16人いる!(11の約束)

11の約束

「なんだよ、それ。俺ぁ、聞いてねえぞ」
 啖呵を切って進み出たのは掘巌という青年。だぶっとしたTシャツにジーンズ、蛍光色のニットキャップにブルーのサングラスを乗っけている。ストリート系ファッションを着こなした青年は、シルバーチェーンがジャラジャラ揺れるジーンズのポケットに両手を突っ込み、前屈みの姿勢でタランチュラに詰め寄ってメンチを切った。見た感じ、とてもクイズが得意そうには思えないが、なにしろ二択問題で5億円である。自分の直感に根拠のない自信を持っている輩なのかもしれない。
「いや、ですから今こうして申し上げているんですよ♪」
 司会者は笑顔を絶やさず物怖じせずに答えた。さすがはプロだ。『カメラの前ならきっと最強』、かつてタランチュラ後藤は、自分のことをそんな風にアピールしてたっけ。まあ、言ってみればキャッチフレーズのようなものだ。
 何気に栢山里香の方を見ると、「ほら、やっぱりね」と、どや顔を返してくる。
「えーと、皆さん、どうかご安心を。これはクイズ番組ではありません。ありませんがしかし、番組の収録には違いありません」
 再び会場内にどよめきが満ちる。
「えーっ! クイズじゃないなら、これって、どんな番組なんですかあ?」
 ことさらに甘えた声で尋ねているのは金子早百合という茶髪の女の子。素顔が想像つかないほどガッツリ化粧を施しているが、たぶんまだ10代、高校生ぐらいだろう。彼女の質問にタランチュラ後藤は声を大にしてすぐさま反応する。
「はいっ、今まさにこうして撮影している番組の正式名称は、ザ・ギブアップマッチ! ジャンル的にはそう、皆さん良くご存知のバラエティー番組ですっ!」
 あ〜らら、『クイズ』が『ザ』に変わっちゃった。しかもバラエティーって。なんだかすっかり毒気を抜かれてしまった。残念ながら人様にお見せできるような芸は持ち合わせてないんですけどね。
 混乱のさ中、タランチュラ氏の講釈は続く。
「えー、これから皆さんには、ちょっとしたバトルに参加していただきます。なに、誰にでもできる簡単なバトルです。こちらで提示する"約束"に基づいて参加者同士戦っていただく、ただそれだけですから。ああっと、もちろん賞金もちゃんとご用意しておりますよっ!」
 ううむ、全体どう捉えたらよいものか。バトルってカードゲームか何かかな。でもこの部屋にあるものといえば、そこの巨大スクリーンくらいのものだし。でもまあ、クイズよりかはマシかもしれない。もともと僕は勉強が苦手だし、決して博識でもないし―――
「それでは早速ギブアップマッチの説明に入らせてもらってよろしいでしょうか」
 司会者が本格的に説明に入ろうとしていた。今しかない。僕は思いきって手を挙げた。
「あっ、あの……」
「えっと、なんでしょうか、有馬さん」
「あの、実は僕、ここにエントリーしている有馬光介じゃなくて代理の者なんですけど……」
「ほうほう」
 タランチュラ後藤は用箋ばさみに留めた資料を繰って、僕と履歴書を見比べている。
「ああ、そうなんですか。では、あなた一体、どこのどちらさん?」
「有馬進介といいます。光介は僕の弟なんですが、ちょっとした事情で来れなくなってしまい、それで僕が代わりに」
「あ、な〜んだ、そうでしたか。いや、構いませんよ、代理でも。では、お手数ですがネームプレートの方、書き換えておいてくださいね」
「あ、はい……」
 あれれ、拍子抜けするほどあっさり了承されちゃった。とにかく無駄足にならなくて良かった。いや、本当にこれで良かったのか。しょうがない、ここはもう腹を括ろう。なるようにしかならない。
「それでは気を取り直して参りましょう、ザ・ギブアップマッチ! まずはこちらをご覧ください」
 ジャガジャン!
 良く耳にするジングルとともに、巨大スクリーンに横書きの文字が映し出される。
 そこには『ザ・ギブアップマッチ 11の約束』と表示されていた。
 
 
「皆さんには、ただ今よりザ・ギブアップマッチに関する絶対ルールとも言うべき"11の約束"をご確認いただきまっす!」
 タランチュラ後藤が厳かに宣言すると、スクリーン付属のスピーカーから音楽が奏でられた。聞いたことのないメロディ、新番組用のサウンドトラックだろうか。マイクをおろして一旦喋るのをやめたMC脇のスクリーン上で、"11の約束"とやらが勿体つけるようにひとつひとつ映し出されていく。

 一 勝負はトーナメント方式の勝ち抜き戦とする

 へえ、1対1の対決か。16人でトーナメント戦ってことは、普通に考えると4連勝で優勝ってわけだ。でも、クイズじゃないとすると一体どんな戦い方なんだ?

 一 優勝者には賞金5億円を与える

 これには少なからず驚いた。クイズ番組が嘘って時点で、5億円余の賞金についても嘘、あったとしてもずっと現実的な低い金額になるもんだと思っていたけれど、賞金はほぼ変更なし。というか、クイズだと30連勝で5億円余ということだったのに、こっちのルールだと4連勝で5億円。一気にハードルが下がっちゃった格好だ。他の面々も当然のことながら過敏に反応しているようだ。

 一 優勝者に負けた者には賞金1億円を与える

 ええーっ、もう俄かには信じられなくなってきた。いくらなんでもサービスしすぎじゃないか。要するに、仮に1回戦敗退だったとしても、もし自分に勝った相手が優勝すれば、それだけで1億円ってことでしょ。いやいやいや、話がうますぎる。1億円だって相当な大金だよ。僕の30年分の勤労対価に匹敵する額だ。

 一 対戦相手の”ギブアップ”コールを各人に配布されたレコーダーに録音したら勝ちとする

 ついにバトルの本質が見えてきた。なるほど、それでギブアップマッチってわけか。案外単純なネーミングだな。だけど、もちろんこれだけではまだ何が何やらよく分からない。ギブアップさせるための方法は厭わないのだろうか? いや、まさか何でもありってことはないだろう。部屋の隅に陣取っているいかにも肉体派といったタイプの一際大きな体躯の持ち主が身を乗り出して、この約束に食いついている。ボディービルダーのような鋼の胸板を有するその男の名は海老澤英毅。なるべくならああいう手合いとは対戦したくないものだ。

 一 ザ・ギブアップマッチについて口外したら負けとし賞金を得る権利を失う

 次はもう少し詳細なルールが出てくるのかと思いきや……えっと、これはどういう意味なんだろう。折角の新番組だもの、むしろ積極的に宣伝して欲しいんじゃないのかな。それとも放送開始まで謎のベールに包んでおこうという戦略なのだろうか?

 一 一週間経っても勝敗が決しなかったら両者とも負けとする

 えっ、そんな長期戦まで想定してるんだ。でもこの負け方はある意味一番嫌かも。

 一 警察に逮捕されたら負けとする

 うわ、心臓が止まるかと思った。当然の如くまた周囲がざわめきだす。警察の介入が想定されるほどに過激なバトルなのか。もしくは、力ずくで痛めつけてギブアップさせられることを防ぐため、力自慢への抑止力として存在するルールなのだろうか。だとしたら、あまり意味がないような気もする。それならいっそのこと、『対戦相手に危害を加えたら負けとする』とかってすればいいはずだもの。これは厄介なことに巻き込まれたかもしれないぞ。

 一 対戦相手が死亡したら負けとする

 ちょ、ちょっとちょっと。だんだん物騒になってきたじゃないですか。これって、相手にギブアップって言わせればいいだけのバトルでしょ。殺してまで言わせては駄目、言い換えれば多少は痛い目にあわせてもオッケーってこと? ご冗談を! これ、テレビだよね? 女子供も混じってるんだよ? いや、でもなあ、さっきの約束とあわせて考えると、そういうことになっちゃうのかな。怖いなあ、もう。

 一 両者合意のもと主催者の用意したアシストマッチに参加することができる

 ふう、やっとバラエティ番組らしいルールが出てきた。そりゃそうだ。この手の"遊び"がなくちゃ、武闘派が有利すぎるもんね。でも、両者合意のもとって部分、ちょっと気になるな。

 一 アシストマッチは毎回異なる対戦ルールがランダムに選ばれこれに勝利すれば勝ちとする

 ギブアップと言わせられなくても、アシストマッチというのに勝てば次戦に駒を進められるということか。なるほど、これが10個目の約束ね。さてと、そうなると最後の約束は一体どんなのだろう?
 そして、11個目の約束。

 一 約束の中に一つの偽りが含まれている

「はあ……?」
 きっと僕の目は今、"点"になっていることだろう。えっ、これが11個目? 最後の最後に何ですか、これは。
「さぁて、みなさん、以上が"11の約束"の全容ですっ! これがすべて! これ以上にもこれ以下にも一切ありません! それでは、ここで質問ターイムっ! 何か聞きたいことはございますかっ?」
 誰も声を上げない。ルールの中に嘘が紛れているなんて公正明大に宣言されては、何を聞いても無駄な気がする。さりとてやはり尋ねずにはいられない。
「最後にあった"一つの偽り"って、どれのことを言ってるんだ?」
 みんなの思いを代表する形で訊いたのは、小林蓮斗というモスグリーンの作業服を着た男だった。浅黒く日焼けした賢そうな面立ちの小林は、姿勢がよく、背筋もシャンと伸びていて、声も良く通る。いろんな種類のペンが何本も挿してある胸ポケットに"代畠電機"と刺繍がされていることから、エレクトロニクス関連の技術工と見受けられる。チャラい堀巌とは好対照の青年だ。
 一方、質問を受けたタランチュラ後藤は大仰に首を振って、そしてペコリと頭を下げた。
「もぉしわけございませんっ。"一つの偽り"に関しては一切お答えできません。そちらはどうか皆さんでそれぞれお考えください。もちろん、そういう事情ですから、当方といたしましては、"約束の中に偽りはない"という前提で番組を進行させていただきます」
 やはりな。どれが嘘かは自分たちで見極めろということらしい。この偽装ブームの世の中で、偽装を見抜けぬ消費者にも問題ありと警鐘を鳴らす風刺の意味でもあるのだろうか。まあ、この答えは大方予想はしていたので、小林もそれ以上は食い下がらなかった。
 続いてメタボ中年、支倉孝次が質問する。
「そもそも、なぜクイズ番組だと嘘をついたんだ。はじめから本当のことを言わなかったのはなぜだ」
 これもまた尤もなご意見である。果たしてタランチュラのレスポンスは早かった。
「これはやむをえない措置でした。最初からバトルの募集をしたら体力自慢ばかりが集まってくるのが目に見えていましたものですから。番組としては異種格闘技戦ではなく、もっと知的なバトルにしたい、そう望んだが故にクイズと偽り、知恵者を中心に募集をかけたのです」
 だったら、"11の約束"の中に暴力禁止と、はっきり入れてもらいたいところだろうが、しかしそこは大人の事情、きっと暴力的な画もちょっとは欲しいというのが本音だろう。
「すいません、ひとつだけ」
 そう言って手をあげたのは、如月流星だ。
「口外したら負けとするということですが、自分の口から言わなくても、家族や知人に知られてしまうこともあると思うんですよね。そのときはどうなります?」
「基本的にそれも負けとなります。その件に関する一応の基準は用意しておりますが、とにかくこの戦いが終わるまでは他言無用でお願いします」
「あのお、ちょっとよろしいかしら」
 終始一切慌てることなく、ずっと沈黙を守ってきた着物の女が手を挙げた。葵橘アノア20代後半くらいか。素人目にも分かる高価そうな和服、きれいに結い上げられた黒髪、その艶かしいうなじに自然と目が行ってしまう。いくぶん垂れ目で、宝石みたいに青い輝きを放つ瞳。西洋風の面立ちで一際目を引く美人。何も発言していなかったのに最初から目立つ存在だった。
「つまり、この戦いには危険はないということですの?」
 内容とはちぐはぐに、まるでお天気の話しでもするかように、のんびりとした調子で訊く葵橘アノア。そのおっとりとした喋り方に育ちのよさが見え隠れしている。
「あるかもしれないし、ないかもしれない。ぶっちゃけ、最後は皆さん次第ですよ、はい」
「あたし、こわあい」
 と、金子早百合が震え上がっているが、どうも芝居がかっている。しっかりカメラを意識しているし、自分の方にカメラが向くとちょっと顎を引いて上目遣い。きっと自分なりの"最高にかわいい角度"なんだろう。一体この子は何が狙いなのやら……
「意地悪な言い方になるかもしれませんが、危ないと思ったらすぐにギブアップすれば良いわけですから、まあ実際のところ、安全と言いきって差し支えないでしょうね」
 そんなふうにまとめて質問タイムを打ち切ったタランチュラ後藤が、自らの手で参加者に巾着袋を配って歩く。その形状は同一のものだったが、色や模様がひとつずつ異なっていた。もしかして中身もそれぞれ違うのかと思ったがそうではなかった。周りの人達が各々中身を開けて確認しているがどうやら配布物品はいずれも同じもののようだ。中に入っていたのはICレコーダー、デジタルビデオカメラ、そして住所録の3品である。
「ICレコーダーの使い道はもうお分かりですね? これに対戦相手のギブアップの声を録音していただきます。絶対に本人の肉声でなければなりませんのでご注意ください。次にビデオカメラ。これは義務ではありませんが、みなさんにも自ら撮影していただきたいと考えております。好きなものを自由に撮っていただいて結構です。撮った映像はすべてこちらで頂戴します。良い画があればどんどんオンエアで使っていきますので、ご協力よろしくお願いしまっす。つまり、場外乱闘全然オッケー、カメラに収めてくれたらなおオッケーってことですね。そして最後に住所録。これはみなさんの基本データを一覧にまとめたものです。どうぞご活用ください」
 A4用紙1枚の住所録を見ると、参加者16人の氏名、年齢、住所、携帯電話番号、携帯メールアドレスが表になっている。裏を返すと、さっきスクリーンで見せられた"11の約束"が書かれてあった。
「おお、そーでしたそーでした。有馬進介さんの正しいデータも教えていただけますか」
「あ、はい」
 確かにこの紙に書かれているのは光介のパーソナルデータだ。自分ひとりだけ情報開示をしないのは明らかに不公平。訂正を求められるのは至極当然の展開であった。
「名前は有馬進介、このペーパーで言うと"光"の部分が"進"に変わります。年齢は26歳、住所は弟と一緒なので変更はありません。携帯は090―――」
 皆一様に僕の言ったのをしっかり控えている。棄権する人はひとりとしていないようだ。まあ、それもそうか。
「それでは早速トーナメント戦の抽選会に移りましょおっ!」
 元気いっぱいタランチュラの声を合図に、スクリーンいっぱいにトーナメント表が映し出された。どこに当たっても4回勝つと優勝するオーソドックスなスタイルだ。誰がどこにエントリーされるかはまだ決まっていないので、左から順に1、2、3と16まで数字が振られている。
「それではどうぞ。誰からでも構いませんよ、クジをお引きくだすわい♪」
 アクリルの棒がたくさん入った円筒形の入れ物をじゃらじゃら鳴らしながら、タランチュラ後藤が近づいてくる。
「はい、有馬さん。ほらっ! さあっ! どうぞっ!」
 僕に向けられた16本あるであろうアクリル棒。ノーリスクハイリーターン、胡散臭いところは山ほどあるが辞退など露ほども考えていなかった。僕は何も考えず無心で1本を引き抜いた。棒の先には平たいプレートがついていて、そこには"1"と印字されている。
「一人目決定いたしましたっ! 有馬進介様、1番です!」
 トーナメント表の左端の"1"の数字が消えて、代わりに僕の名前が青色で登録された。
 それから先はあっという間だった。次から次へとクジが引かれていき、トーナメント表が参加者の名前で埋まっていった。最後に残った14番のクジを引いた如月流星が顎鬚をしごきながら、隣りにいた僕にかろうじて聞こえるくらいの声で呟く。
「これは雲泥万里。トーナメント戦じゃないな……」
 何をいってるんだろう、この人は。これはどこからどう見てもトーナメント戦じゃないか。しかし、彼の言うとおりだった。如月さんの言葉の意味が僕にも理解できたのはだいぶ後のことになる。




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