ごみじごく第7話




第7話 12月16日

 蟹江さんの城は酷いありさまだった。
 ゴミ捨て場がゴミそのものになっていた。
 清掃車の人も不法投棄されたものは回収していかないものだから、ゴミはどんどん溜まっていく一方だ。
 いつもふうふう汗を流しながら、ゴミ捨て場をほうきとちりとりで、きれいに片付けていた蟹江さんの姿が目に浮かぶ。
 かわいそうになあ。
 あんなに大事にしてたのに──
 でもあたしがかわいそうと思うのは言ってみればウソの感情であって、本気でそう思っているわけではない。
 なんだか矛盾してるな。
 昨日は逆のことを思っていたのに。
 自分の感情が自分自身把握できていない不安定なカンジ──
 いや、ちょっと待って。冷静になろう。
 そう、こっちこそがあたしの本当の気持ちなんだ。
 あんな人殺しに同情するなんてあたしもどうかしてる。
 だれがあんな酔狂オヤジに同情などするものか。
 そのときだ。
「今日は燃えるゴミの日ですよね」
 ふいに背後から声がかかった。
 あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──
 こ、この感覚は以前にも。
 油の切れたロボットのようにぎこちなく振り返るあたし。
「蟹江──さん──」
 あたしの背後には幽鬼のように立ち尽くす蟹江さんの姿があった。
 信じられぬものでも見たというふうに驚愕に目を見開き、その惨状と向き合っていた。
「あの、蟹江さん、あたしウソついたわけじゃないんですよ。今日は、そう、たまたま!たまたまちょっと散らかってるだけでいつもはこうじゃないんです」
 ああ、もうなんであたしが弁解してんだろ。
 蟹江さんはあたしの声など耳に入ってないかのように淡々と確認する。
「今日は燃えるゴミの日ですよね」
「あの、蟹江さん、どうしてここに?警察が来るかもしれないから来れないって昨日──」
「今日は燃えるゴミの日ですよね」
 バカみたいに繰り返すカニエさん。
「ええ、まあ、はい──」
「あなたが捨てたんですか?」
 と、壊れた冷蔵庫を指差す。怖くてアブナイ、ひどく苦渋に歪んだ顔。
「い、いえいえ、これは、あ、あたしじゃないです」
 首ももげよとばかりに全力で否定する。
 お願い、誰か来て!
 詰め寄る蟹江さん。
 後ずさるあたし。
「これは粗大ゴミじゃないか。これはここに捨ててはいけないものなんだ。そもそもリサイクル法を知らんのか。頭くるなあ。これ捨てたやつ探し出して警察に突き出してやる。猿渡さん、あなたもあなただ。どうしてここを守ろうとしない?ゴミはゴミらしく散らかっていろと?バカな!この場所は多くを語っているんだ。静かだが多くの教訓を示しているんだ。なぜそれがわからない?わかろうとしない?え、え、え、どうなんだ?これも、これも、これも、全部ダメ。持ち帰ってやり直し、分別のし直し!ゴミの分別も満足にできないやつが社会の中で生きていけるわけないんだ!」
 あたしの願いが通じたのか、いつも間にか近所のおばちゃんが数人集まってきた。
 遠巻きで奇異な視線を向けているおばちゃんたち。
 そこへいつもの青いゴミ収集車がやってきて、作業員たちが黙々とゴミ袋を車の中に放り込んでいく。
 作業員がゴミ袋をかき集めながら不平をもらす。
「ありゃ、これは持っていけないな」
「おい、こっちもだよ。ったくマナーがなってないよな、ここの連中は」
「まったくだ、なにしろ人間まで捨てちまうんだからな、こいつらは」
「いや、人間は燃えるゴミで正解だろう。人間死んだら燃やされるんだから」
「おい、そいつはいくらなんでも不謹慎だろ」
 ふと横を見ると蟹江さんの身体がぷるぷる震えていた。
 傍で見ていても蟹江さんのやるせない気持ちが痛いほどに伝わってくる。
 己の城をこうもあからさまに貶されて、こんな屈辱はないだろう。
「猿渡さん」
「は、はいっ」
 波をうったように急に落ちついた調子で蟹江さんが尋ねる。
「今日は燃えるゴミの日ですよね」
「はい」
 それは一瞬の出来事だった。
 あまりの速さに、
 あまりの非現実的光景に、
 誰も、
 誰一人動けなかった。
 あろうことか。
 こんなことがあろうことか。
 蟹江さんが自分からゴミ収集車に飛び込んでしまったのだ。
 ガガガガガガ・・・
 上半身を車の中に突っ込んだ蟹江さん。
 蟹江さんの腰が巨大なツメに砕かれる。
 ガガガガガガギギギギギギ・・・
 鈍い音が続く。
 さながら獰猛な肉食獣の如く喰らいつくゴミ収集車。
 ほどなく血の飛沫に塗れながらボトッと腰から下の半身が吐き出された。
 ああ、どうしたことだろう、これは。
 何も聞こえない。
 おばちゃんたちの悲鳴も、
 ゴミ収集車のエンジン音も、
 カラスの鳴き声も、
 何もかも──
 まるで、サイレント映画でも見ているかのように静かで優美な世界。
 やがて──

 ぷつん。

 あたしの中で何かがはじけた。


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