第6話 12月15日
バイト先のドラッグストアでレジに立っていると、黒いジャンパー姿で大きなマスクをした男がやってきた。 見るからにアヤシイ。もう露骨にあやしすぎる。まさか、強盗! こんなときに限って、店長は食事に出ていてあたしひとりきり。 お客さんもいないし、大ピンチ。 だけど、男は普通にマスクをレジに持ってきただけだった。 それにしてもマスクしてる人がマスクを買うなんてなんだかおかしい。 あれ? この人、もしかして── あたしは何気ないふうを装いながら、相手の顔を覗き見た。 「あっ、蟹江さん?」 すると、男はひどく狼狽し、やがて辺りに誰もいないのを確認しつつ、そろそろとマスクを外した。 「ひ、久しぶりですね、猿渡さん」 ひええ、ホンモノだ〜! 冷や汗が毛穴という毛穴からドッと吹きでる。 文字どおり今にも口から心臓が飛び出してきそうだ。 ここで大声でもあげたら娘さんみたく殺されちゃうのかな、なんて恐ろしい考えが頭をよぎる。 あたしはなるべく動揺を顔に表すまいと必死で平静を装ってはみたもののどうもうまくいかない。自分でもはっきりとわかるぎこちない笑み。痛いほどの沈黙。 でも、こういうシュチエーションでなんと言ったらよいものやら── ほんの数秒の睨み合いが数十分にも感じられた。 そして、ようやく口をついて出た言葉は実にマヌケなものだった。 「あの、ニュースでみました」 「ああ──」 「えっと、その、娘さんのこと──」 「なに、後悔なんかしてませんよ、私は。それよりも──」 いきなり狭いカウンターの中に入ってきて、ヌッと顔を近づけてくる蟹江さん。 蟹江さんの思いがけない行動に、あたし金縛りにあったみたいに動けない。 に、逃げなくちゃ。 本能的な恐怖心が全身を支配する。 「そんなことよりゴミ集積所はどうなってるんですか」 「あの、言ってる意味がよく──」 蟹江さんはひどく苛立っていた。 「だ〜か〜ら〜、ちゃんと住民の皆さんはルールとマナーを守ってゴミを捨ててるのかってことですよ。私ね、もう気になって気になって、夜も眠れないんですから」 「見に行ってないんですか、あれから」 あれから──そう、実の娘をゴミ同然に殺めてから。 「まさか!警察がうろちょろしてるところへのこのこ出ていけるもんですか。で、どうなんです。あそこの秩序はちゃんと保たれてるのですか」 この人はたかがゴミ捨て場に何をそんなに熱くなっているのだろう。まるで娘を殺した事実よりはるかに重大事のような口ぶりじゃないか。 「あの場所はね、私の城みたいなものなんだ」 「城って──あの、ゴミ捨て場がですか」 「そうだよ、悪いですか!あの場所は唯一私を必要としている場所なんだ。お願いです、猿渡さん。あの城を私の替わりに守ってやってくれませんか」 だいの大人が目に一杯涙を浮かべて、娘ほどの女に哀願している。そしてついには額を床にこすりつけて土下座までしている。 「頼むよ、猿渡さん。あなたしか頼める人がいないんだ!」 「いえ、そんな、困ったな。あ、でも、みんなでちゃんとやってますよ。蟹江さんの作り上げた秩序は今もちゃんと保たれていますから安心してください」 ウソをついた。 もうこれ以上、厄介ごとに巻き込まれたくなかった。 宥めすかして蟹江さんを首尾よく追い返せたら、すぐに警察に通報しよう。そんなことばかり考えていた。 だけど── わかってるんだ。 あたしがウソをついたホントの理由はそんなことじゃない。 ただ素直に蟹江さんが憐れに思えたからだ。 純粋に蟹江さんがかわいそうだと思ったからだ。 「あ、あんた、そこでなにやってる!」 店長が帰ってきた。 蟹江さんが逃げた。 「お、おい、今のは何だ、強盗か?」 店長のがなり声が耳をすり抜けていく。 結局、あたしは警察へは通報しなかった。 |
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