16人いる!(不意討ち)

不意討ち

 「いずれ劣らぬ16名の勇者たちがここに集結。彼らの邂逅は必然の運命か、悪夢の序曲か。各々方、歴史的その瞬間に立ち会えた幸福に存分震えるがよいっ! しからば参るぞ。最長1週間、肉体と頭脳のサバイバル。ザ・ギブアップマッチ第1回戦の開幕だっ!」
 タランチュラ後藤が拳を天高く突き上げハイテンションで盛り上げるも、肝心のプレイヤーたちは「え、もう始まっちゃったの?」などと一様にポカンとしている。
 スクリーンには『6:23:59:32』と無機質なデジタル数字が大きく表示されている。しばらく眺めていると32の部分がカウントダウンされていく。それが残り時間だと気づくまで、さほど時間はかからなかった。1週間で勝敗が決まらなければダブルノックアウト。それまでのタイムリミットだ。分かりやすさを信条とするバラエティー番組としては、マストで欲しい映像なのだろう。
 さて、どうやら1回戦は1組ずつ順番に行われるのではなく、8組同時に進行されるようだ。もう戦いは始まっている。そう思うと俄かに緊張してきた。その場から動かずに対戦相手を目で探す。いたっ! 思いっきり目が合った。既に向こうの視線が僕を捉えている。緒戦の相手は関根智也、34歳。皺くちゃなタータンチェックのシャツ、その裾をスリムジーンズの内側にぴっちり収めている。顔がでかくて足が短い。僕と目が合うと、媚びるようにへらりと愛想笑いを返してきた。並びの悪い黄色い歯と歯茎がむき出しになると典型的な猿顔だとわかる。あちらから近づいてくる気配はない。こちらから出向くべきか……
「ねえ、おチビちゃんはどうするの?」
 栢山里香が僕の二の腕を肘で突ついてきた。もしも共に勝ち上がれば、彼女とは2回戦でぶつかるわけだが、今はそんな先のことを考える気にもなれない。というか住所録を見て知ったのだが、彼女は僕より3つも年下じゃないか。ほんとに、おチビちゃんとかそういう失礼な物言いはやめてもらいたい。
「君こそどうするんだ?」
 栢山はまた人を小馬鹿にしたようにフンと鼻を鳴らす。
「決まってるわ。今はとりあえず様子見。この"11の約束"って、何だかふわっとしすぎて、よく掴めないしね。どうせ期限まで1週間もあるんだから慌てる必要なんてひとつもないわよ」
 会場内ではそこかしこから囁き声が聞こえてくる。疑念、不安、当惑……落ち着き払っている人も何人かいるが、基本、栢山同様に動く気配はない。
 そんな中、メタボリックなスーツマン、支倉孝次(48歳)のもとに、銀縁眼鏡をかけたキツネ目の男、太田太(31歳)が近寄っていく。太田もまた支倉同様サラリーマン然とした出で立ちだが、さすがにスーツは羽織っていない。
 二人は1回戦の対戦相手同士である。どんなやり取りがなされるのだろうと興味深く観察していると、太田がやおらショルダーバッグに手をつっこんだ。何か武器でも出そうというのか? 顔を強張らせ、一歩退いて身構える支倉。不穏な空気、早くもバトル勃発の予感―――


「はじめまして。私、三神工業営業3課の太田と申します」
 バッグから出てきたのは名刺入れだった。年長者への気配りからか先に名刺を提示する太田。ああ、そういうことね。なんだか拍子抜けしてしまった。
「ほう、君も営業マンなのか」
「あれ、支倉さんもですか」
「一応ね。しかし君、ユニークな名前だね。これ、本名なのかい」
「ええ、上から読んでも太田太、下から読んでも太田太。覚えやすい名前なので営業マンとしては何かとお得ですよ。あの、支倉さんのお名刺も頂戴できますか」
 名前とは裏腹に痩せっぽちの太田太が申しでると、支倉は少し悩んでから断った。
「すまんね、今、名刺を切らしているんだ。仲本食品の支倉です。私も営業畑一筋30年だよ」
「へえ、仲本食品。大手じゃないですか。でも営業マンの鏡ですよね。日曜でもきっちりスーツを着ていらっしゃる」
「いやいや、これは単なる習慣だよ」
 手放しに褒められた支倉はまんざらでもないふうに頭を掻く。
「でも、ちょっと意外な展開になってきましたね。クイズの予選って聞いたから、わざわざ休日を返上して来たんですけど、これから先、平日まで拘束されるとなると、サラリーマンとしてはつらいところですよね」
 いや、それはどうかな。期間は1週間でもずっと戦っているというわけでもないだろうし。 
「本当に困りましたよ。支倉さんは会社のほう大丈夫ですか」
「まあ、そっちは何とかなるだろう。ウチは結果さえ出していれば後は比較的自由だから」
 すると太田は額をピタッと打って太鼓持ち。
「やあ、すごいなあ。さすが営業一筋30年の人はおっしゃることが違うもの」
「君だって大した話術じゃないか。人を乗せるのが巧い。実は出来るクチじゃないのか」
 笑顔さえ生まれ、何やら打ち解けた雰囲気が出てきた。営業系サラリーマン同士で積もる話もあろう。これから飲みにでも行くかという展開になってもおかしくない空気が醸しだされている。こんなことでいいのか、ザ・ギブアップマッチ。
 支倉が太田の肩を軽く叩き、冗談めかして言う。
「だが勝負は勝負だ。悪いが手加減なしで行かせてもらうよ。断っておくが、これでも学生時代はラグビー部で"鉄壁のフルバック"と呼ばれた男だからね。若い者にはまだまだ負けんぞ」
「えー、それは参ったなあ。でも、そもそもさっきの説明だけじゃ、よくルールが理解できなかったですよね。結局これってどういう勝負なんでしょう?」
 全く困ったやつだなと苦笑しながら、住所録の裏にある"11の約束"を出して支倉が説明してやる。
「君ね、今まで何を聞いていたんだ。どうもこうもない、ここに書いてあるとおりじゃないか。対戦相手のギブアップコールを配布されたレコーダーに録音したら勝ちとする。いくつかの縛りがあるようだが、ただそれだけのことだ。尤も、アシストマッチとかいう決着方法も別にあるらしいが、至ってシンプルなルールだよ」
「すいません、ありがとうございますっ!」
 太田が深々とお辞儀をした。
「いや、なに、礼には及ばんよ。それにしても君は些か注意力が足りないんじゃないのか。そんなことではとても先には進めんぞ」
 支倉先輩のきつい一言に、太田太の銀縁眼鏡の奥、その細い目が獲物を捕えた獣のように鋭く光った。
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、支倉さん」
「なにっ!」
 眉を吊り上げる支倉を悠然と制した太田が、配布されたばかりの巾着袋からICレコーダーを取り出し、勝ち誇ったように再生ボタンを押した。
『対戦相手のギブアップコールを配布されたレコーダーに録音したら勝ちとする―――』
 支倉の声だった。"ギブアップ"と言っている。しっかり録音されちゃっていた。
「君、それ、録ってたのか……」
 呆気にとられている支倉を尻目に太田がMCに声を掛ける。
「こういうことでいいんですよね、タランチュラさん?」
 するとタランチュラ後藤、よくやったとばかりに「いいんですッ!」と大きな声で肯定する。
「勝負ありっ! ものども刮眼せよ、第1回戦通過一人目は、狙った獲物は外さない、フォックス・アイズ・スイーパー、太田太その人だーっ!」
 撮影クルーがごっそり太田を取り囲む。ICレコーダーを掲げて得意顔の太田。その正面で膝から崩れ落ちる支倉。
「ずるいぞ、そんなの……もう一度だ。もう一度やり直しだ」
「何が"鉄壁のフルバック"ですか。脇が甘すぎ、だだ漏れですよ」
 見下すように吐き捨てる太田の足に支倉の腕が絡みつく。
「ま、待ってくれ。困るんだ。金が必要なんだ。先月会社をクビになって。家族にもまだ話していないんだ。娘はまだ中学生だし、家のローンだって残っている。必要なんだよ、金が」
「あれっ、そんな大事なこと、カミングアウトしちゃっていいんですか。これ、テレビですよ?」
 情け容赦ない言葉で切って捨てる太田太。完全に言葉を失う支倉孝次。明暗がくっきりと分かれた。
 バトル開始からわずか10分足らず。早くも一人が勝ち上がり、一人が脱落した。


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