16人いる!(強運の男)

強運の男

 敗者らしくうな垂れて、ひどく落ち込んでいる金子早百合がカメラの前に晒されている。そんな彼女の肩に如月が優しく手を置いた。
「お嬢さん、遺憾千万だろうけど、そんな落ち込まないで」
 そして誰にも聞こえないようにそっと何事かを耳打ちする。
「えっ、ホント?」
「ああ、明々白々だよ」
 問いただす金子に如月は自信たっぷりに請け負った。何を言ったか知らないが、花が開いたような金子の表情から察するに、何か良い情報を与えられたらしい。たとえば、自分は必ず優勝すると請け負ったとして、それで金子に1億円が入るわけだが、賞金よりも目立つことに重点を置いている彼女のことだ、そんなことであんなに喜ぶとも思えない。第一、自分が優勝すると証明するに足る材料が揃っているとも考えられない。そうなると、如月さんは何で彼女を救い上げたのか。実は自分自身がタレント事務所の社員か何かで、後でスカウトしてあげるからなんて吹き込んだとか? そんなことをつらつら考えていると、また参加者の一人がアシストマッチ参戦を表明した。
「次は俺が行かせてもらうぜ」
 堀巌(20歳)だった。堀は背中を丸めながら対戦相手の永嶋劫(26歳)の前に進み寄り、ガンを飛ばしている。しかし永嶋はいっこうに怯む気配もなく、挑むような視線を涼しく受けとめている。
 永嶋劫。黒の開襟シャツに白いチノパン。首には金のネックレス。髪型はきっちり櫛の通ったオールバック。最も特徴的なのは左耳から口の端にかけて頬を斜めに描く傷痕。ストリートギャング風の堀に対し、永嶋は本いきのヤクザ風である。
「別に断りたけりゃ断ってもイイんだぜ。そんときは拳で決着をつけるまでだからよ」
 永嶋が素早く力強い所作で、挑発してくる堀の胸倉を掴んだ。驚いたことに堀の足が宙に浮いている。同じくらいの背格好なのに、パワーでは永嶋のほうが一枚も二枚も上手らしい。
「なっ……」
「弱い奴ほどよく吼える。好きにしろ。俺はどちらでも構わない」
 足が地につけられると、急に及び腰となった堀が逃げるように距離をとって話を進める。
「じゃあ、決まりだな。やろうぜ、アシストマッチ」
 堀巌、ワルっぽくみえるが実は口先だけの男かもしれない。いよいよ3試合目がスタートする。堀と永嶋、ふたりを臨時のステージに召還したタランチュラ後藤が早速インタビューを始めていた。
「いやあ、まさかのアシストマッチ2連続ですが、これを最初に提案された堀さんは何か勝算がおありなんでしょうか」
 MCの質問に気を取り直した堀が得意げに答える。
「アシストマッチってのは、いろんな種類の対戦方法があるんだよな。そいで、さっきのはクイズだった。てことは、次のバトルはクイズじゃねえだろうと踏んだのさ。正直マジで俺、クイズは苦手なんだ。ケンカとかなら多少自信あっけどよ、頭を使うのはどうも苦手でな」
「ですが、堀さんだって、もともとクイズの予選会ということでここへ来たんですよね」
「そりゃおめえ、二択問題ってハナシだったからだよ。俺はな、自慢じゃねえがハンパねえ強運の持ち主なんだ」
「なるほど。でも、それがアシストマッチを選択したことと何の関係が?」
「あー、分っかんねえかな。つまりよ、自分の意思でアシストマッチをやるって言えば、それはもう俺にとって、めちゃくちゃ有利な戦いが待ってるってことなんだ。強運の男に相応しいバトルがよ」
 いまひとつ話が見えていないMCが更に質問をする。
「あのー、堀さん。あなたが強運の持ち主だと言う根拠は一体どこにあるんですか」
 すると堀は、何をくだらねえこと聞きやがるとばかりにニヤリと笑った。
「すべてだよ。たとえば俺はバイクに乗るけどよ、いっつもフルスロットルで飛ばしてんだ。けどポリには一度も捕まったことがねえ。あとパチンコな。行くと3回に1回は出る台に座れんだ。それとアイスあるじゃね、当たりクジつきのヤツ。そいで俺、3回続けて当たり引いたことがあんだ。マジやべえだろ、俺の強運」
 微妙……というかその程度? 堀のコメントを聞いた一同に白けムードが漂う。あと、テレビで道交法違反を堂々と自慢するはいかがなものか。このクダリ、オンエア上はカットされているに違いない。
「ほう、運が強いのか、おまえ」
 冷笑する永嶋に堀がせいぜい凄んでみせる。
「ああ、そうだよ。俺の強運を甘くみねえほうがいいぜ、あんちゃん」
「おもしろい。見てみたいものだな、真の強運の男というものを」
 

 やがて、寡黙な永嶋への盛り上がらないインタビューも終わり、いよいよ対決方法の公開となった。
「それでは発表しよう。永嶋劫と堀巌、ふたりの男子が雌雄を決するアシストマッチは……これだっ!」
 全員がMCの促すスクリーンを注目する。そこに現出した文字、『ジャンケンポンでタッカタカ』
 ジャンケン……まさしく堀の思惑どおりではないか。自称強運の持ち主にはその真価を見せつけるに相応しい対決といえよう。でも、"タッカタカ"って一体なんなんだ?
「ではルールをご説明します。"ジャンケンポンでタッカタカ"、まず、お二人にはジャンケンで対決していただきます。一回ごとに負けた方には罰ゲームが科せられます。これをひたすら続けていき、先にギブアップを宣言したほうが負けとなります」
 うーん、前回に引き続きシンプルなルールだ。だけど―――
「おい、罰ゲームって何すんだよ?」
 当然ともいうべき堀の質問にタランチュラがすぐさま回答する。
「はいっ、ご紹介いたしましょう。今回の罰ゲームには、こちらのアイテムを使用しますっ!」
 台の上に被せられた赤い風呂敷を翻すと、そこには大きな光線銃のような物が置かれていた。
「タッカーだな」
 小林蓮斗が発言すると、MCが「そのとおりっ!」と小林を指差した。
「こちらは電動釘打ち機、通称タッカーです。ジャンケンに負けた方には、これで自分の体の一部に釘を刺していただきます」
 アシスタントがカメラに映りこまないよう配慮しつつ、MCに角材と釘を渡す。5センチほどあろう結構太い釘だ。タランチュラ後藤は馴れた手つきでタッカに釘をセットし、発射口を角材に向け、トリガーを引いた。ビシュッという音がして角材に釘が打ち込まれる。
「このように圧縮空気によって押し出された釘は確っ実に角材に突き刺さります。操作は簡単。あとはどこに刺すかを決めていただくだけでオッケーです」
 えっ、何言ってんの、この人。それはさすがにシャレにならないだろう。
 一同ドン引き。どうやらこのバトル、ガチでやらせるつもりらしいが、そんなの無理に決まっている。あんなもの、下手なところに刺しこんだら大怪我は免れない。そうなってはバラエティ番組として成り立たなくなる。
 あるいは、あくまでこれは根性試しのドッキリで、負けた者が勇気を持って自傷行為に臨むとゴム製の釘が発射され、「なんちゃって〜♪」的なオチがつけられたりするのだろうか。
 しかし、仮にドッキリの可能性に思い至っても、万が一のことを考えれば罰ゲームは拒否するしかない。つまり実質、ジャンケンに負ければそれで終わりということだ。
 さりとて僕にはどうすることも出来ない。当事者ではない僕は、ただ見守るしかないのだ。
 さて、いよいよもって対決の時が来た。タランチュラ後藤がハイテンションに叫ぶ。
「いざ往かん、運命のグーチーパー。幸運の天使がその手に舞い降りるのは、ハイパー・ラッキーマン堀巌か。はたまた沈黙のエターナル・ファイター永嶋劫か。時は満ちた。待ったはナシだ。されば参るぞ、気合を入れろ。はいっ、最初はグー。それっ、ジャンケンポンっ!」 
 

 勝負は一瞬で決した。
 堀巌はチョキ、永嶋劫はパー。
「おっしゃーっ!」
 堀が勝利のブイサインを頭上に掲げ咆哮する。
「見たか、俺様の強運ぶりっ!」
「たった一度勝ったぐらいでがたがた抜かすな」
 永嶋劫がそう言って、無造作にタッカを掴んだ。固唾を飲んで見守る中、永嶋は左手を開いて水平に突き出すと、タッカの射出口を手の甲に押しつけて躊躇せずに引き金を引いた。ビシュッと音がして、手の平から血塗れの釘が飛び出した。朱に塗れ鈍色に光る釘がカランと渇いた音を立てて床に転がる。誰かが絹を裂くような悲鳴を上げた。しかし当の本人は声のひとつもあげず、手首にハンカチを巻いて止血処理を始めている。
 場の空気は完全に凍りついていた。
「や、やりやがった……」
 堀が愕然と永嶋の手を見る。
「どうした、堀。まだ勝負は終わっちゃいない。さっさと続けるぞ」
 歯を食いしばり痛みを堪える永嶋の表情はひどく険しい。そんな彼に睨まれた堀は完全なる弱腰の態だ。
「いや、ですが、まずはちゃんと手当てをしないと」
 タランチュラ後藤も取り乱している。この展開はどうやら想定外だったらしい。ジャンケンに負けた者が、カネへの欲望と痛みへの恐怖、その狭間で苦しみ、やがてギブアップと漏らす、そんな姿をカメラに収めることが狙いだったのかもしれない。
「問題ない。後で病院に行く」
 手首を縛ったハンカチのおかげで出血は止まりつつあるが、それでも充分な措置とは言えない。雑巾を絞るように滴り続ける血が実に痛々しい。
「無茶よ。まさか本当にやるなんて……」
 さすがの栢山里香も青ざめている。だが僕は別の感想を抱いていた。
 永嶋は至って冷静だ。ジャンケンに負けたときのことを考えて、どの部位を刺すかあらかじめ決めていたに違いない。胴体は内臓を損傷する可能性があるし、釘が体内に留まってしまえば大手術になる。脚は歩行に支障をきたすし、案外治りも遅い。頭は生命の危機に関わるので論外。ただし、頬ならうまくやればダメージは低そうだが、応急処置での止血が困難だし、なにしろ食事に不便する。そうなると残るは必然として肩から先、腕部だ。
 肩でも良かったかもしれないが、やはり止血を考慮して心臓からより遠く末端に近い手の平、これがベスト。しかも釘は、うまい具合に手の平を突き抜けていった。つまり骨への損傷はほぼないと見ていいだろう。今は相当痛いだろうが、下手に指などを傷つけるよりは筋肉が再生しやすい手の平はナイスチョイスだ。永嶋のダメージは見た目ほど重傷ではない。せいぜい全治1ヶ月。傷痕も残らないだろう。次に彼が負けるようなことがあれば、たぶん今度は左肩を刺す。一度飛び込んだら限界まで行く。その覚悟はできていると見た。それに比べて堀ときたら、大惨事を目の当たりにし完全に戦意を喪失している。
「続けるぞ」
 永嶋が再び促し、無傷の右手を固めてジャンケンの姿勢をとった。ショックに顔を引きつらせながらも、やむなく永嶋に向き合う堀の目は永嶋の怪我に釘付けだ。 
「いくぞ、堀。最初はグー」
 そして宿命のジャンケンポン。
 

 またしてもあいこはなし、一発で勝負がついた。
 堀巌はグー、永嶋劫はパー。今度は堀の負けだ。
 堀は彫像のように固まっていた。震えていたし、怯えてもいた。
 今回の堀の負けはおそらく必然。人は緊張すると心だけではなく体までも萎縮してしまう。その手の平はしっとりと発汗し、過度に強く握りこまれる。加えて堀は、永嶋の手から視線が外せなかった。傷ついた相手の手を見ながらでは無防備に己の手を開けないのが当然の心理。ホラー映画などで喉を串刺しにされた男を見れば、自然と手が自分の喉を覆っている、それと同じだ。
 何を出すのかも決めずに、本能の赴くまま、それこそただの運任せで勝負しようものなら、グーの確率が圧倒的に高い。おそらく永嶋はそこまで考えてのパーだろう。なにしろ彼は恐ろしく冷静なのだから。
 それでも堀は意地を見せようとしていた。必至に己を奮い立たせタッカを握る。彼が選んだのは左大腿部。今にも泣き出しように顔をしかめ、タッカを太ももに押しつける。
「えっ、ちょ、ちょっと。堀さんまでやるんですか?」
 タランチュラ後藤が無理にでも止めるべきか否か迷っている。
「さあ、早くやれ。耐え難いほどの痛みはほんの一瞬だ」
 永嶋が静かに背中に押す。
「うっ、うおおおおおお!!」
 米神に血管をぷっくり浮かべながら、悲鳴にも似た雄たけびを上げる堀。
 しかし結局、彼にはできなかった。できる器ではなかった。
「無理だっ、くそっ……」
 タッカを投げ出し、肩を落とす堀が長い沈黙の後、ポツリと呟く。
「ギブアップ……俺の負けだ」
 勝負あり。これで3人目の2回戦進出者が決定した。
 勝利者が敗北者の頭庁を見下ろし、決めつけるように言う。
「堀、おまえの運など所詮は鼻クソ程度のものだ」
「なんだって……」
「100人中99人が死ぬとして、おまえは残りの1人になっている自信はあるか。おまえは自分を強運の持ち主だと言うが、ならば俺は最強の悪運の持ち主だ。自分自身を呪いたくなるほどにな」
 そんな意味深のセリフを残し、会場を後にしようとする永嶋をMCが慌てて呼び止めた。
「あの! 永嶋さん、どちらへ」
「俺の試合は終わったんだ。病院へ行かせてもらう」
「あっ、そうですしたね。うん、それがいい。でも一応断っておきますが―――」
「分かっている。他言無用だろ」
 怪我の理由を医師に聞かれて、事実をありのままに喋ったら永嶋は負けとなり、2回戦には進めなくなる。痛い思いまでして賞金をフイにするような愚はおかさないだろう。仮に他言したことがバレなかったとしても、おそらく医者は黙っていない。そうなれば番組自体の存続が危ぶまれ、その場合でも賞金はパーだ。いずれにしても怪我の原因を彼が自ら口外することはなさそうである。
「ちょっと待ってくれ、永嶋さん」
 初めて会場を去ろうとする男を今度は堀が呼び止めた。立ち止まる永嶋。振り返らないその背中に堀の声。
「完敗だ。ちょっと悔しいけどよ、あんたカッコ良かったぜ」


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