終局-YUKKO SIDE-

一終局-YUKKO SIDE-


Written by TSUKASA  

 誰か、嘘だと言ってください。


終局-YUKKO SIDE-

 
 すべての事象に終りはある。始めがあるからには終りがある。それは解りきった事実だ。
 だけど…
 あした、世界は終わる。
 あしたの地球はない。あしたの日付はない。あしたの私はどこにもいない…
 なのになぜか街はあくまで日常と寸分変わらず動いている。
 みんな知ってるのだろうか?いや、知らないはずはない。もう逃れることはできないと誰もが知っているはずだ。


「ゆっこー、早く御飯食べちゃいなさーい」
 いつもの朝と変わらない、階下から届く母の声。明日が世界の終わりだなんて、まるで嘘みたいに聞こえる声色だ。
「はーい!」
 返事をしてから、私は勉強机の上におかれた"ある物"をカバンに詰め込むと、自室を後にした。


「……細川勝元の東軍と、山名宗全の西軍が……」
 最後の授業が、一番好きな八木先生だったって事はちょっぴり幸せな事なのかもしれない。しかし、普段はわいわいがやがやと楽しく進んでいくこの授業も、今日ばかりはそうもいかないようだ。例えるなら、真冬を迎えた森林の奥深くみたいに静まり返っているような、そんな感じ。私はそう思うんだけど、ちょっと変かな?
まあそんな事はどうでもいい。今、私の意識が向いているのは、先生の言葉や机に伏したクラスメイトではなく、カバンの中にしまった例の物と右前の席に座った彼だけなのだから。
 最後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、プリントが配られた。
「宿題だ。あしたまでにちゃんとやってこいよ。予習も忘れるな。とくに井上、お前はな」
 そう言って常習犯の彼を指差す。
「きっと、やってこいよ」
 私の好きだった八木先生の笑顔だった。瞬間、胸の奥で膨らんだ感情が爆発しそうになったが、目尻に浮かぶ涙をどうにか耐えることができた。大丈夫、怖くない。私は世界の終わりを受け入れられてる。だから、怖くなんてない。そう思いながら、机の脇にかけたカバンをぎゅっと摘んだ。
 下校時。カバンの中から紙袋を取り出し、それを彼へと差し出した。
「… 井上君、あの、コレ……」
「何だよ、これ?」
「プレゼント…… 誕生日の」
「え? でも……」
 驚いている彼の顔を目に焼き付けると、私は一目散に教室を飛び出した。彼の誕生日はちょうど一週間先なのは知っている。それに間に合うように作っていた手編みの手袋。彼は困るだろう、これは私の自己満足なのだ。
 学校と家の中間地点である河原まで来てから、私はやっと走るのを止めた。膝に手をつき、荒くなった呼吸を整えて顔を上げると、真っ赤な夕日に目が眩んだ。あいつ、明日になったら私をからかうんだろうな。……
そんな明日が、来るといいな…。

 夜。いつも通りに家族で食卓を囲み、後片付けを手伝い、お風呂に入り、歯をみがいて、床についた。
 目を閉じると、様々な人の顔が浮かんでくる。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、お兄ちゃん、八木先生、そして――
井上君。
 テレビの上に置かれたデジタル時計が、『11:20』と発光している。
 おわかれの代わりに、私は言おうと思う。
 この世界に。愛してくれた家族に。お世話になった八木先生に。
「おやすみなさい」
 大好きだった井上君に。
「おやすみなさい」

 彼は、世界が終わる前に、なんて言ったのだろう。

 


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