沙粧妙子―薔薇の誓い―

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ACT10 誰のために何のために

「それにしても、きったねえ部屋だな」
 それが高坂警部の率直な感想であった。
 たしかに力丸禅太の部屋はひどく散らかっていた。
 男の一人暮らしとはいえ、その散乱ぶりは尋常ではなかった。
 薄暗い熊穴のような部屋。切れかかった蛍光管が不安定な明かりを供給し、その光の中に舞いあがる塵埃。
「すごい量のビデオテープですね」
 梅原が手袋をはめた手で、床に散らばるビデオテープを拾いあげた。
「彼は映画とかが趣味なのかな」
「フン、どうせくだらん映画だろ。裸とかばっかり出てくるようなヤツな」
 鼻で笑う高坂に梅原が眉根を寄せて応える。
「いや、でもラベルを見るかぎりはそうでもないですよ。ホラーとかエンターテイメント系のものもありますけど、なかなか名作ぞろいで・・・」
 テープの大半には、おそらく力丸自身が作ったものであろう手製のラベルが貼られていた。ビデオデッキが2台あるところを見ると、レンタルしてきたビデオを市販のテープにダビングし、ラベルを貼って管理していたのだろう。
「どうも妙なところではキチンとしてるんですよね。部屋はこんなに散らかっているってのに――」
「ま、アタマのおかしいヤツの行動なんて支離滅裂だからな」
 高坂警部が実に大雑把に結論づけて、テーブルの上に置いてあったカードをなにげに取りあげた。
「なんだこりゃ、クレジットカードか?」
「それ、レンタルビデオ店の会員証ですよ」
 横から覗き込んだ梅原が驚嘆の声をあげる。
「いや、偶然だなあ。このサーチビデオって店、ボクもよく利用してるんですよね」
「その店は近所なのか」
「はい、たぶんここからだと一番近いビデオ店ってことになると思いますが」
「だったら、おまえ、何度か力丸とすれ違ってるかもしれんなあ」
 高坂警部がそんな皮肉を飛ばして、ふと首をかしげた。
「ところで梅原、おまえの家もこの近くだったっけ?」
「いいえ、そうでもないんですけど・・・」
「おかしいじゃねえか。だったらなんでそんな遠くのレンタルビデオ店におまえが通ってるんだ?普通、そういうのは自宅とか職場に近いところに通うもんじゃねえのか」
「い、いやあ、それは・・・」
 高坂の鋭い指摘にうろたえる梅原。まさか店員の女の子が目当てなんですとは言えるはずもない。
「ちょっと、梅原」
 と、そこへずっとひとり黙々と検分をしていた沙粧妙子が梅原を呼びつける。渡りに船とばかりに沙粧のところへ飛んでいく梅原。
「なんですか、沙粧さん」
「これ、退かしてちょうだい」
 沙粧は壁にかけられた大きなタペストリーをさしてそう命じた。言われるままにそれを梅原がはずすと――
「あっ!これは――」
 梅原のただならぬ反応に高坂もなんだなんだとやってくる。
 果たしてその下には壁掛け式のコルクボードが掛かっていた。
 注目すべきはそこに貼られた数枚の写真。
「こりゃ、ひでえな・・・」
 それは一連の連続背骨折殺 人事件の被害者たちの写真であった。しかも、生前の写真と死体の写真の両方――
 警察関係者と犯人でなければ撮ることのできない写真がそこにはあった。
 梅原が吐き気を堪えながらあえぐように言う。
「警部、これって力丸禅太が真犯人という物的証拠になりますよね」
「ああ、間違いねえ。ヤツぁホンボシだ」
 目をぎらつかせる高坂が部下たちに緊急手配の指示を出した。
「それにしても力丸は、沙粧さんに身元がバレてよっぽど焦ってたんでしょうね。こんな大事なもの忘れていくなんて」
 そんな楽天的なことをのたまう梅原に、沙粧が冷たく釘をさす。
「いいえ、たぶんこれはわざと置いていったもの。余裕のあるところを見せたかったのね、彼は」
「え、そうなんですか?」
「コルクボードをよく見なさい。写真の刺さってる画鋲と刺さってない画鋲があるでしょ。刺さってない画鋲は以前まで写真が貼ってあったかのように位置にある。つまりここにはもっと他に写真が貼ってあって、それだけを力丸は持ち去った。つまり完了した殺 人の写真は残し、これから狙うターゲットの写真だけを持っていったってこと」
「あ、なるほど・・・」
「それにこの散らかった部屋。これは通常時の力丸の部屋じゃない。たぶん普段はもっと整頓された部屋で生活していたはず。この部屋には作為が感じられる。たとえば、床に散乱したビデオときちんと決まった位置にラベルの貼られたビデオ。何かちぐはぐ。力丸禅太は几帳面な性格のはず。なのにわざと自分を雑な人間に見せようとしている」
「でも、どうしてそんなことを?」
「心理捜査を常道とする私への挑戦・・・じゃないかしら」
 言葉とは裏腹に沙粧が自信たっぷりに言い放つ。
「おそらくそこまで私が見抜くことも彼は計算に入れている」
 平然と語る沙粧に梅原が困ったように首を振る。
「ボクにはわかりません。なぜ力丸はそんな無意味なことに拘るんです?」
「自己顕示欲。それが彼の犯 罪の動機。そして犯 罪者力丸禅太のルーツ」
「へえ、自己顕示欲ねえ・・・」
 と、高坂警部が、剥がして持ってきた表札を眺めながらぶつくさとこぼす。
「センスのかけらもねえふざけた偽名なんぞ使いやがって。これもやっこさんの自己顕示欲とやらのなせるわざか。だいたいなんて読みゃあいいんだよ、これは」
 【裸々光研二】と書かれた表札。
 名前はケンジであろうが苗字はちょっと聞いたことがない。梅原も高坂同様に困惑していた。
「ララミツケンジ」
 沙粧がポソリと呟く。
「ララミツねえ・・・沙粧、どうしてそう思う?」
「単純なアナグラムよ」
 さして関心もなさそうに応える沙粧。しかし高坂にはさっぱりだった。
「アナグラム?キログラムの仲間か」
 一方、梅原のほうは沙粧のヒントに閃くものがあった。梅原は興奮気味に手帳になにごとか書きこんで高坂に指し示す。
「警部、アナグラムっていうのは簡単な言葉遊びですよ。たとえばこんなふうに氏名をローマ字表記にして、それを並べ替えると、このとおりララミツケンジになるって具合のものです」
  
 高坂は露骨なまでに不機嫌に梅原の手帳を指ではじいてみせた。
「ちっ、くだらねえ。ようは知能犯ぶってるだけのガキじゃねえか――お、なんだよ沙粧、文句でもあるのか」
 冷ややかな沙粧の視線に気づいた高坂が口を尖らせると、果たして沙粧は肩をすくめてこう言った。
「いえ、珍しく意見があったなと思って」
「はっ、そいつは確かに珍しいやな」
 高坂が精一杯の皮肉で返すと同時に梅原が沙粧の名を呼んだ。
「沙粧さん、これ見てください」
「ああ、やっぱり・・・」
 ふたりが見ているものは一本のビデオテープだった。そのラベルには【激殺】と印字されている。
「力丸禅太は激殺シリーズを観ていた――決まりですね。沙粧さんの想像どおりですよ、これは」
「おい、なんのことだ。またおまえら、俺に隠しごとか」
 事情を知らない高坂が米神をひくつかせながら詰め寄ってくる。これはマズイとばかりに梅原が二人の間に立って弁明した。
「いや、あの、これは別に隠してたわけじゃないんです。ただ、そういう可能性もあるなあってことを沙粧さんと話していただけで――」
「いいわけはいいから、さっさと説明しろ!」
「警部!」
 超バッドなタイミングで矢田刑事が高坂を呼びつける。
「今度はなんだ」
 高坂が髪をかきむしりながら怒鳴り返した。せっかくピッシリなでつけたオールバックが台無しである。
 矢田が声を顰めて報告する。
「盗聴器ですよ、テレビの後ろについてました。しかもまだいきてるみたいで・・・」
「なんだとッ!」
 思わず大声をはりあげる高坂が、矢田に諌められ慌ててトーンを落とす。
「畜生、おちょくりやがって」
「あのタイプの盗聴器だとそんなに遠くまで電波は届かないでしょう。やっこさん、わりと近くで我々のやり取りを聴いてるってことになりますね。警部、どうしますか」
「そりゃあ、むろん――」
 と、高坂が指示を出そうとした矢先、つかつかとテレビに近づいた沙粧が、制する間もなく盗聴器を引っこ抜いてしまった。
「なっ!沙粧、おまえ、なにしやがるんだ」
「きっとこれも力丸の計算のうちでしょう」
「なんだとお!」
 そこへ高坂の怒声を掻き消すように電話のベルが鳴り響く。
 またしても話の腰をポッキリ折られた高坂が乱暴に受話器を引っつかんだ。
「もしもし」
「あんた誰?あ、まあいいや。沙粧さんに替わってよ。そこにいるんでしょ」
 なんと電話の相手は大胆にも力丸禅太だった。
「――おまえ、力丸かっ!くそ、どこに隠れてやがる!」
 高坂が窓を開け放ち外に視線を走らせた。夜の帳はとうにおりている。明かりをつけた部屋は外からは丸見えだったが、力丸が明かりを消した部屋でこちらを観察しているのなら、いかに夜目のきく者であっても相手方の居場所を見つけだすことは不可能に近い。
 一方で矢田刑事が警官たちに周辺の捜索にあたるようてきぱき指示を与えている。
「ほら、ご指名だ、沙粧。おまえはつくづく犯 罪者にだけは人気があるな」
 デビルスマイルの高坂が沙粧に受話器を突き出し、「できるだけ話を引き伸ばせ」とゼスチャアで命じる。
 沙粧が素直に受話器を受け取ると、力丸の癇に障る笑い声が彼女の耳朶をふるわせた。
「むふふふふふ。沙粧さん、元気ぃ」
「元気じゃないわよ。あなたも男なら少しは女の扱いを勉強しておくことね」
「ははっ、まだ腕が痛むのか。ごめんごめん、俺、加減ってもんを知らないからさ」
「加減を知らないから背骨まで折ったりするんだ。体は超人的でも脳みそはまるで子どもじゃない」
 力丸がグッと息をのむ気配がした。頭に血がのぼったのであろう。だが、ここで度を失っては沙粧のペースだとばかりに、落ちつきはらって言葉を継ぐ。
「沙粧さん、折角だからチャンスをあげるよ」
「チャンス?」
「そうだよ。警察だってバカじゃない。明日また誰かが殺されるってことくらい予想はしてるんだろ」
「テレビドラマのまねごとがそんなに楽しい?」
「むふふふふふ。激殺シリーズのことか。さっき盗み聞きしてて正直びっくりしたよ。そこまでわかってたとは俺の想像以上だな、沙粧さんは」
「あなたは私の想像を遙かに下回っているわ。俗物、低脳、安っぽい犯 罪者」
「怒らせようったってダメだよ。その手は食わないからね」
 そして一呼吸おいた力丸が真摯な口調で問いかける。
「ねえ、沙粧さん、人は何のために生まれたんだろうね。豚は食われるために生まれた。消しゴムは文字を消すために生まれた。マッチは燃やされるために生まれた。突きつめていえば、つまるところ万物は失われるために生まれてきたとも言える。なのに人間はどうだ。失われる代償になにかを与えているか?なあ、沙粧さん、あんたは誰のために、何のために生きているんだ?――俺は何のために生きているんだろうな。ま、俺がやっていることはそれを見つけるための旅みたいなもんだよ」
「それがあなたの殺 人の動機?はた迷惑な哲学ね」
「むふふ、そんなカッコイイもんじゃないって」
 余裕をのぞかせる力丸に対しいらだつ沙粧が低い声で宣言する。
「あなた、調子に乗りすぎよ。待ってなさい、すぐに捕まえてあげるわ」
――そして、あなたが自己顕示欲の塊だってことを暴いてみせる。
「そうだ、そうこなくちゃ面白くない。だからチャンスをあげるんだ。沙粧さん、明日また連絡する。殺る前に一度電話するよ。そう、これはゲームなんだ。沙粧さんとのサシウマ勝負のね。明日俺をとめることができたらそっちの勝ち。できなかったら俺の勝ち。くどいようだけどこれは俺と沙粧さんの勝負だからね。それがゲームのルール。ほかの誰かが俺たちの勝負に水をさすマネしてきたらゲームはそれでオジャン。お流れだよ」
「わかったわ。言うとおりにする。でもその前にひとつだけ聞かせて」
「なんだよ」
「墨田紀子」
「――――!!」
 確実な手ごたえを感じた沙粧が一気に畳みかける。
「あなたはかつての同級生、墨田紀子を殺 害した。それがあなたの初めての犯 罪。どうして殺したの。あなたにはあんなに優しくしてくれたのに。あなたの味方をしてくれたたったひとりの人なのに」
 力丸禅太の余裕は一気に消し飛んだ。
 動揺する力丸は完全に言葉を失っていた。
「答えなさい、力丸禅太」
「くそっ!」
 沙粧の追い打ちに耐えかねた力丸は思わず自ら通話を断ち切っていた。
 沙粧の背後では、なにやってんだよ、と今にも噛みつかんばかりの高坂警部。
 そして不安げな梅原の瞳が沙粧の背中をとらえていた――


――深夜
 小料理屋のカウンターで竹本と梅原は酒を酌み交わしていた。といっても梅原は下戸のため、薄めにつくった焼酎のお湯割りをちびちびなめていただけだった。一方の竹本はザルのように熱燗を呑み、また健啖家ぶりをも発揮していた。
「梶浦のことだけど――」
 竹本がお猪口をグイと傾けて切りだす。
「梶浦圭吾。沙粧さんがかつて警視庁上層部からの特命で参加していた犯 罪捜査プロファイリングチームのリーダー。そして彼女の恋人でもあった人だ」
「あった?過去形ですか」
「うん、梶浦圭吾はもうこの世にはいない。死んだんだよ。梶浦は破綻してしまった。そして、さんざん沙粧さんを苦しめた。いや、この世を去った今も沙粧さんの心の楔となって、あの人を縛りつけているのかもしれない。梶浦圭吾の最初の犠牲者はプロファイリングチームのメンバーで――」
 沙粧と梶浦の因縁について訥々と語りつづける竹本。
 梅原は口をはさまずじっと耳を傾けている。
 なんという凄烈な、なんという悲憤に満ちた因果だろう。梅原は沙粧の過去に足を踏みいれてしまったことに軽い畏怖の念を抱きはじめていた。
「――とまあ、梶浦のことは俺の知ってるかぎりではこんなところかな。俺も直接関わったわけじゃないから全部聞いた話なんだけどね。で、どうなのよ。ぶっちゃけた話、今回の事件は梶浦が絡んでそうなの?」
「いや、それはないです。今聞いたみたいに死体が薔薇とかで装飾されてるわけでもなし、捜査線上には梶浦の【カ】の字も出てきませんから。ただ・・・」
「ただ、なに?」
 梅原が時間が経ってすっかりぬるくなったお湯割りをぺろりと舐めて竹本に向きなおる。
「力丸禅太は以前から沙粧さんのことをなんらかの形で知ってたみたいなんですよ。しかも竹本さんが直接関わった事件の犯人だった麻生萌子のことも・・・」
「麻生萌子!どうしてここにその名前がでてくるんだよ」
 思わず大きな声を出してしまう竹本。周囲の客たちから何ごとかと注目を浴びてしまう。竹本は酔ったふりを繕いながら梅原に詰め寄り耳元で囁く。
「どういうことよ、それ」
「それがわからないから厄介なんです。力丸禅太には前科もないし、沙粧さんとも接点はないハズなんだけど・・・」
 梶浦の事を教えてもらったお返しというわけではないが、沙粧を知る者同士なら構わんだろうと、梅原は今回の事件の経過をかいつまんで話して聞かせた。
「ふーん、俺も力丸なんて名前、心当たりないんだけどなあ」
 腕組みをして考え込む竹本の内ポケットで、ふいに携帯電話の着信音が鳴りだす。
「うん、ああ、俺――今、呑んでる。うん、予定どおり終わったから。明日夕方には帰るよ――」
 竹本が電話をしている間、梅原は手持ち無沙汰に焼酎を舐めながらいくぶんトーンの高い竹本の会話をぼんやりと聞いていた。
 そして数分後、通話を終えた竹本に梅原が声を掛ける。
「今の、奥さんからですか?」
「うん、まあね。あれ、梅原さん、結婚は?」
「いえ、独りです」
「じゃあ付き合ってる人とかはいるの」
「好きな人ならいるんですけど・・・」
 この場かぎりの付き合いという気楽さに酒の勢いも手伝ってか、普段はかたく口を閉ざしているプライベートな部分を自然に吐露する梅原。
「へえ、そうなんだ。まあね、高坂警部はあんなふうに言ってたけど、やっぱり結婚はしてたほうがいいよ。男はそれなりに責任を持って生きてたほうが頑張れるし、踏んばれるもんだからさ」
「はあ、そんなもんですか」
「そんなもんだって――ところでさ、梅原さんは心理捜査ってどう思う?」
 急に話題を転換されて一瞬躊躇する。これも作戦だろうか。
 竹本の目はいくぶん据わっているようにもみえるが、まだ酔迷してはいないようだ。梅原はそう判断し、しごく真面目に回答する。
「やはりこれだけ犯 罪が多様化してくると従来の捜査方法だけでは事足りない部分ってでてくると思うんですよ」
「それが心理捜査だってわけか。まあ、それも一理あるよね」
「じゃあ竹本さんはどう思うんですか」
 逆に問われた竹本は、ほっけ焼きを突つきながらそっけなく応じる。
「心理捜査ってのは、よくても通常捜査における補助的な役割に過ぎないと俺は思う。決して心理捜査は絶対じゃない。そこを履き違えちゃダメなんだ」
「そりゃあ心理捜査なんてデータと論理の積み上げに過ぎませんからね。法廷で通用するものは何もない」
「そうそう、言葉は悪いけど心理学なんてペテンと紙一重なんじゃないかな。これ傑作なハナシなんだけどさ、沙粧さんと初めてあったとき、あの人、俺のこと東大卒のエリートだってすぐに見抜いてきたんだ。いや、あのときは正直、面食らったね。俺、何も自己紹介してないんだよ。なぜかわかる?」
「さあ、どうしてですか?」
「つまりそれは心理学なんかじゃなくてペテンだったんだよ。ま、よくいえば観察力の問題かな。あとは本人に聞いてみて」
「そういえば、竹本さん、こっち来てから沙粧さんにまだ会ってないんでしょ」
「うん、実はそうなんだ。明日のお昼すぎにはこっちを発つから、午前中にでも科捜研に顔出していこうと思ってる。でも明日は大変な一日になりそうだし、ゆっくり昔話してるヒマなんてないんだろうけどねえ」
「ごもっとも」
 なんといっても明日は連続背骨折り殺 人の犯行予告日。そして真犯人力丸禅太と沙粧妙子の直接対決の日でもある。
 梅原は思料した。
――いったいボクになにができるだろう。次の犠牲者を出さないため、沙粧さんをサポートするため、自分にできることは何もないのではないか。
 不安と焦燥が梅原の胸を押しつぶす。
 そんな梅原の胸のうちを察してか、竹本哲夫が景気づけに後任者の肩をポンと叩いた。
「そんな辛気臭い顔しないでさあ!沙粧さんのパートナーは梅原さん、あんたでしょ。沙粧さんのこと、頼みますよ」


 沙粧妙子は自宅のマンションでテレビを見ていた。
 時刻は10時40分。
 人気ドラマ【激殺】のクライマックスシーンが画面に映しだされている。
 主要登場人物のひとりである太った浪人が悪代官をさば折りにすると、悪役は白い泡を吹いてガクリと事切れる。
 その浪人のアップ。
「力丸――!」
 一瞬、その顔が力丸にすりかわった。
 されど、そんなハズもない。それはあくまで沙粧の気の迷いに過ぎない。
 沙粧はひとり黙考する。
――力丸禅太、彼自体は恐れるに足らない。簡単に言えば一籠いくらのありふれた犯 罪者だ。
 だが沙粧が懸念するところはむしろ他にあった。
 なぜ自分のことを知っていたか?
「まさか――」
 己の第六感が指し示す人物に沙粧は戦慄した。
――梶浦圭吾
「まさか、これはあなたが仕組んだ・・・?」
 誰にともなく呟いてみたが、今夜に限って梶浦圭吾が沙粧の前に現れることはなかった。
 孤独な夜の刻が緩やかに過ぎていく――



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