16人いる!(約束の真意)

約束の真意

 1回戦が終了し、2回戦進出者たちのICレコーダーが一旦回収された。MCの説明によるとレコーダーのデータを消去して持ち主に返すということらしい。戻ってきたレコーダーのシリアルナンバーを何の気なしに確認すると、さっきと同じ"YD185477"だった。
「さてはものども準備は宜しいか。しからばこれより第2回戦の火蓋を切ろうぞ! ザ・ギブアップマッチ、新たな戦いの幕開けであ〜るっ!」
 ゴワーンとスピーカーから銅鑼の音が鳴り響き、スクリーンのデジタル時計が再びカウントダウンをはじめた。
 対戦形式は1回戦と同じく同時進行。最初にどの組が口火を切るのかと他人事のように見守っていると、あにはからんや誰も動こうとはしない。僕とて栢山里香がなんらかのアクションを起こしてくれれば、いつでも行ける態勢なのだが、当の本人は僕から一定の距離を保ったまま様子見の構えだ。
 そんな中、まず最初に動いたのは須藤優衣だった。彼女は1回戦のときのように対戦相手に接触しようする動きさえみせず、わき目も触れずに悠然と会場を後にした。続いて、関根智也、支倉孝次、金子早百合、渋谷楓、如月流星が時間を置いてドアの向こうに消えていく。また一方で、永嶋劫が鈴木友寿を睨みつけているが、鈴木は青白い顔で懸命に目を反らそうとするばかり。葵橘アノアはいつものように超然と構えており、太田太はそんな彼女を気にかけながらも手を出す気配はない。
 このエアポケットを拝借して早々に自分のケリをつけてしまいたいところだが、まさか何もないところで唐突にギブアップ宣言するのも何やらおかしなハナシ。そんなことしたら栢山のことだ、きっと渡部虎太朗のときみたいに腰抜けだ何だと罵倒してくるに違いない。
 そうこうしているうちに帰ったと思われていた須藤が戻ってきた。続いて、支倉、関根、金子、渋谷も帰ってくる。どうやら化粧直しやらトイレ休憩やらだったようで、結局ほとんどの面々が再集結していた。そんな中、ただひとり見当たらない人物がいる。
「如月君は帰ってしまったのかな?」
 支倉孝次が誰にともなく尋ねると、須藤が真っ先に返事を返した。
「あの人なら帰ったわ。さっきエレベーターに乗り込むところを見たもの。今日のところは見逃してあげますよ、なんてわけのわからない捨て台詞を残してね」
「っていうか、たぶん尻尾巻いて逃げたんじゃない? かーっ、カッコ悪う」
 須藤に同調し、くちばしを尖らせているのは栢山里香だ。
「クイズは得意みたいだけど、おつむだけで乗りきれる戦いじゃないからね。心理戦になったら結構脆いんじゃない?」
 初日のことをまだ根に持っているのか、栢山は如月さんに対し根拠のない中傷をしまくっている。
「サユリもそう思う。あの人、最低だよっ!」
 さらなる同調者は金子早百合だった。僕は一瞬おやっと思った。金子は如月さんにひどい負け方をしたものの、戦いが終わって彼に何ごとか耳打ちされてから良好な関係になったと認識していたのだが、どうもそうではないらしい。金子が目に涙をため、鼻をすすりながらこぼす。
「サユリ悔しいよ。だってあの人に二度も騙されたんだよ」
「えっ、それってどういうこと?」
 栢山が聞き捨てならないとばかりに身を乗り出すと、金子が訥々と喋りだした。
 

「アシストマッチで騙されてすごい頭に来てたサユリにあの人が耳打ちしたの。自分は芸能事務所に勤めてるから、後で採用担当に紹介してあげるよって。もちろん採ってもらえるかどうかは君のガンバリ次第だけどねって念押しされたけど、チャンスをもらえただけでも嬉しかった。なのに、あの人嘘ついてた。あの人、芸能事務所なんか勤めてなかった。マスコミ関係者じゃなかったの」
 金子は後半からさめざめと泣きだしていた。大好きなカメラの前だというのに大事なお化粧が崩れまくりだ。かたや、はげしく同情する栢山が我がことのように怒っている。
「なにそれ、許せない。やっぱりあいつ、絶対なにかウラがあると思ってたわ。善人ぶってるけど陰じゃ汚いことばっかしてるんだ」
 ううむ、それって偏見じゃないのかな。少なくとも片方の意見だけ聞いて鵜呑みにするのは軽率といえる。いやしかし、金子の言うのが本当だったとすると僕のあてずっぽう予想が大当たりだったってわけか。
「でも金子さん、如月がマスコミの人間じゃなかったってどうして分かったの」
 須藤が金子にハンカチを差し出しながら猫なで声で尋ねる。ただの優しさからじゃない。おそらく対戦相手の情報をできる限り引き出そうという思惑だろう。
「あの人の後をつけたの。そしたら先週1週間、ずっと同じ建物の中に入ってた。どこ行ってたと思う? 警察署だよ。あの人、警察官だったの。ちゃんと制服着てたし間違いないよ。その上、サユリがまだ騙されていると思って、毎日しつこく電話やメールをしてくるの。たぶんあたしのカラダが目当てなんだ。ほんとムカツク」
「とんでもない不良警官だな」
「まあ、ポリ公にロクなのはいねえからな」
 海老澤英毅、堀巌が続けざまにコメントする。如月流星、女子ばかりでなく男性陣からも総スカンだ。
「だからサユリ、どうしてもあの人を痛い目にあわせてやりたいの。サユリの目の前でギブアップって言わせたいの。でももうサユリは負けちゃったからできないんだよね」
「ふっ、だったら私に任せといて。確実に仇討ちしてあげるから」
 須藤は泣き止んでしゅんとなっている金子の肩に手を置き、力強く請け負った。
「実は私もちょっと調べていたの。小林君には悪いけど、どうやって次の対戦相手を倒すか先週から作戦を練ってた。だからあの男の素性も調査済。たしかに如月流星は警察官。あの若さで警部だそうよ。キャリア組ってやつかしら。でも、警察官なら一般人以上にスキャンダルを恐れるはず。未成年に手を出したというのが本当なら恐喝材料としては充分よね。となれば、あとは証拠固めだけ。金子さん、私に協力してくれる?」
「はいっ、サユリなんでもやります!」
 金子は、さすがお姉さまとばかりに潤んだ瞳で尊敬のまなざしを須藤に注いでいる。
「期待して待ってて。あなたの前で必ずあの男にギブアップと言わせてあげるわ」
 すると金子がクルリと表情を一変させた。愉悦の笑みともいうべきか、ちょっと似つかわしくないイヤらしい含み笑い……
「ありがとう、須藤サン」
「ううん、その言葉はあいつにギブアップと言わせてから――」
 言いかけた須藤が訳が分からないとばかりに絶句する。見ると、金子早百合が自分の巾着袋からICレコーダーを取り出していたのだ。
 

「えへ、録っちゃった♪」
 さっきまで泣いていた金子早百合が無邪気にカメラ目線でダブルピースしている。今、何が起こったのか、僕にはすぐに理解できなかった。金子がやったのは自分のレコーダーに須藤の声を録音したこと。そう、須藤はたしかに会話の流れでギブアップと言っていた。しかし、それはこの場に如月流星がいないからだ。金子のレコーダーに録音されたところで痛くも痒くもない――えっ、まさか。
 金子がデコレーションしまくりの携帯を引っ張り出して電話を掛けている。やっぱりそうか、そういうことだったのか!
「うん、終わったよ」
 弾むような金子の声が会場内に響く。会話の端々から推測するに電話の相手は如月流星のようだ。その証拠に数分後如月さんは涼しい顔して会場に舞い戻っていた。
 彼は戻ってくるなり須藤に向かって微笑みかけた。
「どうもおつかれさまでした」
「ちょっと、なんなの。これは一体なんのマネ?」
「いやあ、こうも手もなく引っかかってくれるとは些か拍子抜けしました。いや、むしろこれは金子譲の演技力の賜物かな」
 と、金子に向かって拍手をし、レコーダーを受け取る。
「実はこれ、僕のレコーダーなんですよ」
 カメラに向けてかざしたレコーダーのシリアルナンバーは"BD139427"。如月さんの巾着は青地に黒の水玉。ビンゴだ。どうやら如月と金子が時間差で出て行ったときに、レコーダーを交換していたらしい。
 如月さんは、賞金よりもテレビに映りたい金子をアシスタントに使うことで見事女詐欺師須藤優衣をたばかったのだ。帰り際に、今日のところは見逃すなどと吹いておきながら、その日のうちに罠に仕掛けてくるとはまったくエグイことをする。
「だけど僕は充分にヒントは差しあげたつもりですよ」
 そこからは如月流星の独壇場だった。
「こんな勝ち方をしていいはずがない。僕、そう言いましたよね。それは敗者を味方につけなければならないという意味だったんです。僕は金子嬢を味方につけた。だけど、あなたは小林君を取り込まなかった。戦いに勝つときは遺恨を残さぬようスマートにやるか、相手の望むものを提示してあげるかしなければならない。金子嬢の場合はテレビ出演がお望みだった。まあ、たしかに僕はマスコミ関係者ではなく、ただの公僕に過ぎません。そちら方面にはコネクションもないので、彼女の芸能界入りを直接後押ししてあげることはできない。だけど、勝ち上がった僕をアシストしてもらうことで、これからもテレビに映り続け、キーパーソンとして見せ場を作ってあげることができる」
「そういえば如月さん、はじめに、これはトーナメント戦じゃないって言ってましたよね。それってこういう意味だったんですね」
 僕が思わず口を挟むと、如月さんはそのとおりと顎を引く。
「トーナメント戦は一度負けたらそこで終わりの勝ち抜き戦。だが敗者ボーナスの存在によって負けた者もまた戦い続けることが可能となる。そこを意識するかしないかで随分戦局は違ってくるんだよ」
 返す言葉もない須藤は悔しそうに唇を噛み締めている。
「優勝者に負けた者には賞金1億円を与える。このルールを単なるおまけだと思ってかかってはいけないんです。これは言わば、利害関係が一致する相手は自分と戦った者だけであることの理。自分が負かした相手を味方につけることができるという裏の意味をはらんでいたんです」
 なるほど、実質2回戦以降は純粋に1対1の戦いにはなりにくいということか。そんなことなど考えてもみなかった。僕の場合は関根智也から大いに恨みを買っているので、援助は望めないかもしれない。もちろん僕としては、それでも一向に構わないのだが。
「もうひとつ、11の約束の中に、番組について口外したら負けとし賞金を得る権利を失う、という厳しいルールがありました。この理由も同じ考え方です。もしも友人知人に口外することが可能なら、勝つためにいくらでも味方を増やすことができるわけで、バトル自体が大味なものになってしまう恐れがある。口外無用はそれを阻止するための縛り。つまり、口外するしないは実はあまり問題ではなくて、ポイントは部外者の助太刀を一切認めないこと、言い換えれば味方につけることができるのはこの16人の参加者だけだということなんです」
 これはトーナメントではないと言った真意は?
 番組について口外してはいけない理由は?
 須藤の勝ち方を良しとしなかった訳は?
 如月流星による謎の発言の数々が、これですべて氷解した。
「僕が勝って、あなたが負けたのは、たったそれだけの違いだったんです」
 説明を終えた如月が対戦相手の須藤を真正面に見据え諭すように言う。
「だけどそれは致命的に大きな違いだった」
 

「決まった、決まった、決定したあっ! 準決勝進出への4つのチケットを最初にもぎ取ったのは電光石火のシューティング・スター如月流星その人だあっ!」
「ああ、できれば如月&金子と宣言してほしいところですね」
 如月が金子の手を取って共に上に掲げると、MCが律儀に訂正する。
「なるほどなるほど、お説ご尤も。これは大変失礼いたしました。たしかに今の戦い、金子早百合の好アシストが光る一戦でしたね。それではウィナー如月、今のお気持ちを一言」
「いや、恐れ入りました。金子嬢の迫真の演技はアカデミー賞ものですよ。なにしろあの海千山千の須藤嬢をころっと騙してくれましたからね」
「やだなあ、それほどでもありますよ」
 調子に乗って冗談ぽくペロリと舌を出す金子。それにしても、須藤が小林を倒したのと同じ方法、レコーダーのすり替えを用いての勝利とは、如月さんはやはり只者ではない。このまま優勝を攫ってしまいそうな勢いがある。
 一方の須藤優衣は今日一日で勝者と敗者の両方を味わったことになる。と同時に小林蓮斗の賞金獲得の可能性が完全に潰えた。ある意味、16人中最初の敗退者は彼だといえるのかもしれない。
 如月さんが須藤の元に歩み寄り、優しく言葉を掛けている。
「しかしさすがは須藤さんだ。僕の素性まで調べていたとはね。全く気づきませんでしたよ」
「でも予測はしてたでしょ。だから金子さんにあなたの素性をあえて喋らせた」
「まいったな、須藤さんにかなわないや。僕が勝てたのは、実のところちょっとツイていただけだったのかもしれませんね」
「ふん、思ってもないことよく言うわ。今日のところは見逃してやるなんて捨て台詞まで吐いておきながら速攻で仕掛けてくるなんて、ほんと素敵なまでに卑怯な人ね」
「お褒めに預かり光栄です。さっきの1回戦の戦いぶりを見る限り、慎重で狡猾な戦略を立ててくる方とお見受けしたものでね。だから長期戦になると不利かと思い、先制攻撃をうたせてもらったんですよ」
 さんざんコケにしておいて、最後は相手を持ち上げる。それが先刻承知の如月流だ。
「須藤さん、今後は僕への協力をお願いしますね。なに、逆ねずみ講よりは良い話じゃないですか。僕があと2つ勝つだけで1億円貰えるんですから」
 そう申し出て握手を求める如月。須藤は一瞬考えてからその手を掴んだ。
「まあいいわ。確実ってわけじゃないけど、私にはそれしか選択肢がなさそうだしね」
「や、確実ではないけれど、確率はそこそこだと思いますよ」
「ふっ、ほんと食えない男ね。あなたのことはたぶん好きになれないと思うけど、せいぜいバックアップさせてもらうわ」
「まさに鷹視狼歩。あなたが僕側についたことで優勝はほぼ手中に収めたようなものですよ。ああ、もちろん金子嬢もこれからも頼みますよ」
「オッケー、まっかせといてっ♪」
 と、金子がかわいくガッツポーズしてみせる。こうして女性ふたりを取り込み、いち早く準決勝進出を果たした如月流星。さて、次は誰が行くのかと見渡すが、結局それ以上の動きは見られなかった。
 如月が提示した敗者を味方をつけるという発想をじっくり検討する。あるいはもっとうまい戦略があるかもしれないと模索せんとする意図が各々に働いたのかもしれない。ならばせめて、僕の試合だけでもさっさと決めてしまおうかと思ったが、肝心の栢山はいつの間にか会場から消えていた。はてさて、どうしたものか……


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