16人いる!(クイズ王)

クイズ王

 「―――というわけで早々と緒戦を突破した太田さんにお話を伺いました。第2回戦は1週間後にこの場所から開始しますので、それまでどうぞごゆっくりお休みください」
 予定調和なヒーローインタビューが終わると、タランチュラ後藤が、念のためですが、と付け加えた。
「もちろん"11の約束"は、ギブアップマッチの全試合が終了するまで有効ですので、気をつけてくださいね」
「ええ、わかってますよ」
 勝負を終えた太田だが、帰らずにそこに留まっていた。まあ、当然だろう。次戦に備えて得られる情報はひとつでも多いほうが良い。負けた支倉は部屋の隅っこに追いやられ未だ放心状態。しかしまあ、考えてみればずいぶんと間の抜けた決着である。全員今の対戦を目の当たりにしていたわけだから、同じ轍を踏む者はもういないだろう。さて、次は誰が行動を起こすのか……
「ね、タラさん」
「タラ……って、私のことですか?」
「そうよお、タランチュラさん♪ サユリぃ、アシストマッチっていうのやりたいんだけど、いいですかぁ?」
 上目遣い、甘えるような声で、MCの腕に軽く手をかけているのは金子早百合だ。鬼が出るか蛇が出るか、海のものとも山のものともつかぬアシストマッチに真っ先に手をつっこむなんて、無茶というか無謀というか……。とはいえ、他の参加者にとっては願ってもないこと。具体的な説明が全くなされていないアシストマッチとは、果たしていかなるものなのか、それを確かめることが出来るのだから。
「おおっと、金子選手、一番乗りでアシストマッチを所望したーっ! されどもこれは、両者合意のもとでなければ発動いたしません。金子嬢が突きつけし挑戦状、如月氏は受け取るか、はたまた突き返すのか」
 肩乗せカメラがパンすると、その先には、ジョジョポーズで腕を組んでいる如月流星がいる。
「ええ、構いませんよ、僕は」
 はやっ! 如月流星はあっさり了承してしまった。少しはごねるかと構えていたであろう金子は、肩透かしを食らった格好だ。
 如月さんは、まるでそうなることを予期していたかのように言う。
「レディの誘いは絶対に断らない、それが僕の旗幟鮮明なものでね。それに、なぜ君がアシストマッチをやりたいのか、僕には手に取るように分かるんです。おそらく少しでも多くテレビに映りたいからでしょ。アシストマッチならカメラを独占できるもの。だよね? 君の目的は一目瞭然、マネーなんて二の次、とにかくお茶の間の皆さんに自分という存在をプレゼンテーションすること。これを足がかりにタレントでも目指そうってのかな?」
 ははっ、やっぱりそういうことか。化粧がやたら濃いのはそのため。予選からカメラが入るかもしれないことを想定して、少しでもテレビ映えしようという魂胆だ。しかし皮肉にも、テレビ映えするのはナチュラルに顔の濃い如月さんのほう。ふたりとも睫毛は長いが、如月さんは地毛、金子のはエクステンション。本物と偽物……何かを暗示しているようでもある。
「だから、何よ! それのどこが悪いの? サユリ、タレントになりたいんだもん。そのためだったら何だってするわ」
 あやや、開き直っちゃったよ。それにしても、なんという単純な発想だろう。如月さんが呆れたように肩をすくめて同情する。
「いいかいお嬢さん。タレントというのは才能って意味なんだ。君にはどんな才能があるの? 嚢中之錐になれる自信はあるのかな? 悪いことは言わない。やめておいたほうがいいと思うよ」
「もう、ひどい! ほっといてよ! それより早く始めましょう。あなたにだけは絶対に負けないんだから」
 露骨な嘘泣き。案外打たれ強いタイプなのかもしれない。逞しいというか、ずうずうしいというか、その点においては尊敬に値する。
「そうですね、ギャラリーの皆さんも期待されているようですし……で、タランチュラさん、僕たちは何をすればいいんです?」
 両者の合意が取り付けられアシストマッチが成立した。興奮と熱狂を演出するタランチュラ後藤が、マイクに唾を飛ばしながら宣言する。
「さーっそく来た来たぁ、アシストマッチ。まさかこんなに早いタイミングに行われるとは思いもよりませんでした。では即刻参りましょう。魅惑のプリティー・マスク 金子早百合 対 電光石火のシューティング・スター 如月流星のアシストマッチはこれだっ!」


 ジャガジャン!
 おなじみのジングルとともにスクリーンに大写しされた文字は、『いきなりサドンデス』
「ハイッ、出ました、"いきなりサドンデス"! これからお二人には交互にクイズに挑戦していただきまっす。問題は初級・中級・上級の3種類があり、どの問題を答えるかは抽選により決定します。対決はサドンデス方式で、先に不正解となったほうが負けとなります。もちろん先攻が不正解だった直後に、後攻も不正解だった場合はドローとなり、クイズは続行されます。制限時間は30秒、解答権は時間内なら何度でもオッケー。よろしいですね」
 分かりやすっ。しかも思ったよりぬるい。バラエティらしいと言えばその通りだが、アシストマッチとはこういう類いのものなのか。
「よりによってクイズとはね。アシストマッチの全部が全部クイズとは限らないけど、ちょっと期待はずれだったかな」
 そんな感想を漏らしているのは栢山里香だ。しかし栢山じゃないが、それにしてもクイズとはねえ、である。もっと運否天賦に頼ったゲームならともかく、これでは金子に分が悪すぎるじゃないか。クイズなんて、とても得意そうに見えない。
 準備が整う間、タランチュラ後藤がカメラの前で二人のプロフィールを紹介している。カメラは主にタランチュラ、如月、金子の三人を捉え、他の面々は撮影の邪魔にならぬよう、大人しく後ろに下がって傍観を決め込んでいる。当初は何もない部屋だと思っていたが、隣室に諸々準備しているようだ。往年の人気番組、鬼クイズを髣髴とさせる赤と青のボックス席が用意され、クジ引きで決められた先攻の如月が赤のボックス、後攻の金子が青のボックスに座る。
「―――片や赤のボックス、如月流星は大学時代はクイズ研究会に所属、いくつかのクイズ番組で優勝を攫っている猛者でありますっ。いやあ、これは金子にとって実に厳しいアドバンテージとあいなりましたっ! しかし、個人的には彼女の奮闘を期待したい。金子早百合よ、今どきの女子高生の底力みせてくれっ!」
 あーあ、これはもう絶望的だな。いや、でもサドンデス方式で1問も落とせないとなると、全く彼女に勝ちの目がないわけでもないか。
 当の金子は青のボックスで俯いている。アシストマッチは自ら申し入れたこと、さすがにここで難癖をつけるほど厚顔ではないようだ。とはいえ、苦手ジャンルは、『トレンド・エンターテイメント以外全部』というのでは、すこぶる心許ない。はっきり言って消化試合。やる前から勝負は見えたようなものだ。
 やがて、スクリーンに1から50まで番号が振られたパネルが現れた。この中から問題を選べということらしい。
「さぁてさて、お二人とも心と頭の準備はよろしいか。よしっ、それではいざ参ろうか修羅の道。金子早百合ヴァーサス如月流星のアシストマッチ、いきなりサドンデス、プレイボーーーールッ!」
 

「まずは先攻、如月さん、パネルをお選びください」
「じゃあ、50番を」
 スクリーンに映し出された50番のパネルが捲られると"中級F"と表示される。意味もなくギャラリーからどよめきが上がるが、当の本人は全く落ち着き払っていた。
「それでは"中級F"の問題」
 ハイテンション時とは打って変わって渋いバリトンボイス、タランチュラ後藤が二つ折りになった50番の問題を開いて読み上げる。
「ノーベル賞は全部で6部門ありますが、物理学賞、化学賞、医学生理学賞、文学賞、平和賞、あとひとつは何?」
「経済学賞」
 如月は30秒を待つまでもなく速攻で答える。数秒の沈黙のあと、ピコピコーンと軽快な電子音が響き渡った。
「正解!」
 おおっ、結構難しいじゃないか。正直僕は分からなかったが、隣りで見ていた栢山は、僕を横目で見下している。
「常識問題よ。これで中級なんて大したことないわね」
 次は金子のターン。彼女の引いた問題は"初級K"だった。
「愛知県の県庁所在地はどこ?」
 いや、なるほどこれは簡単。というか簡単すぎるだろ。同じ県庁所在地でも島根や愛媛はちょっと間違えやすいが、愛知県の県庁所在地となると、これを答えられない高校生は滅多にいないはず。
「えっと、愛知市じゃないしぃ……」
 ええーっ、悩んじゃってるよ! 本当に学校へ通っているのか、この子。
「残り20秒」
「お城あったよね、うん。あれ、なんて名前だっけ……」
「残り10秒、9、8、7……」
「あ、名古屋城だ。わかった、答えは名古屋市!」
 やおら席から立ち上がり、カメラに向かって人差し指を突きつける金子早百合。決まった、と自分では思っているに違いない。
 いや、なんだろうね、この絶望的な温度差は。焦らすまでもなく無論正解である。
 そして2周目、如月のターン。彼の捲ったパネルは"上級J"だ。
「プロ野球チーム、読売巨人軍の永久欠番で背番号4の選手名をフルネームで答えよ」
 さすが上級。全くわからない。王貞治は1番、長嶋茂雄は3番、そこまでならなんとか分かるけど、あとは知らない。とはいえ、永久欠番になるくらいだから、それなりに名の通ったスター選手だろう。
「黒沢俊夫」
 またしても眉ひとつ動かさず、瞬時に解答する如月。やがて、正解を示す電子音が鳴る。
「おおーっと、赤の如月、いとも簡単に上級問題をねじ伏せてきたーっ。いや、すごいですね、如月さん。この問題、知ってましたか?」
 愚問だ。一か八かで出てくる答えじゃない。誰だよ、黒沢って。ピッチャーか?
「はい、一応。黒沢俊夫は戦後の東京巨人軍の外野手で、足の速さに定評のある選手でした。しかし一方で、現役中に病死するという不幸な運命を背負わされた選手でもありました。ちなみにジャイアンツの永久欠番は全部で6人。王貞治の1、長嶋茂雄の3、黒沢俊夫の4、沢村栄治の14、川上哲治の16、金田正一の34となっています」
「すすすすすばらしーいっ、追加の薀蓄まで頂戴し、まさにこの男、死角なしだーっ!」
 たしかにスゴイ、スゴすぎる。よくもまあ、それだけ澱みなくスラスラと出てくるもんだ。クイズ研究会は伊達じゃない。片や、栢山のほうを見ると、「な、なかなかやるじゃない」とまあ、こちらもなかなか分かりやすいリアクション。
 そうこうしているうちに再び金子のターン。運を味方につけ、また初級問題を引き当てるかと思いきや、彼女の引いた問題は"上級B"。最悪だ。
「ちょ、ちょっと待って。無理、分からない、分かりっこないよ」
 そりゃそうだろう。初級でさえ、あれだけ手こずったのに上級問題だなんて。これで勝負ありか。
「だいたいズルイよぉ。クイズ得意なのにクイズで勝負するなんて」
 出ました、金子早百合の逆切れ攻撃。彼女とて元々はクイズをやるためにここに来たはず。そんな道理、通るわけがない。困惑するMCが猫なで声で金子を諭す。
「でも答えないと失格、負けになりますよ。それでもよろしいんですか」
 いいわけがない。そんな白けた幕切れなど制作サイドが望むべくもない。
「よくないッ! でもヤダッ。上級なんて、どうせサユリの知らない問題に決まってるもん」
「ですが、問題だけでも聞いてみたらどうですか。実のところ"上級B"というのは、比較的簡単なほうの問題なんですよ」
 とはいえ、あくまで上級問題としてはだろう。それでもタランチュラの説得に屈したのか、金子が態度を軟化させる。
「……ジャンルは何なの?」
「これは、ええっと、芸能ですかね」
「だったら、もしかして分かるかも……あっ、でも古いのは……」
「SMAPのメンバーに関する問題ですよ」
 タランチュラ後藤、大サービスである。
「じゃあ、問題だけ聞いてみる」
 カメラ目線で向き直り、ようやくクイズを再開する気になった金子。彼女の気持ちが変わらぬうちにとばかりに間髪入れず問題を読み上げるMCタランチュラ。
「人気グループSMAPのメンバー木村拓哉の名前は、ある有名人にちなんで付けられました。その有名人とは誰?」
 金子、たちどころにぷううっとフグみたいに頬を膨らませる。
「知らないよぉ、そんなの〜! ヒント頂戴」
 と言いつつ、携帯電話を開いてネット検索しようと試みるが、30秒では間に合うはずもない。残り10秒を切り、MCのカウントダウンが始まったそのときだ。
「待ってください」
 ストップを掛けたのは如月流星だった。
「如月さん、何か問題でも?」
「いえ、すいません。ただ、こんな終わり方では番組としても面白みに欠けるかなと思いましてね。そこで提案なんですが、このお嬢さんの勇気に敬意を表して、ひとつチャンスをあげてはどうでしょう?」
 如月さん、武士の情けをかけようというのか。それが命取りにならなければいいけれど……。金子は意外な展開に言葉を失っている。面白くなれば何でも構わない、そんな思惑のMCが身を乗り出して尋ねた。
「いや、それは構いませんが、そのチャンスというのは一体どういったもので?」
 

 如月流星はニッコリ微笑んで提案した。
「僕と彼女のハンディキャップを埋めるため、今後お嬢さんは初級問題だけを答えていき、一方の僕は上級問題だけを答えていく。こういう趣向はどうでしょうか」
「うそっ! ホントにいいの?」
 思いもかけぬ申し出に、飛び上がらんばかりに喜ぶ金子。そこへ水を刺すように「ただし」と条件を付け加える如月。
「その前に、僕から簡単な問題をひとつ出題します。それにお嬢さんが正解すれば、という条件でどうです? 逆に僕の問題に答えられなかったときは、潔く負けを認めてもらいます」
 しばし思案した金子だが、結局それしか選択肢がないと気づくと不承不承ながら頷いた。そして、ささやかな抵抗を試みる。
「でも、それが本当に簡単な問題かどうかはサユリには分からない。あなたにとっては簡単でも、サユリにとっても簡単とは限らないでしょ」
 まあ、そう来るわな。何を基準にして簡単な問題と判断するか。それこそが問題だ。
 しかしその答えもあらかじめ用意していたらしく、如月さんはすぐに追加提案した。
「だったら、こうしましょう。君より年下の鈴木君に、まず問題を確認してもらう。彼でも答えが分かるような問題ならば、それは簡単といって差し支えないでしょう。まさか中学生でも解ける問題を高校生の君が難しいとは言わないはずだからね」
「えっ、僕ですか……?」
 突然のご指名に動揺を隠せないでいるのは鈴木友寿、14歳。金子はどうやら反論しない構え。
「わかった。それでいいわ」
「じゃあ、決まりだね」
 そう言って如月は、さっさと鈴木のところへ立っていき、問題を耳打ちする。
「どうだい、簡単だよね。あっ、答えはここで言わないで」
「え……はい……答えは分かります、もちろん」
 鈴木君にも分かる問題か。如月さんとて、それなりに勝算あっての特別ルールだろう。中学生には分かって、高校生には分からない……そんな問題があるのだろうか? 如月が鈴木に念押しする。
「自信あるよね、鈴木君。ここにいる全員が分かる問題だよね。だからきっとお嬢さんでも答えを知っているよね」
「たぶん知ってると思います。でも、これって―――」
「シッ!」
 それ以上は口にチャックとばかりに人差し指を立てる如月。
「いいね、お嬢さん。では問題だ」
「いつでもどうぞ」
 生唾を飲んで備える金子。果たして如月さんの出題は、僕の予想を超えたものだった。
「"あきらめる"を英語で何という?」
 うわ、そう来たか! まさしくこの問題、中学生でも答えられる。だが言えない。この特殊な状況でその答えは……そのワードは発せられないのだ。如月がおもむろにICレコーダーを取り出して金子の前に置いた。王手飛車取りというよりも、むしろこれで積みかな? 如月は金子に情けをかけたのではない。完膚なきまで叩きのめそうとしていたのだ。
「答えられなかったら負け、全国の皆さんが見ている前でそう約束したよね?」
 金子の米神に玉の汗が浮かんでいる。唇をぶるぶる震わせながら、やがて彼女はその答えを吐き出した。
「ギブアップ」
「はい、ごちそうさま♪」
 如月がレコーダーの停止ボタンを押す。
「ひ、卑怯よ。あんなのどっちに転んでも絶対負けちゃうじゃない」
「うーん、そうでもないんだなあ。resign、これもあきらめるという意味の英単語なんだ。そう、僕はフェアにやったつもりだよ。ちゃんと出口を用意しておいてあげたんだ。なのに、君は深く考えることなく途中で"あきらめた"。制限時間を敢えて設けなかったんだから、携帯でネット検索するなりして、ゆっくり調べれば良かったのさ」
 そうは言っても、これ見よがしに持ち出したICレコーダーの前では、かような機転は利かないだろう。まさに如月流星のKO勝ちといったところか。
「ちなみに、先ほどの問題の答えは作家の志賀直哉。木村拓哉のお父さんが志賀直哉のファンで哉の字をもらったとのことです。余談ですが、志賀直哉の代表作、暗夜行路の主人公、時任謙作の苗字は俳優の時任三郎の親戚からいただいたそうです。一方、時任三郎をヒントに役名がつけられたのが田村正和主演で好評を博したドラマ古畑任三郎。その個性的なキャラクター古畑任三郎の物まねをするタレントはたくさんいますが、その草分けのひとりとして木村拓哉が挙げられます」
 完璧な補足説明。着地点も決まってる。如月流星32歳、まさにクイズ王であり、雑学王であり、薀蓄王の名に相応しき男。えらぶるでもなく、少し照れたように顎鬚を撫ぜる彼をMCが手放しで褒め称えた。
「天晴れなり。横綱相撲ぞ、如月流星! この黒ひげには、まったく危機は訪れなかったーっ!」


      16人いる!    ひかり小説館

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送