アクロバティック0.75

アクロバティック0.75 第27話(山勢修三)

 理由 様

 お祝いのメールありがとうございました。
 昨日もメールに書いたとおり、今日は私の教え子のことを書きたいと思います。
 少し長くなるかもしれませんが、どうぞお付き合いください。

 あれは六年前。
 私はある学校で四年生の担任をしていたときのことです。
 二学期の初め、とても活発で正義感の強い少年が転校してきました。
 仮に名前をMとします。
 Mは勉強もでき、スポーツもそつなくこなし、礼儀正しく、所謂大人受けする手の掛からない生徒でした。
 しかし、彼にはなかなか友達ができませんでした。
 クラスメイトの間では評判が悪く、いいカッコしいだと言われていたようです。
 私は担任として放っておけず、Mを職員室に呼び出し、彼の言い分を聞こうと試みました。
 しかし、Mはただ優しく笑うばかりで、「先生、僕なら平気です。自分の問題は自分で解決しますから」というようなことを私に言いました。だからといって「ハイ、そうですか」と引き下がるわけにもいかず、「ここは先生に任せなさい」と、私は彼の肩を叩きました。
 するとどうでしょう。
 いつも明るいMがしゃくりあげて泣き出すではありませんか。
 彼は泣きながら、しかし淡々と自分の置かれた状況を話してくれました。
 彼の父親は土木作業員でトンネル工事中の落盤事故で死亡。それからというもの母親は主に夜の仕事に手を染めて、ほとんど自分に構うことがなくなった。そして、自分が転校してきたのも母親が自堕落な男に引っかかったのが原因で、それでここまで夜逃げ同然でやってきた。みんなにいじめられるのは母親の仕事のためかも知れない。でも、そんなこと親には相談できない。
 親に甘えたい時期なのを堪えて、いい子でいよう、いい子になろう、母親の負担にならない手の掛からない子になろう。彼は彼なりにそう努めていたのでしょう。
 私は思いました。なんて辛く悲しい境遇なのか、と。
 私は早速、次の日の学級会で、いじめ問題を議題にあげました。原因ははっきりしている。根っこは彼の母親ではない。一言でいうならMに対する嫉妬だ。醜い嫉妬心が引き起こした問題だ。長年の教員生活で培った経験がそう確信させていました。
 私はMを庇いたて、生徒たちに説教しました。
 しかしそれは生徒たちの嫉妬心を煽る結果となってしまったのです。
「先生はMは勉強ができるから贔屓してるんだ」
「こっちの言い分も聞かないうちに、どうして俺たちが悪いと決めつけるんだ」
「先生は汚い、卑怯だ」
「親に言いつけてやる」
「PTAにチクってやる」
 当時の小学生は過激でした。私ひとりが生徒たちから集中砲火をあびました。
 ふと、横目でMを見ると、彼はまっすぐ私のほうを見て口元を歪めています。
 私はカッと頭に血が上りました。
 私は嵌められたのか?騙されたのか?
 教師生活数十年、一生の不覚でした。
 考えてみれば、彼のように快活で利発な少年がいじめの対象になるはずがないではないか!
 私はそのまま反論もせず、教室を去りました。
 それから三日後です。
 Mの訃報が舞い込んだのは―――
 一度も欠席のなかったMが始めて休んだのが、2学期も終わりに近づこうとしている頃です。
 母親から私に名指しで電話があり、「あんたを訴えてやる!」と罵られました。
 そう、Mは遺書を残していたのです。その遺書には、自分をいじめた生徒たちのことは全く記されておらず、ただ一行だけ、「山勢先生に裏切られた」と書かれていたそうです。
 のちに彼の葬儀の際、生徒のひとりが罪悪感にかられたのか私に打ち明けてくれました。
 確かにいじめは存在した、と。
 目の前が真っ暗になりました。
 あれは狂言ではなかったのか?
 では、なぜあの時、学級会で生徒たちに糾弾される私を見てMは笑っていたのか?
 今にして思えば、彼は私を信頼しきっていたからなのです。
 あれは「先生ならきっと何とかしてくれるはずだ」と、そんな安心の笑みだったのではなかろうか。
 教師という職業は、多くの子供たちに接していくもの。ひとりひとりに深く入り込んでいては体がいくつあっても足りません。しかし、子供たちにとっての担任教師は、常にたったひとりだったのです。特にもMのように親の愛に飢えた子供は、最も身近な大人である教師を盲目的に信じたりするもの。
 その後のことはあまり記憶にありません。マスコミに家まで押しかけられ妻がノイローゼ気味になったこともあったように思います。
 とにかく私は取り返しのつかないことをしてしまいました。
 それでも私は教師を続けている。続けることが唯一の贖罪だと思っています。絶対に忘れないため、消せない十字架を自ら背負い続けるため―――

 とにかくもう二度と同じ思いはしたくない。
 それが本音です。
 だから、私は力の限りあなたを救う。
 もちろん、教え子たちも、自分の家族も。
 できるかぎりのことは精一杯したい。
 そう思うのです。

 ここまで一気に書きましたが、読み返すとまた消してしまいそうなので、このまま送ります。誤字脱字等あるかもしれませんが、どうかご容赦を。
 それでは、また。


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