「・・・誰?」
ドアを開けたあなたがアタシに尋ねる。
アタシは黙ってナイフを突きだす。
さっくりとくる手応え。
赤い飛沫がアタシの頬で弾ける。
まるで涙のように・・・
ううん、まるで、じゃないわ。
あなた、本当に泣いてるもの。
あなたは驚愕に見開いた目から大粒の涙を流している。
くしゃくしゃに顔を歪めて・・・
やがてあなたは崩れ落ちる。
右のポケットから取り出した使い捨てカメラをあなたに向けるアタシ。
きりきりと巻くフィルム。
シャッター、かしゃっ。
きりきりかしゃっ、きりきりかしゃっ、きりきりかしゃっ、きりきりかしゃっ・・・
あっという間にフィルム切れ。
玄関に倒れたあなたを中まで引きずりいれて、ドアを閉める。
鍵をかけて、チェーンをかけて。
初めて入るあなたの部屋・・・
・・・・・・えっ!
誰かいるの?
今、奥のほうから声がしたような・・・
アタシは汗ばんだ手をズボンにこすりつけ、血塗れの果物ナイフを握り直し、廊下を折れて居間に進む。
慎重に慎重に・・・
居間を覗いたアタシの目に飛び込んだ人。
それは外人さん。
あなたの大好きなブリジット・フォンダがテレビの画面に映ってる。
コタツの天板にはビデオのパッケージとリモコンと、そしてまだ湯気を上げているコーヒーカップ。
アタシは玄関に戻り、改めてあなたと向きあう。
あたしは言った。
「はじめまして」
あなたは尋ねる。
「・・・誰?」
つい先刻の短い会話。
思い出しただけでアタシの胸は悲しみに満たされる。
もしかしたらアタシのこと覚えていてくれるかもしれない。
そう、期待してたのに・・・
もう3年も前。
だけど、アタシにとってはつい昨日のことのよう。
当時高校3年のアタシ、あなたは大学生。
あなたはアタシの家庭教師だった。
とても親切で、とても優しくて、とても素敵な人。
あなたのその涼しげな瞳を間近で見るのも3年ぶり。
アタシが大学落ちてから一度も会いに来てくれなかったあなた。
いいの、責めてるワケじゃないの。
顔、あわせ辛かったのよね。
でも、アタシはゼンゼン気にしてなんていなかった。
大学なんて受かろうが落ちようがどうでも良かった。
そりゃあ、あなたと同じ大学に通えればこんなに幸せなことはない。
でもね、あなたさえいれば・・・あなたさえいればアタシはもう何もいらなかった、何も望まなかった。
だからこそ「はじめまして」なの。
初めからやり直すための「はじめまして」なの。
なのに・・・・・・
あれからずうっと見てました。
遠くからずっと。
この3年間、アタシがあなたの視界に入ることは一度だってなかったでしょう。
でも、アタシの目の前にはいつもあなたの姿があった。
そして、今も。
これからも・・・
永遠に・・・
永久に・・・
キャッ!
あ、あなた、生きてたの?
いきなり羽交い絞めにされて、首をぎゅっと絞められて、息が止まりそう。
やっぱり男の人は力が強い。
え、「おまえ、誰だ」ですって?
あなた、まだアタシのことがわからないの?
こっちを向いてちゃんと見てよ。
アタシは無我夢中だった。
左手のナイフが宙を裂き、なにかを掠める。
と同時に、アタシの首に絡んだ腕が解かれる。
振り返ると、あなたが両目を塞いで身悶えている。
その指の間からドクドクと流れる血の涙。
ああっ、もうあの涼しげな瞳を見ることはできないのね。
でも、ちゃあんとあなたの顔、写真の中に閉じ込めておいたから安心よ。
だから、あなたはもういいの。
もういらないの。
その苦痛に歪んだ醜悪な顔はアタシの思い出を汚すだけ。
アタシは、イタイイタイと喚き散らすあなたの身体に馬乗りになる。
両手にナイフを握りしめ、渾身の力を込めて振り下ろす。
「うるさいッ!」
あなたの喉にナイフの刀身が埋まるとあなたは本当に無口になる。
そして今度こそピクリとも動かなくなる。
フローリングの廊下に粘っこい赤い液体が広がっていく。
アタシの靴下も赤く汚れてしまった。
突然の銃声。
ブラウン管の中ではブリジット・フォンダが大活躍。
そしてアタシも大活躍。
コタツの上のビデオパッケージにもブリジット・フォンダの勇姿が。
ビデオのタイトルは「アサシン(暗・殺・者)」。
どうでもいいけど、ブリジット・フォンダ役の日本の声優さん、なんだか彼女のイメージに合ってない。
これなら、アタシが演ったほうがよっぽどマシ。
ねえ、あなたもそう思うでしょ?
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いつまで待っても、あなたは返事をしてくれそうもない。
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