終わらない夢

終わらない夢


Written by 佐伯 玲  

 終局。
 それは、嫌でも付き纏う。
 いつか、必ず訪れるのだ。
 それでも、足掻きたい。どこまでも足掻き続けたい。

 終わるのが恐いと俊は思った。
 そう、壊したくなかった。今の自分の生活を。けれど、それは叶わぬ望みと言えた。
「俊。いつまでも遊んでいないで、いい加減家業をついで欲しいんだがな」
 父はそういつも顔をあわせる度に言う。
 いつまでも遊んでないで――。
 僕は遊んでいるわけじゃない。ただ、夢を追いかけているだけだ。叶うかどうかわからない、不確かな夢を。
 僕は、音楽をやっていきたかった。ギターを弾くのが、何よりも好きだった。それで食べていきたかった。いや、食べていけなくてもいい。ずっと、続けていければ良かったんだ。――なのに。
 父は、やめろと言う。そんなくだらない事はやめろと言う。
 それは、絶対に俊には認められなかった。やめる気などなかった。ギターを引く事が出来なくなる日常など、俊には考える事が出来なかった。
 それは、自分の何よりも大切な宝物を自ら手放すような事だったからだ。
 そして、それは俊にとって終わりだった。人生の終わりだった。生きがいを奪われては、もう、生きていけない。待っているのは、絶望だけだ。何もない空虚な未来だけだ。
 俊は哀しくなった。
 なぜ、夢を追っていてはいけない? たとえ、叶わなくても、追うのは個人の自由ではないのか? だって、それは自分で出来るところまでやってみたいと言う事に対しての、自己満足だから。
 終わりなんて、勝手に決められたくない。
 終わりなんて来ない。
 なのに、父は家業を継げと。それも、ギターをやめて。絶対にやめろと言って。
 納得出来なかった。なぜ、ギターまでやめねばならない? 続けていてはいけないんだ?
「お前は、どうせ、ギターにしか目がないんだろう? それじゃあ困るんだよ。お前の代で、この店を潰されるわけには行かないんだ」
 父の理由はこうだった。俊は納得などいくはずもなく、父を睨みつけて言った。
「ならば、僕ではなく、別の人を探せばいいのではないのか?」
「ふざけるな。誰が、家の者以外に継がせるか。お前しか継げる者がいないから言っているんだ」
 あまりにも勝手な言い分だった。父はこちらの事なんて何一つ気にも留めていない。
「僕は継がない。いや、継いでもわざと潰すよ、この店を」
 そう、無理やりに継がされるのなら、全て壊してやる。なくしてやる。自分を終わらせるものを、逆に終わらせてやる。
「俊っ!」
 父は激昂して叫んだ。だが、これが僕の答えだった。
 なぜなら、今自分を貶めようとしているものがなくなれば、僕は自由だ。いらぬしがらみから解放される。それに、それがなくなったとしても、僕には何の害もない。
 好き勝手に押し付けられるくらいなら、全てを壊してやりたかった。
「父さんが何を言おうが、僕はこの意見を変えるつもりはない。ギターはやめない。
これだけは譲れないんだ」
 俊は強く言葉を口にした。
「俊。お前は、私に逆らうつもりか?」
「はい。――父さんが逆らわせるんだ」
「お前はっ!」
 俊は憤る父に嗤った。
「僕も譲れないんだ。父さんがこの家を守り続けたいように、ギターを。そう、僕にとってギターは遊びじゃない。生きる糧なんだ。だから、それを奪われたら、僕はもう生きていけない。父さんは、僕に無理難題を突きつけているんだ。――自覚はないのか?」
 父は目を瞠った。
「ギターなんかに何の価値がある? どうせ、ただの趣味どまりだろうが。お前には食べていける才能なんかないじゃないかっ」
 俊は首を横に振った。
 違う。重要な事はそんな事じゃない。ギターをやっているのは、そんな理由からじゃない。
「父さんは勘違いしていないか? 大切な事には、利害なんか構わない。関係なんかないんだ。ただ、大切なものがそこにあればいいんだ。出来ればいいんだ。食べてなんかいけなくてもいい。ただ、弾き続けたいだけなんだ」
 そう、好きでやっているんだ。
 俊は父を見据えた。譲る気などない強い目で。
 だって、こんな所で終わらせたくなんかなかった。終わりがくるなんて考えたくなかった。もしこのまま終わってしまったら、心に大きな癒える事のない傷が穿たれるのは間違いなかった。ぽっかりと穴が開いて、そこからじわじわと己を苛み、苦しめ、貶める事だろう。
「……どうすればいいんだ? 俊は、どうだったらいいんだ?」
 父は溜め息を吐いた。諦めるように。
「ギターを続けたい。その為になら、何でもする気だ」
 俊ははっきりとその言葉を声にした。
 父はその言葉を聞くと踵を返した。
「父さん?」
 父は振り返らなかった。だが、代わりに――、
「わかった。……この店を潰させるわけにはいかないからな。やりたければやれ。ただし、この店を継ぐ件は譲らない。――いいな?」
 父の妥協案がよこされた。
 やりたければやれと。続けてもよいのだと。
 終わらせなくてすむのだ。やり続けられるのだ。
 俊は笑った。心の中が温かくなった気がした。
「ありがとう。父さん」
 俊は去っていく後姿にそう叫んだ。

 やり続けられる。
 終わらない。
 まだ、この道は続く。
 終局はまだ見えない。
 続けられるところまで、終わりはしない。
 終局になど、させはしない。
 たとえ、付き纏われたとしても終わらせたりしない。
 出来るところまでは、ずっと。
 そう、諦めたりしない。
 いつか必ず終局がくると知っていても、いつまでも追い続けて、追い続けて。
 そう簡単に失えるものじゃないんだから。
 失ってしまうわけにはいかないものだから、簡単に終わりはしない――。



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