トモくんの生活と性格

トモくんの生活と性格



  LESSON1 トモくんの生活


あせった

ワイシャツが1枚もない

トモくんはまだ眠っている

とても起こすに忍びない安らかな寝顔

自分で取りに行くしかないな、これは

眠るトモくんに合掌して、ボクは彼女の財布を開けた

あったあった、クリーニングの引換券

時間がない、急がねば

きんと冷える朝の空気

両手に息を吹きかけながら足早にクリーニング屋に急ぐ

来るわ来るわ、特大のビニール袋2つ分の洗濯物

相当、溜めてたな、こりゃ

とにかく急いでいたボクは中も確かめずに受け取るとアパートへ引き返す

トースターに食パンを突っ込み、クリーニングの袋をさかさまにし中身を床に散らかす

2人分の服の中から、見慣れたワイシャツを拾って袖を通す

あと10分以内に出ないと遅刻は必定だ

「なんだ、これ?」

ネクタイを巻きながら、見覚えのないクリーニングのひとつを手にとる

小さなかわいいフリルのついた服

これって、幼稚園児とかが着る園服じゃないか?

なんで、こんなものが?

間違って紛れ込んじゃったのかな・・・



そして、夜

なんだかひどく疲れていたので、夕食はおでん

作るの簡単だもんね

ダシはシンプルイズベストな昆布とカツオ節

隠し味は「チキンスープの素」

これで結構味が整ってしまう

一度お試しあれ

なべを突きながら、ふと今朝見た園服のことを思い出す

「そういえばさ、クリーニングに他所のやつ混じってたよね?」

「え、なにそれ」

「ウソ、まだ返してないの?ほら、幼稚園の子が着るような服あったじゃないか」

「そんなの、なかったよ」

「じゃあ、見間違いだったかなあ」

まあ、これ以上言っても水掛け論か・・・

ボクは心の中で一句詠む

『腑に落ちぬ 腑に落ちぬけど まあいいや』


  LESSON2 トモくんの性格


いろんな意味で正反対のボクとトモくんはかれこれ4年の付き合いだ

4年といっても2人の関係にはひどく波があり、互いの部屋に数週間泊まったり、ときには季節が変わるまで、会うど
ころか電話一本かけないこともある

そういう不安定な状況をよしとするきらいがお互いにあった

美大出身の彼女は、親のコネで地元ではそこそこいい企業に就職している

ボクも月給取りだが、2つ下の彼女のほうがボクより収入が多い

ボクらは生活をともにする上で、『何でも平等』を理念にしている

それは暗黙の了解というやつだった

食事だって交代ばんこで作る

彼女はボクの作った料理をおいしいと言ってくれる

彼女は基本的にボクにはお世辞を言わない人だから、きっとそれは本当のことなのだろう

でもボクはお世辞を言う

あまりおいしくなくてもおいしいと言ってしまう

それが礼儀というかマナーだとボクは思っている

さっき電話すらしなくなることがあるといったが、それは多分に彼女のほうに原因がある

彼女は大の電話嫌いなのだ

相手の顔を見ずに話すことが苦手らしい

本人曰く「用件のない電話は無意味」とのこと

電話で話すトモくんはいつも不機嫌そうな口調で、電話をかけたこちらとしてはとても悪いことしたような気になってしまう

逆に面と向って話すときの彼女はたいてい上機嫌で饒舌である

射るような目でボクの視線を捕まえて離さない

ボクはそんな彼女の視線に居心地の悪さを感じ、逃れるように彼女の喉のあたりを見ている

本人は否定するかも知れないが、そんなボクらには決定的な3つの共通点がある

それが、ボクらの関係を持続させるバックホーンになっていることは間違いないと睨んでいる


芸術家気質である

恋愛に淡白である

常識を嫌悪しながら、極めて常識的に生きている


ボクはきっと彼女と結婚することはないだろう

でも一緒に死ぬとしたら、相手は彼女しかいないだろうと思う

こんなこと彼女に言ったらどんなリアクションが返って来るのだろうか?

一笑にふされてしまうか、あるいはあの真っ直ぐな視線で「じゃあ、一緒に死ぬ?」なんて言われたりしてね

正直なところ、どっちの答えが返ってくるかは五分五分のような気がする

お互い、ひとつづつヘビーな問題を抱えて生きているから・・・

どちらかが〈それ〉に押しつぶされそうになったら、一緒に〈それ〉を退けようとするか?それとも自らも重石となって、一思いにピリオドをうってしまうか?

まあ、それはそのときの彼女のコンディションに委ねることにしよう

どうせボクの人生、半分は終わっているんだ

残りの半分はトモくんのために使ってあげてもいいかな、なんて殊勝なことを考えたりする冬の夕暮れ

片っぽしかない羽根でもがく畸形のボクら

肩を寄せ合ってやっと飛べる

二つの羽根を持つ人たちが今日も眩しく感じる

ああ、なんてことだ

街には天使が多すぎる


  LESSON3 トモくんの苦悩


ボクはあまり整髪料を使わない

面倒くさいのだ

でも、たまにはキチンとしようと、キチンとすることがある

特に何かがあるわけではない、まったくの気まぐれでだ

「なに、カッコつけてんの?」

鏡越しにトモくんが言う

「ははあん、デートでしょ」

「アホかい」

「ね、ご飯食べてく?」

「・・・うん」

食卓は嫌いじゃない

ボクの部屋の食卓は狭いので、4人座れるテーブルをもつ彼女が羨ましい

味噌汁を啜りながら彼女に問う

「今日、病院行く日だっけ?」

「ううん、明日」

「そっか、調子はどう?」

「見てのとおりじゃない」

そう言って、早々と食事を終えたトモくんが日課となったカプセルを飲む

彼女のお腹は今日もアノかぷせるデいっぱいイッパイだ


  LESSON4 トモくんの思考


トモくんはとても表情にとぼしい人だ

彼女はそれで随分損をしてきた

一方のボクはよく笑い、よく喋り、誰とでもすぐ仲良しになれてしまう

でも本当のボクはまったくの別人だ

話題についていけなくなるのが怖くていつも勉強してる

新聞も隅から隅まで読んでるよ

退屈で飽き飽きするコメンテーターの言葉だってちゃんと頭にメモっとく

政治経済、社会事件、国際情勢、芸能ネタ、トレンド、スポーツ、下ネタ、なんでも来いさ

酒も強くなった

カラオケも上手くなった

スキーも野球もゴルフもバレーボールもボーリングも泳ぎもそつなくこなせるようになった

みんなみんな大嫌いだったくせにね

つまるところ、ボクはなんにも成長なんかしていないってことなんだ

ただ経験だけが増えただけ

生きてりゃみんなそうなるさ

そうやって少しづつ毒が回っていくんだ

だから羨ましいんだよね

ボクはトモくんがとっても羨ましいんだ

だから魅かれているんだよね

どうして君はそんなに自由でいれるんだ?

なのに君はどうしていつも疲れているんだ?

現実から目を逸らしているのはボクの方か?

電話が鳴る

「今夜遅くなるから」

トモくんは短く用件だけ伝えて一方的に回線を切る

お勤めご苦労様、今一番忙しい時期だもんね

彼女の常用する薬を一錠失敬する

これ飲んだらボクも君みたいになれるかな

灯り消して

戸締りして

鍵はいつもどおり雨樋の下に入れておくよ

ブルゾンのポケットに手を突っ込み、暗い夜道、家路を急ぐ

雪がちらちらと舞う

寒い―――

行き止まりだ

ボクはどうなるのか

恐ろしい

不安だ

そういや最近、どんどん睡眠時間が減ってきている

痩せこけた鏡の中のアイツを直視できない

それは少しづつ少しづつ彼女に近づいている証拠なんだ

蜘蛛の巣にかかった蝶

トモくんとボク

どっちが蜘蛛で、どっちが蝶だ?


  LESSON5 トモくんの価値


トモくんは一度自殺に失敗している

一度というのはボクが知ってる限りでの話だ

浴室

剃刀で手首を切っていた

発見したボクが慌ててタオルで止血して事無きをえたが、これはどうも初めてではないらしい

ためらい傷が無数に残っていたのもあるが、彼女はそんな大それたことをしておきながらひどく落ち着いているのだ

慌てふためくボクがむしろ滑稽であるくらいに

その目には哀しみも憤りもない

なにもない

なにも映っていないのだ・・・

理由はあえて聞かないでおく

だって理由なんかないに違いないのだから

例えばダイヤモンド

世の女の人たちはたいてい欲しがるよね?

でもそれは綺麗だからでしょ?

それとも高価だから?

ボクにとってはそれは路傍の石ころとさほど変わらない

「美」にも「財」にも固執していないから

それとおんなじさ

人それぞれ価値観が違う

トモくんにとって「命」は石ころ同然なんだ

ボクにとってのダイヤモンドとおなじようにね

だからボクも君に殺されちゃうかもしれないな

たぶん、いつか、きっと・・・



ホントハ ソレヲ ココロマチニ シテイルンダ

マタ イッポ キミニ チカヅケタネ


  LESSON6 トモくんの続柄


トモくんの家族は本当の家族ではない

ただ一緒に暮らしていた扶養者に過ぎない

それを知ることからボクらの関係は始まった

ボクと彼女の位置関係は平行でも垂直でもない

ねじれの位置、だっけ?

まさにあれだ



4年前

トモくんはお昼休みの職場へボクを尋ねてやってきた

「××って方、こちらにいらっしゃいますか?」

「××はボクですけど・・・」

なんだろうと訝しげに思いながら応対に出る

ボクは彼女を見た

怒っているふうでもない

どうも苦情とかではないらしい

職場の先輩が興味深げにこちらを見ている

どうせあとで冷やかしに来るに違いない

リンちゃんというものがありながら他の子に手を出すとはどういう了見だとか何とか・・・

うざったいと思いつつ、「やだなあ、先輩。さっき初めて会った人ですよ」なんて笑いながら頭のひとつも掻いてみせる自分が見えた

そんな自分に嫌悪を感じる

あ、リンちゃんというのはボクの彼女のことだ

しかもかなり公認の

ゆくゆくは結婚も考えていた

特別彼女が好きなわけではないし、家庭に憧れがあるわけでもない

ただ、周りがみんなそうしているから自分もいつかはということだろう

いや、彼女を好きではないというのは語弊がある

世の女性の中では誰よりも大切な存在であることは疑う余地もない

ただ、なんというか静かなのだ

心が、弾んだり、燃えたり、滾ったりしない

それがボクという人間なのだ

「この人を知っていますね」

彼女は一枚の写真をボクの前に置いた。

「ええ、これはボクの父ですけど・・・あの、あなたは?」

「一緒に移っているのがアタシです」

「え・・・」

確かにその写真には父と手を繋いでいる小学生くらいの女の子が写っている

まるで親子のように・・・

ボクはしげしげと写真と彼女を見比べる

おそらく10年は前の写真だが、似てなくもない

彼女は真正面からボク見つめて抑揚のない口調でいった

「はじめまして、お兄さん」

それがトモくんとの出会いだった


  LESSON7 トモくんの憂鬱


「友坂健(ともさかけん)さん」

病院の無機質なアナウンスがトモくんの名を『誤って』呼ぶ

字面だけをみれば男みたいな名前だが、トモくんはれっきとした〈彼女〉である

健康の「健」と書いて「のぞみ」と読むそうだ

さすがボクと同じ名づけ親を持つだけある

ボクの名前も一度見ただけで読めた人はいまだかつていない

生まれ落ちたその日から我が子に試練を与えてくださる

十字架を背負わせてくださる

そういうひねくれた親なのだ、あの人は

そしてボクも彼女も同じようにあの人に感化され育ってきた

ルーツは一緒ってわけだ

「アタシの方が先に呼ばれちゃったね」

あとから来て待っていたトモくんが長椅子から腰を上げる

ボクはそんな彼女を見上げて言う

「やっぱり病院ってとこも常連さんには待遇がいいのかね。診察の順番繰り上げてもらえるとか?」

「名前間違えられといて常連さんもないんじゃない」

そう言って診察室の向こうに消えたトモくんを見送るとふいに頭の中が空っぽになった

ボクの脳はとても便利だ

空気を入れ替えするように、いとも簡単に頭の中身が切り替わる

いままであった情報は海馬のあたりに押しやって

あ、そういや、冷蔵庫のマヨネーズ切れてたな、なんて思ってみたりする

あっ、

違うってば

それは哺乳瓶ぢゃないよ、マヨネーズだってば

だからー

違うってば

それは赤子ぢゃないよ、キューピー人形だってば

あーあ

だから言わんこっちゃない

キューピーちゃんってば、まよねえずマミレ



―――まいったな

ボクの脳みそはセルロイドで出来てるのかもしれない

しかも、とびっきり安物の

やがて、ようやくボクの名前が呼ばれる

トモくん同様、読み方は間違っていたけど、それもとうの昔に気にならなくなっていた

看護婦さんが悪いんじゃない、あんなの読めなくて当然だもん

父さんが悪いんじゃない、子供に命名する自由は誰にも侵されないんだもん

悪いのはみんなボク、生まれてスイマセン

トモくん、君が傷つくのは全部全部ボクのせいなんだよね?



ああ、ボクを壊してくれ

そしてささやかな金を掴むがいい

そう、ボクは『ブタの貯金箱』

先生、今日はなんだか気分がいいよ♪


  LESSON8 トモくんの趣味


久しぶりにトモくんと休日を過ごす

お互い仕事の関係でなかなか休みが合わないので、これは実に貴重な時間だ

「ねえ、ドライブ行かない」

風呂掃除を終えてリビングに戻るとトモくんが笑いながらいう

トモくん、今日はすこぶる機嫌の良い日らしい

ふたりでドライブに行くときは決まって彼女がハンドルを握る

♪運転手は君だ〜 車掌はボクだ〜、ってなもんだ

むろんボクだって免許をもってるし、決してペーパードライバーではない

ただ、彼女は運転が好きで、ボクは移動以外の目的に車を運転しないという利害関係が一致しているため、自然と
ふたりのときはトモくんが運転することになるのだ

えっ、矛盾してる?

ドライブ嫌いなくせに何故行くのかって?

だって、そのときばかりはアレを聞くことができるんだ

トモくんのゴキゲンな歌声

そして、神様の声をね

今日のトモくんの車内ソングは「月の舟」だ


 ♪もしも涙あふれたら
  この胸に押しあてて
  二度と恋はできないと  
  自分を憎まないで
  思わず抱きしめた
  鏡のように
  君だけの輝き
  映してあげたい
  夜を渡る月の舟
  このままさらわれて
  心に降る銀の糸
  二人を結ぶまで  

・・・トモくん、新譜も勉強しといたほうがいいよ、ホント

あ、やっぱりいいや、君にはちょっと似合わないもんね

でもせめて女性ヴォーカルの曲にしようよ、ね?


  LESSON9 トモくんの不在



古風な雰囲気を漂わせるリンちゃんは物静かで口数が少ない

よく人からは、ふたりはお似合いだねといわれる

確かに仮初めのボクと仮初めのリンちゃんは、良いバランスのような気がする

でも彼女は喋らないぶん、その目やしぐさはとても多くを語っている

わたしだけを見ていて

わたしだけを見ていて

そんなふうにボクの領域を一言も発せず侵してくる

ボクの生活も

ボクの心も

ボクのすべてを

みんなみんな・・・

頬杖をついて上目遣いにボクを見るとき

ボクの背中に戦慄がはしる

雄弁家も考えものだが、訥弁家もまた考えものだ



今ボクは、そんな彼女の墓前に線香をあげている

人生ってやつはホントいきなりだね

風邪ひとつひいたことのないリンちゃんがあんなつまらない事故で若い命を散らすなんて

あれからもう3年になるんだ

しばし止めていた煙草に火をつける

そう言えばリンちゃん、煙草のにおい嫌いだったね

ボクには一度も言ったことなかったけど、ずっと前から知ってたよ

君の考えていること、思っていること

なんでも分かるんだ

でも、ボクは煙草を止めなかった

ささやかな抵抗ってやつだね

リンちゃん、元気ですか?

そっちはどう?

三途の川の渡し賃っていくらが相場なの?


  LESSON10 トモくんの弱点


トモくんは明るいところでは眠れない

ボクは明るくないと眠れない



昔から暗いところはダメだった

典型的な暗所恐怖症というやつだ

そんなボクが夜眠り朝起きるという極めてまっとうな職業を選んだのはある意味奇跡といえる

それまでのボクは可能な限り朝眠り夕方に起きるようにしていたのだから

ボクは決して闇そのものが怖いわけじゃない

むしろそれは引き金に過ぎない

誰でも子供の頃は闇が怖かったはず

闇は常に脳裏に語り(騙り?)かけてくる

死の恐怖を

死の痛みを

生の苦しみを

生の儚さを

子供はやがて大人になりそれらを忘却の彼方に押しやってしまう

死を恐れる気持ちは誰しも潜在的に持っているが、それを深く考えることがなくなっていく

厭な現実はなるべく考えないことにしよう、遠ざけてしまおう

そう学習するからだ



ボクが暗いところを嫌うように、トモくんにもウィークポイントはある

それは子供だ

精神的子供じゃなく、ビジュアル的な子供、特に嬰児がダメらしい

まあ尤も、嬰児なんてそうそう見るもんじゃない

彼女は幼稚園児くらいの子を見かけたりすると露骨に顔を顰めて目を逸らす

まるで、道端に落ちている犬の糞を見つけてしまったかのように

まるで、道端に落ちている犬の骸を見つけてしまったかのように

いやはや

屈折してるね、君も



それにしても、こんな決定的な生活観の違いがあってもなお、続いてるボクらってスゴイよね、ほんと

やっぱりこれって愛の力ですか?

それとも血の絆?

ま、どうでもいいんだけどね

平然と禁忌を犯すボクらはどうせ畜生以下なんだから

ボクらふたりとも畳の上じゃ死ねないね

というか、死にたくはないな

畳の上だけでは・・・


  LESSON11 トモくんの最期


「ドライブにでも行かないか」

「珍しい。どういう風の吹き回し?」

「うん、ちょっとね。今夜はボクが運転するよ」

相手がボクに限らず、自分で運転しなければ気がすまない性格の彼女

断られるかなと思いきや、トモくんはあっさりと了解した

「しょうがないな、命預けてみるか」

「大船に乗ったつもりでどうぞ」

少々ハイなボクは芝居がかった仕草で、トモくんのためにうやうやしく助手席のドアを開けてさしあげる。

シートベルトしめて

ヘッドライト点灯

出発進行!!

空いている道を意識的に選択しながらハンドルをきっていく

ボクは目一杯アクセルを踏み込む

加速する
加速する
加速する

「もしかして、死ぬ気?」

「たぶん」

彼女は前を向いたままきっぱりという

「付き合うわ」

「ありがとう」

ああ、恥ずかしい

声が震えてしまった

彼女はこんなに落ち着いているというのに

ボクはあるいは大それた事をしようとしているのかもしれない

これはエゴなのか?

やがて車はガードレールを突っ切って・・・

ボクらは死ぬ、確実に

あの冷たい海に飛び込んで

溺死?ショック死?凍死?窒息死?

まあ、どれでもいいけどね

いずれにしろボクは守ったんだ

守り抜いたんだ

ボクらが大切にしているものを

後悔なんかしてないさ

ボクも彼女も「命」なんてどうでもいいものなんだ

石ころ同然

大切だなんて思ってない

大切なのは「永遠」

腐ったバナナは醜いし

腐った牛乳は飲めたもんじゃない

こうしてボクらは「永遠」を手に入れる

巨大な水柱

飛び散る水飛沫

頭の中が空っぽになる

この車のローンって誰が払うんだろう?

それにしても冬の海は冷たいね

氷の中に閉じ込められてしまったみたいだよ

さあて、お立会い!

ご都合主義の小説や映画とは違う

ボクらは死ぬ

ボクらの魂は今まさに浄化される

さようなら

さようなら

ねえ、トモくん

地獄はどっちかな?


  LESSON12 トモくんの新生活


ボクはヒトを殺してしまった

お腹がすいていたから殺したわけじゃない

わけもなく

衝動的に

いや、能動的にかな

とにかく殺してしまったんだ

リンちゃん、苦しかったかい?

ごめんね

君にはすまないことをしたよ

いろんな偶然が重なって君の死は事故として片付けられてしまったね

もちろん、罪を償おうと思ったさ

すぐにあとを追おうとも思った

でも、できなかった

トモくんのことが気がかりでね

彼女は世界でたったひとりの肉親なんだ

ボクが生きてくためのたったひとつの理由、拠りどころだったんだ

でもね、リンちゃん

誓って言うよ

罪の意識を感じたのは君が初めて

ヒトを愛したのもきっと君が初めてだったと思う

父さんをコロシタときは何も感じなかっタノニナア・・・

ソレハ、キット、ボクノビョウキガ、ナオリツツアッタ、ッテコトナンダロウネ、キット

ソレニシテモ コマッタナ

サッキカラ ズット キニナッテタンダケド

トモクン

キミハ、ドコデ、ハグレテシマッタンダ?

コッチハ、メヲサラノヨウニシテ、ズット、キミヲ、サガシテ、イルト、イウノニ

ズットズット、サガシ、ツヅケテ、イルト、イウノニ


《そしてボクの魂は永遠に浄化されることなく現世を彷徨う》


  LAST LESSON トモくんの真性格



暗い 冷たい 寒い

光とはもっとも縁遠いところ

海の底にボクはいる

ドウシテ コンナコトニ ナッテシマッタノダロウ

心臓も肝臓も腎臓も

眼球も脳も三半規管も

すべてその機能を停止してもう1週間になるだろうか

魂だけが現世にしがみついている

トモくん

ただ君だけのために・・・

体中を這いづりまわり、そして食する得体の知れない魚たち

もうなにも感じない

あるのは感覚ではなく思念のみ

肉体を持たぬボクに何ができるというのか?

トモくん

君は生き残ってしまったんだね

でも悪いことばかりじゃない

この暗い海の底でボクは確かに生きている

そう、克服したんだよ

暗所恐怖症をネ♪



「いってきまーす」

トモくんは今日もゴキゲンだ

玄関先では新しい〈お兄さん〉が彼女に手を振っている

そこのアナタ!

アナタですよッ!

・・・って、言っても分からないか

ともかく忠告しとくよ

トモくんには充分気をつけて

彼女、子供が大の苦手で

そしてときに、クリーニングを溜め込んだりもするんだ



―――――― F I N 






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