ある二人の『終局』

ある二人の『終局』


Written by Q  

 ここに二人の老夫婦がいる。
 彼らは狭く、ほこりくさい小部屋でせんべい布団に挟まれながらある時を待っている。
 枕元には小瓶が1つ闇夜に溶け込むようにぼんやりと転がっている。
 からからと小瓶を叩く無機質な音、それを聞きながら婦人はゆっくりと口を開いた。
「今まで、ありがとうございました」
 よく見えないが、夫はその目に光るものを見つけた。
「…済まなかったな、今までお前には苦労を掛けすぎた」
「そんなことはありません、私はあなたを愛していた、だからあなたに従い、あなたのために尽くしました、だから苦労なんて」
 涙に震えるその声に、心臓を握られたような感覚がして、その優しさを求めて伸ばした手は全て暗闇の中で空を切った。
 夫は差しだした手を握りしめ、悔しさをかみ殺した。
 長く住み着いた家、初めて自分の住処を手にしてから40年、昔の名残など一切残っていない。車が通るたびにきしむ大黒柱におびえながらただ待つことしかできない自分に無性に腹が立って、夫は口の中を噛みしめた。
 妻に苦労を掛けすぎた。こんな事になるのなら温泉旅行にでも連れて行ってやれば良かった、雀の涙のような年金を惜しんで妻の慰安なんて考えていなかった自分が憎くてならない。そんな後悔の念ばかりが夫を苦しめる。
 彼女は文字通り良妻賢母として夫を支えていた。
 夫がどんなに罵詈雑言を浴びせかけようと、それをしっかりと受け止め、嫌な顔一つせずに温かい食事を差しだし、その凝り固まった肩を解きほぐした。
 夫にはその優しさが鬱陶しくてならなかった。彼はかつて選り好みできるほど女に好かれ、妻はその中で選んだやりやすい女でしかなかった。彼は優しさに飽食していたのだ。
 だから今この瞬間まで彼女の大切さに気が付かなかった。
 もうすぐ尽きるであろうこの命の灯火を見つめるまでは。
 夫は何度も自分を戒めた、だが、自分の拳ではあまりにも貧弱すぎる。こんな時まで自分に甘い自身に夫は吐き気がするくらいの嫌悪感を覚えた。
「もう止めてください」
 妻の懇願する声に自分を殴り続けていた手を止め、奥の妻の顔を見つけようとした。
 妻の華奢な、かさかさの手が伸び、夫の目元に触れた。彼は自分では届かなかったこの距離が、妻にしてみればたいした距離ではなかったことにまた無力さを感じた。
 瞼に残る妻の暖かさを噛みしめながら、枕元に転がる薬瓶に手を伸ばす。
 消えるときは、せめて安らかに、穏やかに…。
妻の手を握りしめ、その手に幾粒もの錠剤を手渡した。
 妻の手が闇に沈んでいく。その寂しさを紛らわすような大声で夫は妻に呼びかけた。
「いくときは一緒だ」
 少しの間の後、はい、と答えが返ってくる。
 ああ、なぜこんな事になってしまったんだろう、誰の責任ではないことは分かっている。だが、犯人がいるならぶん殴って妻の前で跪かせてやりたい。
 …だがそんなことをしても妻はきっとこういうだろう。
「止めてください、きっとあなたにもどうしようもなかったことなのですから」

 コンクリートを打ち抜く轟音が住宅街に響く。
 重機が行き交い、あたりの家屋にびりびりとその振動を伝えた。
 機械のスイッチを切り、一人の若い男が溜め息を吐く。
「結局現れませんでしたね」
 年輩の男は鼻で笑って腐抜けたその男のヘルメットをこづいた。
「あたりまえだろ!そんなもんがいるんだったらご先祖様達ゃあみんな死んじまってるっつんだよ」
 若い男は口をとんがらせてまたコンクリートを壊し始めた。
「しっかし昔の人はほんとに馬鹿なことを考えますよね、恐怖の大王がこの世を破滅に導く〜だなんて」
「ああ、結局昨日がその日だったわけだが何にもなかったしな、だがな知ってるか?」
「なんですか?」
「その大魔王ってのは核兵器だって言われてたのを本気にした馬鹿な富豪どもは地下核シェルターとか作って逃げ込んでるんだとよ」
 若い男はそれを一笑してまたスイッチを切った。
「そんなの常識っすよ、しかしほんとバカですよね、そんなことで金使うんなら俺たちに分けてほしいっすよ」
「全くだな、でも本気で信じてる奴ってのはなにしでかすかわからねえよな、もしかして、殺されるくらいなら自分で、って奴もいるのかもな」
「ははは!そんな馬鹿な!そんなこと言ったら俺たちのしてる事ってなんなんすか?」
「そりゃそうだ、そしたら俺たちが馬鹿だな!」
 二人はひとしきり笑った、めちゃくちゃに笑った、頭でもおかしくなったんじゃないかと思うぐらいに笑った。

 ある一般家庭のテレビ、家族の姿はなく、テレビだけが愉快げに騒いでいる。突然画面が切り替わり、灰色のスーツに身を固めたキャスターの姿が現れる。
「たった今入りました情報によりますと、××地方を襲った地震は震度8、その大規模な地震による被害は計り知れず、倒壊した家屋は1万世帯を越え、現在も救出作業が続いています、また、このことで○○県知事は…」
 画面には黒枠に囲まれたテロップと一緒に現場の画像が映し出されている。
 その中にはオレンジ色の隊員服に黄色のヘルメットをかぶった派手な出で立ちの男達が黙々と作業を続けていた。
End








…なんだ、その顔、タイトルと全然違うって?老夫婦の終局なんてどこにあるんだって?そんなの自分で考えればいいじゃないか。人の生き死になんかにいちいち責任なんかとれるかっての。
…それでも終局が知りたいの?だったら見せてあげてもいいけど、きっと期待してるよりもつまらないよ。
少しだけ待ってあげる。知りたかったらそのままいてくれれば十分。終局を知りたくなかったら回れ右して帰ればいい。












やっぱり残ってたんだ、失望する前に帰ればいいのに。まあいいや、教えてあげる。

夫婦の終局でしょ、あの二人は結局次の日の朝を迎えたよ。…なに?あの薬は毒薬だったんじゃないのかって?誰がそんなこと言ったの?あれはただの睡眠薬だよ。住み慣れた我が家を彼らの一人息子が建て替えるって事になったんだ。次の日には壊されてしまうから引っ越さなきゃならない、愛着あるものと別れるのは辛いから
、どんなに引っ越しの準備でくたくたになっていてもなかなか寝付けなかった。だから夫は自分の睡眠薬を分けてあげたんだ。
一生懸命働いて建てた家だから我が子同然だったんだね、まるで命があるように大切にしてきたんだ。でも人間も家も寄る年波には勝てない、夫婦は息子に猛反対したんだけど車が通るたびにきしむ大黒柱の音を聞いていると、家ももう長くない、って思った。だから泣く泣く了承したってわけ。納得?

…あそこは地下シェルターだったんじゃないのかって?せんべい布団で寝てるような夫婦にそんなもの買えるとでも?あの夫婦は災害に巻き込まれたんじゃないのかって?それこそ思いこみでしょ。え?馬鹿馬鹿しい?卑怯だ?そんなの勝手の想像したそっちの責任でしょ?責任をおしつけないでくれよ。ちなみにヘルメットをか
ぶった二人だけどあれはただの工事現場の同僚。それだけ。
終局なんてこんなもの、作品を楽しみたいんなら空想の中で漂っていれば十分なのに、探求心てのはやっかいなもんだね。
                                           終局

 


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