姉弟2



     第2話  アルバイト


 深夜のコンビニはやけに明るくて、葬式の最中に一人はしゃぐ無邪気な子供のように場違いでもある。寝静まった町にある光りといえば、等間隔に据えられたオレンジ色の街頭と明滅する信号機くらいのもので、その中にあって24時間眠らないこの空間に足を運ぶ人々は、行灯に群がる羽虫のようでもある。
「悪い。俺ちょっと寝るから、あと頼むわ」
 僕が出勤してきたのを見て、そう言ったのは雇われ店長の後藤陸男である。がっしりとした巨大な体躯にひょうきんな顔を乗っけた店長が、僕にエプロンを渡しながら言った。
「お客さん来ないと思って、二人でいちゃいちゃするんじゃないぞ」
「やだなあ、もう。あたしにだって相手選ぶ権利ありますよお」
 と、ころころ笑うのは同じバイトの檜山未散だ。
 一応僕のほうが年上なのだが、僕が彼女を『檜山さん』と呼ぶのに対し、彼女は僕を『武田』と呼び捨てにする。犬か何かを呼ぶような口調で『武田』である。別に不愉快ではないけれど、馴れ馴れしいのはあまり好きじゃない。
 もう一人バイトで佐久間鉄也という高校中退青年がいるのだが、ローテーションの関係で今日は来ていない。夜間の客は9時を過ぎるとめっきり減ってしまい、はっきり言って暇なのだが、そのかわり在庫の補充やレジの整理だの事務的な仕事が与えられる。

 いつの間にか外では雨が降り出している。
 これで客足もいよいよ途絶えるだろう。
「今日は一日、降ったり止んだりだね」
 未散が眠そうな目をしながら伝票を繰っている。計算間違いとかしなけりゃいいけど・・・
「武田、今日何してた?」
「別に何も・・・」
「ヒマな奴」
 僕は返品する雑誌を束ねる手を止めて、彼女に言った。
「また、テレビ見てんの」
 彼女はレジの下にある8インチのテレビを眺めている。結局そうやってサボったぶんは、全部僕のほうに回ってくるのだ。
「店長に言いつける?」
「そんなことしないよ」
「武田はいい奴だな」
 別にいい奴じゃない。ただ、悪者になるのが厭なだけだ。
「へえ、あいつ、無期懲役だって。なんか腹立つなあ」
「何が?」
「ほら、例の誘拐殺 人事件の最高裁の判決。幾ら反省の色があるからって、人を殺しといて死刑にならないってのはねえ」
 ニュースを見ているらしい。彼女が言うと何だか凄く軽薄に聞こえるのはなぜだろう。
「目には目をって訳か」
「厭な言い方するんだね」
「そうかな」
 あからさまに敵意をむき出しにして僕を睨みつける。
「親の気持ちとかさあ、考えると当然じゃないの」
 ここからは見えないが、おそらくテレビの画面には、被害者の両親が泣きながら判決に不満をぶちまけている記者会見の模様が写しだされていることだろう。
「だったら、死刑台に上がった犯人の足元の床を開けるボタン、自分で押せる?」
 彼女は一瞬怯えたように僕を見たが、次の瞬間には負けまいと一語一語突き刺すように言った。
「あんた、友達いないでしょう」
 僕は何も言い返す気がしなかった。店内が再び沈黙に支配された。彼女はテレビを見るのを止めて雑誌を捲り始めた。もちろんそれは店の商品である。僕はなるべく彼女を見ないようにして仕事を続けた。こんなに真面目に仕事をしていても、接客がうまいのは彼女のほうだ。「いらっしゃいませェ」と元気に声を上げるのも彼女だし、二人でレジを打っていても彼女のほうに客が集まる。


 
 間もなく日付が変わろうという時間になって一人の客が来た。赤い傘を畳みながら店に入ってきたのは姉だった。姉は何を買うつもりか、僕に話し掛けることもなく、店内を物色し、挙げ句『シャボン玉セット』を買った。
 僕が知らん振りをしてレジを打ち、525円です、と言うと、姉は唇だけで笑ってみせた。僕にとってそれは「よしよし、ちゃんと働いとるな」というニュアンスにもとれた。隣りで檜山未散が訝しげに首を傾げる。

「変な客」
 姉が出て行った後、未散がポツンと呟いた。
「こんな夜中に、女ひとりでシャボン玉?何なんだろね」
 どうやら彼女は、今の客が僕の知り合いだとは気付かなかったらしい。もっとも僕もわざわざ紹介するつもりはなかった。しかし、彼女は僕にニヤッと笑いかけて一言。
「今の女の人、武田に似てたよね?」


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