ゆるしてください

ゆるしてください【後編】


○ 戸ノ川骨董店・店内
  相変わらず客はいない。
  伝票を捲ったりしているリョウ。その背後にヌッと現れる戸ノ川老人。
戸ノ川「半年になるかな」
リョウ「え?」
戸ノ川「あんたがここで働くようになってからだよ」
リョウ「そうですね。大体そんなもんでしょう」
  懐から茶封筒を出す戸ノ川。
戸ノ川「半年分だ」
リョウ「あ・・・金ならいいですよ。いつもいろいろ貰ってるから」
戸ノ川「いいから取っときなさい。老い先短い私には無用の長物だ」
リョウ「・・・そうですか。じゃあ遠慮なく」
  一礼して封筒を受け取るリョウ。
リョウ「店、売るんですか?」
戸ノ川「あんたが私ならどうするね?」
リョウ「さあ・・・」
戸ノ川「あんた、なぜここで働こうなんて思った?」
リョウ「なぜって言われても、特には・・・」
戸ノ川「さしずめ、私に不幸の匂いを感じとったってところかな?」
リョウ「・・・!」
  戸ノ川、ガラスの花瓶を手に取り、地面に叩き落とす。
  音を立てて砕け散る花瓶。
戸ノ川「あんたは掛け値なしに不幸な人間だ。そしてこのガラスのように恐ろしく脆い。だから自分よりも不幸な人間を見ていないと、心が騒ぐ、気持ちがざわめく、そうだろう?」
リョウ「・・・詩人ですね」
戸ノ川「私はいいさ。あんたが私に同じ匂いを感じたのと同じように、私もあんたに同じ匂いを感じたのだから。だが、あの子はどうかな?あんたがたった一日咲き誇る美しい花ならば、あの子はその周りでどんな雨風にも耐えて生き抜く雑草。言葉は悪いが、まあそんなところだろう。あんたにはあの子まで呑み込むことはできんよ」
リョウ「(苦笑しつつ)どうしたんですか?今日はよく喋りますね」
戸ノ川「そうかい?いつもみたいに暗く沈んでる私じゃないとつまらないか。若いな、あんたは」
リョウ「(見透かされているようで気持ち悪く)そんなことありませんよ・・・で、俺はクビですか?」
戸ノ川「とんでもない。あんたさえよければ、これからも続けてもらいたいと思っている。店を手放すつもりはないんだ。人生の落伍者同士、仲良く傷口を嘗めあっていこうじゃないか」
リョウ「・・・」
稲田の声「宮坂リョウ君」
  声に振り返ると、稲田が戸口に寄り掛かっている。
稲田「ちょっと顔貸してくれるかなあ」
リョウ「・・・」
戸ノ川「・・・」

○ カレー屋・店内
  がつがつとカレーを食べる稲田。
  それを見ているリョウ。
稲田「すげえマズいな、これ」
  と、言いつつも食べ続ける稲田。
稲田「真哉のバカが急にビビっちまってよ、俺はおりるだとさ」
リョウ「そうですか・・・でも、よく俺のこと分かりましたね」
稲田「奴が街で偶然お宅を見つけたのがキッカケだったんだけどよ、お宅さ、金の臭いぷんぷん撒き散らしてた」
リョウ「俺、そんな高い服着てませんよ」
稲田「そういう問題じゃあないんだな。貧乏長いからな俺ァ。鼻で嗅ぎわけるんだよ」
  稲田、食べながら名刺を出す。
リョウ「(名刺を見て)私立探偵?」
稲田「肩書きだけさ。その実はただのフリーター、なんでも屋だ。ゴミみたいな男だよ」
  稲田、食べる手を止めて、にやりと笑う。
稲田「だが、あんたとは違って、一応は実在する存在だ」
リョウ「・・・」
稲田「それにしても、あんたもひでえ奴だな。てめえのガキ殺しといて、自分はのうのうと生きてやがる」
リョウ「全くですね。どうして俺は生きてるんだろう?」
稲田「ふん、大方、死ぬのが怖いんだろ」
リョウ「・・・違ってたらすいません」
稲田「何だよ?」
リョウ「稲田さん、本当は死にたがってるんじゃありませんか?」
稲田「はっ、お宅、熱でもあんじゃねえの?」
リョウ「あなた、さっき自分のことゴミみたいだって言った。自分を卑下する人間は、心のどこかで死にたがってるんですよ」
  リョウ、伝票を取って立ち去る。
稲田「(煙草に火を点けて、苦々しく)宮坂リョウ、か・・・」

○ カラオケボックス・受付
  ユナと真哉が詰めている。
真哉「あいつと何かあったのか?」
ユナ「・・・え?」
真哉「さっきからボーッとしてるぞ」
ユナ「真哉、前にさ、リョウのこと分からないって言ってたよね。実はユナもそうなんだ。リョウがどんどん遠くに感じてきちゃう。いつも近くにいるのにね」
真哉「(ため息)お互い、あいつには振り回されっぱなしだな。あいつと関わってしまったこと、俺すげえ悔やんでるよ」
ユナ「ねえ」
真哉「あ?」
ユナ「真哉さ、リョウのお姉さんのこと、何か知ってない?」
リョウの声「(淡々とした口調で)人の死ははかない。それは突然訪れて、すべてを奪い去る。すべてを無に帰す・・・(次のシーンにかぶせて)」

○ リョウのマンション・リビング(夜)
  暗い部屋でカッターナイフを出したり引っ込めたりしているリョウ。チキチキチキという独特の音が静かな部屋に響く。
リョウ「僕は誰かを待っている。誰かが僕を待っている。スプリングの壊れた固いシートに凭れて、鈍行列車は最後の旅に出る。終着駅が見えてきた。プラットホームに待つ君は誰?・・・そうか、そうだったのか。もうすぐ・・・もうすぐ会えるんだね!」
  愉悦の笑みを浮かべるリョウに狂気が宿る・・・。

○ 戸ノ川骨董店・外
  ヤクザ風の男、数名が機械を使って店を壊している。
戸ノ川「や、やめてくれ!私の・・・私の店を壊さんでくれ!」
  店に駆け寄る戸ノ川をはがい締めするリョウ。
リョウ「危ないですよ!」
  はらはらと見守るユナと綾乃。
  遠巻きに眺めている野次馬たち。
戸ノ川「う、うるさい!貴様に何が分かるか!貴様に何が・・・」
  リョウ、気圧されて力を緩める。
  戸ノ川、リョウを振りほどき、店に走る。
  しかし、現場の人間に乱暴に突き飛ばされ、惨めに転ぶ。
戸ノ川「う、うう・・・(泣く)」
綾乃「おじいちゃん、かわいそう・・・」
  リョウ、いたたまれなくなり、その場を離れる。その後をユナが追う。

○ 歩道
  リョウとユナ、歩いている。
ユナ「ねえ、知ってた?」
リョウ「ん?」
ユナ「あのお店、もともと息子さんのものだったんだって。昔はお嫁さんと三人で店やってたらしいけど。ある日、おじいちゃんの不注意で、息子さんの顔に熱湯掛けちゃったらしいの」

○ 戸ノ川骨董店(回想・15年前)
  戸ノ川、湯気の出る薬罐を手に呆然としている。
  その足元で、顔を押さえてのたうち回る戸ノ川の息子。

○ 歩道
ユナ「顔は焼けただれ、しかも目が見えなくなってしまって・・・結局自殺したらしいよ。それからいろいろあって、今は独りきり。だからあの店だけなんだよね。あの人の生きる望みっていうのはさ」
リョウ「へえ、そんなことが・・・」
ユナ「嘘。ホントは知ってたくせに。何もかも知ってて、だから、あそこで働こうと思った。リョウは優しいからね。ユナには分かるんだ」
リョウ「そんなんじゃない。さっき、ユナも聞いたろ、お前に何が分かるって。分かりっこないよ。だって俺はもっと邪なことを考えてたんだから」
  ユナの足元にサッカーボールが転がってくる。
  見ると学校の門のところで少年が、すいませーん、と手を振っている。
ユナ「行くよォ!」
  ユナ、意気込んでボールを蹴るが、あらぬ方向に飛んでいってしまう。
ユナ「リョウ、失業記念ってわけじゃないけどさ、どっか旅行にでも行かない?そうだな、四国あたりなんてどう?瀬戸内海を望む海岸線を歩くなんてロマンチックじゃない」
リョウ「(警戒しつつ)何、企んでるんだ?」
  ユナ、一瞬言葉を失うが、リョウの腕を取って、
ユナ「リョウ、家帰ろうよ。お姉さんに会いに行こ」
リョウ「・・・!」
ユナ「でなきゃ、リョウ、いつまでたっても変われないよ。リョウの時間、止まったまんまだよ」
リョウ「真哉か?あいつが喋ったのか」
ユナ「ごめん、でも・・・」
リョウ「今のは聞かなかったことにする。二度とそんなこと言うな!」
ユナ「ひとつだけ聞かせて。リョウは本当に自分の子供を・・・ねえ、ユナはリョウを信じてもいいの?」
  リョウ、それには答えず足早に去る。
  その背に向かって叫ぶユナ。
ユナ「いくじなし!リョウのバカぁ」

○ スクラップ工場(夜)
  リョウ、歩いてくると、山積みされた廃車の陰から稲田が現れる。
稲田「悪いね、わざわざ」
リョウ「何ですか?こんなとこ呼び出して」
稲田「あれからいろいろと調べさせてもらったよ。子供を殺したのはお宅じゃなく親父さんだったってこと、産まれてきた赤ん坊が奇形児だったってこと。それに今、お宅の姉さんがどうしてるかってこともな」
リョウ「(いったん言い逃れしようとするが、稲田の自信に満ちた表情を見て諦め)よくそれだけ調べましたね」
稲田「鼻がきくって言ったろ、前に」
リョウ「で、俺にどうしろと?」
稲田「お宅には父親というパトロンがいる。口止め料として・・・かどうかは知らないが、いずれお宅の口座に毎月、金が振り込まれているな」
リョウ「つまり?」
稲田「そっちの水の方が甘いってことさ」
リョウ「・・・それは!」
稲田「ああ、確かにな、先祖代々守ってきた土地だ、そう簡単には手放さないだろうよ。しかし店も財産も売っぱらった今、他にどっから金が作れる?」
  リョウ、怒りの表情をあらわにする。
稲田「ふん、てめえだってやってるこたあ同じじゃねえか!正義漢ぶるんじゃねえよ」
リョウ「だから、金はもう受け取らないつもりでいたんだ」
稲田「都合のいいこというなよ、変態くん。え?姉貴を犯してどんな気持ちだった?しっかり天国に行けたのか?」
リョウ「稲田さん、天罰って信じますか?」
稲田「あん?」
  突然、閃く鉄パイプ。
  鈍い音。


  稲田、頭痛に頭を振りながら目覚め、いつの間にか廃工場のプレス機の中にいる自分に気付く。
稲田「なっ・・・(唖然)」
  外でリョウがにやにや笑っている。
稲田「(焦って)まさか、冗談、だろ?」
リョウ「(冷たく)さようなら」
  リョウ、プレス機のスイッチを押す。
  そして稲田の叫び声が空しく夜空に響く。

○ カラオケボックス・客室
  ユナと真哉、散らかった室内を片付けている。
真哉「どうしても辞めるのか?」
ユナ「真哉には悪いと思ってるよ。でも、もう決めたことだから」
真哉「なあ」
ユナ「うん?」
真哉「あいつとは別れたほうがいい」
ユナ「・・・ありがとう。でもね、ユナはリョウじゃないと駄目なんだ。ほら、ふたりとも独りぼっちじゃない?だからさ・・・」
真哉「分かったよ。でも俺、リョウのことでまだ言ってなかったことがあるんだ」
ユナ「何?」
真哉「俺、リョウを強請ってたんだ。でも、あいつはそんなこと全然苦にしてなかった。あいつは強いよ、ホント。けどな、あいつを姉さんに会わせるのは止めたほうがいい。いくら何でも残酷すぎる」
ユナ「・・・かも知れないね」
真哉「だったらやめとけよ。第一、あいつの姉さんはもう・・・」
  ユナ、何か思い詰めた様子で・・・。

○ スクラップ工場(夜)
  ぎりぎりのところで止まっているプレス機。
  中では、稲田が気も狂わんばかりにひーひー泣きわめいている。
リョウ「残念だ。安全装置が働いたみたいです。命拾いしましたね、でも次は外しませんよ。俺はもう死んでしまった人間なんだ。人間やめた俺は何だって出来るんだ。何だってね」
  リョウ、プレス機のスイッチを入れて、すぐ止める。
稲田「ひー、たた、助けてくれっ、助けて!」
リョウ「生きてるって、それだけで素晴らしいことですよ。ね、そうでしょ?」
  リョウ、稲田を残したまま、悠然と去る。

○ リョウのマンション
ユナ「リョウ」
  帰宅したユナ、リョウを呼ぶが返事がない。各部屋を回って見るが、やはり姿は見えない。
  ユナ、しばし考え込み、もしや、と閃く。

○ 夜行列車・車内
  ボックスシートに一人座っているリョウ、ぼんやりと車窓の闇に目を向けている。
リョウの声「疲れ果て、逝き遅れた僕は今・・・今・・・姉さん、待たせてごめんね。僕、もうすぐ行くよ・・・」

○ 四国地方のある駅
  列車から降りて、ゆっくりと歩き出すリョウ。

○ 走る新幹線

○ 新幹線・車内
  ユナがひとりで乗っている。
ユナの声「でも、リョウのためだもん。ねえ、教えてよ、蛍子さんの居場所」
真哉の声「△△市の××病院だ」

○ ××病院・外
  中庭を横切り、正面玄関に向かうリョウ。
創一郎の声「リョウ・・・?」
  背後の声に振り返るリョウ。
  創一郎、驚きの表情で立っている。


  中庭のベンチに座る二人。
リョウ「心配しないでいいよ。田舎には帰らないから。それに金ももう要らない。あの時、父さんが殺さなければ、たぶん俺が殺してた。あの子にとって生きることは死ぬ以上の苦痛だろうからね。父さんは俺の身代わりになってくれたんだ。だから責任感じることなんてないんだ」
創一郎「しかし、私にあの子の命を奪う権利があっただろうか・・・」
リョウ「父さん、自分を責めないでよ」
創一郎「リョウ、お前・・・」
リョウ「俺、約束破りたい。一度でいい、姉さんに会いたいんだ」
創一郎「・・・駄目だと言ったら?」
リョウ「・・・」
創一郎「正直言って迷ってる。蛍子は半ば、医者から見離されているんだ。だが、もしもお前を蛍子に会わせたら・・・そんなことを何度考えたことか」
  リョウ、急に土下座する。
リョウ「お願いします!お願いします!」
  困惑する創一郎。
  いつの間にか、少し離れたところで、ユナが見守っている・・・。

○ 同・廊下
  病室の前で立ち止まり、ドアを開けるリョウ。
  ネームプレート『宮坂蛍子』

○ 同・病室(個室)
  リョウ、入室する。
  窓際のベッドの上に半身を起こしている蛍子。手には大事そうにクマの縫いぐるみを抱えている。病的に痩せた青白い顔、虚ろな瞳。一目で精神を患っていると分かる様子。
リョウ「姉さん・・・やっと会えたね」
  蛍子の手を取るリョウ。抵抗しない蛍子。
リョウ「姉さんはいつも僕の味方だった。父さんの大切な壺を割って叱られそうになったとき、私がやったと庇ってくれた。上級生に苛められたときも、必ずやって来て僕を背中に匿ってくれた。幼い頃、デパートで大きな地震があったよね。あのときも姉さん、僕の手をしっかりと握りしめていてくれた」
蛍子「・・・(反応せず)」

○ 夏祭り(夏の回想)
  浴衣を着たリョウと蛍子、金魚すくいに興じている。

○ 土手(秋の回想)
  学校帰りのリョウ、蛍子を自転車の後ろに乗せて走る。

○ 町の歩道(冬の回想)
  雪の降りしきる中、肩を寄せ合い歩くリョウと蛍子。

○ 宮坂家・リョウの部屋(春の回想)
  桜咲く庭からリョウの部屋が見える。
  蛍子に勉強を教えてもらっているリョウ。
  やがて、どちらからともなく唇を交わすふたり。

○ ××病院・病室
リョウ「(泣きそうに)頼むよ、姉さん。目を覚ましてよ。僕に、僕に何か出来ることはないの?」
  リョウ、蛍子の肩を強く揺さぶるが、やはり無反応。
  ゆっくりと、蛍子にくちづけるリョウ。
  蛍子の焦点の合わない目が、一瞬にして見開かれる。
  突然、サイドテーブルの果物ナイフに手を伸ばす蛍子。
  振り上げるナイフ。
  リョウ、逃げようともせず、
リョウ「いいよ、姉さん。僕が憎いなら殺したって構わないよ」
  わなわなと震える蛍子の手。
  やがて蛍子の口から迸る絶叫。
  勢いよくドアが開き、ユナが飛びこんでくる。
  ユナ、リョウを蛍子から引き剥がす。
  蛍子、ナイフを縫いぐるみに振り下ろす。
  メッタ刺しの人形、中の綿が宙に舞う。
  看護婦が駆けつけて来る。
看護婦「どうしました!」
  蛍子の姿を呆然と見つめるリョウとユナ。
  看護婦が二人がかりで蛍子を押さえつける。
看護婦「(リョウに)あなた一体何したんですか!この人は八年間ずっと、植物人間のように身動ぎひとつしなかったんですよ!」
  いくぶん落ち着いたところで、ようやくユナの存在に気付くリョウ。
リョウ「ユナ・・・どうして?」
ユナ「へへ、来ちゃった(ぎこちない笑み)」

○ 同・外
  中庭を歩くリョウとユナ。
リョウ「あの時、なぜ止めることができなかったんだろう。父さんが子供を殺そうとしてたこと、薄々感付いてたんだ。なのに俺は・・・。確かに、俺はあの子に殺意を抱いていた。あのグロテスクな体見て吐き気がしたよ。それが自分の分身だなんて思いたくもなかった。ほら、子はかすがいって言うだろ。笑っちまうよな、俺たちはその全く逆だったんだから。あの子さえいなければ、ずっと蛍子姉さんと一緒にいられたのにって、そう思った。結局、自分のことしか頭になかったんだな。奇形児は俺のほうだ。この歪んだ心はどうしようもない・・・。自分が信じられなくなった。自己嫌悪ってやつさ。それからの俺は、すべてを恐れ、すべてを憎んだ。ユナ、お前さえも・・・。信じてくれる人を裏切ってしまう、それが俺の性なんだよ」
ユナ「リョウ・・・」
リョウ「俺は、あの時、本当に死んでりゃよかったんだ。今思うと、父さんが俺の死亡届、出したのも、俺に死ぬ口実をくれようとしてたんだと思う。だって生きてること自体、俺にとっては永遠に続く死の瞬間、死の苦しみなんだから・・・」
  ユナ、いきなりリョウの頬を平手打ち。
  驚いて見るリョウ。
ユナ「リョウ!死んじゃ駄目!死んじゃ駄目だよ!」
  リョウ、ユナの頭部をわし掴みして、
リョウ「なぜだ!俺に何の価値がある?俺が生きてて、何かいいことでもあるのか!」
ユナ「(しゃくり上げるように泣きながら)だって、だって、ユナが・・・ユナが生きてて良かったって思うもん。ユナ、もう独りはヤダよぉ」
リョウ「ユナ、お前・・・」 
ユナ「それにさ、リョウには、まだやらなきゃならないことあるでしょ。お姉さん、どうするのよ!あのままにしといていいの?」
リョウ「・・・」
ユナ「お姉さんも、リョウと同じ気持ちだったんだよ。子供が憎かったんだよ。見たでしょ、さっき。お姉さん、リョウじゃなくて、縫いぐるみを刺したじゃない。みんな弱いんだよ!弱いのはリョウだけじゃないんだよ!」
リョウ「・・・(やりきれない)」

○ 東京の街
  ビルの屋上あたりから見た街のふかん図。
  車のクラクション等、雑多な街の喧騒。

○ リョウのマンション
  外の喧騒とは打って変わって静寂に包まれた空間。
  ベランダの鉢植えが緩やかな風に揺れる。
  窓辺に差し込むやわらかな陽射し。
  時を刻む掛時計。
  戸の川老人に貰った絵皿のセット。
  キッチンの水道の蛇口から、水がぽつりぽつりと落ちている。
  キッチンテーブルに一枚の紙切れ(ユナの置き手紙)。
  テーブルの下で、胎児のようにうずくまり、安らかな表情で目を閉じているリョウ。(眠っているのか、死んでいるのか判別つかぬ様子で・・・)
ユナの声「バイトに行ってきます。性懲りもなく朝食作ってみました。レンジの中に入ってるから、ぜひぜひ食べてみて。我ながら結構いい出来だったと思うので・・・」
  レンジの中、シチューもしくはグラタンが入っている。見るからに、マズそう。

○ ガソリンスタンド
  制服姿のユナ、額に汗して働いている。
ユナ「吸い殻、よろしいですか?」
  ユナ、運転席を例のぎこちない笑顔で覗き込み、客に気味悪がられている。

○ リョウのマンション
  動かないリョウ。
ユナの声「PS リョウ、いい子で待ってるんだよ。笑顔のかわいいユナより」
  リョウの瞼が微かに動く。
リョウの声「ゆるして・・・」

○ ××病院・病室
  ベッドの上に半身を起こしている蛍子。
  その腕の中にはゴリラの縫いぐるみ。
  蛍子の虚ろな瞳に一条の光りが差し込む。
  その目に光りが宿り・・・
蛍子「(はっとして)リョウ・・・」
  側にいた創一郎、驚いて椅子から立ち上がる。
創一郎「蛍子・・・!」
  蛍子、回復の兆しを見せる。

○ 川
  ドブのように汚れた川に浮き沈みするキューピー人形。
リョウの声「(眠たいような、かすれた声で)ありがとう・・・」

――――――― 了


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