一人暮らし

一人暮らし


Written by 西風  

 座布団の上で丸まっていたニャンゴローが、眠いのか、それとも面倒くさいだけなのか、外から帰ってきた私の出迎えをわずかに首をもたげただけで済ませた。ご主人様の帰りだというのに、ニャアの一鳴きもしないとは不届きな奴とは思ったが、私のほうは律儀に、ただいま、ニャンゴロー、と声をかけた。
 だがやっぱり応答はなし。
 一人暮らしのわびしさに、ついペットなど飼ってはみたものの、こうも愛想がなくては返ってわびしさも募るというものだ。
 コートを脱いでハンガーにかけ、リモコンを二つ手に取り、ヒーターとテレビのスイッチを入れる。ヒーターの温風が体を包み、私はブルッと一度身震いし、自分の体がいかに冷え切っていたかを知った。
 テレビからは(もはやアンティークといっていいブラウン管のガラクタだが)、二十世紀終わりの街角の喧騒を伝えるリポーターの声が聞こえてくる。
『二十一世紀の始まる瞬間を共に過ごそうという人で街は・・・』
 新年を一緒に迎える相手がいる人間は幸せだ。私はこれからたった一人(と一匹)で長い夜を過ごさなければいけないというのに。
 こんな時は寂しさを紛らわすのに酒の力に頼るのも悪くない。戸棚から、取って置きのブランデーを取り出した。
 ブランデーはホットでも、またロックで飲んでも旨いが、今日のような寒い日は逆に後者に限る。コタツで手足をぬくぬくと温めながら、ちびちびとやる。最高だ。コタツは人類が生み出した、最高の暖房器具だと思う。
『二十世紀よ、さようなら、いよいよ二十一世紀のカウントダウンが・・・』
 コタツから首だけを覗かせて、グラスの端を舐め、テレビの画面を見るともなしに眺める。人々は新世紀の来訪を心から祝っているようだった。
 人々の乾杯の音頭に合わせ、小さく呟いてみる。
 ハッピィ、ニュー、イヤー・・・。
 気がつくと、いつの間にかグラスの中の氷が溶けてなくなっていた。今さらぬるい酒を飲む気もない。冷凍庫から氷を出そうとして立ち上がり、よろめいて、何かにつまずいた。
 ニャンゴローだった。
 ニャンゴローはニャンとも、ワンとも鳴かなかった。触れると、まるで自分を氷の代わりにグラスの中に入れてくれよとでも言うかのように冷たく、ぴくりとも動かなかった。
「ニャンゴロー・・・」
 普段から愛想がないものだから、元気がないことにも気づかなかった。
 どうして・・・。どうして、こんな時に・・・。
 私は冷蔵庫の上の小物入れをまさぐった。電池のストックが切れていた。
 『街』まで出かければ電池の一個や二個ぐらいすぐに見つかるだろう。
 だが今日『街』から戻ってきたばかりで、そうするのはひどく気が重い。外は寒い。凍えるくらいに寒い。
 窓辺に寄って、カーテンをゆっくりと開ける。
 私はそこから見える風景が大嫌いだった。
 地平線まで続く、荒寥とした大地。そこに立つ、限りない数の墓標。
 今それが、夕陽に照らされ、私をいざなうかのように長く影を伸ばしていた。
『今、希望の世紀が始まりました!』
 画面の中のレポーターが叫び、人々は歓喜の涙を流して抱き合っていた。
 私にもいつか、新年の訪れを共に喜ぶ人が現れるのだろうか。いつか・・・。
 薄紫に焼けた空に浮かぶ黄金の月を眺めた。
 私はリモコンに手を伸ばし、再生停止のボタンを押した。

                          了

 


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