新聞勧誘員

新聞勧誘員〜ある男の終局〜


Written by Toshi  

  ドアホンの音で目覚める俺。時計の針は午前9時30分。ちくしょう!たまの休みくらいゆっくり眠らせてくれよ。
  魚眼レンズ越しに外を覗くと、帽子を目深に被った中年オヤジ。その手には紙とボールペンを挟みこんだバインダーを抱えている。何者だ?俺はチェーンは外さずにドアを細めに開けてみた。するとオヤジは急にニカッと笑ってドアの隙間から顔を覗かせる。

「あ、お休みのところ、ごめんなさいね。ちょっといいかなあ。お宅、新聞とってる?」

  なんだよ、新聞屋か・・・・・・。

「え、あ、一応、F新聞とってますけど」
「へえ、若いのに感心だねえ。きょうびの若い連中ときたら新聞もろくに読まないもんね。ほら、読むもんっていったらマンガばかりでしょう?う〜ん、おにいさん偉いわ。」

  俺だって好きで新聞をとってるわけじゃない。断るに断りきれなかったんだ。実際新聞とってても、見るのといえばTV欄くらいのもんだもんなあ。
  オヤジがねちっこくいう。

「F新聞もいいけどさあ、K新聞の方が内容充実してるよお、どお?この際乗りかえてみないかなあ?なに、3ヶ月でもいいからさあ。あ、今契約してくれたらね、洗剤つけちゃうよ。50回分使える徳用のやつね。そうだ、映画のチケットもあるんだあ。ペア券だからさ、彼女とでもどう?」

  オヤジはなんたって笑顔を崩さない。くそ忌々しい!俺は新聞なんて読まねえんだよ!!

「あ、俺、ホント結構ですから、F新聞から乗りかえるつもりなんてないですから・・・・・・」

  そういって、ドアを早々に閉める俺。

「あ、ちょ、ちょっと・・・・・・」

  ばたん!
  閉めた拍子になんかものすごおく嫌な音がした。ソーセージ潰したみたいな・・・・・・そんな音だった。

「いってえええ!!!!」

  し、しまった!閉めたはずのドアに指が2本ばかり挟まっている。人差し指と中指だ。痛そう・・・・・・
  なんて、ばあいじゃないよ!俺は慌ててドアを開けた。

「だ、だ、だ、大丈夫ですか?」

  オヤジは指をふうふうやりながら涙目で答える。

「もお!おにいちゃん、無茶するなあ、気をつけてよ」

  そんな軽口をたたけるくらいなもんだから傷はそう深くないだろう。肉離れくらいはおこしてるようだが。

「あの、手当てをした方が・・・・・・」
「そんなこたあ、どーでもいいよ。なあ、おにいさん、新聞買ってよ、K新聞。日本じゃ10本の指に入る新聞だよお」

  俺のとってるF新聞は5本の指に入るんだけどね。そう思ったけど言うのはやめといた。それより手当てが先だ。俺はオヤジを玄関にあげて薬箱を取りに行く。なにせ、独り暮らしの身。たいした薬は常備してなかったが、それでもバンソウコウをみつけて玄関に戻る。

「ねえ、にいちゃんさあ、新聞買ってよお」

  まだいってら。なんつー逞しい商魂だろう。表彰状の一枚も差し上げたいくらいだ。
  それでも、俺は絶対に新聞を買ってやるつもりはなかった。

「ホントそれだけは勘弁してください。さっきもいったでしょ。俺もう新聞とってるんですよ」
「そんな殺生な・・・・・・頼むよお、おにいちゃん・・・・・・おお、いてて」

  わざとらしく指をさするオヤジ。ああ、むかついてきた!てめえが勝手に指を挟んだんだろうが!よくもまあヌケヌケと・・・・・・
  俺は完全にキレた。

「ふざけんなよ、オヤジ!下手にでりゃあいい気になりやがってよ!買わねえったら買わねえんだよ!!」

  俺は無理矢理オヤジを追い出して、ドアを閉めた。今度は指を差し込む隙は与えない。鍵をかけて、チェーンを下ろす。
  そして。

  ピンポンピンポンピンポンピンポン
  ドンドンドンドンドン

「おい!高橋和男!新聞買えよ、コノヤロー!訴えるぞ、てめえ。買え買え買え買え買え買えええええええ!!!」
  どうやらオヤジの方もキレたらしい。表札に書いてある俺の名前を連呼し、ドアホンを押し捲り、あまつさえドアが壊れそうなくらい叩きやがる。イカれてる。なんなんだ、こいつ?あの執念深さ、マトモじゃねえ。俺が何したってんだ。ああもお、やめてくれ!

  俺はドア越しに叫びかえした。

「ばかやろう!いまどき新聞なんか必要ないんだよ。いまはなインターネットでニュースを読む時代なんだ。紙の新聞なんかよりずっといいぜ。紙代も人件費も掛からないから安く手軽に購読できる。第一、新聞紙っつーのは、ほかして置けば立派な粗大ごみになる。資源の無駄遣いなんだよ!」

  すると急にドアホンが止んだ。
  ドアを叩く音も怒鳴り声も消えた。
  ふう、やっと諦めてくれたか。
  俺はふと、げた箱の脇に紐で縛った新聞紙の束に目をやる。もお、うんざりだ。よし、思いきって、このF新聞の購読もやめてしまおう!俺は心にそう誓った。
  それにつけても朝っぱらから胸糞悪い。すっかり眠気の失せた俺は遅い朝食をすませると、気分なおしに散歩に出ることにした。
  靴を履いて、ドアを開ける。

  ドスッ!

  え・・・・・・?なんだ?何が起こったんだ?
  目の前にはさっきのオヤジがニヤニヤ笑いながら突っ立ている。まだいたのか、こいつ!
  それにしても、この感覚はなんだ?俺は無意識のうちに視線を上に向ける。俺の額に生えているこのツノみたいなもんは一体なんなんだ?つつーっと眉間を伝っていく液体が顎に達して地面に落ちる。赤い点々が地面に落ち続けている。ああ、なんか眠くなってきた。やっぱ、寝足りなかったのか?
  薄れゆく意識の中で、オヤジの呼びかける声が聞こえてくる。

「K新聞買ってくれよお・・・・・・買ってくれよお・・・・・・」

  俺の額に突如として生えたモノ・・・・・・それはオヤジが殺意を込めて、俺の額に突き立てたボールペンだった・・・・・・



  その日の夕方のニュースでは・・・・・・

「本日午前10時ごろ、○○県○○市にお住まいの高橋和男さんの遺体が自宅から発見されました。高橋さんは額をボールペンで刺され即死した模様で、警察当局は殺 人事件と断定し犯人の割り出しにあたっています。なお、被害者の高橋さんはF新聞○○販売所の勧誘員で・・・・・・」
 


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