終わりの日

終わりの日


Written by モリス  

「ピンポンパンポーン。全館放送です。」
 聞きなれた、川村女史の声が館内に響き渡った。
「緊急連絡事項発生。社員全員2階の会議室に集合してください。」
 現在の時刻はまだ、9時ちょい過ぎ。
 この時刻に、この会社の人が全員いるわけがないが、不運にも、会社に来ていた面々は、みんな、ため息をついた。
「今度はなんだ。」

 案の定、会議室に集まったのは、総勢10名のうち6名だった。
 武田社長は、その特徴的なギョロ目をさらにギョロギョロさせながら、一同を見渡し、バリトンの少しばかりいい声をとどろかせた。
「見慣れた面子だな。川村君、後の連中には連絡ついた?」
「はい。牟田君がちょっと、連絡がつかないのですが…」
「うん、あいつか。あいつは、遅刻の常習だ。ほっといても、そのうち来るだろう。あと今日休む者については、どうだ。」
「それは、大丈夫です。中森君が有休を取ってましたが、とりあえず、今日は絶対出勤するように言って、承諾を採りました。全員、1時間程で揃うとは思います。」
「うーん。そうか。じゃあ、発表は揃ってからにしよう。」
武田社長は、座ったまま、相変わらず目だけをギョロギョロさせながら、一瞬の沈黙の後話を続けた。
「とりあえず、みんな許可が出るまで外出を禁じる。営業もしかり。クライアントにはその旨連絡して、謝っとけ。ふぅうぅーつかれた。」
 疲れた武田社長の後をすばやく引き継いで、川村女史が続けた。
「じゃあ、解散。みんな仕事に戻って!」
 この連係プレイ、いつもながらに見事なもんだ。
 噂では、こうした会議のために台本が作られ、2人の間できちっと本読みまで行っていると、まことしやかに囁かれていた。

 バラバラと会議室を出ていく面々。
 まだ、入社したての新谷さんが、誰もが思っていながら、もうすでに答えを求めることをあきらめている質問を口に出した。
「何だったんだでしょうね?」
「よくわかんない集合でしたよね?」
「みんなが来るまで、オアヅケだなんて、意味深ですよね?」
 新谷さんは、周りをくるくる見渡しながら、誰か答えてくれる人を探しているようだった。新人の質問攻勢を、入社3年目の宮川さんが
「ま、新企画だよ。毎度のことだろ。」
 と、切り捨てた。うんうん、とうなずく人、数名。
 そんな答えじゃ、まだまだ物足りないという顔の新谷さんに、5年目の後藤さんが答えた。
「前回は「武田純二の半世紀」プロジェクトの発表だったでしょ。あの時も、もったいぶってたでしょう。あれの続編じゃないかな。あれ?あたし、こないだは、免れたんだっけ?ってことは、あれ?、第2弾だったら絶対回ってくるじゃん。ヤバイよ。キュウキュウだよ。やってらんないよー。」
 後藤さんは、新谷さんに話しているうちに、自分の危機に気づき、最終的には独り言を叫んでいた。
 最年長8年目の矢崎さんは、発表の内容を冷静に分析していた。
 また、武田さんが良からぬ企画を発表するのだろう。
 それは確かだとして、発表を延ばしたと言うことは、メインになる人がまだ、出社してなかったからだろう。とすると、メインは牟田か…。なら、反りのあわない俺は関係無いな。さしずめ餌食は新人か…。
しかし、矢崎さんはこの予想を口には出さなかった。

 毎日定時に出社している比較的まじめな2年目仁科さんと4年目依田さんも当然のことながらこの集合を大変迷惑に思っていた。
「なんかさ、急に中断させられると、再開するのに時間かかりますよね。」
「そーだよ、そーだよ。ソースだよ。さっきね、神様が降りてきて、それじゃあ、答えを教えてあげようかって、言う所まで言ってたんだよ。それなのにさー。一からやり直しだよ。あーしんどぉー。」
「あれれえれ、依田さん、久々にだれてますねー。」
「そーよ、そーよ、そよ風よ。ご名答。今回のは内容がムズすぎなのよ。こりゃ-苦戦するね。とりあえず、タバコ部屋で、資料読んでるから、なんかあったら呼んでくれる?」
「了解。」
 タバコ部屋に消える依田さんを見送って、比較的順調に仕事が進んでいる仁科さんは首をかしげた。依田さん、また、変になってる、大丈夫かな。

 依田さんのタバコ部屋での読みこみが波に乗り、2度目のトランス状態に突入し、ようやく論文の核心に近づいたところで、またもや、ベルが鳴り響いた。
「ピンポンパンポーン!全館放送です。」
 ああ、またか、今、たった今わかりかけてたのに。
 ひらめきそうだったのに。
 入社4年目の依田さんは、地団駄を踏んだ。
「ああ!神様行かないで〜!」

 今度は、全員集まった。
 全員集まると、この会議室はなんか狭まい気がするな、新人の新谷さんは思った。
 依田さん、また、神様と話しそこなったみたいだけど大丈夫かな、と仁科さんは思った。
 ああ、たまに早く来ても、これだからな、うっと-しいぜ。まったく、と3年目の宮川さんは思った。
 神様、また来てくれるかな、と4年目の依田さんは思った。
 次ぎの企画は絶対やりたくない、どうか指名されませんように、と5年目の後藤さんは思った。
 っつーか、まだ寝みーよ、と6年目の牟田さんは思った。
 旅行がキャンセルになって、家族全員怒ってるよ、どーしてくれんだよ、と7年目の中森さんは思った。
 ああ、宮川の奴、イライラが顔に出てるよ、馬鹿だなー、と8年目の矢崎さんは思った。

 それぞれの思惑が交錯する中、武田社長は重々しく口を開いた。
 隣には、川村女史がぴったり寄り添っている。
「突然だけど、今日、倒産した。もう、仕事しなくていいぞ。」
 そして、つかさず、川村女史が引き継ぐ、
「今日までの給料は、日割りで出してるので、帰り支度が出来た人は経理によって、受けとって帰ってください。」

 会議室にいる全員が思った。
――なんてこった。
 


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送