第五章


第五章  語る御厨

 抜き足、差し足、忍び足。
 飯方神経科医院の玄関から最も遠い西端の階段を昇って2階に足を踏み入れる我らが御厨ひかる探検隊。鴬張りの床板が歩くたびにきしんだ音を立てている。廊下は1階以上に寒々としていてコートを着たままでも体が震えた。もちろん沙織にとっての震えの原因は単純に寒さばかりではないようだが……
「ね、これ見てよ、ひかる」
 沙織がひかるの袖をはっしと掴みながらひとつの扉を指差した。
―――螺子目康之
 扉の目の高さの位置にそう書かれたプレートが貼られている。
「ひかる、これって……」
「たしか入院患者の病室だって言ってたよね」
「あの、そういうことじゃなくて」
「うん、わかってる。小説に出てくる人と同じ名前だね」
 ひかるは言わずもがなのことを敢えて口にし、生唾を飲み込んだ。
 その扉には小窓が嵌め込まれていたが、内側から黒い紙のようなものが貼りつけられていて中の様子を窺うことは出来ない。試しに開けてみようとしてみたが、鍵がかかっているらしく中に入ることは叶わなかった。扉は全部で10個。左右に5つずつ配置されている。この点も小説で描かれた館2階の配置に符合する。
 ふたりは調査というよりむしろ確認という意味で他の部屋も見て回った。やはり他のネームプレートも小説内の構成員の氏名とことごとく一致していた。そして、その扉全てが例外なく開かなかった。
 沙織はものすご〜く家に帰りたい気分になっていた。ここへ来たことを猛烈に後悔していた。小説の世界と現実の世界が繋がってしまったような、そんな気がしていた。閉塞感と不安感。あの階段を降りれば帰れる。簡単なことだ。そんな彼女の心情を汲み取ってかひかるがにっこり微笑み囁いた。
「なにも心配いらないよ。なにも起きるわけがないって。あっちは小説。こっちは現実なんだから」
 そしてひかるは扉のひとつをノックした。
「反応、ないね」
「いないのかな?」
 声を潜めて言葉を交わすふたり。そこへけたたましい電子音が鳴り響いた。沙織はびくっと体を硬直させ、ひかるの腕にしがみついた。
「な、なに?」
「あ、ごめん、ボクだ」
 ひかるは涼しげな表情でポケットから携帯電話を取り出して耳に当てた。
「もしもし、馬波さん」
「どうしたの、ひかる。そんな小声で。もしかして今取り込み中?」
「うん、まあちょっとね、どうかしたの?」
「明日のスケジュールを確認しておこうと思ってね。なんだったらまた掛けなおそうか?」
「いや、こっちから改めて連絡するよ。じゃあまた後で」
 ピ。
 と、短い通話を終えたタイミングを見計らったようにひかるたちの背後で声がした。
「探し物は見つかったかい?」
 飯方弓人だった。これはきっと大目玉くらっちゃうに違いないわと沙織は思ったものだが、案に反して飯方は特に怒っている様子もなく、ひかるもまたいたずらが見つかった子どもように無邪気に小さな舌を出している。
「いやあ、見つかっちゃったかー」
「携帯の着信音が聞こえたものでね。もしやと思ってきてみたんだ」
「患者さんのだとは思わなかったんですか」
 ひかるの問いに飯方はやれやれと肩をすくめる。
「携帯電話を持っている患者さんなんてここにはいないよ。みんなあまりそういうものを必要としない人たちばかりだからね」
 今度は沙織がひかるの背後から恐々覗きこむような態で尋ねる。
「あの、この病室って、小説の中の人たちと……」
「そう。同じだよ」
 飯方はこともなげに肯定した。
「部屋の中に誰もいないみたいですけど……」
「や、そんなことはないんだけどねえ。あっ、まさか中に入ったりしてないだろうねえ」
 沙織はぶんぶん首を振って「入ってないです!」と断言した。
(入ろうとはしたけれど、ね)
 飯方はやんわりとひかるたちの両肩に腕を回し階段のほうを向き直させた。
「じゃっ、そろそろお帰り願おうかな。一応ここは関係者以外立ち入り禁止なものでね」
 そう、ここは普通の病院とは違う。精神を病んだ人も患者として入院する。だから部屋に鍵も掛かるようになっているし、当然不用意に部外者に接触させるのはあまり好ましいことではない。
 それでも未練がましく個室のほうを振り返るひかるに飯方がしょうがないなとばかりに嘆息を漏らす。
「とにかくあの小説との関連については後でちゃんと説明するよ。その前に小説のほうを全部読み終えてから来てくれ。話はそれからだ」


 その夜。
 家に戻ったひかるは「1/10の悪夢」の続きを読んでいた。ちょうど第22章「偽善の象徴」を読み終えたところである。ついに残り3名となり物語は佳境へ。ここは一気に読み進めたいところであった。
 そこへ……
「ひかる〜」
 お邪魔虫、夏目沙織の登場である。その両手はなみなみとココアが注がれたマグカップで塞がっている。
 ひかるはものすご〜〜〜く、いや〜〜〜な予感に見舞われた。視線を落とすと絨毯にコーヒーの染み。う、デジャブ。
「のわっ」
 やはり、である。
 床に転がるマグカップを「ああ、またか」と冷静に見届けるひかると、あたふたとティッシュを引き抜く沙織の温度差は亜熱帯とツンドラほどもあった。またしても絨毯に新たな染みをこさえてくれた沙織のマヌケっぷりにひかるは呆れたように言う。
「ねえ、少しは学習しようよ。まったく沙織ちゃんには話し甲斐がないんだから。まさに暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐に鎹だよ」
(え、なに、なに? 意味わかんない。なんだか雰囲気的に貶されてる感じだけど)
「えっと、豚に小判、猫に真珠みたいなことかな?」
「ああもう違う違う。それを言うなら豚に真珠、猫に小判だよ。というか、それを取り違えて覚えてるって方が珍しいよ」
 沙織とともにティッシュで絨毯の染み抜きに勤しむひかるがため息をつく。
「それに意味が微妙に違うからね。いわば沙織ちゃんは、暖簾であり、糠であり、豆腐なんだけど、豚ではないし、猫でもないんだ」
「う……どう違うのかなあ」
 そう言ってこめかみをポリポリ掻く沙織に国語辞典が押しつけられる。
「わからない言葉は辞書を引きましょうって先生言ってたよね?」
 うひー、である。知ってるなら教えてくれたっていいじゃないよケチ、とか思ったけれど、まあ元来素直な沙織である。言われるままに辞書をめくったものだ。
「ののの、れれれ、んん、あった、これね」
 暖簾に腕押し―――手ごたえがない。ききめがない。
 他のふたつも同じような意味だった。豚に真珠や猫に小判とは意味合いが違うのも理解した。
(それにしてもヒドイ言われようだわ。なにげにダメージ大きいんですけど)
「まったく嘆かわしいね、昨今の若者の言葉の乱れときたら」
 などと倒置法で年寄りくさいことをのたまうひかるの頭上にぴかっと豆電球が点灯した。
「あっ、そう言えば!」
 どうやらひかるはなにかを閃いたらしい。パソコンの画面にかじりつきブックマークしていた第1章から次々と進んでいく。
「これだ」
 第9章。下にはスクロールせず冒頭部分だけを見つめている。ちなみにこの章では松本浩太郎がキーパーソンとなっている。
(なにが気になるのかな?)
 ひかるはここまでの本文中で唯一登場している画像が気になっているようだ。沙織が背後から覗き込むと右クリックで画像のファイル名を確かめている。
 yakubusoku.jpg
「うん、まあそうなるよなあ……問題はこれが故意なのか過失なのか……いや、だから、これこそが故意であることの証明になるんじゃないのかなあ……わかりやすいヒントをあえて提示しているんだ。しかも蚊帳の外にいる人にだけ……」
 どうやらひかるが脳内で展開したここまでの仮説を補強するに足る材料となったようだ。
「ねえ、ひかる、なにか新しいことがわかったの」
 沙織の問いかけにひかるはノーレスポンスで、椅子をくるりと回して沙織に向き直った。
「ところで沙織ちゃんは【犯人】と【被害者】どっちが有利だと思う?」
「え、う〜ん、そうだなあ……」
(ひかるは【犯人】が絶対有利だって言ってたけど……)
「やっぱり【犯人】の方じゃないのかなあ」
「だよねえ、誰が見たってそうなっちゃうよねえ」
 誰が、の部分をことさらに強調しているように聞こえたのは沙織の被害妄想ばかりではないようだが、ひかるはそんな些事にはお構いなしに話を続ける。
「基本的に【犯人】はオフェンス、【被害者】はディフェンス。【被害者】が【犯人】から勝ちを拾うためには【犯人】のしくじりを待つか、それを誘発させるために罠を張るかしかない」
「罠って、松本さんや室町さんとかがやってたことだね」
 【犯人】を騙ったメッセージを残したり、【犯人】を告発すると見せかけたり、要するにそういうことだ。
「まあ、ミスを待たずに確実に【犯人】を仕留める方法もあるにはあるんだけど、これはあまりにも現実的じゃないから本編でも検討すらされていない」
「えっ、そんな方法あるの?」
「告発だよ。10人全員がいる状態で全員が示し合わせて告発を宣言する。そして全員が互いを告発しあう。たとえば0号室の螺子目康之は1号室の堀切数馬を告発、堀切数馬は2号室森岡千夏を告発、そうして9号室伊勢崎美結は0号室螺子目康之を告発する。みんなでそうするように取り決めて順番に告発していけば【被害者】9人のうち誰かひとりが確実に告発に成功するというわけさ。もちろんこの時点では誰も死んでいないから成功報酬はゼロだけどね。それでもうまくすれば最初で【犯人】を引き当て、【犯人】以外の全員が生き残ることができる。最悪、少なくともひとりは生き残れる計算だ。なにしろ全員で告発を宣言してしまえばもう無敵。【犯人】は一切の手出しができない。そう規則に書いてあるからね。これで【犯人】は必死となる」
「でも、それって……」
「そう、現実味なさすぎだよね。根拠のない運否天賦に頼った9分の1の確率でしか助からない賭けなんて普通は誰もしない。6分の5の確率で助かるロシアンルーレットがまともに思えるくらいだもんね」
(なんだかうまくはぐらかされた気がしないでもないけど……)
 ひかるの背後のモニターに映し出された「ワタシハダレモコロサナイ」の画像を見て沙織は確信した。
(ひかるがなにに気づいたかまではわからないけど、きっとこの画像がポイントなんだわ)
 しかし沙織の確信は大ハズレであった。ポイントはそこではない。
 やがて沙織に背を向けて小説の続きを読み始めるひかる。背中からは「声を掛けるべからずオーラ」が瘴気のごとくむんむんと立ち上っている。
 やむを得ずひかるの部屋を退出し自室の机に向かう沙織。どどーんと積み上げられた「1/10の悪夢」の紙束。ひかるはきっと今夜中に読みあげてしまうだろう。自分も負けてはいられない。沙織はねじり鉢巻で気合を入れて紙束をめくりだした。
(絶対、明日までに追いついてみせるんだから!)


 真っ白い部屋。白い白い部屋。
 鷹揚に組まれた足、外れかけたワイシャツのボタン、ひらめく白衣の裾、意志の強い瞳、開かれた唇……精神科医が低く言う。
「悪いけど私の所見は変わらないよ」
「そうですか……」
 余裕たっぷりに応じる患者の声。
「繰り返しになるが、君は心神喪失者などではない。それを演じているに過ぎない。君はどうやら精神医療に精通しているらしい。こうすればこういう診断を下されるということを熟知している。だが君の精神は極めて正常。だがその嗜好は極めて異常とも言える」
「なるほど……」
「君のような危険思想の持ち主を私は医師として断固社会に戻すわけにはいかない。また犠牲者が増えるのが目に見えているからね。君にはもう帰る場所なんてないんだ。君が行ける場所は唯ひとつ。死刑台だけだ」
「でも他の先生はそうは思っていないようですよ? あなたの尊敬する教授もね」
「それは君が私の前でだけ真実の姿をさらしているからだ。なぜだ? なにが目的なんだ? 私を陥れようとしているのか?」
 患者は唇だけで薄く笑んでいる。全てを見透かしているかようなその態度に精神科医の苛立ちが加速する。
「どうしてだ……どうしてそんなに余裕でいられる?」
 患者は当然ですよと前置きして応えた。
「だってあなたは私の主張を肯定しているから。私は狂ってなんかいない。あなたが私の一番の……いや、唯一の理解者なのだから」
「冗談じゃない……冗談じゃないぞ! 俺は君とは違う。なにを勝手に勘違いしている? まったく、寂しい人間だな」
 興奮する精神科医の感情を逆なでするように平板な口調で患者が言い返す。
「私、寂しくなんかないですよ。むしろ、そう、賑やかすぎるくらいだ。私はね、たまには無音の世界にゆっくり浸っていたい。そんなふうに思っているんです」
「それは演技か? それとも本音なのか? 俺を煙に巻こうとしてるのか? 俺を混乱させようとしているのか?」
「私はいつだって素直ですよ。ひとつ言っておきますが、あなたが私を理解できるのはあなたが優秀な医師だからではない。ましてや私があなたに心を開いているからでもない。単純にあなたには筒抜けなんだ、私の全てが、なにもかも。だってあなたは私にとても近い存在だから。いやむしろ―――」
 そう言って鼻先がぶつかるほどに顔を近づけてくる患者。瞬きひとつしない大きく見開かれた目が相手を飲み込まんばかりだが、精神科医は一歩も引くことなく真正面から受けとめた。見詰め合う目と目。
 ふいに、それまでずっと断片的に室内を点描していたものが、その全貌を現出させた。真っ白い部屋。白い白い部屋。部屋の中には姿見ひとつ。部屋の中には人間ひとり。ひとりしかいない。白衣を着た精神科医がひとりだけ。精神科医はその全身をあまねく写し出す巨大な鏡の中の己を見つめていた。それこそ鼻先がぶつかるほどに。やがて我に返ると驚愕の表情で小刻みに顔の筋肉を震わせる。その眼球もまたせわしなく震えていた。
「ううっ……」
 そして慟哭。その声は精神科医自身のものか、それとも―――


「いや〜、おみごと! 迫真の演技でした」
 パイプ椅子に腰掛けてペットボトルを傾けている春日彰信のもとにぱちぱち手を叩きながら歩み寄ってきたのは御厨ひかるである。どんでん返しの連続で視聴者の心を掴んで離さないサイコサスペンスドラマ「CAN NOT」最終話の冒頭シーンを撮り終えたばかり。物語はいよいよクライマックスを迎えようとしていた。
「へっ、おまえばっかにオイシイとこ持ってかれるわけにはいかねえからな」
 そう軽口を叩いているが、春日の目の奥にはクランクイン時には見られなかった闘志のようなものが見え隠れしていた。
「ところで彼女、今日はやけに静かじゃねえか」
 ペットボトルに蓋をして沙織を顎で指す春日にひかるは外国人みたく大仰に肩をすくめてみせた。
「そうなんですよね。なんか読書に目覚めちゃったみたいで」
「ふ〜ん、読書ねえ」
 腑に落ちない様子の春日から離れ、沙織に歩み寄るひかる。
「順調ですか、お嬢さん」
「ひゃっ!」
 ひかるにポンっと肩を叩かれ驚いて飛び上がる沙織。見上げるとひかるが腕を頭の後ろに組んで微笑んでいる。
「どこまで読んだ?」
「えっとね、もうすぐ25章が終わるところ」
 いつものように進行状況を照会するひかるにそう答えた沙織は分厚いプリントの束を脇において小休止する。
 今朝しがた、ひかるから「1/10の悪夢」を読了したと聞き及び、一刻も早く自分も読み終えようとしていたらしい。今日なんて休み時間だろうが授業中だろうが小テストだろうがお構いなしに必死こいて読みまくっていたのである。その努力の甲斐あって残すところあとわずかというところまで辿りついていた。ひかるは明後日、飯方と会う約束をしている。当然目的はこのミステリー小説の謎解きであろう。ひかると飯方、ふたりの世界を阻止するためにも、少なくとも全部読み終えていなくては、またしても会話で置いてけぼりを食らうことは必定。そりゃあなた必死になろうってものである。
「でも、横書きの長文って見慣れてないから、なんだか読みづらくて」
「そうは言っても沙織ちゃん、これからはインターネットの時代だよ。こういうのには早く慣れておいたほうがいいって。それに、そのうち授業にも取り入れられるようになるかもしれないしね」
 そんなふたりの溜まり場にやり手秘書の雛形みたいな馬波熊子マネージャーがやってきて言う。
「沙織ちゃんはまだマシよ。だって印刷した文章よりパソコンで直接読む方がずっと大変なんだから」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよ。だってあのホームページのデザインってアンダーグラウンドを気取ってるんだかなんだか知らないけど、黒い背景に白い文字でしょ。こういう配色で長文読まされると結構目が疲れるのよねえ」
 馬波はトレードマークともいえる逆三角形の縁なし眼鏡を外して芝居っけたっぷりに目頭をもんだ。そういう仕草もなにやら絵になっている。さらに馬波がプリントの文字を示して付け加える。
「ほら、印刷した文字もやや薄めでしょ。これは白い文字で書かれているためにこんなふうに印刷されてしまうの」
「おー、なるほど」
 口をまあるく開いて感心する沙織だったが一方でこうも思う。
(そう言いつつ、ひかるも馬波さんもパソコンで読んでるんだよね。やっぱりひかるの言うように時代に遅れないようにしてるってことなのかな。っていうか、あたしだけ仲間はずれみたいでなんかヤダ!)
 被害妄想も甚だしい夏目沙織18イヤーズオールド、であった。


 うわっ。
 という間に約束の日がやってきた。
 どうにか「1/10の悪夢」を読破した沙織は、ひかるとともに飯方神経科医院を訪れていた。
 もういくつ寝るとお正月。世間はクリスマスムード一色である。時刻は午後5時になろうというところで、当然陽はとっぷりと暮れていた。
(結局、なにもわからなかった……)
 肩を45度ばかり落とした沙織と溌剌とした表情のひかるは実に好対照であった。
「やあやあ、御厨君に夏目君、いらっしゃ〜い」
 裸電球の灯る薄暗い玄関で飯方医師が両手を広げてふたりを歓迎した。
「ついに全部読み終わったようだね。で、なにかわかったかい?」
「はいっ。読み返すたびにイロイロ発見できて楽しかったです」
「伏線は全部回収しましたよってか。たいした自信だね」
「全部かどうかは怪しいですけど、おおよその謎は解いたつもりです。いやあ、それにしても驚きました。飯方先生もボクと同じようにしっかり作中に登場してましたからね」
「おっ、それ気づいちゃった? しかしまあ、扱い的には君のほうがずっとオイシイじゃないか」
「時間軸の伏線、って意味ですよね。でも先生はボクと違って名前だけの登場ばかりでなく、登場人物のひとりとしても紛れ込んでいたわけですから相当重要な役回りってことですよ。やっぱりそれだけ作者に近い存在ってことなんでしょうねえ」
「なんと、そこまでわかったんだ? や、こりゃ期待以上の成果かもな」
「そして誰もいなくなった……あの小説がヒントになりました。舞台設定をはじめとしていろんなところで類似してましたから」
 と、ここまではひかると飯方のふたりの会話である。沙織には1ミリも入り込む余地がなかった。早くも「あたしも謎解き合戦に参加しちゃうもんね大作戦」失敗の予感である。
「う〜〜〜っ」
 獰猛な野犬のように低い唸り声をあげる沙織。
(あたしなんてひとつもわからなかったんですけど)
(飯方さんの名前なんてどこにも出てこなかったし)
(しかも登場人物に紛れ込んでいたってどういうこと? もしかして【代理人助手】? 違う違う。たしかどこかの章で【代理人助手】全員の名前が書かれてたもん)
 ブーツを脱いだひかるがビニールのスリッパに足を通しながら上目遣いで飯方を見る。
「飯方先生は作者が誰かはわかっているけど【犯人】が誰かはわからない。作者イコール【犯人】であることまではわかっているにもかかわらず。だからそれをボクに解かせようと思った。違いますか?」
 飯方が一瞬頬を引きつらせるのをひかるは見逃さなかった。
 沙織は完全に理解不能に陥っていた。もうなにがなにやら、である。
「ふふふー、やっぱりねー」
 ひとり納得しているひかるが100万ドルの笑顔で宣言する。
「それじゃあ早速【犯人】とご対面、といきますか」


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