ユナもそう思うしね・・・」
真哉「・・・」
ユナ「・・・」
真哉「どのくらいになる?」
ユナ「・・・?」
真哉「だから、あいつと付き合ってからだよ」
ユナ「(指折り数えて)4か月かな」
真哉「何であいつなんかと暮らしてんだ?」
ユナ「ユナは独りが嫌いなの」
真哉「ふん、じゃあ誰でも良かったわけだ」
ユナ「(困ったように)そんなことないけどさ・・・」
真哉「あいつ、分かんねえだろ」
ユナ「え・・・?」
真哉「俺、リョウとは田舎が一緒でさ高校ン時からの付き合いなんだ。昔からあんな感じでな、未だにあいつだけは分かんねえよ」
ユナ「へえ・・・」
真哉「何だよ?」
ユナ「真哉もリョウのこと好きなんだ」
真哉「(狼狽して)バ、バカ言え!俺ァな、ああいう奴ァ虫が好かねえんだ。いいか、これだけは言っとくぞ。あいつは絶対に誰も信じない奴なんだ。自分自身さえもな。お前だって、近いうちに捨てられるぜ。あいつにとっちゃ、ほんの気紛れなんだ。道端で拾った野良猫をちょっと飼ってみようかぐらいのもんなんだよ」
ユナ「・・・(じっと真哉を見る)」
真哉「あ、悪い。ちょっと言い過ぎた」
  ユナ、怒って立ち上がる。
ユナ「真哉のバカ!ユナは野良猫なんかじゃないよ!」
  走り出すユナ。
  見送る真哉、言葉を掛け損なう。
  何かに躓き派手に転倒するユナ。
真哉「おい、大丈夫か」
  真哉、駆け寄って手を貸そうとするが、ユナはその手を払い除け、逃げるように走り去る。

○ リョウのマンション・リビング(夜)
リョウ「消えろ!消えろ!消えろ!お前らミンナ消えちまえ!」
  明かりもつけない暗い部屋で、暴れているリョウ。ソファーやテーブルをひっくりかえしたりと、部屋中手当たり次第荒らしまくる。枕が破け、羽毛が舞う。


  ドアが開き、ユナが現れる。
ユナ「たらいまぁ・・・どうしたの?明かりも点けないで」
  ユナ、照明のスイッチを入れる。
  部屋は、何ごともなかったかのようにキレイに片付いている!
  振り返るリョウ、一転して満面の笑みで、
リョウ「お帰り」
ユナ「(ぎこちない笑みで)た、ただいま」
リョウ「あ、膝、どうした?」
ユナ「へへ、ちょっとすっ転んじゃって・・・」
リョウ「なんだよ、そそっかしいな。ちゃんと消毒したのか?」
  救急箱を取りに立つリョウ。
ユナ「また、バイトで叱られちった。ユナは働くの向いてないのかなあ」
リョウ「本当に危なっかしいもんな、ユナは」
ユナ「うん、面目ない」
リョウ「(手当てしながら)嫌になったらいつでも辞めていいんだぞ。人には向き不向きってもんがある。そのうちユナにあった仕事見つかるよ」
ユナ「でもさ、やっぱ労働って生活のステイタスじゃない?働かないと食べていけないしさ」
リョウ「ユナが働かなくったって、金には困らないよ(絆創膏を貼って)ほい、できた」
ユナ「でもリョウだって骨董屋のバイトだけでしょ。大体なんでこんな高い部屋に住めるわけ?」
リョウ「・・・」
ユナ「あ、ごめん。余計なこと聞いちゃったね」
リョウ「・・・」
ユナ「でも、今日は妙に優しいよね。今は機嫌のいい時なんだ?」
リョウ「何だよ、それ?」
ユナ「えー!自分で気付かないの?リョウってすごい天気屋さんなんだよ。元気なときはよく喋るし、よく笑うし、そうじゃないときは声掛けるのにも勇気いるくらいズドーンって沈んでる。ユナの苦労も分かってほしいもんだわよ」
リョウ「(不貞腐れるように)躁鬱病かよ、俺は・・・」

○ 同・寝室
  眠っているユナ。
  ユナの枕元に立つリョウ。
  今まさに、ユナの喉に手を掛けようとしている。
  ユナの首を絞めようとするリョウ、すんでのところでためらっている。
  やがて、力が抜けて、その場にしゃがみ込む。髪をかきむしり、涙を流すリョウ。
リョウ「助けて姉さん、姉さん・・・僕を助けてよ・・・」
蛍子の声「(優しい声で)リョウはまだ人を傷つけ足りないの?そんなに人に心を許すのが怖い?」
リョウ「違う!僕は殺してなんか・・・殺してなんかない!」
蛍子の声「リョウ、苦しんでるのね、いいわ、私のところにおいで。ね、いつもそうしてたじゃない」
リョウ「僕じゃないんだ・・・」
蛍子の声「分かってる。お姉ちゃんはリョウを信じてる。いつだって、お姉ちゃんはリョウの味方よ」
リョウ「姉さん、どうして僕を信じれるんだ、僕は、僕はそんないい子じゃない・・・」
  子供のように啜り泣くリョウ。
  前から起きていたかのように、ふいに目を開くユナ(リョウは気付かない)。

○ 同・ベランダ(朝)
  手摺にもたれ、遠い目をするリョウ。

○ 喫茶店(回想・8年前のテロップ)
  奥まったところにある小さなテーブルに向き合って座っているリョウ(18)と宮坂創一郎(47)。
  手の付けられていないコーヒーがふたつ、湯気を上げている。
創一郎「子供は処分した」
リョウ「・・・!」
創一郎「安心したか?まあ、望まれずに生まれた子供が幸せになれる道理もないしな。それにあの体だ、まともに生きていくことだって・・・」
リョウ「・・・」
創一郎「リョウ、俺は間違ったことをしたか?」
  何も言えないリョウ。
  創一郎、内ポケットから通帳と印鑑を取りだし、テーブルに置く。
創一郎「受けとれ」
  じっと通帳を見るリョウ。
創一郎「どうした?さあ」
  リョウ、震える手で通帳を開く。
創一郎「これだけの金を作るのには苦労した。俺も血を流したんだ」
リョウ「父さん・・・」
創一郎「これで親子の縁を切りたい」
  戸籍謄本を出してみせる創一郎。
  リョウの名前(亮)が二本線で消されている。
創一郎「お前の死亡届を出した。医者に金を握らせて子供を処分するのと一緒に、お前の死亡診断書を書いてもらったんだ。戸籍のないお前は将来、まともな職に就くこともできないだろう。だがな、お前はそれに値する罪を犯したんだ。父親といえ、容赦はしない。娘の父として、お前を許さない」
リョウ「分かったよ・・・もう父さんの前には二度と現れない。約束するよ」
創一郎「蛍子の前にもな」
  リョウ、頷いて席を立つ。
創一郎「リョウ!」
  振り返るリョウは今にも泣きそうで・・・。
創一郎「(立上がり深々と頭を下げ)すまない」
  リョウ、堪らず出て行く。

○ リョウのマンション・ベランダ(朝)
  ぼんやりと思いに耽っているリョウ。
  ユナがサッシ戸の向こうから、リョウの背中を不安げに見つめている。

○ マンション・出入口
  待ち構えている真哉。
  出てくるリョウ。
真哉「リョウ!」
リョウ「・・・真哉?」
真哉「ちょっと時間、いいか?」
リョウ「・・・(無視)」
  歯牙にもかけない態度で歩いていくリョウ。

○ 歩道
  真哉、リョウの後を追いながら、
真哉「どっか行くのか?」
リョウ「バイトだよ」
真哉「ああ、バイトっていやあ、ユナ、よくやってるよ。あいつもだいぶ職を転々としてきたらしいだけど、今度は長く続けられそうだって張り切ってたぜ」
リョウ「(信号に立ち止まり)何かと不器用だからフォローが大変だろ。ま、よろしく面倒見てやってくれよ」
  リョウ、ポケットから万札を抜き出す。
真哉「やめてくれよ、俺そんなつもりじゃ・・・」
  札を放りなげるリョウ。
  真哉、地に落ちた万札を拾う。
リョウ「(呟くように)クズが!」
真哉「ユナ、いい子だな。大事にしろよ」
リョウ「大きなお世話だよ、干渉しないでくれ」
  真哉、拾った万札をリョウに渡そうとするが、リョウは無視して先を歩く。
真哉「俺が悪かったよ。今までの金、全部返すから・・・時間掛けても絶対返すからさ」
リョウ「別にいいって。それにお前がやめたって、他の仲間が集金にくるだろうからな、同じことだ」
真哉「俺、後悔してんだ、本当だぜ。もう、まが差したとしか言いようがないけど・・・いや、弁解するつもりはないんだ」
  真剣に詫びる真哉に対し、冷酷な笑みを浮かべるリョウ。
リョウ「いい子ぶるのはよせよ。これじゃ、どっちが強請られてるか分かんねえじゃねえか。お前は俺のお陰で懐がいつも暖かい、それでいいじゃない?」
真哉「(立ち止まり)リョウ・・・」
  真哉をおいて、どんどん先を歩くリョウ。
リョウの声「真哉、お前も汚れるがいい。僕と同じように一生消えない罪を背負うんだ。破滅の世界へようこそ。これでお前も道連れだ」

○ 街の雑踏(回想・1年前のテロップ)
  チラシ配りをする真哉と稲田昭義(28)。
  真面目に配る真哉。
  適当にサボっている稲田。
稲田「おお、おお、真面目だね、お前は。こんなもん、帰りにまとめてゴミ籠にポイすりゃすむこったろうが」
  無視して配り続ける真哉。
稲田「ケッ!」
真哉「よろしくお願いします」
  と、チラシを渡すが、渡した男に見覚えがある。
真哉「リョウ・・・?」
  男、反応する。リョウである。
真哉「嘘だろ・・・お前・・・」
  リョウ、真哉を無視して雑踏の中に消える。
稲田「(近寄って来て)なんだよ、知り合いか?」


  人込みの中を歩くリョウ。
稲田の声「実の姉を孕ませた?」
真哉の声「ええ、小さな町だったから、町中の噂になって・・・」
稲田の声「挙げ句の果てには生まれた子供をぶっ殺して、てめえは自殺したってわけだ。とんでもねえな、そいつ」

○ 駅(回想の続き)
  券売機で切符を買っているリョウ。
  全身に漂う虚無感。まるで抜け殻のように・・・。
稲田の声「ま、いずれにせよ、よく似た他人ってわけだ」
  改札を抜けるリョウ。
真哉の声「でも、何かおかしかった。葬式だって内々でひっそりとやって、誰もあいつの死に顔見てないんですよ。それだけじゃない。葬式の日にリョウを見掛けたってのが何人かいて、まあ、そん時は幽霊だとか何とかで話は終わったんだけど・・・今のは確かに・・・」

○ 電車の中(回想の続き)
  ドアにもたれて外の風景を眺めているリョウ。
稲田の声「へえ、面白そうじゃねえの。何か裏があるかもな。で、その変態やろう、金持ってっかなあ」
真哉の声「稲田さん、何考えてんスか!」
稲田の声「飲み屋のツケに、車のローン、だいぶ、たまってんだよなあ」

○ プラットホーム(回想の続き)
  ドアが開き、押し出されるように降りるリョウ。忙しそうに歩きだす人々の中で、ひとり立ち止まり、曇った空を見上げる。

○ 戸ノ川骨董店・店内
  ショーケースの中のアンティークな陶器群。それを覗きこんでいる客、森永綾乃(10)。
リョウ「コーヒーカップ?」
  綾乃の背後から声を掛けるリョウ。
綾乃「うん、ママへのプレゼントなの」
  綾乃、その中のひとつを見つめる。
  リョウ、綾乃の目当てのカップを取り出して、
リョウ「ああ、これはいいね。落ち着いた感じで、お母さんもきっと喜ぶよ」
  目当てのカップから目を離さない綾乃。
  よほど気にいったらしい。
リョウ「これにする?」
  ずっと握り締めていた手をそっと開く綾乃。小さな掌に数枚のコイン。
リョウ「(奥の戸ノ川老人に)これ、いくらですか?」
戸ノ川「(よく見もしないで)二千円」
  金が足らなくてしょんぼりする綾乃。
  やがて、綾乃の目の前に包装された箱が差し出される。
リョウ「特別サービス(箱を渡し、綾乃の手から金を取る)」
綾乃「(上目遣いで)いいの?」
  頷くリョウ。
綾乃「(破顔して)ありがとう、お兄ちゃん」
リョウ「どういたしまして」
  綾乃、ポケットからキャンディを出し、リョウに渡す。
リョウ「俺に?」
綾乃「うん!」
  じゃあね、と店を出ていく綾乃。
  綾乃から受けとったキャンディが、別の手に横取りされる。
  そちらを見るリョウ。
   ユナである。
ユナ「いいなあ、ユナも欲しいなあ」
リョウ「何しに来たんだよ?」
ユナ「冷やかしで〜す」
リョウ「仕事はどうしたんだ?労働は生活のステイタスじゃなかったのか?」
ユナ「もお!そんな怖い顔しなくてもいいじゃない。今日は遅出なの・・・そうか、ママへのプレゼントか、いいなあ。ユナなんて気が付いたときには、もう独りぼっちだったから・・・」
リョウ「・・・」
ユナ「あ、ごめん。暗い話しちゃって、あははは・・・」
リョウ「・・・」
ユナ「(急に声をひそめて)あ、そう言えば、さっきそこで聞いたんだけど、ここ、ビルが建つんだってね。商店街のほとんどが店閉めちゃってるらしいよ。リョウももうすぐプーだね」
  奥の方で戸ノ川老人が鼻をかむ。
ユナ「ヤバ・・・聞こえたかな?」
リョウ「さあね(肩を竦める)」
戸ノ川「あんた、もうあがっていいよ」
リョウ「あ、はい」
  リョウ、エプロンを外し、商品の中から絵皿のセットを選び取る。
リョウ「じゃあ、これ貰ってきます」
ユナ「え〜!ここの給料って現物支給なの?きびしいなあ」
戸ノ川「・・・(無表情に)」

○ リョウのマンション・ダイニングキッチン
  不器用な手つきで料理をこさえているユナ。それを横で見ているリョウ。
  フライパンの油が飛んで、ユナに掛かる。
ユナ「あちちちっ!」


  ユナの手に二重三重に貼られた絆創膏。
  食卓に並んだ料理。黒焦げのフライ、どろどろのシチュー、ぶつ切りのサラダ等・・・。見るからに不味そうなものばかり。
  それらを黙々と食べているリョウ。
  ユナ、一口食べて苦い顔をつくる。我ながらマズイ、といった感じ。
ユナ「リョウ、無理しなくていいよ」
  それでも食べ続けるリョウ。
  ユナ、料理を皿ごと流しに捨てる。
ユナ「もう、いいってば!」
  食べるリョウ。
ユナ「(不貞腐れて)リョウはいいよね。お料理上手だもん。ユナとは大違い。あ、そうか、お姉さんの直伝なんだ」
リョウ「・・・!」
ユナ「リョウにはお姉さんがいるんだよね。いつも夢に出てくるくらい愛しい愛しいお姉さんが」
リョウ「(引きつりながら)何、言ってんだ」
ユナ「リョウはさ、甘ったれてんだよ。ユナなんて、ずっと施設で育ってきたじゃない?いつかきっと誰かがユナを迎えに来る、それだけを信じて、ここまできたの。ユナにだってパパやママいるんだよ。顔を見たこともないけどね。要らない子は死んでしまえばいい。望まれない子は消えてしまえばいい。自棄ンなってそう思ったこともあったよ。でも、生きてて良かったなって、この頃思えるようになったもの」
  ピクリと反応するリョウ。

○ 病院(回想・8年前)
  どこか清潔感に欠ける、あやしげな産婦人科医院。
  ガラス越しに赤ん坊を見ているリョウと創一郎。(但し、映像上、赤ん坊は見えない)
創一郎「こんな子供消えてしまえばいい・・・」
  リョウ、はっとして、創一郎を見る。
創一郎「そう顔に書いてある」
リョウ「父さん、俺・・・」
創一郎「全く、酷いことをしてくれたもんだな。残酷だよ、お前は」
リョウ「俺怖いよ。俺どうしたら・・・」
創一郎「一応先生に聞いてみたんだが、あの体は手の施しようがないそうだ。ま、もっとも、生きてく分には問題ないらしいが」
リョウ「姉さんは何て?」
創一郎「相当ショックだったらしい。まるで口をきこうとしない。とにかく落ち着くのを待ってからだな」
  堪らず病室へ向おうとするリョウ。
創一郎「どこへ行く?」
リョウ「謝らなくちゃ。姉さんに謝らなくちゃ」
  取り乱すリョウの頬にいきなりビンタする創一郎。
創一郎「この期に及んで気取ったことを言うな!お前はただここから逃げ出したいだけだろう!」
  創一郎、強引にリョウの顔を赤ん坊に向けさせて、
創一郎「見るんだ!目をそらさないでしっかり見ろ!これが血を分けたお前の子供だ!」

○ リョウの想像
  闇の中で、血の涙を流すキューピー人形。

○ リョウのマンション・ダイニングキッチン
リョウ「うわあああああ!」
  頭を抱えて絶叫するリョウ。
ユナ「(驚いて)ど、どうしたのよ、リョウ、リョウってばさあ!」
リョウ「(ユナに抱きつき)姉さん、ゆるして。僕をゆるして!僕は悪い子だよ。僕を叱ってくれよ。僕は卑怯者だ・・・いつも姉さんの陰に隠れてばかり。だらしないよね、情けないよね。でもいつか・・・いつかきっと立派な大人になって姉さんを守ってやれる強い男に・・・なろうって・・・だけど、だけど・・・うう」
ユナ「リョウ・・・(ひしと、リョウを抱き締める)」
リョウ「姉さん。姉さんがいないと、僕、生きていけないよォ」
ユナ「分かったよ、リョウ。もう分かったから・・・」
  リョウ、泣きやんで面を上げると、驚くほど近くにユナの顔がある。
リョウ「ユナ・・・?」
ユナ「(優しくリョウの頭を撫でながら)リョウ、もっと聞かせてよ。ユナ、リョウのこと、もっと知りたいよ」
  リョウを真っ直ぐな目で見つめるユナ。
  リョウ、困惑し視線を泳がせて・・・。


【後編】へ

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送