愚者の終わり

愚者の終わり


Written by 蒼き巡礼者  

「落ちる、落ちる、落ちる、落ちる……」
ひたすら繰り返されるその呟きが、四畳半の部屋を暗澹の空気に染め上げる。
「―――やはり、俺は落ちるのか…そうだよな〜テスト勉強があんなざまじゃ、落ちるよな〜落ちたら―――まあ、仕方ないか。これも運命だ…」
勉強不足の自分を嫌悪していると思いきや、彼は半ば希薄になっていた。
「進路か…」
仰向けで、蛍光燈が吊り下がる天井を見上げながら、彼は溜め息を吐いた。
名前は新城裕也と言う。歳は今年で23の青年だ。浪人に浪人を重ね、やっと、大学受験に漕ぎ着けた。だが、超一流と謳われる“SKTU大学”を受験した事に、裕也は少し後悔していた。そこを卒業すれば、一流企業へ就職できると言う大義名分で親に資金援助を受けたものの、やはり、自分が鳥滸がましかったと、今になって思えてきたのだ。受験当日、裕也はこれみよがしに十分勉強したと、これで全てのテストが満点なのだと、嘲笑で、それをアホみたいに自負して、超が付く程の一流で名高い校門に足を踏み入れた。
しかし―――現実は甘くなかった。到底、彼の脳みそでは理解は出来ないだろうと言わんばかりの難解な問題が羅列した答案用紙が、視界に入った途端、驚愕同時に、彼の脳内は混乱で爆死した。その後の教科も、もはや―――語るまい、の状態だった。唯一、満足に書けたと言えば、国語とセットになっていた作文だけだ。
「これから先、どうすれば…」
更に溜め息を吐くと、突然、電話が鳴った。精神的なストレスがあると、それはかなり頭に響く。四畳半の部屋の脇に、中規模でスペースを確保する小さな本棚、そこに鎮座するそれは、まぎれもなく“旧式”だった。ベルの喧燥がもの凄く耳障りだ。そもそも、携帯か、コードレスが普及しているこの時代に、ダイヤル式電話とは、何とも時代錯誤である。
「あーーーうるさいな!」
そう言っても、買い換えないのが裕也の性格だった。使える者は最後まで無駄無く使う。それが彼のポリシーでもあり、誇りであった。だが、それは生活を維持する上で、守らなければならない最低限の範囲でもある。そう、彼は、新城裕也は――俗に言う貧乏学生だった。金が無いのだ。身に付けている服も質素極まりない。一日に食べる食事も、朝と夜の二回だけ。しかも、その食事はパンと牛乳。
「それではいつかは死ぬだろう」と、誰もが思うような食生活を日々送っていても死なないのが…彼、新城裕也なのだ。
「出ます、出ます、だからベル止め」
気怠そうに起き上がり、無理なことを電話に言うと、裕也は受話器を取った。すると、受話器の向こうから、どこかで聞いたような中年男の声が聞こえた。
『新城裕也さんですね?』
「はい、そうですけど」
『わたくし、SKTU大学で学長の補佐をしております、瀬海守蔵と申します』
まるで、どこかから取って付けたような訳の判らん名前に、裕也は顔の見えない相手に、訝しげに半眼をした。
(絶対に怪しい…て、言うか怪しすぎるだろ……)
しかし、自分の受けた大学と出されたので、その疑念は払拭された。聞いた事があると思ったのは、校内放送で流れるアナウンスの声とそっくりだったからだ。しかし、なぜ、あのSKTU大学が直接一個人にかけてきたのか?裕也は皆目検討もつかなかった。
『一ヶ月前、あなたはこの大学に受験をしましたよね?』
「は、はあ…」
いきなりの質問、しかも、なぜそんな事を聞くのか意図が不明だったが、裕也は取りあえず生返事をした。
『最後の科目で国語があったでしょ』
「はい」
『その中の作文で、題材は将来なりたいもの。でした』
「ええ」
最後の科目である国語のテストで、裕也は作文を書いた。その題材が先の言葉の通り、将来なりたいもの。彼が唯一、テストで満足に答案を埋めたものだ。だが、別に特別な感慨をもって書いた訳ではない。(なんて馬鹿馬鹿しい題材だ。小学生と同レベルじゃねーか)と、思いながら鉛筆を動かしていた。
『答案の採点をしていた時、偶然、あなたの作文を学長が拝見されまして〜これは素晴らしい!ぜひ、これを書いた者を推薦入学させたいと、驚嘆されましてね〜』
「え!?」
『――早速で悪いのですが、大学の方まで御足労願えませんか?』
「……」
学長補佐のその言葉に、裕也は硬直した。
『あの〜聞いてます?』
「…は、はい!聞いていますとも!是非、お願い致します!!」
『ありがとうございます。では、お待ちしております』
用件を終えて、相手は電話を切った。そして――裕也は…
「やったぜーーー!!きゃっほーーーーい!!」
突然の僥倖に狂喜していた。狭い四畳半の部屋で、ひたすら跳ねたり、転がったり、雄叫びを上げたりと、とにかく、端から見れば馬鹿なことをしている。
「俺が認められたんだ!あの超一流と謳われる、SKTU大学に!!」
高揚する精神で、裕也は支度に取り掛かった。
「作文だけで、推薦してもらうなんてな〜俺って案外文才があるのかも――ん!いや、ちょっと待てよ、俺ってそんな凄い文章を書いたかな〜?それに…なんでお礼なんか言ってんだ?普通は俺が言うんだけど…」
しばし、眉間にしわを寄せて考える。だが、もう一ヶ月前のことだ。裕也の脳はいちいちそんなことを憶えている程のcapacityは無い。
「ま、いっか、行くぞ〜SKTU大学に!!」

「俺はこれから――この大学の門をくぐるんだ!生徒として。さらばだ…浪人生活」
校門の前で、空を見上げながら、裕也は昔を回想し、別れを告げた。
「よし、行くか!」
そして裕也は門をくぐった。この一歩が、悪夢であるという事も知らずに…
「新城裕也様ですね?」
裕也は校舎に入るなり、黒いスーツに、サングラスといった長身の男達が複数立っているのに気付いた。そして、その中の一人が名前を尋ねてきた。
「そ、そうですけど…」
「お待ちしておりました」
まるで、厳重な警戒で配備されたかのように、そのシークレットサービスのような男達は仁王立ちをしていた。裕也は一瞬、ここが秘密結社か、何かのやばい組織だと錯覚してしまった。
「学長がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
手招きでこっちに来るように促され、裕也は男の後ろを付いて歩いた。
「ここです。お入り下さい」
男が言った“ここ”とは、学長室だった。金細工で装飾を施されたドアからは、妙に厳格な雰囲気が漂っている。
「失礼します…」
緊張した面持ちで裕也は部屋に入った。やはり、お決りだと言うように、部屋には高級な回転椅子と、演台のような机が置かれていた。
その隣には、学長補佐と思われる人物、瀬海守蔵が人形のように微動もせずに立っている。
「君が新城裕也君?」
反対方向を向く椅子から、女性の声がした。しかも、歳を取った高年のものではない、明らかに少女の声だった。
「え!?学長って…」
「そう、私がこのSKTU大学の学長こと、羽琉鷲野媛よ!」
椅子が回転し、いかにも、お嬢様だと言わんばかりの格好をした少女の姿がこの視界には居た。歳はどう見ても16か、17だ。裕也は(又かよ…その系統の名前…)と思った。
「あ、あのぅ〜失礼ですが…学長って…もっと年配の人がやっているんじゃないんですか?」
「固定概念、偏見、そして、アナクロ」
裕也に指を刺すと、羽琉鷲野媛は半眼で言った。
「え!?どういう事…」
「前に、学長をしていた私の祖父、羽琉鷲野日夏は二ヶ月前に脳梗塞で死んだの。ありゃ、もう歳ね」
「だからって、どうして君が学長なの?」
「それはね…私が孫娘だからよ!!」
羽琉鷲野媛は机に足を乗り出すと、抑揚をつけた口調でそう答えた。
「そうでございます」
彼女に続いて瀬海守蔵も言う。
(……訳がわからん……)
裕也は不安を覚えたが、推薦してくれたのは事実、その少女なので礼を言った。
「推薦してくれて、ありがとう……」
「気にしなくていいよ。君の文章に、私は感動させられたんだから」
裕也は家で感じた疑問をその言葉で思い出した。
「それなんだけど、文章のどこが良かったの?」
「最後の行でね。平凡で終わりたくない。どうせ生きるなら僕は、人生を誰かのために活かしたいって、私はそこに感嘆したんだな〜」
妙な笑顔だ。と、言うより、嘲笑だ。
「それで、俺を…」
「そ。君、この大学の名前、SKTUの意味判る?」
「ええと、確か〜学校案内のパンフレットに書いていたな…S=生徒は、K=清く、T=正しく、U=美しく」
「そう、月並みだけど、それがこの大学の名前なの。表向きにはね…」
羽琉鷲野媛は、また嘲笑をした。
「表向きには?」
「その実態は…S=全ての、K=国家は、T=正しく、U=羽琉鷲野媛のために。の略よ」
「は?」
全く違う解釈に、裕也は生返事を返した。あまりにも内容が逸脱しすぎている。
「そして、あなたはこれから、私の世界征服のために働く工作員500001号として、親衛部隊に所属してもらうわ」
「―――わ、分け判らんこと言うな!!俺はただの生徒なんだぞ、真面目に学生生活を送りたいだけなんだ。そして青春するんだ!!」
「あ〜ら、誰がそんなことをさせてあげるって言ったのかしら〜推薦するとはいったけど、学業をさせるとは、一言も言ってないわよ〜」
「左様でございます」
横で瀬海守蔵も一言。
「きたねーぞ!!」
「凡人は嫌なんでしょ〜人の役に立ちたいんでしょ〜なら、私の部隊に従事しなさい。世界は全て妖艶な私のためにあるの」
「自分を神格化するな!何様のつもりだてめーは!!俺は帰る!!」
タタターーー!!
裕也が怒鳴ると、連続的に後ろから何かが飛んだ。前の壁に小さな穴が数個開くと同時に、硝煙の匂いする。
「あ…ああ……」
振り向いた途端、裕也は言葉を失った。そこには、ガトリングや、その他の兵器で装備をしたミリタリールックの連中がドアを固めていた。
「逃げられないわよ、新城裕也君〜」
「な、なんで…こんな……」
この後、彼はテレビで行方不明だと報道された。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送