壊れた瞬間

壊れた瞬間


Written by 蒼き巡礼者  

終わる事なく、いつまでも奏でられる戦いの円舞曲。
それは――自ら“絶望”と言う名のカタストロフィーを迎えた“人”と言う種。
全ては――戦いは――人類の誕生と同時にこの世に生み出された運命の共同体である。
生まれながらにして、その矛盾した欠陥プログラムを持つ人類は、神々にこう呼ばれた。
“イレギュラー”と、
そして、神々は一つの決断を下す。人は、愚息でしかない、これから生命を創造する上での枷でしかないと――
皮肉にも、殺しあうとゆう事で、サイクルに常に安定を保ち続けてきた人類にとって、その決断は余りにも重く、残酷なものだった。
それは――二つの事柄。
神々との次元の分離。双方の次元を分断することで、互いの干渉から逃れ、自由を手にする事を意味する。そしてもう一つは。本来、人の持つ力であった“光核”の光を奪い、辺境にへと立たす事だった。地に放り出された人々は神々の庇護から見離され、自分達で生きなければならないのだ。
人々は深く呪った。力を奪い、辺境に自分達を追いやった神々のことを、この世界と共に……。
月日は流れ、抑圧された力は知識へと変わった。培いと営みを続けながら。今まで、神の存在にしがみ付いていた種が初めて、自らもたらした最大の変革であっただろう。
生活水準が高まると、やがてそれは文明にへと昇華した。生きる意思と、神にへの怨恨が急速に人々の力を進化させたのだ。そして、文明は二つに分かれる。
“科学”と、“魔道学”。人の知識のみだけで生み出された力と、万物の全てから属性に合わし、行使する力である。根幹から違う相反する二つの文明のレベルは極度に達し、栄華を誇ったが、多岐亡羊。この言葉が双方に確執を生み、その間、一度も接触をもつ事は無かった。そして――更に月日は流れ、人々は神々を討ち取るため、復讐の代弁者である“神兵器”を生み出した。これが後に語り継がれる“聖戦”の始まりである。だが、この戦いは人々の悲痛な残響で幕を閉じる事となる。
それから――数千年後――
庇護を失った人々の世界は、強き者が生き、弱き者は死に絶えると言った、弱肉強食に染められていた。
力ある者はアブソリューティズムを掲げ、強制的に弱い者を配下に置く、他者を虐げるその行為はいつの時代も変わることは無く、全ての統制を取るために行われるそれは、独裁者が常に地位を我が物と確立させる為だけに繰り返してきたエゴ。唯一の欠陥として受け継がれてきた因子は、同種に殺し合いを続けさせ、神を忘れた人類は、狭い箱庭の中で戦争の規模を多大なものとした。
だが、一つの戦争を境に戦いは終わる。
人類史上最大、最悪の戦いと呼ばれた聖戦が再び始まったのだ。忘却の彼方にあった神々の存在が、突如、神のいる次元。分断されたはずの神都への扉、数千年の間、通常次元ではその存在すら明かさなかった特異点、“ゲート”が開かれ、そこからの精神干渉によって人々の記憶から蘇ったからだ。
幾度となく大戦と呼ばれる行為を続け、自らその数を減らし続けてきた人類は、この二回目の聖戦で二大文明と共に、そのほとんどが死滅する事になる。
それから――西暦4500年。再興の兆しを見せ始めた人類だが、依然、種の繁栄が高潮期に達する事はなかった。減少した同種の数は生き残った者達だけでは補える程のものではない。何億、何万、何千という数を100年や200年、遺伝子の交わりがもたらす新種繁栄はその程度の歳月では決して取り戻す事など出来ないのだ。しかも、既に地球のありとあらゆる資源を食い尽くしていた為、完全に生きる為の術を失い、ただ死に絶えていくだけであった。地球上にはもう、人間以外に生物と呼べる生物は存在しない。しかし、生きると言う人間の一番の願望がそうさせたのだろうか、これみよがしに、延命する運命とでもいうように、わずかに残存した二大文明の名残。遺跡と言う名の神のテリトリーにまで足を踏み入れさせたのは。
それは――
決して人が手にしてはならない物だったものなのかもしれない。そして、人は同じ時を繰り返す。浄化の時を――
あの2200年前の悲劇の様に……

『各義体の破損部の補完修正――完了、ディメンション・パッキンの解凍及び、人格エンコードプロテクト解除。オリジナルとの誤差0・03、支障は皆無。適応認識範囲の良好を確認、記憶素子の再構成を開始します』
「暗い――、ここはどこだ?……そうか、ここに隠れて浄化の時から免れたんだ…」
今ここには、全てをはばかる闇が在る。独り言をいっているのは澄んだ青い瞳を持ち、その顔立ちには、まだあどけなさが残る13か14歳ぐらいの少年だった。上下、白色の多い服に、銀色に淡く青みがかった髪を後ろでたれるように括っている。
「あれから――どのくらい経ったんだ?」
どうやら、目覚めたばかりのようだ。彼は自分がここに隠れ入ってからの時間の経過を全く知らなかった。自分の手首にはめている時計に目をやるが――
「2300:9・19、5時30分…、壊れているな、全然動いてないや」
止まっていた。日付の設定もそのままだ。
何か無いかと辺りを見回す。辺りといっても、この少年が一人入れるスペースぐらいしか無い。すると、彼から右側の方にディスプレイと、それを操作する為の機器が幾つかあった。
「これかな…?」
少年は見遣るなり、操作機器に手をやった。すると、ディスプレイに微かにだが、光が灯った。
「眩しい!」
両手で目を覆う。この微かな光でさえ痛かった。今の彼の目には。まるで、初めて日の光を浴びた様に――
「これじゃあモグラだな…」
最初の内は涙目で痛かったが、こすりながら我慢していると、光にも段々と目が慣れて来たようだ。
「現在の時刻と、日付を確認と」
少年は手際良くキーボードを叩いていった。
入力が終わって待っている間、疲れたのだろう。目頭を押さえて肩に掛かった髪を払っていた。だが――
機械の音がいつまでも鳴り、なかなか結果が出て来そうもない。旧式なのだろうか、それとも壊れているのだろうか、やけに遅い。いらつきながらただ、待つしか無かった。なんせ、こんな暗く狭い場所に長居はしたくなかったのもあるが。それに何よりも、暑苦しくて息が詰りそうだったからだ。その15分後、終了のブザーが鳴り、少年は安堵の息を吐いた。
「やっとか…」
いち早くディスプレイに視線を傾ける。
「4520:3・25、4時15分…・な、何だよ、まさかこれも壊れているのか?」
念の為もう一度入力をし直したが、結果は依然として変わらなかった。
「何で〜!?」
頭をかきながら困った仕草をすると、信じられないとゆわんばかりに顔を近づけ、真剣にディスプレイを見張る。もし、これが本当なら2200年もの間この琥珀の中に入っていた事になるからだ。
「少し、いじって見るか。調べた方が早そうだしな!」
切り替えてそうゆうと、ディスプレイの本体に内蔵されているデータチップを1つづつ念入りにくまなく調べた。しかし、破損個所はどこにも見当たらない。
「一体、どうゆうことだ!?」
何故こうなるのか少年には全く皆目見当がつかなかった。
「…仕方が無い、外に出るか…」
諦観すると、隔壁のロックの解除コードをキーボードに打ち込む。
「皆は無事かな?…」
表情が険しくなる。その時、少しづつだが隔壁が開き始めた。
錆び付いている所為か、隔壁の数箇所にわたり、金属が曲るような鈍い音を立てていた。
開いていく隔壁の隙間から少しずつ光が漏れるが、さっきのディスプレイの光で慣れているからもう眩しくはない。隔壁が全開し、少年の視界前方に微かだが、覚えのある景色が飛び込んできた。
「ここは…」
なぜか慌てて、周りを眺める。彼の目に入ったのは廃虚だった。天井が抜け落ちた跡が所々に残り、“何かが”ここで起こった事態の状況の悲惨さを物語っている。そこからは、今にも何かが落ちてきそうだ。しかし、考古学者が検証すれば、自然劣化での耐用年数の枯渇と分析がまず出るだろう。まばらに地面に転がっている破片の部分を見ても、何かの兵器で損傷した跡がある訳でもない。中には劣化が激しく、砕けて砂になっている物すらある。だが、少年には判っていた。
これが――人為的な破壊の跡であると。

「…ひどいな…」
しばらく歩くと、大理石で出来た円筒の柱が複数に立ち並ぶ場所へ出た。それほど広くはないが全体の建築構造が見る者に空間表象を与える。
「……!!こっ、これは!うっ…」
靴底に妙な感触を感じ、視線を下に向けると、少年は急に嘔吐に襲われた。乾いた地面に彼の混物の無い胃液が大量に滴り落ちる。
なぜなら、今。彼の目の前に映る世界は余りにも酷く、凄惨なものだったからだ。
「ハァ、ハァ――な、なんで…こんな…うう…」
胸が焼けそうな痛み。それは――
少年と同じ他の幾つものシェルターが岩盤に押し潰され、乗っていた人間の鮮血や肉片が壁や地面に飛び散った跡があまりにも生々しく残り、とても見れるものではなかった。血臭がする。まるで、この空間だけが“その時”のまま此処に刻み込まれているかのようだった……
「生き残ったのは僕…だけ……」
悲しそうな眼差しでその光景を哀れむかのように立ち尽くしていた。
「浄化の時が無ければ、こんな事には……こんな、こんなことって…」
今、この空間には静寂と少年の悲しみだけが漂っていた。そして、その悲しみが胸の奥。深淵に秘めた感情を呼び覚ます。今、確かにこの瞬間。少年の中で全てが憎悪に変わった。 だが、少年は笑っていた。
「ふふふふ…人なんて皆、馬鹿な生き物なんだ。とてつもなくね」
浄化の時と総称される最終兵器の発動と共に、この世界は滅びた。そして、一人残された少年は自ら感情を喪失させる。そうすれば、これからは何も悲しまなくても、何も苦しまなくてもいいと… 彼は人の形を“終局”させたのだ。永遠に……



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送