探偵の非日常な日常

探偵の非日常な日常


Written by 仮面の男  

探偵、この言葉を聞いて皆さんはどんな印象を受けますか。

名探偵、推理、ハードボイルド、探偵の仕事を肌で感じた事のない人にはこれらのキーワードがすっと浮かんで来ることでしょう。

勿論、探偵というのは華々しい仕事ではありません。

公的機関でカバーしきれない犯 罪についての調査……例えばストーカーの追跡や、犯 罪に至る前の脅迫や悪戯を暴く。

そのような軽犯 罪とはいえ犯 罪に関わるようなケースもあまりなく、大概は私的調査で訪れる客が主だそうです。

身元調査、行方人調査、そして素行調査……これはほとんど伴侶の浮気を暴いてくれというのが実情です。

特に最後の素行調査……これが探偵にとって重要な生命線になっているそうです。

誰かが浮気することによって生活が成り立っている、故に医者などと同じで儲かっているからといって、あまり言いふらしてはならないのかもしれません。

仕事の成功は大抵一組の夫婦の、いや一つの家庭の終局に他ならないからです。

今回紹介するお話は、素行調査としては少し変わったケースなのですが……。



テーブル越しに、探偵と依頼人が真剣な顔をして向きあっている。

依頼人は躊躇気味、探偵は相手の様子をじっと観察している。

例えば着ている服の色はグリーンだとか、バッグは高級品だとか、指輪をしているからおそらく既婚者だろうとか、年は二十代後半くらいだな、などなど。

しかしそんな事は、あまり今回の話には関係ない。

「それで、樹月探偵事務所にどのような御用でしょうか」

探偵、同じく二十代後半くらいだろうか、樹月と名乗る男は至って事務的に話を切り出した。もっとも笑顔でとか、社交的でとか、そんな話の切り出し方をされても困るだろう。

「あの、実は……ちょっと変わった話なんですが」

女性の方は俯きながら言う。ちなみに自己申告では、後藤芽衣子と名乗っている。

「変わった話と言いますと?」

「実は……夫のアリバイを崩して欲しいんです」

「はあ、アリバイ……ですか?」

芽衣子の突拍子もない依頼に、樹月は力なく返事する。

「そう言われましても、こちらとしてはどう答えていいか……具体的にどういった話なんですか?」

「ああ、いきなりこんな事を言われても困りますよね」

目の前の女性は少し苦笑いしながら、詳しく経緯を説明した。それはざっとして、このようなものだった。

後藤芽衣子の夫、名前を平一と言うのだが、彼が最近浮気をしているようなのだ。最近、夜の生活がすっかりご無沙汰になった上に、結婚当初の気配りなどが薄らいで来たように芽衣子には感じられていた。

元々夜の事については淡白だったのだが、全くというのは結婚二年目にしてはおかしい事だった。それに理由が曖昧な外泊が、ここ半年でぐっと増えた。

しかも決定的だったのが、あるホテルの名前が書かれたマッチ。勿論、芽衣子には全く心当たりがない。それで夫の浮気は決定的になった……と思われた。

それで芽衣子は、平一の帰りが遅い時はいつも持たせてあった携帯に電話を掛ける事にした。上手く浮気相手が電話を取りでもしたら、怒鳴り付けてやろうと思っていたのだ。

しかし、二ヶ月ほど続けているが、そんな兆候が全くないのだ。電話を掛けてみても、同僚と酒を飲んだり麻雀をしていたり、或いは仲の良い友人の家に泊まっていたり……つまり女の影が全くなかったのだ。

しかし芽衣子の勘は、平一が浮気している事を如実に語っていた。それで混乱した彼女は、一度探偵に調査を依頼する為に、この樹月探偵事務所までやって来たということだった。

「で、具体的にはどのような事をすればよいのですか?」

「そうですね……やっぱり、平一の様子を調べて欲しいんです。一日中つきっきりでいれば、アリバイの謎がとけるかもしれませんし」

結局は、普通の素行調査と同じだというわけだ……樹月は心の中でそう呟いた。

「わかりました。それで主人の勤め先の住所などは……」

こうしてごく何の変哲もない素行調査が始まった。

そしてあくる日の朝……樹月は後藤平一が勤めるという会社の前まで来ていた。全階ミラーウインドウ張りの、二十階を超える真新しいビル。これ全てが一つの会社の持ち物なのだから、それなりに大きい会社という事になる。

確か後藤芽衣子の話では、大手クレジットカードメーカーの一つだった筈だ。樹月は道路の反対車線側で、さりげなく標的が姿を現わすのを待っていた。

それなら退社時間間際に来ればいいじゃないか……などと思ったあなた。大甘である。浮気というのはアフターファイブに限った事ではなく、仕事の合間に……などという不埒な輩も存在する。今回もアフターファイブに不審な点が見受けられないので、この事を樹月は疑っていたのだ。

しかし今日は、一度もビルから出て来る事もなかった。そして六時前、後藤平一は同僚の数人と会社から出て来る。その中心で明るく振る舞っている好青年……それが彼だった。

最近流行りの中性系という奴だろうか、なかなかのハンサムだ。顔がいいから女もわんさか寄って来るのだろう。中には彼の食指が動くような女性もいたかもしれない。典型的なパターンだな、と思った。

そうして後を尾ける事十数分、一件の酒屋の暖簾をくぐる。サラリーマンにありがちな、親睦会という奴だ。酒を飲んで愚痴を語り合って、そんなうんざりする光景が展開される事だろう。

理性優先主義である樹月には、そのような愚行が耐えられなかった。もっと建設的なストレス解消はないのだろうか……油断なく入口を見張りながら、予備の脳回路でそんな事を考える。

待つ事三時間……しかしネオンライトと人々の喧騒で満たされた巨大都市は、闇を打ち消し、夜という異形の空間を退けて、今なお活気に満ちていた。と、その時丁度後藤平一が、後輩であろう男性と共に店を出る。

先に店を出たのだな……そう思い、樹月は一応、平一の後を追跡する。だが、今日の努力は無駄になりそうだなと、心では考えていた。

光瞬く歓楽街を抜け、次第に辺りは混沌の闇へと満ちて行く。怪しげな雰囲気が辺りを包み、濃密な違和感が樹月の頭をよぎる。そして……。

次の日、樹月の写真を見た後藤芽衣子が、悔しさと怒りで体を震わせていた。いざ浮気を覚悟していた女性も、実際に証拠を目の前に突き付けられると、改めて悔しいものだ。

それは仮初めであれ、愛によって心を結ばれたであろう男性の裏切りは、女性のプライドの崩壊に他ならないからだと樹月は思っている。

「これ、本当なんですか?」

「ええ、残念ですが……まあ、貴方はまだ若いんですから、次の人生もありますよ」

樹月の慰めにも、芽衣子は何も語れなかった。ただ絶句のみ。その強い衝撃からか、彼女は謝辞すら述べずにふらふらと事務所を後にして行った。残されたのはひどい脱力感と、芽衣子が忘れて行った一枚の写真のみ。

そこにはちっぽけなアリバイの正体と、浮気の決定的な証拠が写っていた。

後藤平一と後輩の男性が、手を固く握り締めてホテルに入って行く……その姿が。



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