沙粧妙子第8話

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【沙粧妙子−最後の事件−】

第8話 愛に泣かない女
○ 警視庁・取調室
 高坂警部と矢田刑事が日置を取り調べ中。
 刑事たちの質問ぜめにも動じず、薄ら笑いさえ浮かべて茶化してみたり拒絶してみたりする日置。
 名前も年齢も住所もなにひとつ答えようとしない。
 その様子をマジックミラー越しに見ている沙粧、松岡、池波。

○ 同・会議室
 テーブルを囲む高坂、矢田、沙粧、松岡、池波の5人。
高坂「いままでの犯人はみんな自殺だが、やっと生きたまま捕まえられた。今度こそ真相を突きとめたい」
沙粧「警部はどう考えてるんですか?」
高坂「裏に梶浦圭吾がいる。今度こそあの男を捕まえてやる!」
池波「ボクは今回の事件に梶浦は関係ないと思います」
高坂「なんだとッ!沙粧、お前はどう思ってるんだ」
 沙粧、それには答えず、
沙粧「犯人をポリグラフにかけてみましょう」

○ 同・特別取調室
 日置が椅子に座らされ、体中に電極を貼りつけられている。
 ポリグラフの準備完了。日置はあくまで能面のように表情を変えない。
 刑事たちが注視する中、沙粧が質問者として日置に相対する。
沙粧「名前、どうして言えないの?あなたは正しいことをやってたんでしょ?だったら堂々と名乗ったほうがいいと思う」
日置「どうせいつかわかるだろ」
沙粧「あなたの先生は誰?誰にいろいろ教えてもらったの?」
日置「ボクはボクの意思で行動を起こした」
沙粧「赤い薔薇をどうして現場に残していったの?」
日置「死者への手向け」
沙粧「ふりだしにもどるっていうカードは?」
日置「ボクが考えた。いいアイディアでしょ」
 池波に合図し、密告者のテープを日置に聞かせる。
沙粧「これは誰?」
日置「・・・知らない」
 あいもかわらずポーカーフェイスの日置だったが、ここへきて初めてポリグラフが過剰な反応を示す。冷静を装っているが機械まではごまかせなかったということだ。
 次に沙粧は梶浦の写真を見せてみる。しかしこちらは無反応。
沙粧「2人目の男を殺したとき、あなた、女の子をひとり逃がしたでしょ。15歳の家出少女・・・この子よ」
 と、早瀬直美の写真を見せたとたん、針がふりきれるほどにポリグラフが反応している。
沙粧「どうして逃がしたの?それが目的だったわけじゃないんでしょ」
 表情は崩れないが明らかにかき乱されていた。しかし日置はいよいよ貝になるばかり。

○ 松岡のアパート(夜)
 松岡が帰宅すると、理江の父、安一が自分の握った寿司を手土産に待っていた。
 とりあえず中に入れる松岡。
 ちゃぶ台をはさんで気まずい沈黙。
安一「とつぜん、すいませんな。ちょっと話したいことがあって・・・」
松岡「はい・・・」
安一「古い知り合いに刑事さんと結婚したのがいてね。その刑事さんが逮捕した犯人、逆恨みして出所した後、家まで来るようになって大変だった。刑事ってのはいろいろあると思う。だから心配でね」
松岡「お気持ち分かります。ただなんていうか、ボクはこの仕事に誇りをもってます。それは理江さんも分かってくれていると思います。それと、ボクは絶対に彼女を危ない目にあわせたりしません。絶対に!」

○ 日置の住まい(数日後)
 日置の身元が割れた。日置武夫18歳。
 日置が住み込みで働いていた自動車修理工場にやってくる沙粧たち。
矢田「きったねえ部屋だなあ」
 沙粧が写真入りのターゲットリストを発見する。既に殺した者の写真には赤く×印が付されている。
松岡「逮捕されなかったらここにあるの全員殺すつもりだったんですかね?」
沙粧「正義のためにね。でもこのリストはたぶん日置本人が作ったものじゃないわ
松岡「どうしてですか?」
沙粧「18歳の男が調べて分かるようなネタじゃないでしょ」

○ 結婚式場
 松岡と理江が連れだって式場を訪れる。
 理江がウエディングドレスのカタログをめくっている。
理江「ねえねえ、これみてよ。どれがいいと思う?」
松岡「理江が好きなのにすればいいよ」
理江「どれが似合いと思う?」
松岡「どれも似合いと思う」
理江「なにそれぇ。あ、そうだ、池波さんにきいてみたいなあ。なんかあの人だったらさ、よくわかんないけど説得力あること言って決めてくれそうじゃない。ね、そう思わない?」
松岡「そうかもしんない」
 笑いあうふたりは幸せそのもので―――

○ 科学捜査研究所
 沙粧と池波がふたりで話している。
池波「やっぱり日置武夫は梶浦を知らないみたいだな。彼の部屋から何も出てこなかったんだろ。今度の事件に梶浦は関係ないよ」
沙粧「でも北村麻美も梶浦の顔を知らなかった」
池波「日置は梶浦の名前すら知らない。それに妙子のことも知らなかった」
沙粧「否定的な要素がいくつも並んでいる。それも意図的かもしれない。それに薔薇の花も残されていた」
池波「あれは妙子へのメッセージなんかじゃない」
沙粧「そうかなあ!」
池波「それは妙子の願望だよ。梶浦からのメッセージを妙子が欲しがっている。だからそういう思考になっていく」
沙粧「あたしは早く終わらせたいだけよ!」
池波「そもそも今までの事件とは全然違う。梶浦の犯 罪とはかけ離れている。梶浦はそんな犯 罪はしない。趣味が違う。正義のための殺 人なんて、たとえ冗談でもそんな理由は使わない。それは妙子が一番良く知っているはずだ」
沙粧「でも、断定できない」
池波「わからないな!どうしてそんなに迷うんだ!」
 次第に熱を帯びていくふたりの会話。
 梶浦にこだわる沙粧。そして梶浦の関与を否定する池波。
池波「・・・妙子らしくないよ」
沙粧「だけど、もう少し事件を追ってみないと・・・」

○ 留置所
 鉄格子ごしに会見する沙粧と日置。
沙粧「どうしてあの時、ホテルで常本を襲ったの?あんな騒ぎがあって、警察が傍についてること知ってたはずなのに」
日置「アタマきたんだよ。あいつがあんまり臆病だったから」
沙粧「女の子、どうして逃がしたの?」
日置「またそれか・・・自分でもわからない・・・」

○ 喫茶店
 田辺刑事が高坂と矢田に極秘捜査の進行状況を報告している。
田辺「おかしいんです。公安が梶浦のこと追ってないみたいなんです。追跡してる動きが全くないんですよ」
高坂「バカな!そんなことがあるかッ!」

○ 捜査一課
 その後日置武夫の人間関係に向山辰也という男が浮かびあがる。向山は大学教授のかたわらで若者たちを集めてカウンセリングを実施しており、その中に日置がいたのだ。
 沙粧は制裁リストは向山から入手したものだと推理する。そして、向山が日置の後ろで糸を引いていたのだとしたら、その犯 罪の真なる動機は強請りではないか、と。

○ 向山のマンション
 向山を訪問する沙粧と松岡。
 応接セットに腰を下ろした沙粧がいきなり本題を切りだす。
沙粧「制裁リストを作ったのはあなたですね?」
向山「ハッ、あなた焦ってますね。論議の切りだし方が唐突だ」
沙粧「あなたは日置に最初の2人を殺させて、3人目のときに警察に通報した。電話をしたのはあなたですね?」
向山「仮に私がそんなことをしてなんになるんです?」
沙粧「リストの4人目か5人目に、今度はあなたが電話をかけるんです。遠まわしに危険を臭わせて寄付を募る。命を狙われるというリアリティーを突きつければ効果的でしょう」
向山「なるほど、面白い考え方だ」
沙粧「日置武夫はそんなにコントロールしやすいタイプでしたか?どうやってその適性を判断したんですか?誰から人間改造マニュアルを手に入れたんですか?梶浦圭吾という男を知ってますか?」
向山「知りませんね。私は犯 罪者の更生カウンセラーの実績があるんですよ。だいたいなにを根拠に私が誰かからマニュアルを手に入れたとおっしゃるんですか?」
沙粧「あなたのやり方があまりにも稚拙だからです。加工した声で電話すればわからないとでも思ったんですか。あなたの声、録音させていただきました」
 と、テープレコーダーをかばんから取り出してみせる沙粧。
 一瞬、言葉を失う向山だが、かろうじて平静を装い反論する。
向山「たとえ声紋が一致したとしてもなんの決め手にもならないはずだ。日置君は自分ひとりでやったと言ってるんでしょ?」
沙粧「日置武夫に関してはすごく自信があるんですね。もう一度聞きます。梶浦圭吾を知ってますか?
向山「だから知らないといってるでしょう!」

○ 車の中
 運転席の松岡と助手席の沙粧が話している。
沙粧「梶浦はいつか出てくる。こんなに自己主張したがる犯 罪者がずっと隠れていられるはずがない」
松岡「沙粧さん、梶浦に追いつめられてますよ。しっかりしてください」
沙粧「そうかもね。前はね、夢の中にしか出てこなかったのに・・・」
松岡「梶浦が、ですか?」
沙粧「でも今は見えるのよ。ときどき梶浦が・・・幻覚・・・でももしかしたら、あたしの心の何かを投影しているのかもしれない・・・」
 疲れた表情の沙粧を心配げに見やる松岡。

○ 警視庁・ロビー
 沙粧と松岡を訪れる早瀬直美。
 はっきりと口には出さないが、日置に会いに来たのだと態度からわかる。
 そんな直美を沙粧が冷たく突き放す。
沙粧「あなたは初めて人が死ぬところを見て体がすくんだ。心臓が早鐘を打った。その対象があなたを助けてくれた男の子だと思った。だけどそれは本当の恋愛なんかじゃない。相手は殺 人犯なの。早く忘れたほうがあなたのためよ。さあ、このまま帰りなさい」
直美「お願いします。会わせてください!」
 必死で懇願する直美。しかしその思いは当然受け入れられるはずもなく・・・。

○ 科学捜査研究所
 池波がひとり薬の調合をしている。それは沙粧の常用する特製のカプセルである。
 フイに鳴る電話。
 池波に電話をかけてきたのはなんとあの向山辰也だった!
向山「心配しないでもらいたい。私が逮捕されることはありません。日置武夫は絶対に私のことを供述しない」
池波「あなたはボクの信頼を裏切った。あなたはタダの犯 罪者だ。いっときますが、あなたが逮捕されてもボクにはなんら被害は及ばない。ただ少し煩わしいことになる。それが腹立たしい!
 一方的に電話を切った後、池波は手当たりしだいモノにあたりちらす。
 その表情、狂気を含み・・・。

○ 護送中の車
 結局、自分の単独犯であるという供述を覆さなかった日置が拘置所に移されることとなる。
 手錠をかけられた日置が金網で囲まれた護送車におとなしく乗せられる。
 護送車には沙粧と松岡も同乗していた。
 パトカーに先導されて走る護送車。
 やがて後ろの方から微かに声が聞こえてくる。
 直美だった。
 早瀬直美が走る車を足で追いかけていたのだ。
直美「待ってー!待ってー!待ってよー!」
 息を切らしながら走り続ける直美。
 その姿が視界に入り気持ちが揺れる日置。
 赤信号で停まる護送車に追いついた直美が車の窓にしがみつく。
 思わず窓に駆け寄る日置。
 ガラス窓越しに見つめあうふたり。言葉はない。
 先導するパトカーから警官が降りてきて直美を引きはなす。
 その隙に再び走り出す護送車。
 嗚咽の声をあげる日置。
 それは殺 人者でもなんでもない、ただの18の少年の本来の姿だった。
 表面上一貫して無表情に徹していた青年が初めて見せた素顔の自分。
 彼の胸に去来するものは、強い思慕の念と深い後悔か。
 それを見ていた松岡が感慨深げに呟く。
松岡「人を好きになるって心理分析だけでは語れないってことですよね」
 一方の沙粧はクールに切って捨てる。
沙粧「極限状態で生まれた恋愛は長続きしないものよ」
 松岡がそんな言い方はないだろうとばかりに顔を顰める。

○ 公安委員会(夜)
 明かりの消えた事務所に忍びこむ田辺刑事が、パソコンから梶浦のデータを盗みだそうとしている。
 今まさに梶浦のデータにアクセスしようとしたそのとき、彼の肩に置かれた手。
 ―――池波。
池波「ナニしてるんだ?ここは君が入れる場所じゃないだろ」

○ 沙粧の部屋(夜)
 悪夢から目覚める沙粧の肩にスッとおかれる手―――梶浦!
 逃げる沙粧が池波に貰ったカプセルを飲んで幻覚を散らそうとする。
 しかし、度を失っている沙粧は薬瓶を床に落としてしまう。
 慌ててそれをかき集める沙粧に梶浦が諭す。
梶浦「そんなクスリ、飲んじゃダメだ!妙子、そんなにボクを避けることはないよ」
沙粧「どうして・・・どうしてこんなふうにあたしの前に現れるのッ!」
梶浦「妙子が淋しそうだから・・・」
沙粧「あなたに会えなくて淋しいなんて思ったこと一度だってないッ!」
梶浦「それはウソだ、妙子」
沙粧「消えて・・・」
 しかし梶浦は消えない。
 ゆっくりと沙粧に歩み寄る梶浦。
 沙粧、狂ったようにわめき散らしながら手当たりしだい本などを梶浦に投げつける。
沙粧「こないでッ!それ以上近づかないでッ!」
美代子「お姉ちゃん!」
 声を聞きつけた美代子が部屋に入ってきて沙粧を抱きしめる。
美代子「お姉ちゃん、しっかりして!」
沙粧「うわああああああッッ!」
 いつの間にか梶浦は消えていた。
 それでも沙粧は何もない闇に向かって叫び続ける・・・。

○ 科学捜査研究所
 松岡の前で沙粧に薬を渡す池波。
池波「薬の量が増えてる。元気がないぞ、妙子。今度の事件は梶浦とは関係ないんだ、気にするな」
沙粧「ううん、梶浦と向山は必ずつながっている」
松岡「いずれにしても今のままじゃ向山を逮捕できません。日置が単独犯だと言い張ってますから」
池波「妙子、少しは自分のことも気遣わないとダメだ。だから薬の量も増えるんだ」
沙粧「どうして池波さんは、今回の事件に梶浦が関係ないって否定したがるの?」
池波「そんなことないけど・・・」
 松岡、間に入って沙粧を説き伏せる。
松岡「ボクも池波さんに賛成です。沙粧さんが梶浦にこだわりすぎなんですよ。前に言ってたじゃないですか、梶浦の幻覚が見えるって」
池波「幻覚が見える!どうしてそのこと、ボクに話してくれなかったんだ」
沙粧「もしかしたら、あたしの潜在的願望が見えるのかもしれない・・・」
 そして、精神的疲労がピークに達し、眩暈とともに倒れる沙粧。

○ 同・休憩室
 ベッドで目覚める沙粧。
 ドアのところで話し込んでいる松岡と池波の姿に、昔の梶浦と池波を重ねてみている。
 談笑しているふたりの幻影に口元をほころばせる沙粧。
松岡「大丈夫ですか、沙粧さん」
 近づいてくる松岡を梶浦と混同し、その首に抱きつく沙粧。
 幸せそうな安心しきった無防備な表情を見せる沙粧。
 一方で当惑する松岡。
 そして、軽い嫉妬を含んだほろ苦い表情でその様子を見守っている池波。
 そこへ、松岡の携帯電話が鳴った。
 短い通話を終えた松岡に池波が問う。
池波「どうしたの?」
松岡「日置武夫が供述を始めました。これで向山を逮捕できます!」


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