アクロバティック0.75

アクロバティック0.75 第97話(山勢修三→ひろこ&棒太&壱ゐ)

 ひろこさん、棒太さん、壱ゐさん。
 皆さん、お久しぶりでした。理由です。

 だいたい察しておられるようなので、もう本名で名乗りましょう。
 私の名前は山勢修三です。

 皆さんにはもう二度とメールを出さないつもりでいました。もちろんそれは、これ以上皆さんにご迷惑をかけたくなかったからです。(ここまで巻き込んでおいて何をいまさらとお思いでしょうが―――)

 しかし、皆さんからメールを頂きそれを拝読するたびに心が痛みました。
 ひろこさんが仰っていたように、なぜ私がこんなことをしたのか皆さんには知る権利がある。
 だからそれだけは伝えなければと、その一念で恥ずかしながらメールを送らせていただきました。

 と言っても皆さんがメールで書いていることのほとんどが真相です。
 彼を殺したのは私、山勢修三です。
 二年前の「しんじゅー組」、確かに私もその一員でした。
 あの頃はネットを始めたばかりで、無謀にも本名をそのままハンドルネームにしておりました。
 「山さん」こと「山田裕司」もまた私と同じく、二年前の「しんじゅー組」では「hiro」と名乗って参加していました。

 なぜ、私が「しんじゅー組」に参加したのか。
 なぜ竜崎さんの書き込みにレスをつけたのか。
 そのあたりが皆さんの一番の疑問ではないでしょうか。
 まずはそのあたりから順を追ってお話します。

 あれは八年前、私がかつて小学校の教師をしていた頃、私の人生を大きく変える事件が起こりました。
 私の生徒が自殺したのです。彼の名前は茂木寿志といいます。
 茂木君は成績優秀、スポーツ万能の快活で心優しい少年でした。
 しかし、彼は家庭環境に恵まれていなかった。父親を事故で亡くし母子家庭に育っていました。
 それが原因というわけではなかったのですが、転校してきたばかりの彼には友達もできず、それどころかクラスのイジメにあっていた。
 私はそんな彼を救おうと手を差し伸べました。
 しかし、私は最後の最後に彼を突き放してしまった。裏切ってしまったのです。
 ひとりの生徒への小さな裏切りが、彼の背中を押す結果になってしまった。
 いや、言い訳をするつもりはありません。
 悪いのはすべて私です。
 一時は、いっそ死んでしまった方がどんなに楽だろうとさえ思いました。
 それでも私は生きた。生きて教師を続けた。そうすることが唯一の贖罪であると自分に言い聞かせて―――

 やがて、時が過ぎ、六年の歳月が流れました。
 少しづつ自分の中で風化していく悲しい記憶。
 このままで良いものか?このまま忘れてしまってよいのだろうか?そう思っていた矢先です。
 「理由」こと「竜崎香苗」さんの書き込みを見つけたのは―――
 息子に勧められて購入したパソコン。
 ネットに繋げて、まだ二週間程度。
 F××のサイトで私の趣味である将棋のカテゴリーを眺めていたときに、理由(竜崎)さんのメッセージに出会いました。内容は一緒に死んでくれる人を募集します、といったものでした。
 その中身とは裏腹に淡々とした文章の中に秘められた悲痛の叫び。
 将棋の話題がずらりと並ぶ書き込みの中でそれは明らかに異彩を放っていました。
 まあ、大抵の人はそれをみてもイタズラか何かだろうと読み流すところなのかもしれません。
 しかし、その時の私は違った。体中に電流が駆け巡ったような衝撃。
 これは運命なのか?試練なのか?業なのか?
 とにかく、返事をせねば、助けなければ、救わねば!
 メールさえ使ったことない初心者がふうふう言いながら一時間以上かかって、なんとかメールを送ることができました。
 とにかくもう二度と同じ思いはしたくない。
 今度こそは最後まで手を離すものか、絶対に。
 その一念のみでした。
 以降、私は必死になってメールを送りつづけました。
 必死になって説得を続けました。
 死んではいけない、死んではいけない、と。
 当初頑なだった彼女は、やがて私に心を開いてくれました。
 私の思いが実ったなどとは思いません。
 もともと誰か支えてくれる人を求めていたのでしょう。
 だからこそ、心中仲間を探しているなどと書き込んだのでしょう。
 
 彼女は十五の若さで家庭に恵まれていなかった。
 彼女が母子家庭であることは、棒太さんが調査済みのようですが、それだけではなく不遇な事情というものがあり、そのことで彼女はひどく悩んでおりました。それこそ死にたいほどに・・・。
 でも、私から自分の身の上話などをしているうちに彼女はようやく死ぬことを思いとどまってくれました。
 幸いに他のしんじゅー組のメンバーも彼女ほど本気で死のうと考えていた人はいなかったようです。
 ただひとり、山田裕司を除いては―――
 あいつは甘い。
 妻も子もある身でありながら、なんら悩みなどないと言いながら死を切実に望んでいた。
 それは、いつかひろこさんが言っていたことに少し似ています。
 退屈な日々。刺激のない生活。
 それに耐えられなかった。
 良い夫、良い父親を演じることに飽き飽きしていたのです。
 そんなことで死ぬなんて馬鹿げてる。
 あまりにも盲目。あまりにもナンセンス。
 しかし、連帯感とでもいうのでしょうか、竜崎さんは山田を信頼してしまった。
 同じ死を望む同志として―――
 私と竜崎さんと山田、奇妙な三角関係でした。
 生きることを勧める私と死地へ道連れにしようとする山田、ふたりで彼女を綱引きしていたのです。
 もちろん、そんな事情があったと知ったのはずっと後のことです。
 なにしろその頃の私は山田がそんな人間だったとは知らなかったのだから(ふたりともあまりチャットには参加していなかったということもあり―――)
 そして、最終的には私が勝ちました。竜崎さんは生きる道を選択したのです。

 オフ会で一度会ったhiroという男。
 しんじゅー組の中に自分を狙っている人がいると言い、怯えていた竜崎さん。
 やつこそが元凶。彼女の明るい未来に翳を落とそうとする悪魔。
 竜崎さんが亡くなる前日に、彼女からのメールですべてを知ったそのとき、私は愕然としました。
 やっぱりアイツか。
 hiro、赦せない。
 しかし、時間をおいて冷静になると私の考えが変わりました。
 竜崎さんはもう大丈夫だ、今度はhiro(山田)を救おう。
 しかしながら、山田は既に壊れていた。破綻していた。
 彼に説得のメールを送ったところ、感情的かつ攻撃的な言葉が返ってきました。
「彼女を騙すんじゃねー!俺がアイツを守るンだ!こんな世の中生きて抜こうって方がバカなんだよ!この腐った世の中、早く死んだモン勝ちなんだよ!お前みたいな凡人に俺の崇高な意志が理解できるものか!」
 とにかくエクスクラメーションマーク(!)の嵐です。冷静だった私も勢い熱が上がっていきます。
 このままでは竜崎さんが危ない、と。
 彼女の話によると、「最初に誘ってきたのはそっちだろ?一緒に死んでくれねーと、俺ナニするかわかんねーぜ」などと脅迫まがいのメールまで送りつける始末。
 私は彼と対決することを決意しました。
 やつには死ぬ気なんてない!あれは全部ウソだ。でまかせだ。はったりだ。
 なぜなら、やつが求めているものはただひとつ。退屈な日常からの脱却。刹那的な刺激です。あまりにも危険な欲望。
 そして、私がヤツと会見する前に最悪の事態が発生しました。
 山田裕司はあろうことか、彼女の家に火を放ったのです。
 決定的な証拠があったわけではありません。しかしそうとしか考えられない状況でした。

 もしかすると、彼女が死んだのは私に半分責任があるのかもしれません。
 彼女は死の直前に私にメールを宛てている。山田裕司が自宅へ来る。誰もいない。怖い、助けて。
 これに対しての私の返事。

 私もこれからすぐ、そちらに向かいます。
 向こうから来てくれるのならかえって好都合です。
 三人できちんと話し合おうじゃありませんか。
 とにかく待っていてください。
 それから、戸締りを忘れずに。
 私が行くまで絶対に誰も中に入れてはいけません。
 
―――私が行くまで絶対に誰も中に入れてはいけません。

 そう。きっと彼女は守ったのです。
 私を信じ、私の言葉を守った。ヤツがどんなに強く扉を叩いても決して中へ入れなかった。
 そして、焼かれた。
 燃やされた。
 炭にされた。
 竜崎さん、熱かったでしょうね、苦しかったでしょうね。
 私は燃え盛る業火を前に涙しました。
 警察は故あって、あてにできない状況でした。
 案の定、竜崎さんの火の不始末が原因ということで片付けられてしまいました。
 彼女からもらったメールを見せても証拠能力がないとも言われました。(実際そうなのかどうかは分かりませんが―――)

 救えなかった。
 私はまた救い損ねた。
 それからは必死になって、山田裕司を探しました。
 ヤツの顔は知っている。ヤツの本名も竜崎さんからのメールで判明した。住んでいるところもオフ会で零していたので大体の見当はついている。
 山田は竜崎さんの住む千葉県に住んでいたようです。私は片っ端から電話帳を繰りました。
 もう執念です。「山田裕司」をついに見つけだしました。
 会ってどうする?すべてを話し自首を促すか?そして彼の家庭を壊すのか?
 そんなことを考えているうちに、いつしか彼の家の前に私は立っていました。
 しかし、彼は引っ越していた。
 彼の後に入ったその借家の住人は、どこに引っ越したのか知らないという。
 その人に紹介してもらった家主にも聞いてみるも、仕事の都合で転勤したらしいがどこに行ったかまではわからないという。
 結局、私は諦めました。
 勢い込んで、彼の近くまでたどり着いたものの会って何をすればいいのか分からなかったということもあります。

 そして二年後。
 妻が突然の病で死にました。息子夫婦も不幸な事故で死んでしまいました。
 立て続けに大切な家族を失い、全てをなくしてしまいました。これは運命なのでしょうか。
 その時の心境はよく覚えていません。
 気がつくと、私はF××のサイトに書き込んでいました。
 竜崎さんと同じことを書いていました。
 二年前の竜崎さんと同じように心中仲間募集の告知をしていたのです。しかもHN「理由」として―――
 その上、カテゴリーをランダムに書き込んだつもりだったのですが、結果的にはそうはならなかった。
 私が書き込んだカテゴリ。
 「将棋」「パチンコ」「新谷恭介」「スノーボード」「Jポップス」―――
 まるで、当時のしんじゅー組のメンバーが見そうなカテゴリーばかり。つまりは当時竜崎さんが書いたと思われるカテゴリーばかりです。まるで彼女の魂が私に乗り移ってしまったかのようで―――

 そして、それに最も早くレスをくれたのがひろこさんです。
 ひろこさんは「理由」というHNに触れていた。しかも送信者名「hiro」
 hirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohirohiro
 私の中であの忌まわしき記憶がフィードバックします。
 パソコンのメールソフトの中で、その存在感をいやが上にも主張するhiro!!
 
――――ヤマダヒロシ!
 お前か!お前なのか?
 これが神の引き合わせなら、どうしても彼に会わねばならない。
 二年前のこと、後悔しているのか?苦しんでいるのか?せめてそれだけでも尋ねたい。そんな衝動に駆られたのです。
 その次に返事をくれたのが、棒太さんと壱ゐさん。
 そしてさらにその二日後に来たメールが山さんからでした。

 メールをやりとりしているうちに、すぐにひろこさんは山田とは全くの別人らしいことが分かりました。
 むしろ怪しいのは山さんでした。いや、むしろ彼は完全にクロだった。
 彼のメールの書き出し。
「竜崎ちゃん、生きてたのかい?ボク嬉しいよ♪」
 山田裕司は二重人格のケがあったのもしれません。ごく普通の社会人、家庭人である反面、死んだはずの竜崎さんに呼びかけるなんて・・・
 いや、待てよ。私はとんでもない思い違いをしていたか?竜崎さんは山田の放火によって殺されたのではなく、本当は自らの不審火で死んでしまったのかもしれない。そもそもあの日、山田は竜崎さんの家に行っていなかったとしたら?そして竜崎さんの死を知らないままだったとしたら?しかし、そんなことがあるだろうか?
 これは本人に聞くしかない。本人に聞くしか―――
 そもそも彼は壊れている。精神が破綻している。自分が殺した人間のことなど記憶の外なのかもしれない。
 私は彼に調子を合わせ、竜崎さんを装いメールのやりとりを続けました。
 そして、成り行き上、あなたたち3人とも―――

 理由(私)、山さん、ひろこ、棒太、壱ゐ
 山勢修三(私)、hiro、なりま、ハウスタディ、理由(竜崎香苗)

 現在のしんじゅー組と二年前のしんじゅー組。
 どちらも五人になったのはまったくの偶然です。
 でも、ここにも、この符号にもなにか運命のようなものを感じました。
 運命なんて、言葉に書くとひどく薄っぺらく、また白々しく響きます。
 しかし、私は運命を信じた。
 皆さんとメールの交換を続けたのも、神が与えてくれた最後のチャンスだと思った。いや、思いたかった。
 歪んだ方向に進みつつある皆さんの力になりたい。そう願っていたのです。
 以前竜崎さんにしつこく言ったように死ぬなんて無茶なことやめて欲しい、ずっとそう思っていました。
 しかし、自ら心中仲間を募集してしまった手前、露骨に自殺をやめなさいなどというわけにはいかない。
 だからせめて、心中を決行するまではとどまっていてくれるのなら、機会をみて引き止めても遅くはないと考えていました。(明らかに賛同の意を示していたのは棒太さんだけだったのですが―――)
 機会とは無論、山田裕司との対決を終えた後のことです。
 もしも、竜崎さんを殺したのが山さんこと山田裕司ならば、復讐するつもりでした。
 私が自ら手を下し、死の制裁を加える―――
 だから、復讐を完遂するまでは、あなたたちを取り返しのつかないことにならぬよう繋ぎとめておこう。
 なんだか矛盾していますね。
 人の命は何より重いと言っておきながら、復讐という名の大義名分のもと人を殺めようとしているのですから―――
 しかし、人間とは存在そのものが矛盾しているもの。
 すいません。安直でした。
 仕方がないとの一言で片付けてはいけませんね。
 でも信じて欲しい。最初から山田を殺すつもりなんてなかった。

 二度目のオフ会で、青褪めた顔の山田をみた時などむしろ憐れにさえ思えたくらいです。
 青い顔をしていたのは、私が山勢修三だったからか、それとも単に竜崎香苗じゃなかったからか。
 今となっては分かりません。どうでもいいことのように思えます。
 オフ会の後、私と山田は二人だけで店を変えて呑みに行ったことは皆さんご承知ですね。
 さんざん酒を勧めた結果、酔った山田はすべてを私に告白した。
 きっとあれは半ば開き直りだったのでしょう。

「竜崎香苗の家に火をつけたのは俺だ。あの子は俺の言いなりにならなかった。気にいらネエ奴は殺す。殺してやる」
「殺す?なぜだ?君の欲望は退屈な日々からの脱却。自らの破滅じゃなかったのか?」
「ああ、最初はそのつもりだったさ。でももっと面白いことを見つけたんだ。自分が破滅したらそれで仕舞いじゃねえか。けど他人を破滅させることはいくらだってできる。愉しいねえ、いやあ、実に愉しい。壱ゐって子な、次のターゲットはあの子さ。死にたいならいくらでも手伝ってやるぜ」
「君には家庭があるだろう。温かく幸せな―――それで何が不満なんだ」
「家庭?はん、あんなものは隠れ蓑に過ぎねえな。変人は迫害させる。誰にも見向きされなくなる。自分を安全圏においてこそ遊べるんだよ。わかんネエだろうな、アンタにゃ」
「そんなにべらべら喋ってもいいのか?警察に突き出すぞ。放火殺 人の罪は重いんだぞ」
「ばーか。あれは事故で処理されたんだよ。終わった事件に警察が見向きなんかするものか。言っただろ。俺はいつも安全圏だ、俺は賢い、ヘマはしねえ」
 狂ってる。
 しかし冷静かつ狡猾だ。
 だが山田には大きな誤算があった。
 私が何も持たない人間であることを知らなかったのだ。
 何も持たない人間は怖い。何をするか分からない。私にすべてを打ち明けたことを、誇らしげに赤裸々に語ったことを後悔させてやる!

 復讐などくだらない。理性では分かっていても、もうトメラレナイ。
 私は確実に破滅への道を歩んでいきました。
 茂木君を救えなかったあの日から始まり、理由さんを喪ったあの日で加速がつき――― 一年後、妻が死に息子夫婦が交通事故で死んだことで私は怖いものがなくなった。
 神がいるとしか思えません。私に天罰を与えたのだと―――
 しかし、だとしたら神は残酷です。殺すなら私を殺せばいい。なのに―――
 私はすべてを憎んだ。私が神に睨まれているのは私が悪魔だからだ。
 私に関わる人間は皆、不幸な末路が待っている。
 私は何のために生きているのか、わからなくなってしまいました。
 私はどうかしていた。私もまた壊れていたんです。
 しかしみなさんとメールを交わしていくうちに少しだけ自分を取り戻すことができた。山田を調べる一方で、死にたがっている皆さんを今度こそ救おうとやっきになっていた。
 と、同時に山田への憎しみも徐々に薄れていったのもまた事実。しかし、いつぞやのチャットでやつは人を殺したことを語っていた。全く反省の色が見られなかった。皆さんは冗談と取ったかもしれないが、私は知っている。彼は間違いなく理由こと竜崎香苗さんを殺しているんだ。
 先に書いたオフ会後の話を聞いて涙がとまりませんでした。私の中で眠っていた憎悪が再燃します。
 やはりヤツだけは赦せない。
 そして私は山田裕司を殺した。
 逃げるつもりはなかった。
 死んで決着をつけようと思いました。

 しかし、思い出したんです。
 死にたいと言った棒太さん、死ぬなんて大それたことといったひろこさん、死んではいけないよといった壱ゐさん、生きるといった竜崎さん、そして私のせいで自ら命を絶った茂木君を―――

 ひろこさんには失礼しました。
 お見込みのとおり、理由に拘ったのは、hiroのHNからあなたこそ山田ではないかと思っていたからです。
 あなたは死ぬ気なんてないと言っておりましたが、本当にそうだったのかどうか―――
 私にはあなたがひどく不安定に思えてならなかった。
 結果的には私の妄想、単なるお節介だったのかもしれません。
 あなたもいろいろと事情がおありでしょうが、決して死ぬなど努々思わぬよう祈っております。

 棒太さん、あなたは励まさねばと思いました。
 人は皆、悩みや苦しみを抱えて生きています。
 無謀になれというわけではありませんが、もっと勇気をもって生きてください。
 あなたならきっとうまくいく。
 すべてはあなたの心がけ次第です。
 たったそれだけであなたの人生は反転するはずです。
 頑張ってください。

 壱ゐさん、あなたは強く生きているが本当はとても寂しがり屋です。
 オフ会であったとき、あなたは私を足長おじさんのようだ言ってくれましたね。この悪魔のような男を―――
 嬉しかった。そして楽しかった。私で駄目ならあなたの元気を他のみなさんにも分けてもらおうとあなたともメールを続けていました。
 いや、本当に元気をもらったのは私だったのかもしれない。

 だから、

 だからこそ、

 私は死にません。約束します。

 これから警察に出頭します。生きてその罪を償うつもりです。
 ご安心ください。皆さんのことは口が裂けても話しません。
 本当にもうこれ以上、皆さんにご迷惑をかけるわけにはいきませんので。
 このメールを送ったらパソコンの送受信記録はすべて消します。
 幸いに、といっていいのかどうか分かりませんが、私は皆さんの住所も電話番号も知らない。
 私たちはメールアドレス、そのたった一行で繋がっていた関係です。
 削除キーひとつで壊れてしまう脆弱な関係です。
 でも良かった。皆さんと出会えて良かった。
 皆さんとのメールのやりとりで一番救われたのは私自身だったのかもしれません。
 
 さて、これで皆さんの疑問には大方答えることができたのではないかと思います。
 ただひとつ、理由こと竜崎香苗さんの真の悩みを除いては。
 故人のこととはいえ、プライバシーに関するものなので詳しくは書けませんでしたがご容赦ください。

 とても長くなってしまいました。
 読まずに捨ててもらっても構いません。
 きっとこれが皆さんへ送る最後のメールになると思います。
 いいえ、これが確実に正真正銘最後のメールです。

 ひろこさん
 棒太さん
 壱ゐさん
 生きてください。
 人は常に過ちを犯し続ける愚かで罪深い生き物です。
 でもそれが人である何よりの証拠。
 「自殺」という概念を意識できるただひとつの種族。
 悲哀や悔恨や愉悦や憤慨をもつことができる感情豊かな存在。
 つまり本能以外の部分で論理的に「生きたい!」と思うこともできるのです。
 もう一度言います。
 みなさん、是非とも生きてください。生き抜いてください。
 それが唯一無二の私の願いです。
 皆さんが幸せな人生を送ってくれれば、それだけで私は救われるのです。

 では、これで本当にお別れです。
 名残惜しい気がしないでもありませんが―――さようなら。
 皆さん、お元気で。


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