第11章


第11章  凶器と狂気のはざ間で

 食堂に雁首を並べた構成員たち。
 そして山口代理人。
 その背後に助さん格さんよろしくぴったりと控えているのは【代理人助手】たちだ。
 そんな中、ただ一つの空席は6号室のゲスト、石田サチコが掛けていた席……。
 一同は温めなおした夕食を言葉少なく緩慢な動作で口に運んでいる。
 戸惑いと焦燥、更には疑念をもパンとともに噛みくだしながら……。


 やがて食事を終える面々。
 しかし誰一人席を立とうとはしない。
 話したいことは山ほどあるのだ。 
 その共通する思いを真っ先に行動に移したのは、石田サチコが消えた今、9人の中の最年長となった螺子目康之だった。
「皆さん、ずっと黙っていても仕方ないだろう。ここで少し状況を整理してみないか?」
「ああ、そうだな……どうせやることもないしな」
 松本が口に出して応じた。他の構成員も頷いて、俄か議長、螺子目康之の言葉を待つ姿勢をとる。
 螺子目は席を立って咳払いを一つすると、「今の時点ではっきりしていることはただ一つだ」と切り出した。
「石田老人は消えた。生死の有無は別として、もう我々の前に姿を現すことはないだろう。問題はここからだ。何故石田さんは消えたのか? 考えられるケースは3つ。ひとつは【犯人】に殺された。ひとつは何らかのペナルティを犯し、【代理人】に抹殺された。そしてもうひとつは【犯人】として途中退場した……大別してこのいずれかだと思う」
 誰もこの件に関して異を唱える者は取り敢えずいないようだ。
 まず始めに意見を述べたのは松本浩太郎だった。
「ペナルティってのは一番可能性が薄いんじゃないか? 少なくとも夕食時間の遅刻ではなかった……第一あの婆さん、それほど耄碌しちゃいねえだろ。あれで案外、用心深いとこあったからな」
 松本は食後のコーヒーをズズーと音を立てて啜った。
「面白くなってきたじゃねえの。次にやられるのは誰かねえ。年の順でいったら螺子目さん、次はお宅だな。それとも平さん、そっちの方が年上か?」
「ふ、不謹慎なことを言うんじゃない!」
 急に顔を青ざめさせた螺子目が、松本に唾を飛ばして抗議する。
「なにが不謹慎だよ。忘れたのか? こいつはゲームなんだぜ。せいぜい楽しもうじゃねえの、なあ菅野さんよォ」
 と、菅野祐介に話しをふるも、彼は松本を端から相手にしていない風に発言を避けた。
 菅野の代わりに口を開いたのは平一だった。
「松本くんの言うようにペナルティの線はないだろうな。いや、それだけじゃない。【犯人】として途中退場というのも、やや無理がある。まあ、これは昨夜も議論したことだが……特にも石田老人は足が不自由だった。それを信じるなら、彼女が犯行に及ぶ場合、絞殺や撲殺などの力技はまず使えない。毒を盛るとか、相手を油断させといて心臓をぐさりとか、そういう形にならざるを得ないだろう。だが、こんなに早く途中退場したのでは、今後うっかり他の構成員の目に触れたりでもしたら、それこそ目も当てられない。足が不自由な人間が誰にも見つからないように館内をうろつくのはあまりにも危険過ぎる。となると、仮に彼女が【犯人】なら途中退場は出来る限り先に延ばすのが賢明だろう」
「ちゅうことは、石田さんは【犯人】に殺されたってことか?」
「十中八九、間違いないわね」
 室町祥兵の問いにそう応えたのは伊勢崎美結だ。
「どうやら石田さんは最初の【被害者】になってしまったらしいね……」
 螺子目は震える声で議長役に徹した。それで恐怖心を紛らわせようとしているかのように……。
「それじゃ、まず、石田さんは殺されたという仮定のもとに考えてみよう。昼食のとき、数馬君がいないということで、彼を探すために石田さんが食堂を出ていったのは、確か12時半過ぎだったと記憶してるんだけど、これに間違いないよね」
「そう、12時40分ごろだったと思うわ」と、美結が補足する。
「なるほど……で、この後の彼女の行動について、何か知ってる人はいるのかな? どんな些細なことでも構わない。気づいたことがあったら教えてもらえないだろうか」
 返答は誰からもなかった。
 ただ一人、松本がニヤニヤ笑いながら茶々を入れる。
「ふん、知ってても教えないぜ。もしも俺が【犯人】だったらだけどな」
「まあ、そう言わんでくれよ、松本くん。話が進まないじゃないか。ええと、つまり誰も石田さんを見てないと……すると、あれだな、最後に彼女を見たのは千夏さんと遙さんということになるね」
「それは違います!」
 犯人扱いされてはたまらんとばかりに鱒沢遙が声を荒げる。最も動揺を隠せないでいるのはやはり彼女だった。
「あたしは食堂を出てから一人で外に行きました。だから最後に石田さんと会ってたのは千夏さんです」
 まるで、【犯人】はあなたじゃないのといった感じで森岡千夏を指さす。
 当の千夏は泣き腫らして真っ赤になった目を見開いて、強い口調で否定した。
「どうして! どうして私があの人を殺さなくちゃいけないんですか!」
「そりゃあ、愚問というもんだぜ、千夏ちゃん。お宅が【犯人】なら殺るっきゃねえだろ、生き残るためにはよ」
「まあまあ、2人とも……ま、いずれにせよ、千夏さんを容疑者から外すことは出来ないってわけだな。石田さんと2人で数馬くんを探しに行ったとき、これ幸いと彼女を殺 害した可能性を消すことは出来ないんだから」
「私じゃないって言ってるじゃないですか!」
「何言ってんだかな。さっきまで『私が殺したのよォ』とか何とか言っちゃってさめざめ泣いてたくせによ。これだから女ってやつァ油断ならねえ生き物だぜ」
「私は……私はただ【犯人】にこれ以上、莫迦なことはやめてほしいと思っているだけです」
「へへえ……」
 松本は白けた。大いに白けた。白けきった。
「だとよ、聞いたかい、【犯人】さんよ。どうだ? このかわいい千夏お嬢ちゃんの慈悲深いお言葉に免じて、これ以上罪を重ねるのはやめてもらえませんかねえ」
「それは出来ない相談だと思いますよ」
 菅野祐介はそう言って、ようやくディスカッション加わる意思を示した。
 一同の関心が菅野の次の句に集まる。
 それにつけても毎度ながらドキリとするタイミングで言葉を紡ぎ出す男である。
「それはどういう意味だい? 菅野くん」
 螺子目が不安と期待の入り混じった目で菅野を見る。
 菅野が何か言おうと口を開きかけると、それを妨害するかのように松本が口を挟んだ。
「そういや、あんたの予想、大外れだったなあ。第一の殺 人はすぐには起きないって昨日、っていうか今日の夜、あんた言ってたよな」
 確かにゲーム開始当初、彼はそんなことを言っていた。
 菅野が決まりの悪そうな顔のひとつも見せるかと思いきや、逆に、「本当に人の話を聞いてないんだな、君は」と言い放った。
「僕がそう言ったのは、自分が【犯人】だった場合の話だ。【犯人】は僕ではない。僕ではない【犯人】のプランは、また違っていたってだけのことさ」
「……よく意味が判らないんだけど」と、首を傾げる遙。
「じゃあ、もっと端的に言いましょう。【犯人】はきっと大量に……或いは【被害者】全員を殺すつもりなんですよ
「ええっ!」
 遙は驚きのあまり、今にも口から泡を吹いて失神しそうな様相だ。無論、驚いているのは彼女ばかりではない。皆、リアクションに多少の違いはあるが驚きを隠せないでいる。だが冷静に考えれば誰もがその可能性に辿りついてしかるべきなのだ。ただ菅野が一番最初に気づいただけのこと……。
「犯行は2週間後ぐらい先がいいと言ったのは、1人か2人程度の殺 害計画を前提にしてのことです。とりあえず、わが身の安全を確保するのが優先で、この場合、賞金は二の次ということになる。あとは、たなぼたのペナルティ待ちといった計画ですね。だけど、【犯人】は違う。最初から飛ばしている。チャンスがあればいつでも仕掛けるつもりでしょう」
「な、なんてこっちゃ……」
 絶句。
 誰もが言葉を失った。
 【犯人】は本気だ。
 そしてまた、怜悧な刃物のようにいつでもどんなときでも冷静さを失わない菅野祐介にも戦慄を覚えた。
 彼は疑う余地もなくゲームを100%楽しんでいる。
 まるで高級なワインを舌の先で転がすようにじっくりと味わっている。
 バケモンだ……。
 【犯人】も菅野も(或いは同一人物?)ある意味常套の倫理観が通用する相手ではない。
 だが誰も気付いてはいなかった。彼以外の構成員の大半も多かれ少なかれ、このひりひりするような緊張感にある種の快楽を得ていることに……。
 菅野は引き続き自己論理を展開した。こうなってくると彼の独壇場である。
「9名全員を陥落するとなれば、これはもう至難の業としか言いようがない。この狭いエリアで、この短い期間で、そしてターゲットは常に警戒している。そんな状況下で誰にも悟られることなく、数多くの人間を葬り去ろうとしている。僕にはとても真似できそうにない」
 菅野はコーヒーを一口啜り、言葉を継いだ。
「それだけじゃない。なんといっても犯行はスピーディーでなければならない」
「スピーディー?」
 平が片眉を吊り上げて訊き返す。
「そう。迅速な犯行は必要不可欠なんです。だって考えても見てください。例えばここを【被害者】の部屋だと仮定します。えっと螺子目さん、ちょっと【被害者】役をやってもらえますか」
「ああ、そりゃあ構わないが……」
 すると菅野は、言われるままに席を立つ螺子目にすばやい動作で走り寄ると、有無を言わせず見えない凶器を彼の頭上めがけて振りおろした。つまり、殴るふりをしたのだ。
「わっ、たた、いきなり何するんだ」
 思いがけない菅野の攻撃を反射的によけたものの、態勢を崩し尻餅をついてしまう螺子目。
 【代理人助手】が無駄のない動きですばやく拳銃を引き抜いた。
 これ以上【被害者】に危害を加えるつもりなら、いつでも撃鉄をおこす構えだ。もちろん、それもまた三文芝居かもしれないのだが……。
 いずれにせよ、菅野はまったく慌てる様子を見せなかった。
「螺子目さん、あなた、今よけましたね。でも、脳天直撃は免れたものの、肩に傷を負ってしまった。【犯人】は更に獲物を追いつめる……ちょっと失礼」
 菅野は螺子目の華奢な身体に馬乗りになると、再び見えない凶器を振りかざす。
 またしても、その銃口を菅野に定める【代理人助手】。
「やめないか、千葉!」
 山口代理人が千葉と呼ばれた【代理人助手】を一喝した。
「菅野さんは螺子目さんに危害を加えるつもりはない。そうですね? 菅野さん」
「もちろんです」
 菅野は【代理人】にそう返答し、螺子目に問いかけた。
「ここはあなたの部屋の中です。完璧な防音設備が施された閉ざされた空間。さあ、このあと、あなたはどうします?」
 2人の小芝居を見ていた室町が螺子目に代わって意見を述べる。
「せやな、俺やったら、まずドアに向かって逃げるな。とにかくドアさえ開ければ、【犯人】もそれ以上は追ってこれへんやろし……」
「情けねえ、それでも男かよ。俺なら相手の腕を捻り上げてさっさと凶器を奪うね。いや、なによりも俺が不意打ちくらうなんてことはないだろうがな」
 これは言うまでもなく根拠なき自信家、松本浩太郎の弁である。
「ドアを開けないまでも、ドアを叩けば誰か気付いてくれるかも……そうすれば【犯人】も逃げ場を失うわけだし……」と、遙が言えば、
「何言ってんの。気付いたって誰も助けに来ちゃくれないわよ。【被害者】が一人死ねば、賞金はその分上がるんだもの」と、丸太のような脚を組み直して美結が反論する。
 菅野は螺子目を起こしてやりながら一同に尋ねた。
「ほかにご意見は?」
 菅野の抑揚のない口調の中には微かな侮蔑が含まれていた。どうやら彼の期待する答えはまだ得られていないようだ。
「まあ、とっさの出来事なら条件反射で今のような行動に出るのが普通の反応かも知れませんね。でも、皆さん、何か肝心なことを忘れてはいませんか?」
「ふーん、みんなはそうなんだ。僕ならすぐに告発しちゃうけどなあ……
 のんびりとした口調でそう言ったのは堀切数馬だった。
「だって、【被害者】は【犯人】が誰か判っちゃったんでしょう? 今、自分を襲っている人の顔を見ているんだからさ。例えば【犯人】が覆面とかしてたとしても10人の背格好はみんな違うんだから、だいだいの見当はつくよね」
「あ、そっか……」
「そやな、言われてみれば確かに……」
 口々に感嘆の声が上がる中、菅野は数馬ににっこりと笑いかけた。
 彼を満足させる回答を提示したのは意外にも堀切少年だったようだ。
「僕、ずっとこのおうちの中、見て回ったんだけど、カメラがないとこってほとんどないんだよね。もちろん部屋の中にもあったし……ってことはさ、山口さんとかがそのカメラを通して、ずっとそれを見てるわけでしょう? だったらさ、ドアに逃げるとか反撃するとかするよりも、カメラに向かってひとこと言っちゃえばいいんじゃない?」
「山口代理人よ告発させてくれ、ってか。確かに、規則じゃ【被害者】が【代理人】に告発を申し出たときは、【犯人】は【被害者】に手が出せなくなる……山口さん、どうなんですか? その辺のところは可能なのかな」(規則5犯人2項のイ参照)
 螺子目の問いかけに山口は席を立って、きびきびと説明した。
「結論から先に申し上げますと可能ということになります。これは再三申し上げていることですが、この会場内には【代理人助手】がいたるところに常駐しております。たとえその場に主催者側の人間が誰もいなかったとしても、告発希望の旨さえ伝われば、瞬時にその場に駆けつけます。まあ、具体的な流れとしては、まず代理人詰所から部屋のロックを外して部屋に入り、【犯人】を部屋から排除します。部屋には【被害者】の方と私とが残り、しかる後に告発の手続きに移るわけです」
「なるほど、どこまでも規則に忠実ってわけだ。頼もしいねえ。まったく、涙が出るよ」
 松本が芝居っけたっぷりに涙を流すふりをしてみせる。
「だからこそ、僕はスピーディーにと言ったのです。お分かりですか? 【被害者】と揉み合っている暇なんてないんです。やるからには一発で仕留めなければならない。だから【犯人】にとってもこれは極めてリスキーなんです。にもかかわらず初日から仕掛けてきた。【犯人】は大量殺 人を敢行しようとしている。そんなに賞金が欲しいのか? それともゲームを楽しんでいるのか? こればかりは僕にも不明です……」
「ちょっと待ってくれ」
 不精髭をなぜながら平が口を挟む。
第4の可能性については議論しないのか?」
「平さん、あなたの言いたいことは尤もだ。だけどそれは、あなた自身が否定したことじゃないか」
 螺子目は何を今更とばかり呆れたように言った。
 平の言う第4の可能性はあれしかない。
 それは誰もが知っている。
 第1、石田サチコは【犯人】に殺された。
 第2、石田サチコは何らかのペナルティをおかし、主催者側に殺された。
 第3、石田サチコは【犯人】として途中退場した。
 そして、今ひとつの可能性、それは……
「ああ、確かに昨日の夜、私はその可能性はないと言った。テレビ局が仕掛けたドッキリ番組だなどとは考えられないとね。相手がタレントとかなら冗談ですむかも知れないが、素人相手に騙すにはちょっと悪ふざけが過ぎるともね」
 平は例によってウイスキーの壜に手をかけた。呑まないとうまく喋ることができないのかもしれない。世間では、普段は大人しいくせに酒が入ると妙に気が大きくなり自我を失う輩が散見するが、彼はその中でも極端なタイプと言える。菅野や遙あたりから見れば、最も軽蔑に値する人種ということになるのだろう。
「もっとな話だ。そんなことをしたら損害賠償やら責任問題に発展し、テレビ局の信頼性を著しく損ねる結果にもつながりかねない。しかし、そのドッキリのビデオが個人で鑑賞するためのものだったとしたらどうだ? つまり【代理人】が言ったようにスポンサーが大金持ちだとして、殺 人ビデオではなくドッキリビデオを見て楽しんでいるとしたら? たかだか数千万円のために命を賭けてしのぎあう一般庶民を見て笑っていただく。そういう趣旨のものだったとしたら? 仕掛けとしたら概ねこうだ。まず【犯人】のカードを引いた者に、ドッキリであることを【代理人】を通して伝える。そいつには例えば一億やるから協力してくれとでも言うわけだ。そして、次に誰かが一人になったときを見計らい、【犯人】は【被害者】に接触をもち、そこで種明かしをする。最長3週間、自分の部屋でじっとしていれば、何がしかの金をくれてやるとね。食事は【被害者】が部屋から出られない夜の10時以降にでも差し入れてやればいい」
 平の意見は一見ありえるようにも思えた。少なくとも、これを全否定する材料はどこにもない。筋は通っている。そしてこの非現実的な世界にあって、比較的ましなオチのような気もする。
「けどよ、そいつはちっと、ムシがよすぎやしねえか。ただ騙されてやるだけでそんな大金出すやつがいるかよ」
「いや、アリかもしれへんで。いうても金持ちの道楽やからなあ。彼らと俺たちじゃ価値観が全然ちゃうねんて」
 松本と室町が思い思いの感想を言うの対して、伊勢崎美結が「そんなこと、どうだっていいじゃない」と切って捨てた。
「仮にそうだったとしたら、少なくとも命の危険はないんだから、これ以上議論しても仕方ないわよ。それより石田さんが誰にどうやって殺されたのかを考えなきゃ」
「そ、そうだな。もう一度整理してみるか」
 螺子目は自分が議長役だったことを思い出し、話を元に戻す。
「まず、誰が殺したか? これさえ判ればゲームは終わったようなものだな。だが、今のところ何の手掛かりもない。私たちは死体すら見ていないんだからね」
 続きを室町が引き取る。
「それと、いつ殺されたか? これは石田さんが食堂を出ていった12時40分頃から俺たちが部屋の前で陣取った午後6時20分頃まで、この約6時間のあいだということやな。まあ、いずれにせよこの建物の中での犯行やろうから、アリバイを証明できるもんはおらんやろうな。5分の空白もあれば充分事は起こせたはずやから……」
「そうだな、この会場内であることは間違いないだろうからな、でも、一体どこで……どの部屋で婆さんは殺されたんだ?」
 そんな松本の問いかけに答えたのは菅野だった。
「それは大した問題じゃないね。どこで殺されようが、僕らは現場のすぐ近くにいたことにかわりはないんだ。それよりどうやって殺されたのかが重要だね」
「殺 害方法……つまり凶器のことか?」と、平。
「ええ、一応僕らの取り決めで、凶器となるものは交代制で保管することにしてましたよね。順序は部屋番順ということで、今日は螺子目さんが当番だった」
「ああ、確かに私だが、保管というほどでもなかったな、厨房にある刃物類とか時々確認していた程度だったもので……」
「困るわ。ちゃんと管理しておいてくれなきゃ」
 遙がぶるると身を震わせる。
「もしかして、何かなくなってたりするんじゃないの?」
「いやあ、それはどうだろう」
 螺子目は誠に頼りなげだ。
「まあ、確かに保管といっても、包丁とか鋏とかを一箇所に集めて見張っているくらいしかできないわけだから、もともとあまり意味がなかった。ただ一応、石田さんの意見を尊重して、危険物は管理しておこうと決めただけだったんだし……」
「せやな。所詮慰めやもんな。実際護身用とかいうて、物騒なもん持っとる人もおるし……」
 螺子目はビリヤードのキューを、美結はアイスピックをそれぞれ携帯している。
「そうよ、危険物の保管なんて莫迦莫迦しい。やめましょうよ、そんなこと。こういう事態になった以上、自分の身は自分で守らなくちゃね」
 ドスン!!
 美結はテーブルにアイスピックを突き刺してみせた。松本がひゅうと口笛を吹く。
「おおっ、勇ましいねえ。ところで、これからどうするよ? 全員でずっとここに固まっていて、3週間が過ぎるのを待つかい? 取り敢えず【犯人】も1000万円手に入れたことだしな。これ以上手出しできなくなったとしても、自分が死ぬことはなくなるわけだ。今回は完全に【犯人】に軍配が上がった。完全犯 罪ってやつだ。ここでやめられたんじゃ俺たちは手も足も出ない」
「仮にそうなれば、石田さんが【犯人】だろうが【被害者】だろうが、いずれにせよ彼女の一人損ってことになるな」と、螺子目。
「まったく、揃いも揃って腰抜けばっかりね。あたしはご免だわ。絶対【犯人】を告発して見せる。そして賞金はあたしがいただく」
 アイスピックを引きぬいて伊勢崎美結は部屋から出ていった。
「あ、あたしも嫌。いくら安全だからって【犯人】かもしれない人たちとずっと同じ部屋で過ごすなんて……そうよ! 部屋にいた方がむしろ安全だわ。ドアは一つしかないんだし、鍵をかけている部屋に誰かが入ってくればそれはマスターキーを持つ【犯人】しかありえない。その時はすぐに告発してやるわ」
 鱒沢遙もそう言い残して席を外す。
「私も好きなようにさせてもらうよ」
「僕も右に同じです」
 平、菅野が続いて食堂を後にする。
「そういうこったな」
 松本も当然の如く、席を立つ。
「おい、ちょ、ちょっと待ちいな……」
 室町が情けない声を出した。松本が振り返って言う。
「あんたも自分の身は自分で守るんだな」
「大層なこと言うて、みんな勝手やなあ。そやったら、自分の食ったもんは自分で片付けえちゅうねん。誰が食器洗うんや」
「頼んだぜ、料理長」
 松本はにやりと唇を歪めてドアの向こうへ立ち去った。
「ったくもう……しゃないなあ。千夏さん、後始末、てつどおうてくれます?」
 室町はぼやきながらも構成員たちの食器をかき集める。
 そして、一瞬彼の手が止まる。
「……!」
 彼の目の前には、石田サチコのために用意されたまったく手付かずの料理が、どうしようもなく生々しい存在感を放っていたのだった……。


   次章       1/10の悪夢       ひかり小説館

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送