信じるとき

信じるとき


「俺を信じてくれ」
 ああ、なんて安直な台詞なの。
 人を信じることがどんなに困難か、どんなに勇気の要ることか、あなたはちっとも判ってない。
 超能力者でもないかぎり、他人の言うことが正しいか間違っているのかなんて判りっこない。
 なんの根拠もなく手放しで他人を信じることは容易いことではないというのに・・・


「俺が今までお前に嘘ついたことあるか?」
 ううん、それじゃ全然答えになってない。
 サイコロ5回振って全部1が出たとして、次も1が出るとは限らないじゃない。
 人の気持ちなんてサイコロと一緒。


 ねえ・・・
 今、コーヒー淹れてるところなの。
 あなたも飲むでしょ?
 目に見えるものだけが真実。
 それだけは安心して信じられる。
 心とか愛とか優しさとか、そんな目に見えないものや値段のつけられないものは絶対に信じない。
 3次元より2次元の美しさ、そしてその純粋さにアタシは魅かれている。
 フォトフレームの中。
 あなたがアタシに笑いかける。
 でも、これって本当に笑っているのかなあ?
 心の底から笑っているのかなあ?


 この3年間でアタシはあなたをたくさん知った。
 コーヒーはブラックで飲むこと。
 ブリジット・フォンダが好きなこと。
 眠るとき、明かりを消さないこと。
 嘘をつくとき鼻の頭をこすること。
 それでも、アタシは完全にあなたを知ることはできない。
 あなたが生き続け呼吸し続け笑い続けるかぎり、ずっとずっと知らないことは増えていく・・・
 いつまでも続く追いかけっこ。
 アタシ、もう耐えられない。耐えられなくなってしまったの。
 だから決めたの。
 あなたに・・・


「私たち、もう会わないほうがいいと思うの」
「勝手なこと言うなよ、俺はまだお前のこと・・・」
 やめて、もうやめて!
 そんな醜態をアタシの前に晒さないで。
 あなたにはきっともっとお似合いの・・・あなたに相応しい人がいるはずよ。
 だから、ねえ。そんな悲しそうな顔をしないで。
 でも、あなた、本当に悲しんでいるの?
 どうして鼻の頭に手をやるの?


 あなたの部屋の前。
 アタシはドアホンを押す。
 あなたがいることは分かっている。
 ずっと見てたわ、あなたのこと。あのビルの向こうから。
 あなたの電話、ずっと盗聴してたの、謝らなくちゃね。
 昔の彼女とのやりとりも全部聞いていた。
 でも、信じて。アタシを信じて。
 アタシは・・・アタシは・・・
 ドアが開く。
 見慣れたあなたの姿が現れる。
 そして、アタシはぺこりとお辞儀をして言う。
 「はじめまして」と・・・


 両手を差し込んだコートのポケット。
 右のポケットには使い捨てカメラ、左のポケットには果物ナイフを隠し持ち・・・
 これからあなたを閉じ込める。
 2次元の世界に閉じ込める。


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